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1巻

1-7

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「酷いんですぅううう! 異世界転移の了承をした皆さんが、スキルをもっとくれってーっ!」
「へー……」
「男の人にモテたいからって『魅了』のスキルを取った人がいるんですけど、その国のお姫様の方が美人でムカつくから『呪い』のスキルが欲しいって!」
「絶対やめなさい」
「そうですよー! そのスキルを与えちゃったら『聖なる乙女』の称号が取れちゃいますー! 『聖女』にするには魂が汚くて無理だし、ぎりぎりあげられる称号がそれだけだったのに! すぐに男の人といっぱい仲良くなって、その資格までなくなっちゃったから『魅了』のスキルダウンは否めなくってーっ」
「それは自業自得というやつです。ソイツは着信拒否にしてください」

 怒りながらしつこく寄越よこせコールをする女に、女神はかなり疲弊しているらしい。
 ティルレインの入れ込んだアイリーンも相当な糞ビッチだったが、同じ異世界人からも糞ビッチが出たことに、シンはかなり引いていた。異世界だからって、はっちゃけるにも程がある。
 モラルや常識をもとの世界に置いてきてしまったようだ。
 シンが肩に手を置いてさとすと、フォルミアルカはあっさり「はーい」と頷いた。

(いいのか、この女神)

 ……と思ったが、根性がド腐れしている人間に、次から次へと能力なんて渡さない方がいいのは確かだ。

「あと『剣聖』のスキルを持った人が、直接攻撃だと魔物退治とか面倒だから、もっと楽な魔法スキルに変えてくれって」
「努力しない奴はどっちにしろ不満が出るから放っておけ。関わらないでいい」
「そうですね~、シンさんみたいにちゃんと地道に頑張っている人もいますし……」

 むむぅーっと可愛らしい声で、いかにも考え中ですという顔をするフォルミアルカ。
 シンはそれを見て改めて思う。

(うん、女神じゃなくて園児だ)

 聞いてみれば、シン以外にも「テイラン王国は何やらヤバそうだ」と感じ取った人たちがいたようだ。
 ほとんどは王城でお世話になってちやほやされているが、何人かはシンのように逃げ出して他国へ流れ着いた者もいるそうだ。

「その何人かは、テイラン国に殺されてしまいました……。なので、魂とギフトやスキルが戻ってきたんですよねー」

 フォルミアルカは困り顔で眉を下げる。

「はあ……あくどいことしている国だな」

 国という大きな団体である以上、多少の清濁せいだくを併せ吞まないとやっていけないのかもしれないが、テイラン王国は良くない話があまりに多すぎる。
 大国の傲慢はままあるとはいえ、この国は根本的に利己的で杜撰ずさんだ。

「あ、そうだ! せっかくなので、戻ってきたスキルはシンさんに差し上げます。同郷の遺産ですし」
「え、いらな――」
「えーと、この方は凄い魔法使いになりたかったそうで『魔力増大』と『妖精言語』ですね。あとこっちの方は『気配けはい遮断しゃだん』と『回避』ですね。はい、どうぞ」

 シンは渡された水晶っぽいものを、うっかり受け取ってしまう。
 ふわふわっと燐光りんこうのようなものが舞い踊り、その水晶はシンの中に消えた。
 直後、自分の中に何か活力のようなのが湧いてきて、シンは一気に青ざめる。

「フォルミアルカ様、軽率にスキルを与えない方がいいと……」
「えへへへーっ、シンさんなら大丈夫かなーって」

 てへへ、と笑っている幼女女神。
 普通に群衆の中に埋没したいシンとしては、安易にスキルを利用するつもりもないし、お蔵入り間違いなしだ。とはいえ、『気配遮断』と『回避』は狩りに使えるだろう。スマホで見れば、意識せずとも自動で発動するパッシブスキルだった。
 シンが「まあいいか」と流していると、大きな声が響いた。

「オラオラオラアア! フォルミアルカちゃんよー! 異世界人がまた死に戻ってきたそうじゃねーか! スキルとギフト寄越しな! 俺が再利用してやるからさぁあああ!!」

 ガンガンガンと、扉を叩いているような轟音ごうおんが響く。扉どころか壁をぶち壊して入ってきそうな気配すらある。
 響いてくる男の声は、サラ金の取り立ても真っ青なヤクザぶりだ。声だけで十分、悪徳感満載だ。
 現に、幼女女神は真っ青になって飛び上がった。

「ぴゃ!?」
「アンタじゃそのスキルを上手に仕えないだろー? ほらほら、開けてくれよー! この戦神バロス様が使ってやるからよ!」
「ひ、ひぇえー……」

 女神は小さな手でシンの服を掴みながら、青ざめた顔で音の方向を見ている。
 体が不自然なほどガタガタ震えているし、大きな碧眼にはわかりやすく大粒の涙が浮かんでいた。

「何ですか、あの自称戦神のヤクザは」
「バロスは数百年前に死んだ勇者が神格化したものです。……ですが、見ての通り非常に荒っぽい性格でして……その、人々に非常にあがめられている神なので、力もかなり強いんです」
「主神かつ創造主よりも?」
「……この部屋にはさすがに無理やり押し入ってこられませんが、外で捕まったら間違いなく彼にスキルを取り上げられてしまいます」
「だから、僕に渡したと?」

 こくり、と頷くフォルミアルカ。

「シンさんはあまりスキルを頼りに生きていないでしょう? だから強いスキルに振り回されないはずです。……それに、後になって他人にスキルを譲渡すると、特定の条件を満たさない限りかなりランクダウンするんです」

 女神なりに考えた苦肉の策らしい。
 現に、この部屋の外でヤクザなスキル取り立て屋がギャーギャー騒いでいる。非常にうるさいし、神様というより指定暴力団員だと言われた方が納得のできるガラの悪さだ。
 泣いてばかりだと思いきや、ちゃんと女神らしい考えも持っていたらしい。

「かつて、バロスは人望ある勇者でした。しかし、偉業いぎょうを成した後に人々の尊敬と感謝を一身に受け、はやされました。その結果、真っすぐだった心はすっかり曇り、慢心しはじめたのです。周りに自分を崇めさせて、神となる資格を得て……後はあの通りです。時折、輪廻りんねの中に手を入れてスキルを拝借はいしゃくしては、己を信仰する者たちに授けて勢力を拡大してきました」
「それっていいの?」

 フォルミアルカはフルフルと首を横に振る。

「テイラン王国は彼を最も信仰している国です。確かに戦には強いですが、やり方は問わないという国のトップたちの考えを反映して、道理や善性といったものは二の次になっています。バロスの影響のある国は、彼の傲慢を映して荒れています。そもそも、バロスは神としては未熟です。力ばかり強い嬰児えいじのような神です。そして、あくまで戦神であって、主神ではないのです。土台が違いすぎる。……あと数千年、神の使いとして修行をすればあるいは……主神として通じる存在になる可能性はありますが」
「勇者ってことは、もともとフォルミアルカ様が?」
「ええ、初代勇者です。魔王を討ち取るまでは、非常に素晴らしい人だったのですけれど、どうしてでしょうかね」

 フォルミアルカは寂しげに笑う。

「いっそ神格を剥奪はくだつして、人に戻しちゃえば?」
「それは……その、私の力が弱いのと、反対に彼の力があまりに強いので難しいのです」

 自分で言いながら傷ついたのか、フォルミアルカはしょんぼり肩を落とす。その方法も考えてはいたらしい。
 外のヤクザ戦神はようやく諦めたのか、「また来るからな!」と台詞ぜりふを吐いてどこかへ行った。

「神様の弱い強いって、変わるの?」

 主神であるフォルミアルカの力がバロスより劣るというのが不思議で、シンは率直に尋ねた。

「信仰心が世界から失われると、その神は衰退すいたいしてしまうのです。私は主神なので、さすがに消えはしないのですが……」

 世知辛せちがらい。膝を抱えて三角座りをする幼女女神は、わかりやすく落ち込んでいる。
 テイラン王国は結構な大国だし、度重なる戦争によって成り上がっていった。この国では主神であるフォルミアルカよりも、元勇者の戦神バロスを強く崇めたてまつっているのだろう。

「あー、その、タニキ村でおやしろとか作ってみますから、ね?」
「ほ、本当ですかー!?」

 シンが適当になぐさめると、意外にもフォルミアルカは喜びをあらわにした。
 ぴょこぴょこと跳ねまわりながらへんてこな踊りをして、全身で感激を表現している。

(どれだけ不憫なんだ、この幼女女神)


 ◆


「ハレッシュさん、フォルミアルカという女神様をご存じですか?」

 翌朝、朝食の席でシンが尋ねると、ハレッシュは不思議そうな顔をした。

「……誰だそりゃ?」
「いえ、主神というか、創造主に該当する神様だそうです」

 幼女女神フォルミアルカは大神のくせにあまりにも認知度が低くて、シンは少々困った。
 いきなり知らない神様を奉ったら、周りの人は引くだろう。中学生くらいの年齢の子が陥りがちな、痛い思い込みによる黒歴史扱いされたり、リアルにヤバい宗教団体かと思われたりするかもしれない。

「うーん、その手のことは貴族の方が知ってるかもなぁ。ある程度地位の高い奴らは、教会とかに寄付金を出すのも一種の義務みたいなもんだし」
「ああ、あの阿呆あほう殿下でんかですか。仕方ないので聞いてきます」
「おー、頑張れよー。アホアホで、ちょいちょいムカつくところもあるが、悪いお方じゃないみたいだし」
「精神が五歳児レベルですよ、アレ。悪意があったら、即刻ボーマン様のところに叩き返します」

 宗教というのはその土地に深く根付いているものが多いし、中にはつま先から頭までどっぷりつかり切って人生を送る人間もいる。あるいは、迂闊な発言が僧侶や司祭の耳に入ると処刑されかねない過激な教団組織もあるという。
 見たところ、ティンパイン王国はそこまでディープな宗教はないように見受けられる。

「あー、あの糞爺」

 ボーマンの名前を聞いたハレッシュが、金茶の頭を掻いてため息をつく。

「そういえば、結局殿下の滞在費的なものはどうだったんですか?」
「おう、一括いっかつでドンと支払われていたらしいぜ」
「へえ。でも、その様子だとあまり良くない感じですね」

 少なくとも、領主パウエルが知っていた気配はなかった。もし彼が知っていたら、ティルレインの部屋を準備したり、寝具の一つくらい新調したりしていただろう。
 訳ありな居候いそうろうであろうとも、衣食住を少しでも良くしようと奮闘ふんとうしたはずだ。

「お察しの通り、あの爺のいる離れに、やたらゴテゴテした美術品が増えていたぜ」
「まさか……それに使ったんですか?」
「そのまさかだよ。芸術をたしなむのは貴族の特権だー、とか言ってたぜ」
「ハレッシュさん」
「ん?」
「ムカつくからティル殿下けしかけていいですか?」
「おー、やったれやったれ!」

 ハレッシュとシンはにやりと笑いあう。
 義務や責任はどこかへ放置し、特権や自分に都合のいいことだけを振りかざすボーマン。
 ちょうど手頃な権力者がいるところだし、多少痛い目にってもらってもいいだろう。

「そもそも、殿下のためのお金なんですから、使い込むのが筋違いですよね」
「マジそれな」

 ちなみに、国王夫妻からの心付け――滞在費用をられたなどとはまるで知らないティルレインは、ジャックと無邪気に庭を駆け回っていた。
 つくづく、何も知らないということは幸せである。


 ◆


 シンが領主邸を訪れると、ティルレインは相変わらず全力で歓迎してきた。
 体格も考えずに走り寄ってきて、抱きつこうとした馬鹿犬王子を避けるシン。彼には、ティルレインの見えない尻尾が扇風機のようにぶん回されているのがわかった。
 一方、飛びつきを避けられたティルレインは見事に芝の上をスライディングし、干し草のたばにぶつかってしょぼくれている。
 何故抱きとめてもらえると思ったのか、極めて謎だ。そんな少女漫画的な展開を期待するのは間違っている。
 シンは犬王子が駄々をこねはじめる前に立ち上がらせて、汚れた服を払ってやる。
 動きやすさを重視しているのか、最近のティルレインはラフな格好が多い。簡素なシャツにベスト、そしてスラックスといったちだ。もちろん、ラフといっても、間違いなく生地きじも仕立ても上等な品である。

「最近、パウエルとボーマンがしょっちゅう喧嘩しているんだ。家族は仲良くするべきなのになぁ。まあ、僕のところみたいに暗殺しあうような仲よりはずっといいけど! あんなに大騒ぎで喧嘩できるだけマシだな!」
「ああ、原因はお金の使い込みですよ」
「使い込み? ここは貧乏なんだろう? そんなに使えるお金があったのか?」
「ありますよ。ティル殿下のために王室から支給された滞在費が」
「………僕の?」
「ええ。やらかしたとはいえ、王籍はまだ残っているのでしょう? ポメラニアン準男爵邸が数個くらい余裕で建てられる金額だったらしいですよ」

 本当の金額など、シンは知らない。もっと多いかもしれないし、少ないかもしれない。
 しかし、ロイヤルやノーブルの金銭事情などわからなくても、嘘と真実をそれとなく混ぜて相手の考えを誘導するくらいはできる。まして相手は生粋のアホの子の御犬様だ。

「そんなもの出ていたのか?」
「でも、ボーマン様が使い込んで、くっだらない美術品に変わったそうです」
「美術品……ああ、そういえばあったな。やたら派手で下品なのが。骨董品も蒐集しゅうしゅうしていたようだが、あれは粗悪な贋作がんさくだぞ。そもそも肌の作りは雑だし、色味も浅くて単調だ。二百年前に亡くなったカレニャック作と言っていたが、作風も違うし、せっかくの絵柄もぼやけて迷いが多い。壺焼つぼやきの神といわれるカレニャックの陶芸品の神髄しんずいは、釉薬ゆうやくの色の玄妙げんみょうさにあるんだ。彼の色彩感覚と、釉薬の調合、そして焼き入れの技術は他に追随ついずいを許さないからな。確かに色鮮やかな作品は多いが、宝石をタイルのように貼り付けた、あんな雑な工作みたいな物は作らないんだよ」
「よくご存じですね」
「美しいものは大好きなんだ! 絵は得意なんだぞぅ!」

 ふん、と自慢げに胸を張る馬鹿犬殿下。
 王族の彼が芸術に精通しているのはおかしなことではないが、ある程度の知識があればいいだけで、伸ばすべき才能を間違えている気がする。

「それは凄いですね」

 シンが生ぬるい目でめると、またしてもティルのインビジブル尻尾がぶん回されている気配がした。

「王都にはシンディードの肖像画もあるんだ。機会があったら見せてやろう!」
「ありがとうございます」

 そんな場所に行く予定は一切ないが、否定するとティルがまた駄々っ子モードになって面倒なので、シンは適当に頷いておく。外見は子供でもメンタルはアラサーのシンは、本音と建前をオートで使い分けできるのだ。

「それより、お願いがあるんですが」
「ん? なんだ?」
「使い込みしやがったボーマン様を手っ取り早くこの領土から追い出すか、もしくは罪に問う方法はありますか?」

 シンは平穏を愛するので、余計なサイクロンの種を作ってくださりやがったボーマンには殺意マシマシだった。あわよくばこの場で吊るし上げしてやりたいくらいムカついている。
 領主はパウエル・フォン・ポメラニアン準男爵なので、ボーマンが蟄居ちっきょしようが、死刑になろうが問題ない。

「うーん、貴族と平民の裁き方は違うからなぁ」

 ティルレインはどこか他人事のように呟いた。

「というより、ティル殿下は怒らないんですか? ボーマン様は横領をしたんですよ」
「いい気分ではないが、僕はこの鄙びた村が結構気に入っているんだ。アイリのことで前の場所ではもの扱いだったし、シンやジャックのように気安く話しかけてくれる人もいなかった。あれも駄目、これも駄目。でも、ここではかつてないほど自由だからなぁ。のびのびできるよ」

 ティルレインはにっこにこのお日様のような笑顔を見せる。
 ティンパイン王国の第三王子は、側室ではなく正妃せいひとの子供のため、いつも絶妙に王位継承権争いがちらついていたのかもしれない。それに、お馬鹿な王子は軽い神輿みこしになりそうなので、担ぐ相手としてちょうど良かったのだろう。

「反省してください、殿下。開放的になっている暇があったら、ご迷惑をおかけした方々にお詫びの手紙でも書きなさい」
「うう、わかったよぅ……」
「ちゃんとできたら、狩りに連れていってあげます」

 むちばかりではなく、あめをちらつかせて機嫌を取りつつ、やる気を煽る。
 シンから提示されたご褒美に、ティルの顔がぱっと明るくなった。

「本当か? やったー! 頑張って書くぞー!」
「まずはボーマン様が殿下のことをパウエル様にも黙って軟禁していたこと、挙句に滞在費を横領していたことを、信用できる相手に伝えてください。貴族には貴族の法律があるのなら、それに則って裁判に掛けられるべきです。くれぐれも、パウエル様は関係ないことを伝えてくださいね?」
「うむ、パウエルはずっと僕に頭を下げていて、そのうち首が落ちてしまうんじゃないかって勢いだからなぁ。なんでボーマンが悪いのに謝るのはパウエルなんだ?」
(爺は頭下げんのかい)

 シンは脳内で出刃包丁でばぼうちょうを構えたくなった。エネミーは権力欲だけは人一倍の老害である。

「今の領主はパウエル様ですからね。ボーマン様が彼に罪をなすけないようにしなくてはなりませんよ。真面目なパウエル様が更迭こうてつされて、泥棒のボーマン様がポメラニアン領に残るなんて、悪夢ですよ? ティル殿下も軟禁に逆戻りするかもしれませんからね?」
「そ、それは嫌なんだぞ!」

 よほど嫌なのか、さすがのティルレインも真っ青になって首を振る。
 能天気な王子ですら、あの軟禁生活は最悪なものとして記憶に残っているようだ。暇は人を殺すと言うし、この好奇心こうきしん旺盛おうせいなティルにとってはまさに地獄だったのだろう。
 しれっとした様子で追い打ちをかけるシン。

「じゃあ、あなたの味方の中でその辺にうるさそうな人に送ってください。心象を良くするために、ご両親やヴィクトリア様、他にも貴方のやらかした事情を知っている方にも謝罪をかたぱしから送ってくださいね」
「わかった!」

 王族が安易に謝罪するのはいけないかもしれないが、ポメラニアン領というか、タニキ村にはティルレインの味方らしい味方はいない。やんごとなきお方が、護衛もお目付け役もつけられずに田舎にぶん投げられたあたり、見放された感が酷い。
 だが、仮にもティルレインが王族ならば、その滞在費用を前領主の元準男爵などという下っ端にかすられたという屈辱くつじょくは、国にとって看過かんかできないはずだ。ましてや、ティルレイン王子は――お馬鹿とはいえ――国王夫妻に可愛がられていたご子息だ。
 無視されたら無視されたで仕方ないし、上手く行けばこのティル殿下を引き取ってもらえるかもしれない。


 ◆


 ティルレインが纏わりつくので、近頃はソープナッツ探しがお預けになっている。
 最悪、あのお荷物と一緒に山に行かなくてはいけないと思い、シンはティルレインを徹底的に鍛え上げた。筋肉痛にうめこうが馬に乗って体幹を鍛えろと言い、死にたくなかったら弓矢を覚えろと尻を叩く。それでも、一人でお留守番は断固として嫌なのか、ティルは涙を溜めてプルプルしながらも訓練を続けていた。
 ハレッシュなど、「お前スゲーな」と、呆れと感嘆かんたんが複雑に入り混じった表情でシンを褒めた。そして、最近は仕事の合間にティルレインの訓練を手伝うようになっている。
 一応、ポメラニアン家にはテルファーという執事がいる。ほぼオールラウンドの使用人みたいなものだが、顔はどちらかというとインテリヤクザだ。子供や動物にすら怯えられる系。ティルレインなど、十七歳だというのに露骨に怖がっている。
 後日、シンにせっつかれたティルレインが筆をったことに、テルファーが礼を言ってきた。なんでも、王都から手紙が来ていたのにそれすら返事をしていなかったらしい。
 それを知ったシンが激怒したのは言うまでもない。
 ある日、小枝を振り回しながらなんちゃって魔法使いごっこをしていたジャックが、部屋の隅でじめじめとキノコが生えそうな勢いで落ち込んでいるティルを見つけた。

「あー、ティル兄ちゃんどうしたのー? またシン兄ちゃんに怒られたの?」
「゛お、おこられてないもんっっ!!」
(あ、これ滅茶苦茶怒られたヤツだ)

 ジャックは子供ながらに聡明そうめいだった。空気が読める五歳児だった。
 午前中、ティルはシンにギャンギャンに怒られていた。
 挙句、珍しく怒りを隠そうとしないシンに「散歩お出かけはなしです! 狩りご褒美はなし!」と言い放たれてから、ティルはずっと三角座りをしている。
 揃えた両膝を抱え、膝小僧に額を押し付けながらぐずぐず泣いている。

「ヴィ、ヴィクトリアだけ書いてなかっただけだもん! 他は書いたもん!!」
「ヴィクトリア様って、シン兄ちゃんが一番きっちり謝れって言ってた人だよね? だからじゃないかな」

 ジャックが悪気なく正論をぶっ刺した。
 それはティルレインもわかっていたのか「み゛ゃあああああああ!」と汚い鳴き声を上げはじめた。泣き声というより、怪鳥の奇声に近い。
 ダメダメのプリンスを見て、ジャックは思う。

(こんな大人にならないように気を付けよう。なるなら、シン兄ちゃんみたいな狩りが上手で女の子にモテそうな大人がいい)

 シンは狩りが上手で(スキル持ちだから)、クール(精神大人だから)なので、女の子にモテる。
 本人は自覚がないが、周囲からは彼氏や旦那の優良株として期待視されていた。
 毎日狩りに出かけて、獲物を捕らえてくる勤勉さから、十一歳でありながら、周囲の大人からも一目置かれている。おまけに、冒険者ギルドの討伐依頼も一人でこなすという。
 ジャックから見れば、十一歳のシンも十分大人でカッコいい存在だった。


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