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第六話 彼女が視たもの①
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図書室に向かうと、僕に気づいた雨宮さんが手招きをした。同じクラスの噂好きの女子が僕達を見て、ヒソヒソと話しているが、構うものか。
明日には僕と彼女が、付き合ってるなんて噂が流れそうだけど、それはそれで嫌な気はしないので、望む所である。
「海野先輩、図書室には歴代の卒業アルバムを保管してるんだよ。私は図書委員をやってるから、司書の先生に頼んで、書庫から拝借してきたのさ」
雨宮さんは、ドサッと卒業アルバムを机の上に置いた。ざっと数えると九冊くらいはあるだろうか。
「昭和三十五年から四十四年までの卒業アルバム? 六十年代かぁ」
「うん。その、オカルト同好会か研究会だか知らないけど、その取材メモには、昭和四十五年から、去年までの体験談ばかりだったから、それ以前のアルバムに載っている可能性が高いよね」
「なるほど。ちなみにオカルト研究部だよ」
あくまで生徒がメインだけど、卒業アルバムに先生と一緒に映っている可能性は高いな。
僕達は二人で手分けをして卒業アルバムを見ていく。二冊目のアルバムに手を掛けた時に、雨宮さんが顔を上げて僕に声を掛けてきた。
「――――海野先輩、見つけたよ。あの踊り場に居た霊はこの人だね」
「この人か。ええっと籐堂先生?」
青のプリーツスカート、そしてブラウスの肩まで伸ばした髪。穏やかで真面目そうな若い女性だった。生徒達の集合写真の真ん中で座っている。表紙を見ると昭和四十三年で、そこからさかのぼって二年間は、彼女の姿が確認できた。
「この隣の男、科学の澤本か」
「ああ、そうだね。ジュリーに似てるって人気の先生だけど……そのせいなのか、あの人には生霊が何体か憑いてるね。好意の念が飛んでるんだろうけど」
「モテる男はつらいってやつか」
澤本は二枚目俳優のようでうちのクラスの女子にも、人気がある。籐堂先生と同じく彼もこの島の出身ではなく、他県から赴任してきた先生だ。
どうやら一学年のクラスを持っていたようで、澤本が担任で副担任が彼女みたいだ。
「澤本なら、藤堂先生の事をなにか知ってそうだけど、化け学の教師じゃなぁ。彼女の死を尋ねても不審がられるだろうし、馬鹿にされるのがオチか」
「私がそれとなく霊視してもいいよ。守護霊ともコンタクトが取れるからね。その当時の様子が視えるかもしれない。そう言えば、海野先輩が行きたい所ってどこなの?」
僕が行きたい場所というのは、飯田典子の実家だ。赤城さんが行方不明なってから今日まで、学校を休んで引き籠もっている。
飯田さんとは、一年生の時に同じクラスだったので、友人とまではいかないまでも級友として話した事はある子だし。
「ちょっと疑問があるんだ。どうして赤城さんは数日、行方不明になっていたのかな。あの日、学校中を探してもいなかったんだよな? なんで同じように、悪霊を目撃した飯田さんが無事だったのか。どうも、そこがモヤモヤするというか、しっくりこないから飯田さんに、あの時の事を聞きたくてね」
「うん。彼女に話を、聞いてみる価値はありそうだねぇ。私も藤堂先生が呟いていた言葉も気になるし」
僕には聞こえなかったが、彼女には藤堂先生のぶつぶつと呟いていた言葉が聞こえていたようだ。
なにを言っていたのか聞いてみたが、雨宮さんは少し視線を彷徨わせて、今はまだ確信が持てるまで言わないよ、と断られてしまった。
❖❖❖
飯田さんの家は、港に近い場所の一軒家で、両親と祖母と一緒に暮らしている。僕の親父が、檀家さんの法事で回る時は、僕も手伝う事があり、島民の家はだいたい把握していた。彼女の家も、祖父母の代から檀家だった。
「お待たせ、海野先輩」
雨宮さんは、フレアスカートにニットのセーター、ジャンパーを羽織っているという私服で、学校に居る時とは印象が違う。
彼女は学校ではしっかりとしていて、大人っぽいイメージだけれど、私服は年頃の普通の女の子なんだな。
「なに?」
「いや、その服。雨宮さんによく似合っているなって思って」
「ありがとう」
突然僕はなにを言ってるんだろう。
雨宮さんも、そんな事を言われて困るだろうと思ったが、彼女は少し頬を染めて、小さくお礼を言うとそっぽを向いた。
なんとなく気恥ずかしくなって、僕達は、待ち合わせ場所から、飯田さんの家に向かって歩き始めた。
「そう言えば、うちの母が藤堂先生の事を覚えていてね」
「え、本当かい?」
雨宮さんは、話を変えるようにそう言うと、ポケットに手を突っ込んだまま、石の階段をトントンと降りていく。
「当時、先輩の子がちょうど在籍していたらしいんだけど。亡くなった藤堂幸子さんは、二十七歳。国語の教師で生徒の悩みも親身になって、よく相談に乗ってくれるような、優しい先生だったてさ。学校でもそれなりに人気があったみたいだから、当時は生徒達と折り合いが悪くて、自殺するなんて話は、おかしいと話題になってたみたいよ」
「写真でも、派手なタイプじゃないけど、なんとなく優しそうな雰囲気だったな。そんな先生が、いくら霊になったからといって生徒に襲い掛かったり、殺したりするのだろうか」
建前では、元気に振る舞っていたけれども、反抗的な不良に頭を悩ませていたとか、そういう事情でもあったんだろうか。死んで化けて出るほど、学校の生徒全般に恨みでもあったのか?
しばらくすると、日本家屋の家が見えてきて、僕達はインターフォンを押す。僕達に反応するかのように、庭の犬が吠えた。
『……どちら様でしょうか』
女性の、沈んだトーンの返答が帰ってきた。
「こんにちは。僕は辰子島高等学校の海野誠と言います。一年の時に典子さんと同じクラスで……心配で、様子を見にきました」
『海野くん?』
インターフォンで応答したのは、飯田さんのお母さんかと思ったが、困惑した様子からして、彼女本人だと分かった。わざわざ彼女が出てくるなんて、家族は出払っているのだろうか。
『どうして来たの?』
「うん。僕がオカルト研究部に入ってるのは知ってるよね。それで、もしかしたら飯田さんが抱えてる問題を、僕達が解決できるかもしれないと思ってさ。今日は、君のために辰子島高等学校きっての霊感の持ち主、雨宮楓さんも来てくれたんだ」
雨宮さんは、僕の脇腹を肘で小突いて睨み付けた。あまり霊感少女だと言う事を、世間に広めて欲しくないのだろうか。
『雨宮さんが? 少し待ってて』
明日には僕と彼女が、付き合ってるなんて噂が流れそうだけど、それはそれで嫌な気はしないので、望む所である。
「海野先輩、図書室には歴代の卒業アルバムを保管してるんだよ。私は図書委員をやってるから、司書の先生に頼んで、書庫から拝借してきたのさ」
雨宮さんは、ドサッと卒業アルバムを机の上に置いた。ざっと数えると九冊くらいはあるだろうか。
「昭和三十五年から四十四年までの卒業アルバム? 六十年代かぁ」
「うん。その、オカルト同好会か研究会だか知らないけど、その取材メモには、昭和四十五年から、去年までの体験談ばかりだったから、それ以前のアルバムに載っている可能性が高いよね」
「なるほど。ちなみにオカルト研究部だよ」
あくまで生徒がメインだけど、卒業アルバムに先生と一緒に映っている可能性は高いな。
僕達は二人で手分けをして卒業アルバムを見ていく。二冊目のアルバムに手を掛けた時に、雨宮さんが顔を上げて僕に声を掛けてきた。
「――――海野先輩、見つけたよ。あの踊り場に居た霊はこの人だね」
「この人か。ええっと籐堂先生?」
青のプリーツスカート、そしてブラウスの肩まで伸ばした髪。穏やかで真面目そうな若い女性だった。生徒達の集合写真の真ん中で座っている。表紙を見ると昭和四十三年で、そこからさかのぼって二年間は、彼女の姿が確認できた。
「この隣の男、科学の澤本か」
「ああ、そうだね。ジュリーに似てるって人気の先生だけど……そのせいなのか、あの人には生霊が何体か憑いてるね。好意の念が飛んでるんだろうけど」
「モテる男はつらいってやつか」
澤本は二枚目俳優のようでうちのクラスの女子にも、人気がある。籐堂先生と同じく彼もこの島の出身ではなく、他県から赴任してきた先生だ。
どうやら一学年のクラスを持っていたようで、澤本が担任で副担任が彼女みたいだ。
「澤本なら、藤堂先生の事をなにか知ってそうだけど、化け学の教師じゃなぁ。彼女の死を尋ねても不審がられるだろうし、馬鹿にされるのがオチか」
「私がそれとなく霊視してもいいよ。守護霊ともコンタクトが取れるからね。その当時の様子が視えるかもしれない。そう言えば、海野先輩が行きたい所ってどこなの?」
僕が行きたい場所というのは、飯田典子の実家だ。赤城さんが行方不明なってから今日まで、学校を休んで引き籠もっている。
飯田さんとは、一年生の時に同じクラスだったので、友人とまではいかないまでも級友として話した事はある子だし。
「ちょっと疑問があるんだ。どうして赤城さんは数日、行方不明になっていたのかな。あの日、学校中を探してもいなかったんだよな? なんで同じように、悪霊を目撃した飯田さんが無事だったのか。どうも、そこがモヤモヤするというか、しっくりこないから飯田さんに、あの時の事を聞きたくてね」
「うん。彼女に話を、聞いてみる価値はありそうだねぇ。私も藤堂先生が呟いていた言葉も気になるし」
僕には聞こえなかったが、彼女には藤堂先生のぶつぶつと呟いていた言葉が聞こえていたようだ。
なにを言っていたのか聞いてみたが、雨宮さんは少し視線を彷徨わせて、今はまだ確信が持てるまで言わないよ、と断られてしまった。
❖❖❖
飯田さんの家は、港に近い場所の一軒家で、両親と祖母と一緒に暮らしている。僕の親父が、檀家さんの法事で回る時は、僕も手伝う事があり、島民の家はだいたい把握していた。彼女の家も、祖父母の代から檀家だった。
「お待たせ、海野先輩」
雨宮さんは、フレアスカートにニットのセーター、ジャンパーを羽織っているという私服で、学校に居る時とは印象が違う。
彼女は学校ではしっかりとしていて、大人っぽいイメージだけれど、私服は年頃の普通の女の子なんだな。
「なに?」
「いや、その服。雨宮さんによく似合っているなって思って」
「ありがとう」
突然僕はなにを言ってるんだろう。
雨宮さんも、そんな事を言われて困るだろうと思ったが、彼女は少し頬を染めて、小さくお礼を言うとそっぽを向いた。
なんとなく気恥ずかしくなって、僕達は、待ち合わせ場所から、飯田さんの家に向かって歩き始めた。
「そう言えば、うちの母が藤堂先生の事を覚えていてね」
「え、本当かい?」
雨宮さんは、話を変えるようにそう言うと、ポケットに手を突っ込んだまま、石の階段をトントンと降りていく。
「当時、先輩の子がちょうど在籍していたらしいんだけど。亡くなった藤堂幸子さんは、二十七歳。国語の教師で生徒の悩みも親身になって、よく相談に乗ってくれるような、優しい先生だったてさ。学校でもそれなりに人気があったみたいだから、当時は生徒達と折り合いが悪くて、自殺するなんて話は、おかしいと話題になってたみたいよ」
「写真でも、派手なタイプじゃないけど、なんとなく優しそうな雰囲気だったな。そんな先生が、いくら霊になったからといって生徒に襲い掛かったり、殺したりするのだろうか」
建前では、元気に振る舞っていたけれども、反抗的な不良に頭を悩ませていたとか、そういう事情でもあったんだろうか。死んで化けて出るほど、学校の生徒全般に恨みでもあったのか?
しばらくすると、日本家屋の家が見えてきて、僕達はインターフォンを押す。僕達に反応するかのように、庭の犬が吠えた。
『……どちら様でしょうか』
女性の、沈んだトーンの返答が帰ってきた。
「こんにちは。僕は辰子島高等学校の海野誠と言います。一年の時に典子さんと同じクラスで……心配で、様子を見にきました」
『海野くん?』
インターフォンで応答したのは、飯田さんのお母さんかと思ったが、困惑した様子からして、彼女本人だと分かった。わざわざ彼女が出てくるなんて、家族は出払っているのだろうか。
『どうして来たの?』
「うん。僕がオカルト研究部に入ってるのは知ってるよね。それで、もしかしたら飯田さんが抱えてる問題を、僕達が解決できるかもしれないと思ってさ。今日は、君のために辰子島高等学校きっての霊感の持ち主、雨宮楓さんも来てくれたんだ」
雨宮さんは、僕の脇腹を肘で小突いて睨み付けた。あまり霊感少女だと言う事を、世間に広めて欲しくないのだろうか。
『雨宮さんが? 少し待ってて』
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