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第四話 霊視調査①
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そんなわけで、僕は雨宮さんの図書委員の仕事が終わるのを待つと、彼女と一緒に帰る事にした。図書委員なんて、暇だと思っていたが、案外やる事は多い。
辰子島にある喫茶店は、二店舗とも十六時には閉まるし、最近都会に出来ている話題のファミリーレストランなんてお洒落な物は、この島にはない。
仕方がないので、用件は帰る途中で伝えようと思った。
「海野先輩、涼風寺は逆だけど……もしかして雨宮神社まで来るつもりなの?」
「いや、帰る道中で用件を伝えようかと思ってね。遅くなったら危ないから、君を送って行こうかなと思ってた。別に寺の息子だからって、神社の付近を歩いちゃ駄目なんて法律はないぜ」
雨宮さんは、尖った感じで僕を怪訝そうに見た。彼女みたいに美人な子は、男に告白される事も多いだろうし、あきらかに僕の行動はナンパ男のそれだ。
まだ用件も言ってないんだから、彼女に警戒されるのも無理はないか。
ようやく『あったかいお飲み物』と書かれた自販機の前まで来ると、僕は雨宮さんに言った。
「雨宮さん、奢るよ。コーラとコーヒーどっちがいい?」
「それじゃ、私はコーヒーで……ありがとう」
「僕もコーヒーにしようかな」
コーラとコーヒー。
それしか選択肢のない自販機だ。彼女に熱いコーヒーを手渡すと、一口飲んで一息を吐く。辰子島の灯りは都会じゃ考えられないくらいに乏しい。ポツポツと感覚の開いた街頭に、駄菓子屋の横に設置された自販機の頼りない弱々しい光だけ。
「それで、私に協力して欲しい事ってなに? さっき試しに、あんたをこっそり霊視してみたけど、海野先輩には、悪い物は憑いてなさそうだよ」
彼女が、無理に丁寧に接しようとしているのが分かるので、思わず苦笑してしまった。雨宮さんは、誰かにゴマをするなんて苦手なんだろうな。
でも、普通の女の子みたいに、変に取り繕わないから僕も気を使わなくて済むのがいいや。
だけど、僕が心霊関係で彼女に相談したいと思っている事は、察してくれているようなので、案外優しいのかもしれない。
「僕とクラスは違うんだけど、同じ学年の女子が、首吊り自殺をしたのは知ってるよね。友人と一緒に居たはずなのに、こつ然と学校から居なくなって、行方不明になった。そして、冬休み中に三階の踊り場で自殺したんだ」
「――――ああ、あの踊り場ね」
雨宮さんは意味深な言葉を呟くとコーヒーを飲む。霊感が強い人間は、あの場所を通るとなにか感じるのか?
「僕はオカルト研究部に入ってるんだけど、辰子島高等学校の七不思議にある、鏡の中の女が今回の死に関係してるんじゃないかって思っているんだ。雨宮さんは霊感が強いんだよね? 霊視して貰えたらなって思ってる。もしその霊が原因で赤城さんが亡くなったんなら、他の人にも被害が出るかもしれない」
コーヒーをさらに一口飲むと、雨宮さんはなにかを視るように、視線を動かした。
「――――いいよ。今度喫茶店でクリームソーダ奢ってくれるなら。その鏡の中の女が自殺に関係しているのか分からないけどねぇ。私は必要な時以外は、霊視しないようにしているんだけど、仕方ない。海野先輩がその話をした瞬間、私の意思を無視して、背後に二人の女の霊がぼんやり立ったから」
「えっ」
慌てて振り返ったが、逢魔が時の坂道に人影なんて一つも見えなかった。からかっているのかなと思い、彼女の表情を伺ったけど、顔色一つ変えないし、冗談を言ってるようには思えないな。
「なぁに、陽炎みたいに揺らめいただけだよ。その女の名前を口にしていたら、あんたに憑いて来たかもしれないけどね。どちらもかなり、生きてる人間に強く訴えたい事があるみたいだから、無闇やたらに名前を口にするのは危険だよ。明日のお昼休みにでも霊視する」
「お昼でも霊が視えるのか?」
「霊視するのに、昼も夜も関係ないね。特に自殺した人間の魂なんて、何度も同じ事を繰り返すんだから。永遠に死ぬ事を繰り返すんだよ」
雨宮さんは、冗談や霊感美少女という、ミステリアスな雰囲気を、人気取りのために醸し出して、嘘を付いているわけじゃなさそうだぞ。霊感のない僕には視えなかったけど、本当に彼女達は『居た』んだと思う。
何故なら誰もいないはずなのに、香水のような香りが風に乗って匂ったからだ。
「そ、それじゃあ、この件が解決したら喫茶店で、クリームソーダを君に奢る。それで交渉成立だ」
「了解」
❖❖❖
昼休みに、僕達は階段の踊り場に集合した。ここで人が亡くなっているせいか、こちら側の階段を使う生徒はおらず、みんな反対側の階段を利用する。おそらく先生もそうしているのか、ほとんど人が通らないようだ。
賑やかな声が遠くから聞こえるのに、ここは僕達二人だけだった。この階段の踊り場だけ、別の空間みたいに妙に湿っぽく暗いように感じる。
「それじゃあ、霊視を始めるよ」
雨宮さんがそう言うと、目をつむる。そしてバッと両目を開いた。
彼女の瞳が光の加減なのか紅くなったような気がしたけど、気のせいか? 雨宮さんが霊視をしている間、邪魔にならないようにどう時間を潰そうかと考えていると、ふと彼女が僕に向けて両手を差し出してきた。
「え?」
「私の手を握ると、あんたも同じ物が視えるよ。自分じゃ気付いてないだろうけど、涼風寺の血筋なら視えるはずだ」
霊が視えるという言葉に恐怖と好奇心、そして白くて華奢な指を、差し出された照れ臭さに、僕は顔が熱くなった。
女の子と手を繋ぐなんて、小学校低学年の時以来だ。躊躇していたが、僕は雨宮さんの手を握った。
「あ………!」
その瞬間、まるで時間が止まったかのようにあたりはモノクロの景色になる。色があるのは僕と雨宮さんだけだ。
彼女がゆっくり僕の背後に視線を泳がせると、誰かがノイズ混じりに、ブツブツとくぐもった小声でなにかを呟きながら階段を登って来るのを感じた。
その存在を直視していないのに、それは細身の女性で膝上の青のプリーツスカート、白いブラウス、肩まで伸びた内巻きの髪の女性だと言う事が、なんとなく頭の中でぼんやりと浮かぶ。
顔を視ようとするけれど、ぼんやりと肌色のモヤがかかっていて、その人物がどんな顔なのか認識する事が出来ない。
いや、視えているのに分からないのだ。
「あれが、鏡の怪か」
雨宮さんは、緊張している様子もなければ、怯えている様子もなく、視線を動かして霊の動きを追っている。
僕は全身総毛立って、背中に冷たい汗が伝うような感覚に襲われていた。今すぐ情けない悲鳴を上げて、ここから逃げ出したいが、雨宮さんにしっかり手を握られて動けやしない。
「多分、大丈夫だよ。あれは地縛霊だろうから、訴えたい事はあっても、あんたには危害を加えないだろう……せいぜい付き纏いくらいだ。ほら、鏡を見てごらん」
多分? 多分じゃあ困るのだが。
それに付き纏われるなんて恐ろしすぎる。そう言うと、雨宮さんは怯えている臆病な僕を見て少し笑った。
辰子島にある喫茶店は、二店舗とも十六時には閉まるし、最近都会に出来ている話題のファミリーレストランなんてお洒落な物は、この島にはない。
仕方がないので、用件は帰る途中で伝えようと思った。
「海野先輩、涼風寺は逆だけど……もしかして雨宮神社まで来るつもりなの?」
「いや、帰る道中で用件を伝えようかと思ってね。遅くなったら危ないから、君を送って行こうかなと思ってた。別に寺の息子だからって、神社の付近を歩いちゃ駄目なんて法律はないぜ」
雨宮さんは、尖った感じで僕を怪訝そうに見た。彼女みたいに美人な子は、男に告白される事も多いだろうし、あきらかに僕の行動はナンパ男のそれだ。
まだ用件も言ってないんだから、彼女に警戒されるのも無理はないか。
ようやく『あったかいお飲み物』と書かれた自販機の前まで来ると、僕は雨宮さんに言った。
「雨宮さん、奢るよ。コーラとコーヒーどっちがいい?」
「それじゃ、私はコーヒーで……ありがとう」
「僕もコーヒーにしようかな」
コーラとコーヒー。
それしか選択肢のない自販機だ。彼女に熱いコーヒーを手渡すと、一口飲んで一息を吐く。辰子島の灯りは都会じゃ考えられないくらいに乏しい。ポツポツと感覚の開いた街頭に、駄菓子屋の横に設置された自販機の頼りない弱々しい光だけ。
「それで、私に協力して欲しい事ってなに? さっき試しに、あんたをこっそり霊視してみたけど、海野先輩には、悪い物は憑いてなさそうだよ」
彼女が、無理に丁寧に接しようとしているのが分かるので、思わず苦笑してしまった。雨宮さんは、誰かにゴマをするなんて苦手なんだろうな。
でも、普通の女の子みたいに、変に取り繕わないから僕も気を使わなくて済むのがいいや。
だけど、僕が心霊関係で彼女に相談したいと思っている事は、察してくれているようなので、案外優しいのかもしれない。
「僕とクラスは違うんだけど、同じ学年の女子が、首吊り自殺をしたのは知ってるよね。友人と一緒に居たはずなのに、こつ然と学校から居なくなって、行方不明になった。そして、冬休み中に三階の踊り場で自殺したんだ」
「――――ああ、あの踊り場ね」
雨宮さんは意味深な言葉を呟くとコーヒーを飲む。霊感が強い人間は、あの場所を通るとなにか感じるのか?
「僕はオカルト研究部に入ってるんだけど、辰子島高等学校の七不思議にある、鏡の中の女が今回の死に関係してるんじゃないかって思っているんだ。雨宮さんは霊感が強いんだよね? 霊視して貰えたらなって思ってる。もしその霊が原因で赤城さんが亡くなったんなら、他の人にも被害が出るかもしれない」
コーヒーをさらに一口飲むと、雨宮さんはなにかを視るように、視線を動かした。
「――――いいよ。今度喫茶店でクリームソーダ奢ってくれるなら。その鏡の中の女が自殺に関係しているのか分からないけどねぇ。私は必要な時以外は、霊視しないようにしているんだけど、仕方ない。海野先輩がその話をした瞬間、私の意思を無視して、背後に二人の女の霊がぼんやり立ったから」
「えっ」
慌てて振り返ったが、逢魔が時の坂道に人影なんて一つも見えなかった。からかっているのかなと思い、彼女の表情を伺ったけど、顔色一つ変えないし、冗談を言ってるようには思えないな。
「なぁに、陽炎みたいに揺らめいただけだよ。その女の名前を口にしていたら、あんたに憑いて来たかもしれないけどね。どちらもかなり、生きてる人間に強く訴えたい事があるみたいだから、無闇やたらに名前を口にするのは危険だよ。明日のお昼休みにでも霊視する」
「お昼でも霊が視えるのか?」
「霊視するのに、昼も夜も関係ないね。特に自殺した人間の魂なんて、何度も同じ事を繰り返すんだから。永遠に死ぬ事を繰り返すんだよ」
雨宮さんは、冗談や霊感美少女という、ミステリアスな雰囲気を、人気取りのために醸し出して、嘘を付いているわけじゃなさそうだぞ。霊感のない僕には視えなかったけど、本当に彼女達は『居た』んだと思う。
何故なら誰もいないはずなのに、香水のような香りが風に乗って匂ったからだ。
「そ、それじゃあ、この件が解決したら喫茶店で、クリームソーダを君に奢る。それで交渉成立だ」
「了解」
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昼休みに、僕達は階段の踊り場に集合した。ここで人が亡くなっているせいか、こちら側の階段を使う生徒はおらず、みんな反対側の階段を利用する。おそらく先生もそうしているのか、ほとんど人が通らないようだ。
賑やかな声が遠くから聞こえるのに、ここは僕達二人だけだった。この階段の踊り場だけ、別の空間みたいに妙に湿っぽく暗いように感じる。
「それじゃあ、霊視を始めるよ」
雨宮さんがそう言うと、目をつむる。そしてバッと両目を開いた。
彼女の瞳が光の加減なのか紅くなったような気がしたけど、気のせいか? 雨宮さんが霊視をしている間、邪魔にならないようにどう時間を潰そうかと考えていると、ふと彼女が僕に向けて両手を差し出してきた。
「え?」
「私の手を握ると、あんたも同じ物が視えるよ。自分じゃ気付いてないだろうけど、涼風寺の血筋なら視えるはずだ」
霊が視えるという言葉に恐怖と好奇心、そして白くて華奢な指を、差し出された照れ臭さに、僕は顔が熱くなった。
女の子と手を繋ぐなんて、小学校低学年の時以来だ。躊躇していたが、僕は雨宮さんの手を握った。
「あ………!」
その瞬間、まるで時間が止まったかのようにあたりはモノクロの景色になる。色があるのは僕と雨宮さんだけだ。
彼女がゆっくり僕の背後に視線を泳がせると、誰かがノイズ混じりに、ブツブツとくぐもった小声でなにかを呟きながら階段を登って来るのを感じた。
その存在を直視していないのに、それは細身の女性で膝上の青のプリーツスカート、白いブラウス、肩まで伸びた内巻きの髪の女性だと言う事が、なんとなく頭の中でぼんやりと浮かぶ。
顔を視ようとするけれど、ぼんやりと肌色のモヤがかかっていて、その人物がどんな顔なのか認識する事が出来ない。
いや、視えているのに分からないのだ。
「あれが、鏡の怪か」
雨宮さんは、緊張している様子もなければ、怯えている様子もなく、視線を動かして霊の動きを追っている。
僕は全身総毛立って、背中に冷たい汗が伝うような感覚に襲われていた。今すぐ情けない悲鳴を上げて、ここから逃げ出したいが、雨宮さんにしっかり手を握られて動けやしない。
「多分、大丈夫だよ。あれは地縛霊だろうから、訴えたい事はあっても、あんたには危害を加えないだろう……せいぜい付き纏いくらいだ。ほら、鏡を見てごらん」
多分? 多分じゃあ困るのだが。
それに付き纏われるなんて恐ろしすぎる。そう言うと、雨宮さんは怯えている臆病な僕を見て少し笑った。
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