白と黒のリカルド

蒼琉璃

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最後の戦い〜02〜

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 マナは心の中で震え立つのを感じた。遠くの空にはいくつもの黒い粒が見えた。西軍の飛空艇だろう。

 バタバタと兵士達が飛空艇に乗り込み始める頃、北の森では大狼ルー・ガルーのナギを先頭に、森の隙間を塗って走り抜けていた。銃弾を予期できなかった襲撃時に比べ、覚醒した彼らは人間よりも動きが素早く、敏感だ。
 狼に変身して、鋼の体で喉元を喰い破るものもいれば人型のまま鋭い爪で喉を掻ききる者もいた。 

「お前達、風を切る音には気を付けろ! あの銃弾だ」

 ナギの言葉に大狼ルー・ガルー達は怒号の間に聞こえる風を切る音をスローモーションでとらえると素早く避ける。枝を伝いながらナギは騎乗したまま銃を撃つ兵士の背後に周り鋭い鉤爪で喉を掻ききる。ふと空を見上げると空に大きな白竜ホワイトドラゴンの影がよぎり、ナギは胸を締め付けられるような気持ちになった。遠い日の魔女戦争を思い出した。

「マナ、死ぬなよ……!」

 再び白竜ホワイトドラゴンに乗ったマナの表情は凛々しい。並行するように飛ぶ飛空艇の背中には黒衣ローブをなびかせた氷のように冷たい表情を浮かべたセイラムが立っていた。
 前方の飛空艇が赤く光ったかと思うと、爆撃が始まる。それと同じくして北軍の飛空艇からも応戦するかのように砲撃が始まった。
 セイラムの藍灰色らんかいしょくの瞳が青白く光ると、敵軍の飛空艇が凍りつき砲弾を受けて粉々に砕け散る。氷の刃が浮き上がると硝子を突き破って兵士の息の根を止める。

 マナは、味方の飛空艇が爆破された衝撃で白竜ホワイトドラゴンは一瞬傾くが、砲撃をかわしつつ白銀の炎を浴びせ、飛空艇を焼き尽くす。そして白竜ホワイトドラゴンの背中の上で弓を構えると、頭の中に言葉が浮かびあがり、見たことも聞いたことのない文字と発音で言葉にすると放たれた弓矢に閃光が宿る。
 撃ち落とそうとした砲撃をすり抜けて先端に刺さると、爆発音がして大きく船が傾いていく。
 飛空艇は、西軍の方が多く押され気味ではあったが、ドラゴンと魔法のお陰でなんとか対等に戦う事が出来ている。

「ルキアさんは一体、どこにいるの……?」

 マナは飛空艇を攻撃しながらふと、ルキアの姿が見えない事に首を傾げていた。飛空艇の先頭、中央にいる母艦に西の魔法使いがいるのかと思っていたが、いくら白竜ホワイトドラゴンで旋回してみても姿が見えない。大きな母艦の砲撃は他の飛空艇とは比べものにならない位で、いくつもの味方の飛空艇が撃破されている。
 この母艦に船長として指揮をとっているのかと思ったが厳しい表情の中年の軍人が攻撃を指揮していた。マナは上空から白竜ホワイトドラゴンに炎を吐かせて攻撃した。
 だが、他の飛空艇とは違いなかなか歯が立たない。母艦の最後尾が開き、5機小型の飛空艇が現れマナに向かって攻撃を仕掛けてきた。
 機関銃が撃たれると、マナと白竜ホワイトドラゴンを守るように分厚い氷の壁ができる。

「セイラム! ありがとう」

 苦手ながらも、空中浮遊の魔法で浮き上がりながらマナを守るとゆっくりと白竜ホワイトドラゴンの背中に降り立つ。

「構わぬ。マナよ……この母艦は手強いな、お前の魔力と私の魔力で達を始末したら、母艦を攻めるぞ」
「うん、この母艦さえどうにかしたら、何とか……!」

 マナの合図と共に氷の刃と閃光の弓矢が小さな機体を追いかけ、機関銃を撃ち放って反撃する小型飛空艇を避けながら次々と爆撃していく。水の都として知られる美しい場所に標準を合わせて砲撃されると大きな爆発音と共に、炎が生き物のようにうねって天高く舞った。
 マナは歯を食いしばり、白竜ホワイトドラゴンが飛空艇の背中に乗ると咆哮をあげながら、爪で引っ掻き、鋭い牙で噛み付くとぐにゃりと天井を歪ませた。母艦といえどドラゴン程の大きな竜が上に乗り噛みつけば、バランスを崩してしまう。
 僅かに隙間が開くと下から銃弾が撃たれた。それを避けるように飛び上がると、マナの閃光の弓矢が内部に放たれ、爆発が起きた。
 そしてセイラムの絶対零度の氷結が母艦を包むと音を立てて粉々になると地上へと堕ちていった。

「ルキアも母艦に乗っておったのか?」
「ううん、ルキアさんは乗っている様子が無かったの……まさか地上戦に加わっているの?」

 マナの何気無い言葉に、セイラムはハッとしたように顔をあげた。てっきり飛空艇で司令塔になっていると思っていたが、そうではない。

「ルキアの真の目的は……白き魔女の亡骸かも知れぬ。北の都が繁栄できているのは彼女の亡骸が放つ聖なる力が大きい。影響力の強弱は都によって違いはあれど、クローディアの魔力に頼って北の都は豊かに暮らしていけた」
「てっきり、北の都を支配したいのだと思っていたけど……ルキアさんは嘘つきだものね。本当の事を私には話さなかったんだわ。…………セイラムは、その為にクローディアの亡骸を氷の棺に閉じ込めていたの?」
「違う、そうでは無い。彼女の亡骸にまでそんな恵みがあるとは思ってもみなかった。ただ、私は……彼女の存在が消えてしまうのが怖かったのだ。もし、白き魔女の亡骸に奇跡の力が宿っていると知っていたら、死んでなお彼女が人々の犠牲になるような事はしなかった」

 セイラムの言葉は、いまだかつてないくらいに心の底からの辛い思いと後悔の念が感じられた。マナはセイラムをじっと見つめると微笑み抱きしめた。

「セイラム……、クローディアはきっと人間達の犠牲になることは苦では無かったの。可愛い子供のようなものだから……でも犠牲になること全てが人間の為にはならない。だから跡形もなく焼いて欲しかったんだね。でも、セイラムの気持ちもナギの気持ちもクローディアはよくわかってると思う」

 どう言葉にすればいいかわからないが、ただ彼女はセイラムに怒りを持っているとは思えなかった。フリエの創り出した人造生物ホムンクルスであるセイラムに名前を与えたのは、白き魔女だったと、黒き魔女フリエに夢の中で教わった。自我が芽生えたのもクローディアのお陰なら、ある意味、親と同じ程の愛する人が消えしまうのが耐えられなくて氷漬けにしたのも理解ができた。セイラムは瞳を伏せると白竜ホワイトドラゴンの背上でマナをぎゅっと抱きしめた。

「お前を保護していたのは、クローディアに似ているからではない。お前が白き魔女の生まれ変わりで運命の悪戯が私達を引き合わせたのだとしても、マナ……私はお前をマナとして愛している。クローディアの変わりならば、こんなにも、心を揺り動かされる事は無かっただろう……私は北の森で出逢ったマナに恋をしたんだ」

 マナの翡翠の瞳から涙がこぼれ落ちた。セイラムの言葉は、嘘偽りはない。白き魔女の生まれ変わりだから自分を愛したんじゃない、北の森で出逢ったマナとして自分を愛してくれた。
 これ以上無いくらいに、欲しかった言葉が聞けると涙を拭いてこくん、と頷いた。
 
「白き魔女を守らなくちゃ、ルキアさんの手に渡ったらどんな風に利用されるかわからない。ここは空軍に任せて、誓いの間に行かなきゃ」

 マナの言葉に、セイラムは頷いた。

✤✤✤

 ルキアは北の都に着く直前で母艦から飛び出すと空中にふわりと浮いて低く飛ぶ比較的、兵士の警備が少ない海岸沿いに降り立った。
 森は大狼ルー・ガルーの集団がいる。黒き魔女に闇の魔法文字を刻ませたが、マナの光の魔力で消し去られてしまった。
 唯一、それを免れたのは自室に置いていた愛剣だけで、自分の腰元に携えたこの一本だけだ。

「あー、思ったより警備兵がいるねぇ。さすがセイラムさん! ちゃーんとこっちにも気を回してたか。でもねぇ、大狼ルー・ガルーでもない、魔法使いでもない、白き魔女ちゃんでもない普通の兵士なんて、なーんにも役に立たないんだよ」

 ゆっくりと歩きながら、ルキアは人懐っこい笑みを浮べて一人砂浜を歩いて裏門へと向う。数十人の兵士達がこちらを見ると、銃を構えながら警告した。

「貴様、その軍服は西の都のものか! 剣と銃を置いてそこに跪け!」
「ああ! 飛空艇が墜落して命からがら逃げてきたんだ! 怪我をしている、助けてくれ」

 ルキアは両手を銃と剣を置くと、両膝をついて両手を頭においた。兵士達はこの軍人の他には誰もいない事を確認すると、裏門を明けて数人が銃を構えながらルキアに近寄った。
 頭の上に置いた手を取ると、兵士達は手首を縄で縛り、銃と剣を持つとルキアを連れて北の都の裏門を通り抜けると、兵士達が集まる広場へと連れて行かれる。

「お前は一体何者だ、墜落した割には元気そうだが」
「へへ、ちょっと、アソコを強く打ってしまいまして、さっきまでうずくまってたんですよぉ……本当に兵士の中でも馬鹿でノロマで守りが緩いんで」

 ヘラヘラとルキアが笑うと、兵士達が下品な笑いをした。ルキアを縛り付けていた縄を小さな風が切るとバサリと地面に落ちる。
 驚いて殴りつけようとした兵士の体を風が切り裂くと断末魔の悲鳴が響いた。銃と剣を引き寄せるとルキアは無慈悲に撃ち殺していく。
 
「て、敵襲!!」

 銃弾の雨がルキアに降り注ぐと、全て風が銃弾を弾いていく。それが魔力だと気付いた兵士達は蒼白な顔で剣を持った。
 ルキアは楽しげに口笛を吹くと、闇の魔法文字が刻まれた剣を鞘から抜いた。青紫に光る剣に禍々しい漆黒の闇の文字が浮かび上がっている。

大狼ルー・ガルーは、再生能力が失われて壊死しちゃったけど、人間はどうかなぁ? 弱いもんねぇ……試しちゃおーと!」

 ルキアは楽しそうにはしゃぐと、襲いかかってきた兵士の剣を払いのけて斬りかかる。傷口から青紫の炎が吹き出すと、全身に回って跡形もなく崩れ落ちた。

「わーお! ファンタスティーック! じゃんじゃん攻撃をしてきてくれるかい? めちゃくちゃ楽しいこれ!」

 兵士達は襲いかかってくる者もいれば、逃げ出す者もいた。だがルキアは逃さず銃で撃ち殺し、魔法使いとは思えない剣術で次々と兵士を燃やし尽くした。いつの間にか、ルキアの周りは黒いススと兵士達の亡骸だけが残っていた。

「さてと、怪しまれないように誓いの間までいきますか。マナちゃんとセイラムさんが気付く前に白き魔女ちゃんの亡骸を頂かなくちゃ。やっぱり故郷は大事にしないとねぇ……この都が衰退していくのはさぞ愉快だろうな」

 死んだ兵士のマントをローブ変わりにすると何食わぬ顔でルキアはざわめく街の中に溶け混んだ。
 この大陸の恵みの源と言われている、白き魔女の亡骸を故郷に移せばそこは第二の北の都になる。そして彼女の亡骸は信仰の対象となり人を支配するには大きな役割を果たす。
 この大陸を支配する唯一の魔法使いの王になるには絶対的な象徴だ。後はになる方法でも、マナの前世の記憶を無理矢理にでも引き出して聞けば良い。

「あんな所に隠しておかないで、城にでも飾れば良いのになぁ。セイラムを殺したらマナちゃんにも俺の隣に居てもらわないとね。白き魔女の生まれ変わり、奇跡の聖女として」
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