白と黒のリカルド

蒼琉璃

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絡まる糸〜02〜

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 小屋とは別に、中央に一際大きなテントが設置されており、此処は大狼ルー・ガルー達の長を中心にして群れの掟や、恵みの森での生活や旅の生活について会議をする場所だと言う。
 テントの入り口付近には、勇ましい男女がまるで門番のように立って周囲を伺っていた。
 森に住むアヒの毛皮で出来た敷物と、織物が得意な大狼ルー・ガルーの女性達が編んだ伝統的な模様の絨毯が地面に敷かれ、ナギを中心として各々四人が、それぞれ腰を降ろした。
 遠い昔、あれは魔女戦争の頃、こうして彼等と共に、何度も戦略を練っていた事を思い出す。

「セイラムさん、マナちゃんは大丈夫なの?」

 まだ見ぬ【同居人】に興味津々な様子でルキアが隣の北の魔法使いを覗き込むと、チラリと視線だけを動かし、ああ、と短く返事をした。魔法使いの中でも比較的話が通じ、母親である先代の西の魔法使いに幼い頃、連れて来られた時からの旧知の仲だが、この男の性格は良く分かっていた。
「折角だから、後でご挨拶したいな~~。セイラムさんと一緒に住んでる女の子なんて、鉄の心臓の持ち主に決まってるし~」
『ぼ、僕も逢いたいです! マナが心配で……それに、謝りたいし……』
「――――今は集中すべき事が目の前にあるだろう。話し合わねばならぬ」

 ルーは兎も角、彼等の群れの中に居ると言うこの状況に、まるで緊迫感の無い二人を見ていると頭痛がしてくる。溜息をついて額を指先では抑えた。
 ナギは、予想外に増えた煩い客人に眉を顰めて苦笑したが気を取り直して咳払いをする。その合図で、三人はナギに視線を集中させた。

「俺は今この群れを率いている長の大狼ルー・ガルーのナギだ。魔女戦争後、親父から正式に群れの長を継承した。お前達も知っての通り俺達は、人との交流を断ち恵みの森を旅している。
 二十年前から人間に追われるようになり、ここ数年で激しさを増した。俺は皆を守る為に、群れを三つに分けて行動するようになった」

 群れを分けたのは、少人数で行動する方が安全だと考えたのだろうか。強靭きょうじんな肉体と再生能力を持つ彼等が、全滅を恐れて仲間を散らせるとは余程、切羽せっぱ、詰まって居たのだろう。

「お前には兄が居たな。別の群れを率いておるのか」
 その問いに、ナギは頷くと僅かに目を伏せた。
「兄はもう百年前に寿命を全うした。甥のニーヨルと、姪が率いている。姪の群れとは連絡を取っているが……ニーヨルの群れは襲撃され散り散りになって、甥の消息は不明だ。群れの生き残りは……俺が保護して迎い入れた」

 ナギの話を黙って聞いていたルキアが、腕を組みながら首を傾げた。

「凄く疑問なんだけど。君達って伝承だと、不死って言っても可笑しく無い位に強靭な体と、戦闘力持ってるんだよね、うちの爺ちゃんも良くそう言ってたしさ。
 だから、何で遥かに弱い人間に襲われてこんな大変な事になってるのか不思議で……あぁ、そう言えば……! 約束の月で銃創の話が出たよね、セイラムさん」

 ルキアの疑問は最もだ。キリエが話題に出した、貫通した銃創痕を持つ大狼の存在が、セイラムの予想通り【悪い予感】に繋がる。自分達の身に起こっている事の一片が、既に魔法使い達の耳に入っているのか、と金色の目を見開いたナギが、魔法文字の刻まれた銃弾を摘んで見せた。

「これは、撃たれた仲間の太腿に残っていた銃弾だ……。魔法文字が刻まれている。心当りは無いか。これが体に残ると再生されないまま腐り落ちる。貫通しても回復するのに何ヶ月も掛かって、後遺症も残るんだ」

 恐らく、再生能力をの高い種族故に、これまで自力で怪我を治し病ならば薬草といった原始的な方法で生活をしていたのだろう。
 弱い人間達は、それ故に医療技術が進歩したが、彼らは強靭な体故に時が止まったままだ。
 マナが居なければ、やがて彼等は死に至っていたに違いない。
 
 ナギは二人の魔法使いを探るように、目を光らせ見つめると、その視線に気付いたルキアが肩を窄め居心地悪そうにしながら、銃弾に顔を寄せた。

「うーん、この銃弾の形なら一般的な猟銃だし、東西南北どの都にも輸出してるものだよ。でも……この魔法文字の効力はもう無いみたいだけどね。これ、見た事無いや……何て書いてあるのか……ちょっと俺には分かんないな」

 ルキアは、顔を顰めながらナギの指から弾丸を取り、必死で魔法文字を読み解こうとしていたが、観念したように乾いた笑いを浮かべ、照れ隠しに指先で頬を掻いた。
魔法使いならば、全ての魔法文字を読めると思っていたナギだが期待が外れ、重い溜息を付いた。
 名誉挽回するように、ルキアの掌に乗せられた銃弾を、セイラムが掴むと自分の眼前まで引き寄せ、食い入るように見つめる。

「…………これは…………」
 険しい表情のまま、口を紡ぐセイラムを心配そうにルーが見上げ声を掛ける。
『セイラム様、何て書いてあるんですか?』
「何が書いてあるか、と言う事が問題では無い。これは――――この文字は闇の魔法だ」

 闇の魔法と聞いて、ルキアもルーもきょとんとして目を丸くした。闇の魔法と言えばセイラムが司る魔力の一部ではないのか。
 まさか、大狼ルー・ガルーを追い詰めていた力はセイラムの魔力なのか? 訝しむように見ていた二人とは対象的に、ナギが何かを思い出すように押し黙ったまま目を泳がせた。
 三人の様子に気付いた氷の魔法使いが、説明を付け加える。

「これは、失われた古の魔法文字だ。黒き魔女が生きていた頃、彼女が使っていた闇の魔法だ」
 セイラムの言葉にその場が凍り付いたように静かになった。沈黙を破るようにナギが、氷の魔法使いを睨み付ける。
「――――黒き魔女が、生きてるのか?」
「それは分からぬ。そんな動きがあれば約束の月で話題に上ったであろう。彼女の魔力レガシーを受け継いた者が居るのか……、それとも彼女が遺した魔法文字を何者かが利用しているのか」

 それとも、本当に黒き魔女が何処かで生きていて、大狼ルー・ガルーを人に狩らせているのか。或いは、魔法使いの誰かが……? 

「ちょ、ちょっと……黒き魔女なんて怖すぎるから、もっと現実的に考えよう! 文字を彫るくらいならさ、職人なら誰でも出来るよ。だからこの銃弾が何時作られて、何処に出荷されたか、俺が調べれてみる。そしたら手掛かりになるでしょ」

 全ての武器は西の都から輸出される。武器を受け取り銃弾を細工した者が居るなら、その者が首謀者だ。
 文字を刻むだけで、効力が発揮されるとは思えないが、その黒幕には必ず魔力を持つ者、或いは素質を持つ者が居る筈だ。
 暫く考えるように黙っていたナギが、ルキアを見つめた。

「北の森だけで無く、他の森でも襲撃された。俺達を狙う組織なんてものがあるなら、あんた等魔法使いに助けを借りたい。じゃなきゃ何時か、本当に黒き魔女が帰って来た時に森を守れないからな」

 そう言ってナギは二人を見つめた。自嘲するような、冗談めいた言葉だったが、もしかすると【それ】が彼等の真の目的だと言う可能性も無きにしもあらずだ。

「銃弾の分析は、お前に任せておくぞ。私は少々……気になる事があるので人と会う」
 マナを連れて行くかどうか、まだ決めかねているが、あの隠れ家の付近も今や安全とは言えない。この場所居れば、ナギは彼女を命懸けで護るだろう。
 先程の態度を見ても、ナギがマナを気に掛けていると言う事は明白で、その理由もセイラムは重々承知していた。
 ――――それが、セイラムの心を不快にさせる。これが嫉妬と言う感情なのだろうか。

「取り敢えず、今日はこの群れで休め。あんた等も寝てないんだろ。此処を寝床に使ってくれ」
 夜通しマナを追い掛けていたお陰で、ルーも、ルキアも疲労の色を隠せない。どんなに魔力が高く不老長寿でも、自分と違い三人の魔法使いは万能では無いのだ。使い魔のルーも随分と魔力と体力を消耗していた。
 二人にナギの言葉に甘えて此処を使う様に、と促したセイラムが立ち上がり、テントを出るて小屋へと歩き始めると、人目を偲ぶように背後から追いかけて来たナギが声を掛けて来た。

「セイラム。お前に話がある」
「――――何の用だ」

 肩越しに視線を向けると、ナギが苛ついたように漆黒の髪を掻いた。あの頃と少しも変わらない冷静で無愛想な様子に、感情が振り回せれてしまう。
「何で、マナにクローディアと同じ力が宿っているんだ。俺達には子供は居なかった……結婚する前に逝ってしまったからな。それに、何であいつは同じ顔なんだよ!」

 感情を爆発させるように、ナギは唸って声を荒げた。
 満月の下、裸で抱き合いながらクローディアと婚約した。いつか二人に子供が出来たら、どんな名前にしようかと話し合った。彼女は気が早いと笑っていたがそれも愛しくて自分の腕に閉じ込めた。

「白き魔女に子孫を残せるなど無い。マナが……どうして、あの力を持っているのかは私にも分からぬ」
 冷たく言い放ったセイラムは、目を伏せた。氷のような態度にナギは唇を噛むが、腕を組み鼻で笑うと、その背中に言葉を投げ掛けた。

「あいつにも名前があったんだよ。クローディアって言うな。お前は白き魔女の遺言に背いて、亡骸を焼けなかったんだな……? マナを匿ってたのは、あいつに似てるからだろ」

 僅かにセイラムの目が見開かれる。彼女に出逢ったのは偶然の重なりだ。だが、治癒ヒールの力を持ち、大人になるにつれて白き魔女と瓜二つに成長した事は奇跡だ。
 彼女を匿った理由の一つに、その要因があった事は否めない。もし、生まれ変わりがあるのだとすれば、彼女がそうかも知れないと言う気持ちが心の片隅にあった。
 恐らくナギもまた心の何処かでそれを信じている。

「――――どんな力があったとしても、マナに関係など無い。彼女には言うな……。それから、その名前は知ってる、すまぬ」

 永遠の時の中で、無意味に沈殿していく記憶の欠片から思い出した彼女が、心の中で縫い針を刺すようだった。彼女の優しい木漏れ日のような笑顔も緩やかな流れる白い髪も、翡翠の瞳も華奢な手首もあの時のままだ。
 だが、その姿もいつか消え、マナのはにかんだ眩しい笑顔に変わる。
 胸に湧き上がった罪悪感と共に吐き捨てるように、ナギに釘を刺すと小屋へと向かった。

「俺が言う訳ねぇよ。わかってんだろ、なぁ……セイ」
 ナギは溜息を付いて小屋を見た。様々な感情が入り混じって酒を口にしなければ寝る事等出来はしないだろう。
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