白と黒のリカルド

蒼琉璃

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絡まる糸〜01〜

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狼達は突然、空からチラチラと雪が舞い降りて不思議そうに顔をあげた。子供達は季節外れの雪を追い掛けて掌に捕まえようと笑いながら走り回っている。
 徐々に気温が下がっていき、空から降る雪の量が多くなると、異常を感じた彼等は怯えるように体を震わせた。

「これから、旧友が俺に会いに来る。お前達は住処に戻ってろ」
 群れの仲間を安心させるようにナギは笑うと、それぞれのテントに避難して冷えた体を寄せ合い抱きしめあって外の様子を見ていた。
 温かなスープもこの凍えるような気温で既に冷たくなり、表面が凍り始めている。後で腹を空かせているだろう、マナにも食べさせてやるつもりだったのにと苦笑して前方を見ると、そこには北の魔法使いのセイラムと、マナと同い年位の少女と軍服を着た若い男がいた。
 徐々に雪は吹雪となり、テントを冷たい風が揺らしている。

「随分と多所帯おおじょたいで来たんだな。あんたの連れか」
 ナギが少々皮肉混じりに問い掛けると、セイラムは氷の彫刻のように表情一つ変えずに歩み寄って行く。彼の表情からは何の感情も読み取れはしないが、マナを危険な目に合わせ連れ去った事に立腹りっぷくしているのは、この魔力の暴走から見ても肌身で感じる。
 後ろの軍服の男や少女もそれを戦々恐々とした様子で此方を見守っていた。

「――――マナを迎えに来た」
「へぇ、今度はちゃんと来たんだな」

 意味深なナギの挑発に、初めてピクリと眉が上がり鋭い氷柱が地面から次々と飛び出していくと鋭利なそれが彼に向かって、遅い掛かってくる。
 身軽にそれらを交わすと氷の魔法使いの眼前まで降り立って胸倉を掴むと金色の瞳が鋭く光った。
「俺とやり合うのは構わねぇが、群れを巻き込むな。――――マナまで凍死させたいのかよ」
 ナギの手首を強く掴んでいたセイラムの、青白く光る瞳が、マナの名前を耳にした瞬間に藍灰色に戻った。ピタリと吹雪がおさまると、背後でガチガチと歯を鳴らしていたルキアが手を上げた。

「セイラムさん……俺達の事も凍死させる気ですか? 取り敢えずさ、君も挑発しないでよ……穏便に話し合いましょ! 争い反対!」
「セイラム、こいつ等は誰だ?」

 緊張感の無い上擦った声が響くと、セイラムは疲れたような溜息をついた。
 訝しむように、西の魔法使いを睨むナギの手首を離すと、冷静さをとり戻したセイラムを離して、チラリと後方の二人を見た。

「使い魔のルーと、西の魔法使いのルキアだ。成り行きで私と同行する事になったのだが、そのようは事は今はどうでも良かろう。マナに怪我は無いのか?」
 ナギな頷くものの、怪我をした群れの大狼ルー・ガルー達を治療して倒れてしまった彼女の事を思うと歯切れが悪くなる。
 彼女を連れてきたのは保護する為で、あの少人数の襲撃で、これ程甚大な被害がもたらされているとは思いもしなかった。それだけあの魔法文字が刻まれた銃弾は凄まじい威力があると言う事なのだろう。

「マナは俺達の為に治癒ヒールを使ったんだ。それで……今は眠っている」
「何だと……?」
 険しい表情になり、溜息を付くと彼女の気配を探り小屋の方へと向かう。セイラムの腕を掴むとナギは諌めるように引き戻した。だが、ナギの瞳は何処か彼女に力を使わせた事を後悔しているような様子だった。

「――――今眠った所だからさ、そっとしておいてやれよ。あんたには山程話があるんだ」
「起こす気は無い、ただ……マナの顔を一目見ておきたい。でなければ安心等到底出来ぬ」

 普段、何事にも取り乱す事の無いセイラムの言葉は意外なものだった。この世俗とは別次元の浮世離れしたご隠居様、まるで他人の事などなんの興味も無いと言う様子だったのに、珍しく人間味が溢れている。
 ナギは、苦笑すると腕を離した。
 あの様子からしてマナに惚れている。実際に此処まで彼女を本当に追ってくるのか一か八かの賭けでもあったが、血相を変えて追い掛けてきた様子を見て予想が確信へと変わった。
 何故かそれが自分の心を乱し苛立たせる。
 
「あんた等はこっちのテントに案内するよ、皆も出て来て良いぞ。客人の事は気にするな。旧友の魔法使いだ」

 自分を振り切ったセイラムを見送り、ナギが手を叩くと大狼ルー・ガルー達が恐る恐る出て来て辺りを見渡している。 

「やー、ルー・ガルー、いっぱいだ~~子供も居るんだ、可愛いな~~!」 
『子供みたいで恥ずかしいから、辞めてくれませんか……あ、僕はこの人と関係ないです』
「皆が気味悪がるからさ、早く行けよ」

 物珍しそうに、群れを見ている西の魔法使いに呆れつつ、呆れ顔のルーと呼ばれた使い魔も連れて、無人のテントに案内をした。

 魔法使いは、多い方がいい。
 あの魔法文字を知る人物が居れば対策もできる。そして彼等が信用できるかな否かも吟味も出来る。
 彼等を案内して、肩越しに小屋の様子を伺った。何故かまだ自分の気持ちは落ち着かず晴れる事が無いのは、マナと二人きりにさせたくないからだろうか。

✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤

 氷水晶の気配を追って、簡易の小屋へと向うとセイラムは起こさぬように軋む扉を開けた。
 簡素な寝具に、リンネルのシーツをかけた少女が規則正しい寝息を立てている。
 その様子に、凍り付いた胸が氷解していくように温かくなって優雅に歩み寄ると寝具に座り、マナの頬を冷たい手で触れた。


『セイラムの手、冷たくてきもちいい』
『――――そうか。解熱剤が効くまで眠るが良い』
 熱を出して、頬を赤らめる幼いマナが気持ち良さそうに、自分の手の感触に目を細めていた。
 彼女がこの屋敷に来てから、解熱剤を常備する事にしていた。不老不死の自分にとって必要は無いが、ひ弱な少女は季節の境目に体調を崩してしまう事がある。
『セイラム、寝るまでそばにいて』
 そうせがまれても、絵本など読むような柄でも無し特に何もする事等無いのだが。
 怪訝そうにする彼の手を両手で掴むと、それに寄り添うように眠り始める。子供の心理は良く分からないが【人恋しい】と言う感情なのだろう。
 何故、この娘が自分を頼るのか理解に苦しむが、それを迷惑だと感じる事は無く興味深く観察していた。


 あの時と変わらぬ無垢な表情で、眠る少女の頬に少し触れると、マナの瞼が僅かに動いて翡翠の瞳が開いた。
「すまぬ、起こしたか……?」

 微かなミモザの香り、心配するような憂いを秘めた藍灰色らんかいしょくの瞳、落ち着いた澄んだ声が鼓膜に届くと、マナは自然と涙が溢れてくるのを感じて彼の首元に抱きついた。
 泣かないようにしていたけれど、ここ数時間とても怖かった。恐ろしい人々の殺意、燃える森そして知らない場所、セイラムの顔を見た瞬間、堰き止めていた感情が爆発して流れ出てくる。

「大丈夫か? マナ、まだ眠って……」

 セイラムの言葉を塞ぐ様に、マナは彼の唇を塞いだ。こんな風に自分から口付けるなんて考えられない事だが、大好きなセイラムに逢えた喜びが彼女を大胆にさせた。
 一瞬、僅かに目を見開いたセイラムも抱き止めていた両手で彼女を支えると、自らもやわらかな少女の唇を奪うように啄み始める。
 マナの体を寝具に押し付け、呼吸を奪い合うように角度を変えると二人の舌先が絡み合った。
「んんっ………はぁ……っ」
 まだ慣れない口付けに、呼吸を乱すマナに気付いて僅かな音を立てると、ゆっくりと銀糸の橋をかけながらセイラムは唇を離した。
 じっと、目線を逸らさずに見つめるセイラムのに心臓が痛い程高鳴って、耳まで熱くなっていく。
 体は、治癒ヒールを極限まで使ったせいで疲労しているのに、もっと口付けを求めてしまいそうだ。

「マナ、破壊の魔法は簡単なものだ。壊す事は一瞬にできる……だが、壊れたものは同じように元に戻すのはどんなものでも難しい。
 ――――蘇生し再生させる治癒ヒールの魔力はお前の命を削って使う危険なものだ。
 だから私はお前に使わぬようにと、念を押していたのだ……」

 大狼ルー・ガルー達を助けた事を責めている訳では無いのは、彼の表情からも理解出来たが、心配をかけてしまった事で胸が痛んだ。

「ごめんなさい、セイラム……私もう大丈夫だから」
「無理をしては体に響くぞ。私は今夜お前を抱きたいと思っておるのだからな」

 体を起こそうとしたマナに頭を振って、横になっているようにと促すと、耳元でまるで自分の思考を読まれてしまったような台詞を低く囁かれてマナは心臓が飛び上がった。
 羞恥に赤面するが、本人は変わらずあまり感情の動きが無い。
「えっ、えっ……う、うん……!」
「私はナギ達と大事な話がある。お前は、もう少しだけ此処で体を休めておくと良い」

 とても眠れそうに無い事を囁かれて動揺するが、体の疲労はセイラムが言う通り抜け切っていない。
 動揺する自分を見つめて、僅かに微笑む氷の魔法使いは、もしかしたら、自分をからかっているのかも知れない。
 けれど、この恋人同士の会話が今はとても自分の心を安心させた。二人の話に参加したいのに、今はまだ眠い。
 子供の頃のように優しく頬を撫でられると、また睡魔が襲ってきた。
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