白と黒のリカルド

蒼琉璃

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試される力〜01〜

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「でも、ナギ。一体何処に行くの?」

 マナは素朴な疑問を投げ掛けた。都に行ってセイラムと合流すると言うのも頭を過ぎったが人とは違う獣の耳を持つ彼を、連れて行ける訳もない。
 そもそも徒歩で行けばどれ位かかるかも見当がつかないし、森で迷ってしまいそうだ。
 そんな彼女の疑問に、ナギは安心させるように微笑みかけた。

「群れの匂いを追って行く。俺達は、一つの場所に留まらないで森を転々としているんだ。そこで簡単な集落を作って暫く生活をする」
「じゃ、じゃあルー・ガルーの群れに行くの?」
「そうだ。まぁ、群れの皆には俺から話すから喰われる事はねぇよ」

 少々緊張した様子のマナに、ナギは冗談めいてそう言うと、不意にその金色の瞳が鈍く光り瞬時にして、馬のように大きな美しい毛並みの黒狼に変身をする。
 思わずポカンとして口を開けていたマナに、ナギは体を伏せると、言った。

「人間の足じゃ、何時辿り着けるか分からない。俺の背中に乗れ。人を乗せた事はあるから心配はするな。しがみついとけ」

 マナは喉を鳴らすと、翡翠の瞳を輝かせた。一体どんな光景が目の前に広がるのだろうと言う好奇心を胸に、しなやかで大きな獣の背中に乗る。
 体毛の温かさを感じながら、マナは両手でしがみついた。ゆっくりとナギが立ち上がると、辺りを嗅ぐように鼻を動かし、風をきって森を駆ける。

 悲鳴を上げそうになって、マナは先程よりも強く彼の体毛を握りしめ、視線の端を通り過ぎていく木々の残像を眺めていた。
 次第にその光景は、ゆっくりとスローモーションになっていき全ての音が消えて行く。
 体が当たって飛び散る植物の葉も、地面を蹴って飛び上がる石も全てが目で追い掛けられる位の光景だった。

(な、何? 一体どうなってるの……?)

 同じ森なのに、それは別の記憶リカルドのようだった。
 見渡せば、ナギの他に大狼達が森を駆け抜けている。そして灰色の小鬼のような異形の者達が、木々をすり抜け襲い掛かってくる。
 それらを振り払い食いちぎる狼、集団で襲われて倒れる狼。
 降りてきた瞬間を食い殺す狼達。
 そして、異形の者を狙う弓矢が森をすり抜けて異形の体を貫いた。

 何者かに、名前を呼ばれた気がした瞬間に、マナは無意識に背中に手を伸ばして、左から襲い掛かってくる異形にめがけ、何かを告げて弓を放っていた。
 瞬間、炎が宿りやじりに宿り、異形の者を貫き燃やしつくしていた。

「マナ……? 大丈夫か?」

 不意に、ナギに声を掛けられると意識が戻ったように体を震わせた。
 いつの間にか空は白み、太陽が登っている。
 早朝の森の風景は何時もと変わらず駆け抜ける風は爽やかで気持ちがいい。
 何故あんなおかしな幻覚のようなものを見てしまったのだろう、白昼夢でも見てしまったのかと首を傾げる。
 

「う、うん。なんでもないよ。吃驚しちゃっただけだから」 
 取り繕うマナをチラリと見ると、ナギはゆっくりと減速して鼻を引くつかせる。人間の自分には分からないが、大狼ルー・ガルーの彼は仲間の放つにおいがわかるのだろうか。

「群れが近い……」
 そう、呟くとナギは天に向かって遠吠えを始めた。暫くして、森から呼応するように狼の遠吠えが聞こえた。
 固唾を呑んで見守っていると、ガサガサと言う音共にニ匹の、ナギよりも少し体の小さな狼が現れた。

「ナギ! 無事だったか。群れは……怪我人はいるが全滅は避けられた。皆、待っている」
 茶色の狼がそう言うと、もう一匹の狼がマナに気づき唸り始める。
 敵意を剥き出しにする狼に、マナは震えてナギの背中にしがみついた。
 だが、昨夜の事を思えば彼等が自分を警戒するのは当然の事だろう。

「ナギ……そいつは何なの? 人間じゃないか。捕虜……かしら?」
 その言葉に茶色の狼も唸り始めると、ナギは溜息をついてニ匹を制する。ゆっくりと体を伏せて彼女を降ろすとみるみる人の姿になり、マナの背中に手を添えた。

「捕虜ではない、俺を助けてくれた命の恩人だ。彼女は狩人とは関係ない……客人としてもてなす」

 群れの長の言葉に、ニ匹の狼達は顔を見合わすると人の姿に変わる。男女のルー・ガルーがマナをまじまじと訝しげに見ていた。
 突き刺さる視線に、マナは背筋を伸ばして頭を下げた。

「ま、マナと言います! お世話になります」
 二人のルー・ガルーは互いに顔を見合わせると肩をすくめた。
 どう見ても彼の女が狩人のようには見えなかったので、渋々群れの元へと彼等を案内する。

✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤

 森の開けた場所に、大狼ルー・ガルー達の簡易の集落があった。
 簡易で建てられた小さな小屋や、テント。薪の炎を前にして怪我を追った者達が休んでいる。
 ナギの姿を見ると、希望の光を見たように口々に歓声が上がった。その反応から見ても、群れにリーダーと言う存在がどれだけ重要で、支えになっているかが分かった。

「おお、長だ……生きていたのか!」
「ナギだ、良かった……死んだかと思ったぞ。お前が居なければ群れはバラバラになる!」
 

 ナギの姿を見ると、真っ先に小さな獣耳と尻尾の生えた子供達が駆け寄ってくると抱きついた。
「ナギだー! おかえりなさいっ」
「あぁ、ただいま。お前達は無事だったようで良かった」

 ナギは優しい眼差しで子供達を見ると、抱きついた彼等を受け止め頭をくしゃくしゃと撫でてやった。
 可愛らしい姿に思わずマナは笑顔を浮かべていると、ふと、マナに気付いたように不思議そうに少女を見つめてた。
 そして恐る恐る確かめるように訪ねた。
 
「ねぇ、お姉ちゃんは人間なの?」
「うん、そうだよ。マナって言うの宜しくね」

 人間だと聞くと、子供達は怯えたようにしてナギから離れると彼等の親元へと走り去っていく。
 母親と思わしきルー・ガルーが抱き止めるとヒソヒソと彼等に耳元で何かを伝えているようだった。そして獲物を狙うかのように目を光らせていた。

 当然の反応かもしれないが、マナは少し寂しく思い、怯えや怒り、そして訝しむ視線を体中に感じて息がつまりそうだった。
 だが、怪我を負い仲間を殺された彼等にとって、狩人でなくても人間を恐れ憎むのは仕方が無い事だと思った。

「すまないマナ。何度も人間に襲われたから、気が立っているんだ……俺の方から説明するから気にするな」
「仕方無いよ、私、あの人達が森に来た時は怖いと思ったんだから」

 表情を曇らせるマナの肩に手を置くと、微笑みかけ、一歩前に出て、両手を叩いた。
 三十人程の大狼ルー・ガルー達がぞろぞろと集まってくる。
 彼等の多くは、布で手足の怪我を手当しているようで、昨夜のナギの話からあの【銃弾】によって負傷してしまったのだろう。

「皆、聞いてくれ! 次の場所に移動するまでこの人間を客人として扱う。この人間の名前はマナ、俺の命を助けてくれた恩人だ」

 彼等は互いに顔を見合わせると、ざわざわと口々に話し始める。訝しく思いながらも群れの長に逆らう者は居ないようだが、一人の男性が疑問を呈して手を挙げる。

「その人間の娘を追って、狩人達が俺達を追ってくるんじゃないのか?」
「そうよ……それに、あの銃弾を受けた部分が何時まで経っても回復しないのよ。手が腐り落ちた仲間もいるのに!」

 あの【銃弾】はどうやら、ルー・ガルー達の驚異的回復能力を妨げていると言う事なのだろうか。便乗して女性が言うと、不安そうに大狼達は騒ぎたてた。
 文献によれば彼等はとても強靭な肉体を誇っており、それが破られたとなれば生存を脅かす問題となる。

「わ、私は……森に住んでいて、イムルの村の人とは関わり合いは無いです」
 ざわめく彼等を安心させるように言うと、ナギが助け船を出す。

「俺を助けたせいで、マナも追われる身になってる。この人間の娘は敵じゃねぇ」
 長の一喝で、彼等は沈黙した。緊迫した空気を破るように年老いた大狼が、話し掛けた。

「長の言う事は間違いない。ナギは魔女戦争からずっと儂等を導き、何度も救ってきた。儂が若い頃は、人とも交流しておったぞ……この娘さんを責めるのはよそう」

 その言葉に、全員が肩を落とした。冷静に考えればこの華奢な少女が、自分達を追い詰める能力など無い事は一目見れば分かっていたが、このやりきれない思いをぶつける場所が無く、人間だと言う理由で非難していた。
 分かってはいるが、人間を許す事が出来ないのだろう。マナは老狼の言葉に胸を撫で降ろしたが、彼等から信頼を得た訳ではなく、【敵】という括りから一旦外され、保留にされただけなのだろうと、肌で感じていた。

「皆の怪我の様子はどうなんだ?」

 ふと、ナギが沈黙を破ると先程、ナギを迎えた二人が溜息混じりにテントに案内をする。
 此処で待っているようにと言われたが、マナもこの場所に一人にされるのは、いたたまれず彼等の後を追う。

 テントを捲ると、数人の男女、中には小さな子供も倒れ込んでいる。彼等は外に居た狼達よりも怪我が酷く脚や腕、横腹の傷口からまるで腐りかけたように赤黒く変色していた。
 テントの中は膿と血の匂いで咽返むせかえるようだ。
 薬草等で手当をしている者も疲労困憊ひろうこんぱいしていてやつれている。
 あまりの酷い惨状にマナは手で口を覆った。
 
「酷い………」
「クソッ……なんで回復出来ないんだ……」

 マナは考え込むように項垂れた。あの治癒ヒールを使えば彼等を治せるかもしれない。
 事実ナギを助ける事ができたのだ。

 これだけの人数を治せるかどうかは分からないが、自分の魔力で彼等を救える可能性があるのに、見て見ぬふりは出来ない。
 セイラムには禁止されているけれど、きっと彼ならこの状況を見れば、自分の選択を尊重してくれる筈だ。

 セイラムの事を思うと胸が痛くなる。少ししか彼と離れて居ないのに、もうずっと長い間彼に逢えていないように思えて苦しい。
 きっと、もう直ぐ愛する人に再会出来ると心の中で強く願うと意を決したように言った。

「私、お役に立てるかも知れません」

 
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