花の檻

蒼琉璃

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第六章 虚構の女

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 葵の不吉な言葉に、佐伯と鬼頭がいっせいに彼女を振り返ると、油汗をかいていた凜花が歯を食いしばり、警官の腕をギリギリと掴んで目を見開いている。あまりの力に、警官は痛みで顔を歪めて、彼女の手を離そうとするが、びくともしない。

「ちょ、どうしましたか、大丈……!」
「ぐぁっ……! はぁっ、死にたくない、なんでっ……なんで私がっ……。私は、神部凜花よ! あんな、やつらと、同じように、無様にっ……死にたくないぃぃ」 

 凜花が、絶叫するとまるで彼女の内蔵を苗床にするように、喉から蔓が飛び出し、目を突き破り、鼻から蔓が飛び出して、美しい花の蕾が開花する。警官は目の前で花の骸と化していく凜花に絶叫し、失禁した。
 同僚を助けるべく、警官たちが絶叫し続ける彼を凜花から引き剥がす。
 体の穴という穴から花と蔓が飛びだし、まるで、焼死体のように凜花は腕を曲げると、その場で音を立てて倒れ込んで、動かなくなった。凜花の遺体はやがて、原型を留めないほど花に覆われ、最後に、魂を吸い取るように彼岸花が咲いた。
 そのグロテスクな様子に、鬼頭も佐伯も絶句する。

「なぜ……なぜだ? この証拠があれば、君が望んでいた、神部凜花を罰することができたかもしれないのに。殺してしまっては、それもできなくなるんだぞ!」
「――――鬼頭さん。神部グループなら有能な弁護士を雇って、罪を軽くする。最悪無罪まで持ち込むかもな。今まで、神部はどれだけ汚いことをしても、警察や警官を金の力で抱き込み、便宜を図ってもらっていた」

 簡単に検察官や裁判官が、金で買収されたとは思いたくはない。けれど、金の魔力は人の心を変えてしまうことを、鬼頭も佐伯も嫌になるほど知っていた。

「どれだけあいつらが罪を償っても、死んだ凛は戻ってこない。罪を償っても、償わなくても俺も凛も、一生あいつらを許さないだろう」

 いつの間にか、葵の周りには緊張した面持ちの警官が銃口を向けていた。優花の暴走は警視庁の本部に入り、そこからSATへ要請が入っている。高階葵を射殺するために、彼らが駆けつけるのも時間の問題だ。

「鬼頭、彼は復讐者だ。神部凜花に証拠を突きつけて『懺悔』させたかったのだろう。すべてを失って、彼女が自分の犯した罪を、きちんと認められるかどうかを見たかったはずだ」

 葵の言葉を補足するように、佐伯が続けた。

「彼は法の番人を信じていない。そうだろう、葵くん。ところで君はどうやって、その不可解な殺害方法を思いついたんだ。犯罪心理学者として、実に興味がある」
「佐伯さん。それって、時間稼ぎ? そうだな、あんたの言う通り凜花が泣き叫んで、懺悔する姿が見たかった。けど、やっぱり凜花は最期までクズだったよ」

 凜花を殺害した葵は、逃げる様子もなければ警官を警戒することもなく、淡々と言葉を続けた。

「俺は、ある男から『復讐の力』を手に入れたんだ。この不思議な復讐の力を使うたびに、自分が自分でなくなり、冷酷になっていくような気がした。悪魔に魂を売って、俺自身が悪魔になってしまったみたいだ」

 凛は今の自分を見て、どう思うだろうと葵は考える。復讐をした自分に感謝するだろうか。妹は彼らを許さないだろうが、自分のために兄が破滅してしまうことを、悲しむだろう。
 すくなくとも凛は、生前は兄思いの優しい子だった。
 葵の脳裏に、泣きそうな笑顔を浮かべる凛が手を差し伸べる姿が見える。そして『お兄ちゃん、もうお家に帰ろう』という声が聞こえたような気がして、葵は目を閉じた。

「葵くん」
「鬼頭さん。俺、あんたのこと信頼してたし嫌いじゃなかったよ。いいヤツだしね。だけど、もう時間切れだ。ちゃんと二人が逃げれるようにするから、そのボイスレコーダー頼んだよ」
「なに……?」
 
 あの、ホームレスの言った意味深な言葉は、葵の未来を見通していたのか。それとも、復讐が終われば葵の肉体も、いずれ限界がくるという警告だったのだろうか。ただ、葵は復讐を遂げた最後に、自分がやるべきことを当初から決めていた。

「――――終わらせる」

 そう呟いた瞬間、心臓に寄生した植物の根と蔓がドクンと脈打ち、彼の胸から鮮血と共に花の蔓と花弁が舞った。怒号があがり、葵に向かって発砲される。
 急速に成長する植物が、その銃弾を受け止めた。そして引き裂かれた葵の胸から、大量の美しい植物が溢れていく。

「走れ!」

 鬼頭が大声をあげた。
 レセプションパーティーの会場は、まるで終末の植物園のように、さまざまな花が開花して天井まで覆うと、ビルの窓を突き破りガラスの破片を地上に降らせる。植物たちがビルを這うように覆い尽くすと、ビルの外で避難していた人々が、唖然としてその様子を見ていた。
 花がビルを覆い尽くす光景は、まるで美しい悪夢を見ているようだ。
 出口に向かって逃げる警官の中には、蔓に取り込まれ、ビルの間に挟まって無惨に圧死する者もいれば、体の一部を突き破られ怪我をする者もいた。鬼頭と佐伯が転がるように逃げると、植物は彼らを避けるように道を開けた。
 それを確認すると、彼らは残りの警官たちに自分のあとについてくるようにと誘導する。
 ようやく鬼頭たちがビルから飛び出すと、周囲には報道カメラマンが集まり、世界中にKANBE銀座タワーの様子が、報道されていた。
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