花の檻

蒼琉璃

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第六章 虚構の女

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 鍵が閉められているはずもないが、植物の蔓でも引っ掛かっているのか、それともあまりにも焦っているせいなのか、凜花が何度ドアノブを回しても、扉が開かない。

「開けて! 開けなさいよ。クソッ、開けろ!」

 凜花は取り乱し、半狂乱になって罵声を浴びせると、体当たりをする。ようやく扉が開いて凜花は転がるように、廊下に飛び出した。
 葵は逃げだした彼女に、全く動揺することもなく、まるでゆっくりと獲物を追うように、彼女の後を追いかける。

「助けて……! テロリストが、高階葵がここにいるわ!」

 レセプションパーティーに集まっていた人々は、すでに警備員や警察と共に避難しているようで、もうそこに姿はない。優花と明彦の遺体には、ブルーシートがかけられ、その周囲に警官が二人いた。
 おそらく、これから応援を呼び遺体回収と現場検証のために、警官と鑑識が駆けつけるところだろう。凜花にはシークレットサービスがついていたし、この混乱の最中に、彼女が消えたことに気付いた人間は、何人いるだろうか。
 凜花の助けを求める声が聞こえ、鬼頭と佐伯が、走り寄ってくる。やはり、周りにはシークレットサービスはおろか、彼女を保護した警官もいない。

「おい、大丈夫か!?」
「た、助けて! は、早くあいつを捕まえてよっ、あなた警察官なんでしょう。あいつを殺して! 今すぐ殺してよ!!」

 凜花は、鬼頭の腕を掴むと立ち上がり鬼の形相で、葵を指さす。
 レセプションパーティーのプレゼンで見せた、知的で清楚な顔とはまったく真逆で、憎悪と怒りに満ちている。不思議の国のアリスに出てくる、ハートの女王のようだ、と葵は冷めた目で凜花を見た。
 命と地位が脅かされ、ようやく彼女の本性が暴かれると、美しい仮面は粉々に消えて、醜い顔が浮かび上がる。騒ぎに気付いた警官が、銃を構え、緊迫した様子で葵の発見を無線機で伝えた。
 葵は、無感情に凜花を追いかけていたが、鬼頭と佐伯の姿を見ると、笑みを浮かべて立ち止まる。

「鬼頭さん。あとで警察とマスコミに送ろうと思っていたけど、今ここであんたにこれを渡すよ。こいつが、凛を殺したって証拠」

 葵は、ポケットに隠し持っていた、ボイスレコーダーを鬼頭に向けて投げる。鬼頭はそれを受け取ると、再生してみた。
『それにあの計画は、優花が立てたものよ。私の指示じゃない。殺すつもりなんてなかったわ。襲いかかってきたんだから、正当防衛よ!』この言葉が、凜花の口から聞けただけでも、大前進だ。
 すべてを、死んだ双子の妹に罪をなすりつけて、逃げようとしているようだが、彼女が関与していることは疑いようもない。
 凜花は唇を噛みながらそれを奪おうとして、鬼頭に制される。

「ボイスレコーダーか。神部凜花たちが凛さんに傷害を負わせる計画を立て、殺害をほのめかしている。葵くん、神部凜花を刑務所に必ず送る。だからもう逃亡せずにこのまま投降とうこうするんだ。復讐が終われば自首するつもりでいたんじゃないのか?」
「――――高階葵。君の復讐はここで終わり。今から、警察の応援だけじゃなく、君を射殺をするためにSATが来るだろう。父親が死んだ神部凜花には、後ろ盾もなくなり以前のような力はない。だから、後は警察に任せて、もうおかしなことは考えるな」

 葵は、二人の言葉を聞くと鼻で笑う。後ろ盾がなくなり、こんな惨劇が起こってしまった神部グループは、世間の注目の的になる。ましてや優花は、半グレの連中と交流が深く、薬物も所持をしていた。

「鬼頭さん、佐伯さん。俺はね、双子だけじゃなくて、こいつらを生み出した明彦と『神部グループ』そのものも恨んでるんだ。だから、それを証拠に、神部一族の悪事を暴いてくれ」
「もちろんだ。あとは全部俺に任せろ。今度こそ凛さんが自殺ではなく、他殺だと俺が証明する」

 現場に残った警察官からの要請で、身を低くするようにして、応援が会場に入っていく。凜花は『弁護士を呼べ』と、うるさく金切り声をあげ、油汗を浮かべている。
 鬼頭は彼女を、背後から近づいてきた警官に引き渡すと、微動だにせず、手を上げたままの葵を見つめた。
 葵は、しばらく鬼頭を見ると意味深な笑みを浮かべる。

「だけど、鬼頭さん。もう遅いよ。神部凜花は俺が淹れたコーヒーを飲んだからな」

 葵の言葉を聞いた瞬間、鬼頭と佐伯の間に嫌な予感が走った。
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