花の檻

蒼琉璃

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第六章 虚構の女

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 渋谷のとあるビルの屋上で、気を失ってしまった葵はポツポツと降り始めた雨の冷たさに、ようやく目を覚ました。
 やはり、一気に極限まで力を使いすぎたせいで、限界を越えてしまったのだろう。あの日、警察のヘリに見つからなかったのは、運が良かった。
 葵は、植物たちの声に耳を傾け警察を欺いていた。
 彼らは都会でも、いたる所に生息している。街路樹、商業施設の観葉植物、病院の見舞いの花。学校の花壇、そして、オフィスに飾られた生花など。
 葵にとって彼らは、盗聴器や監視カメラの役割を持つ。過去からリアルタイムに至るまで人間の情報を正確に記録し、葵にとって一番、信頼がおける優秀な仲間だ。

『どこを探しても見つからない。女が匿っているんじゃないのか? Clair de luneのオーナーの部屋を探せ!』
『高階葵には親しい友人や恋人はいません。オーナーや、従業員を張ってますが、彼らの家に訪れたり、連絡を取っている様子もない』
『手配写真と似た男がいると連絡が入っても、いつも寸前で逃げられる。俺たちの行動が高階に筒抜けになっている。警察に内通者がいるのか? おい、鬼頭が情報を漏らしてるんじゃないだろうな? どうなってんだ赤坂』
『そんなことあるわけないでしょう! 鬼頭さんは停職中ですし。そもそも、大事な情報さえこっちには入ってこなかったんだから』

 もちろん、警察署周囲に咲く草花もひっそりと聞き耳を立てている。
 それどころか、パトロール中に通り過ぎる街路樹や、警察が聞き込みをする歌舞伎町にあるフラワーショップからも、警察官の会話や、情報提供者とのやり取りが耳に届いた。葵はそれを頼りに、点々と場所を変え、ネットカフェやホテル、廃ビルなどを渡り歩いて、身を隠していた。

「問題は、神部凜花にどうやって近付くかだな。世間じゃ俺は連続殺人鬼で、指名手配犯のテロリストだ」

 高層ビルの上で、葵は考えていた。田園調布の豪邸には、警備員や警察が張り込んでいる。大学の方は、凜花の身の安全を考慮して自宅で授業を受けているようで、出歩くことを警戒していた。
 葵は、神部グループという単語に集中し、植物たちとコンタクトを取る。なんでもいい、復讐を完遂するための情報がいる。

『神部明彦が戻ってきたよ』
『優花のことが心配で』
『あはは、明彦にはもっと需要なことがある。仕事だよ。環境を守るとかいう。金になるから』
『凜花は新しい仕事をするみたい。パーティーをするんだって。女王様のパーティー』

 最後の言葉に、葵は意識を集中させる。どうやらそこは家政婦紹介所の事務所だ。富裕層に向けて、家政婦を人材派遣する会社で、ここには観葉植物がいくつか置いてあった。
 神部明彦の妻はすでに他界しているようで、家政婦をこの人材派遣会社に依頼しているのか。

「女王様のパーティー? それはいつ、どこでやるんだ」
『一週間後の土曜日の夜。凜花が神部グループの新事業を始めるって、ミサコさんが言ってた。レセプションパーティー。KANBE銀座タワーの最上階で』
「そこに凜花は来るのか?」
『来る。女王様のパーティーだから。絶対に外せないんだって』

 葵は礼を言うと、口角を釣り上げる。
 渋谷のスクランブル交差点で銃撃戦があったあと、種子連続殺人鬼に狙われた神部優花は、富豪層を狙うテロリストの犠牲になりながらも、賢明に生きているという筋書きが捏造された。
 彼女は妹の危機的状況を逆手に取り、涙ながらに、レポーターにそう答えていたのはこのための伏線か、と葵は憎々しげに思った。
 双子の妹のために、この事業を成功させ『種子症候群』を治すべく治療費に当てる。若く、才色兼備な女性の経営者というだけで、話題性がある。
 さらにこんな、お涙ちょうだいのエピソードがつけば、彼女の事業はますます注目されるだろう。

「女王様のパーティーね。その通りだな。妹があんな状況でも、自分のために利用する。面の皮が厚いことだけは褒めてやるよ。だが、チェックメイトだ、神部凜花」

 葵はそう呟くと、不敵に笑った。あとはレセプションパーティーまでに、復讐の方法を考えるだけだ。

 
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