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第五章 銃弾
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後悔の先に生まれるのは、どうしようもない怒りだった。『種子感染症候群』などと、できたばかりの病名を医師から告げられた優花は、隔離病棟に押し込まれた。
「あれから、凜花も会いに来ない……。お父様だって、優花を恐れて病室の中にも入ってくれない」
ベッドに座る優花は、ぎりぎりと自分の爪を噛む。あいかわらず眼球に響く目の痛み、それがだんだんと、右半分の顔を覆ってくるように侵食していく。
父は、優花の病気を治すべく対応できる医師を、世界中から探しているらしい。感染症の医師、外科医、植物学者など可能性が考えられる奇病や、珍しい寄生状態などありとあらゆる情報を集めている。
先日、国立健康危機管理研究機構の職員が訪れ、色々とモルモットのように気が遠くなるほど検査をされたが、なんの解決にもいたらなかった。
「これは感染症なんかじゃない。あいつの呪いだよ。ふざけんな、マジで。なんで、優花だけこんな目にあわないといけないんだよ!」
高階凛が自分たちに歯向かわず大人しく学校を辞めていたら、あんなことにはならなかった。逆恨みで唇から血が出るほど噛んでしまう。
まさかあの頭の良い凜花が、殺人まで犯すなんて思わなかった。
「先に、高階を虐めようって言ったのは凜花じゃん。優花が死んでも、お父様は凜花がいればいいもんね。双子はずっと一緒なんだよ。優花が死んだら、凜花は生きていけないだろ?」
ブツブツと恨みごとを呟いていると、突然優花は、耳鳴りに襲われた。ノイズ音と共に、まるでラジオの周波数が合うように、右目に咲いた花から女の声が聞こえる。
聞き覚えのある声だ、たしかこの病棟の看護師だったはず、と優花は耳をすます。
『凜花ちゃん、才女って感じだよね。あの歳で、神部グループの新部門を任されるとか』
『美容とリラクゼーション事業かぁ。あれだけの美少女で神部グループのご令嬢なら、それだけで話題になりそう』
『今度、レセプションパーティーがあるんだって。はぁ。私も起業してセレブになりたいなぁ。それで、イケメン御曹司をとっかえひっかえしたい』
ナースステーションで、看護師たちが冗談を言い合ってケラケラ笑っていた。この花が寄生してから時々、こんなふうに病室外の声が聞こえる。
最初はパニックになった優花だったが、人とは違う能力が宿ったことに、妙な優越感を覚えた。もしかすると、自分は死ぬのではなくあの男のように、特別な存在になれるのではないかと思えた。
そう思うと、憎らしいあの男は同族のような親近感を感じる。
「そうだよねぇ。阿久津なんてすぐに死んだじゃん。優花は生きてる。優花は生かされたんだ。なんでこんな所に優花が閉じ込められなくちゃいけないの。全部凜花とお父様のせい。だけど優花は優しいから、二人を優花と同じようにしてあげる」
頭を使うのは、いつも双子の姉である凜花の役目だった。それなのに今は、頭痛が消え、おもしろいように自分のやるべきことが頭に浮かぶ。
優花は、ナースコールのボタンを押した。
しばらくして、マスクと分厚い手袋をした看護師が一人部屋に入ってくる。警察が遺体に接しても、誰一人体から花が生えるというような症例はない。けれど、優花は生きた状態だったため、最低限の感染予防として、看護師や医師がいつもこの格好で病室に入ってくる。
「どうされましたか、優花さん」
「体が熱くなってきたから、熱を測ってくれない?」
「昨日より顔色はいいけど、熱を測って先生に診て貰いましょう。他に異変はありますか?」
「ない」
体温計で体温を図り、看護師が優花の脈を取る。それをじっと見ていた優花は、躊躇することなくスマホを持つと、看護師の頭を激しく殴打した。
痛みで倒れ込んだところを、さらに三回ほど殴りつけた。優花は血を流して床に伏せた看護師を跨いで病室を出る。
「あれから、凜花も会いに来ない……。お父様だって、優花を恐れて病室の中にも入ってくれない」
ベッドに座る優花は、ぎりぎりと自分の爪を噛む。あいかわらず眼球に響く目の痛み、それがだんだんと、右半分の顔を覆ってくるように侵食していく。
父は、優花の病気を治すべく対応できる医師を、世界中から探しているらしい。感染症の医師、外科医、植物学者など可能性が考えられる奇病や、珍しい寄生状態などありとあらゆる情報を集めている。
先日、国立健康危機管理研究機構の職員が訪れ、色々とモルモットのように気が遠くなるほど検査をされたが、なんの解決にもいたらなかった。
「これは感染症なんかじゃない。あいつの呪いだよ。ふざけんな、マジで。なんで、優花だけこんな目にあわないといけないんだよ!」
高階凛が自分たちに歯向かわず大人しく学校を辞めていたら、あんなことにはならなかった。逆恨みで唇から血が出るほど噛んでしまう。
まさかあの頭の良い凜花が、殺人まで犯すなんて思わなかった。
「先に、高階を虐めようって言ったのは凜花じゃん。優花が死んでも、お父様は凜花がいればいいもんね。双子はずっと一緒なんだよ。優花が死んだら、凜花は生きていけないだろ?」
ブツブツと恨みごとを呟いていると、突然優花は、耳鳴りに襲われた。ノイズ音と共に、まるでラジオの周波数が合うように、右目に咲いた花から女の声が聞こえる。
聞き覚えのある声だ、たしかこの病棟の看護師だったはず、と優花は耳をすます。
『凜花ちゃん、才女って感じだよね。あの歳で、神部グループの新部門を任されるとか』
『美容とリラクゼーション事業かぁ。あれだけの美少女で神部グループのご令嬢なら、それだけで話題になりそう』
『今度、レセプションパーティーがあるんだって。はぁ。私も起業してセレブになりたいなぁ。それで、イケメン御曹司をとっかえひっかえしたい』
ナースステーションで、看護師たちが冗談を言い合ってケラケラ笑っていた。この花が寄生してから時々、こんなふうに病室外の声が聞こえる。
最初はパニックになった優花だったが、人とは違う能力が宿ったことに、妙な優越感を覚えた。もしかすると、自分は死ぬのではなくあの男のように、特別な存在になれるのではないかと思えた。
そう思うと、憎らしいあの男は同族のような親近感を感じる。
「そうだよねぇ。阿久津なんてすぐに死んだじゃん。優花は生きてる。優花は生かされたんだ。なんでこんな所に優花が閉じ込められなくちゃいけないの。全部凜花とお父様のせい。だけど優花は優しいから、二人を優花と同じようにしてあげる」
頭を使うのは、いつも双子の姉である凜花の役目だった。それなのに今は、頭痛が消え、おもしろいように自分のやるべきことが頭に浮かぶ。
優花は、ナースコールのボタンを押した。
しばらくして、マスクと分厚い手袋をした看護師が一人部屋に入ってくる。警察が遺体に接しても、誰一人体から花が生えるというような症例はない。けれど、優花は生きた状態だったため、最低限の感染予防として、看護師や医師がいつもこの格好で病室に入ってくる。
「どうされましたか、優花さん」
「体が熱くなってきたから、熱を測ってくれない?」
「昨日より顔色はいいけど、熱を測って先生に診て貰いましょう。他に異変はありますか?」
「ない」
体温計で体温を図り、看護師が優花の脈を取る。それをじっと見ていた優花は、躊躇することなくスマホを持つと、看護師の頭を激しく殴打した。
痛みで倒れ込んだところを、さらに三回ほど殴りつけた。優花は血を流して床に伏せた看護師を跨いで病室を出る。
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