花の檻

蒼琉璃

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第四章 復讐の力を手に入れて

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 ホームレスの男から『復讐の力』を手に入れた葵は、汚れた服のままフラフラと、自分のマンションへ帰ることにした。
 あれだけ激しく、半グレ連中の殴る蹴るの暴行を受けたのに、体のどこにも痛みを感じていない。それどころか、打撲や切り傷を負った様子もないので、昨日の夜の出来事は全部夢だったような、そんな気さえする。

 ――――飲み過ぎた。まだ酒が残ってるみたいだな、気持ちが悪い。

 朝の通勤ラッシュの時間帯から外れているせいか、山の手線も距離を置いて普通に座れる。それに、今日に限ってそれほど車内は混んでいない。
 それでも、葵はフードで顔を隠しながら、うなだれ込み上げる気持ち悪さに、耐えていた。二日酔いというより、元気はあるが視界がグラグラと揺れるような、今まで感じたことのない感覚。全身が研ぎ澄まされていくようで、葵は戸惑った。
 斜め前から、誰かが自分に囁くような声が聞こえる。
 声のする方に目をやると、若い女性が花束を持って座っていた。そちらを見ていると、ざわざわと、彼女が持つ花束から声がして、ついに自分は狂ってしまったのかと恐ろしくなった。
 葵は居ても立ってもいられなくなり、最寄り駅に着く手前の駅で降りると、公園を抜けて歩いていくことにする。

『――――去年の十二日に〇〇公園で殺された女を知ってる』
『時々、夜に通っていた』
『犯人は、毎朝ここを通ってる』
『新聞配達の男』
『あの廃工場で凛を殺した女は昔から花を乱暴にちぎって……そうそう、優花と凜花』

 並木道の木々までもが、お互いに囁くように、情報を交換している。他愛もないことから事件や事故の、裏情報に至るまで。植物にまるでネットワークがあるかのように、お互い会話していた。葵は、頭がパンクしそうになって耳を塞ぐと、急いでマンションの中に入った。

『一体どうなってるんだ。幻聴なのか? くそっ……。ち、ちがう、本当に……』

 検索してみると、一年前の今日あの公園で、若い女性の絞殺遺体が、発見されていた。犯人はまだ見つかっていない。葵が頭を抱えていると、腕に蔓のようなものが肉と皮膚の間を這う。そんな薄気味の悪い感触に、呻いた。

『くそっ、む、虫がっ、ち、ちがう。昨日あの男に変なものを体に入れられて』

 葵は、自分の腕の中で蠢く不気味な異物を取り除こうと、洗面所まで行くと、急いで剃刀で脈を切る。水に混じって鮮血が飛び散って、それを取り除こうとした瞬間、まるで触手のような細長いものが、手首からゆらゆらと揺れた。
 痛みを感じない。そういえば剃刀の刃で切った時も、激痛を感じなかった。

『な、なんだ……これ……。寄生虫なのか?』

 そこを凝視すると、つたや棘のある蔓のようなものにも見えた。まるで生きているかのように鏡を這う。引っこ抜こうとしても、蔓が無限に伸びて、ゆらゆらと動くだけだ。
 
『こいつ、俺の視線に合わせて動いてる。命令も聞くのか? 右へ』

 蔓は迷いながらも右の方向に折れた。これがあのホームレスの男が言った『復讐の力』ならば、何かの役に立つかもしれない。
 警察や司法が、神部姉妹や凛を傷付けた犯人を捌けないなら、あのホームレスの男が言うように、不気味な植物が自分を助けてくれるかもしれない。
 その代償が『死』だったとしても、妹に顔向けができる。

『――――攻撃』

 そう言った瞬間、肩甲骨から翼が生えたように背中がバキバキと割れると、まるで自分がアンドロイドにでもなったかのような気分になる。背中から太い枝のような蔓が勢いよく飛び出すと、洗面所の鏡に突き刺さり、ヒビ割れた。
 濃厚な花の香り。
 突き刺さったそこから美ししい花が次々と咲き乱れる。その攻撃性と美しさはアンバランスで、葵は息を呑んだ。
 そして鏡の破片は、バラバラと洗面所に落ちる。
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