花の檻

蒼琉璃

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第二章 プロファイリング

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「鬼頭さん、今日は非番ですか?」
「いいや。外で相棒を待たせてるんだ。佐伯は気難しいから、連れてくる人選もこっちは気を遣うんだよ」

 どうやら、鬼頭の相棒とやらは、佐伯に気に入られなかったんだろうか。もしかすると、強面の自分が、甘党だと言うことを部下に知られたくないという、おかしなプライドでもあるのかもしれないが。鬼頭はカフェラテを飲みながら、季節のデザートを味わうというより、疲れた脳に糖分を補給するように、急いでバクバクと口の中に放り込んでいる。

「葵くん、最近はどうだ。ここの店で再び働くようになって一年か。この店は、君にあっているようだな」
「はい、おかげさまで。マスターも良い人ですし、働きやすいです。ようやく俺も、精神的に落ち着いてきましたから」

 鬼頭は、葵の言葉を聞くと、少し安心したように微笑んだ。
『妹が死んだ日』葵は取り乱し、その場にいた鬼頭に取り押さえられた。あの日精神を壊して、自暴自棄になってしまった葵を、鬼頭が正気に戻してくれた。
 今でも時々、あの光景がフラッシュバックして、動機が激しくなる。けれど、葵はやりとげなければならない『復讐』がある限り、まだぎりぎり狂わずにいられると思っていた。

✤✤✤

 ――――上は、ああ言ってるが俺は、凛さんは自殺じゃないと思っているんだ。葵くん、俺は最後まで諦めないぞ。

 鬼頭は死んだ目をした公僕ではなく、刑事としての責任感に燃えていて、凛の死も単純な自殺だと考えていないようで、そこだけは信頼できた。当然ながら葵も、兄から援助を受け、苦労して憧れの高校に入った凛が、唯一の身内である葵に、遺書も書かず簡単に自死を選ぶとは思えなかった。
 学費の足しにするために、頑張って働いていた凛は、勉学も疎かにしない真面目な性格で、二人で店をやろうと、夢を語るくらいの明るく、前向きな子だった。
 そんな彼女が聖南女子に入り、秋を過ぎた頃から口数がだんだん少なくなり、表情も暗くなって、二学年に上がる前には学校も休みがちになっていた。葵は妹の様子が心配になって、あの日、パジャマを着たまま朝食を取っていた彼女に問いかけた。

『凛、お前最近どうしたんだ。学校も休みがちだし、なにか心配事でもあるんなら、いつでも俺に相談してくれ』
『うん。大丈夫だよ。ちょっと最近体調が悪かっただけ』
『本当か? 勉強がついていけてなかったり、学校で虐められたりなんてしてないよな』
『お兄ちゃん、心配しすぎ。今日はちゃんと学校に行くから。三年間一緒なんだから、みんな仲良しだよ。この間だって――――』

 葵は、自分の妹が嘘をついていることくらい、薄々分かっていたが、妹が自分に話せるようになるまで、待つ方がいいだろうと思っていた。それが死んだ父や母なら、もっと真剣に、もっと真面目に、彼女の話に耳を傾け、しつこく理由を聞き出していただろうと悔やまれる。
 あの日凛は、葵に心配をかけないように、真面目に学校に行くと言って出ていき、それが生前の最後の姿になってしまった。あの時、凛は兄に心配をかけないよう、入学した憧れの高校を退学したいと、口にすることもできずに無理をして、学校に行ったのだ。
 
 ――――なぜ、自分に言えなかったんだ。
 ――――なぜ、俺は気づいてやれなかった?

 その言葉が、今でも葵の頭の中を何度も駆け巡っては、自責の念に駆られる。あの日、激しい怒りと憎しみ、悲しみ、そして自分の無力さに、絶望したのを覚えている。

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