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第一章 種子殺人
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警察は、葵が『彼ら』に宛てた犯行メッセージについて、マスコミに情報を流していないようだった。渋谷のスクランブル交差点で、公開処刑された、桜井鳴海の名前を出されただけで、あの場所にいた者や、あの動画の噂を聞いた人間は、今回の近藤の死もあのように殺されたのだろうと連想する。
例え今世間にメッセージが公開されなかったとしても、これから起こる連続殺人で、警察も無視することはできなくなるはずだ。
葵はコーヒーカップを置くとコートを着込む。そして、小さな仏壇に飾られた、顎の下に両手を置いて、明るく微笑む制服の少女の写真を見た。今にも写真から凛の笑い声が聞こえそうなほど幸せそうな笑顔だ。
『見て、お兄ちゃん。やっぱり聖南女子の制服可愛いでしょー―。本当に憧れだったんだぁ……。偏差値高いからついていくの頑張らなくちゃいけないけど、就職には有利だって聞いたし』
『お前、大学に興味ないの? 昔は母さんみたいに教師になりたいって言ってただろ』
高校一年生の春、凛は聖南私立女子高等学校に入学し、ブレザーの制服のスカートをヒラヒラさせて、決めポーズを作っていた。私立なので学費は馬鹿にならないが、葵は自分と同じく両親を早くに失っている。苦労をした彼女の願いを叶えてやりたくて、仕事を掛け持ちしながら、聖南女子に通わせてやろうと思っていた。凛が独り立ちし、自分の夢を叶えて、幸せになるのを見届けるのが、兄の最後の役目だと責任感を感じていたから。
小学生の時の夢は、親身に相談に乗ってくれた教師に憧れて、生徒に寄り添えるような教師になりたいと言っていたが、どうやらその夢も高校生に入って変わったようだ。
凛は、呆れて漫画を読む兄に笑い掛ける。
『うん、昔はそう思ってたんだけどフラワーアレンジメントもいいかなって思ってるの。就職しながら資格取って……。ねぇ、お兄ちゃんが、自分のお店持ったら、その中で花を売ったりするのも良くない?』
『職場まで妹と一緒に働くなんて、勘弁してくれよ。でも、フラワーショップが店の中にあるのもいいな』
『お洒落でしょ! コーヒーを飲みにきた人が花を買っていけるし。どこかの会場にお花届けるのもいいよね。ウエディングアレンジもしてみたいし』
将来の夢を楽しそうに語る凛は、希望に満ちていて、本当に眩しかった。
両親が亡くなってから、親戚の家に居候になったが、そこで親戚と折り合いが悪くなり結局、児童養護施設に預けられた。そこでの生活は息苦しく、陰湿な虐めや大人が見て見ぬふりをする暴力もあり、葵が自立するまでは凛に苦労ばかりかけてしまった。けれど、彼女は非行に走ることもなく、真っ直ぐに優しい子に育った。
幼い頃から妹の屈託のない笑みは、まるでひまわりのようで、周りや自分の心が何度も救われていたことを思い出す。父と母に変わって自分が小さな妹を守るのだと強く思った。お互いの手を握り『あの日』まで、生きていたことを思い出すと、胸が痛くなる。
葵が腕時計を見ると、ちょうど家を出る時刻になっていた。ふと、写真の中で笑う妹に笑いかけると口を開いた。
「行ってきます」
元気な妹の、いってらっしゃいの声が聞こえる訳でもない。これは血塗れの異形の殺人鬼から、善良なバリスタという日常に戻るための儀式でもある。
例え今世間にメッセージが公開されなかったとしても、これから起こる連続殺人で、警察も無視することはできなくなるはずだ。
葵はコーヒーカップを置くとコートを着込む。そして、小さな仏壇に飾られた、顎の下に両手を置いて、明るく微笑む制服の少女の写真を見た。今にも写真から凛の笑い声が聞こえそうなほど幸せそうな笑顔だ。
『見て、お兄ちゃん。やっぱり聖南女子の制服可愛いでしょー―。本当に憧れだったんだぁ……。偏差値高いからついていくの頑張らなくちゃいけないけど、就職には有利だって聞いたし』
『お前、大学に興味ないの? 昔は母さんみたいに教師になりたいって言ってただろ』
高校一年生の春、凛は聖南私立女子高等学校に入学し、ブレザーの制服のスカートをヒラヒラさせて、決めポーズを作っていた。私立なので学費は馬鹿にならないが、葵は自分と同じく両親を早くに失っている。苦労をした彼女の願いを叶えてやりたくて、仕事を掛け持ちしながら、聖南女子に通わせてやろうと思っていた。凛が独り立ちし、自分の夢を叶えて、幸せになるのを見届けるのが、兄の最後の役目だと責任感を感じていたから。
小学生の時の夢は、親身に相談に乗ってくれた教師に憧れて、生徒に寄り添えるような教師になりたいと言っていたが、どうやらその夢も高校生に入って変わったようだ。
凛は、呆れて漫画を読む兄に笑い掛ける。
『うん、昔はそう思ってたんだけどフラワーアレンジメントもいいかなって思ってるの。就職しながら資格取って……。ねぇ、お兄ちゃんが、自分のお店持ったら、その中で花を売ったりするのも良くない?』
『職場まで妹と一緒に働くなんて、勘弁してくれよ。でも、フラワーショップが店の中にあるのもいいな』
『お洒落でしょ! コーヒーを飲みにきた人が花を買っていけるし。どこかの会場にお花届けるのもいいよね。ウエディングアレンジもしてみたいし』
将来の夢を楽しそうに語る凛は、希望に満ちていて、本当に眩しかった。
両親が亡くなってから、親戚の家に居候になったが、そこで親戚と折り合いが悪くなり結局、児童養護施設に預けられた。そこでの生活は息苦しく、陰湿な虐めや大人が見て見ぬふりをする暴力もあり、葵が自立するまでは凛に苦労ばかりかけてしまった。けれど、彼女は非行に走ることもなく、真っ直ぐに優しい子に育った。
幼い頃から妹の屈託のない笑みは、まるでひまわりのようで、周りや自分の心が何度も救われていたことを思い出す。父と母に変わって自分が小さな妹を守るのだと強く思った。お互いの手を握り『あの日』まで、生きていたことを思い出すと、胸が痛くなる。
葵が腕時計を見ると、ちょうど家を出る時刻になっていた。ふと、写真の中で笑う妹に笑いかけると口を開いた。
「行ってきます」
元気な妹の、いってらっしゃいの声が聞こえる訳でもない。これは血塗れの異形の殺人鬼から、善良なバリスタという日常に戻るための儀式でもある。
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