【R18】花街の朧狐は契約の巫女を溺愛する〜お狐様のお仕置き〜

蒼琉璃

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弐拾四 狐の嫁入り④

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 私が、神様やご両親に番になる事を認められると、ご当主様はお屋敷に河内の烏丸福助狐一家を、呼び出した。
 ご当主様の右隣には、正装姿の朧さん、そして私が座り、左隣にはお里さんと雅くんが座っている。
 契約の巫女だと言う事を、東雲家のお狐様一同に隠す必要がなくなり、行く行くは、東雲家の一員になる私も堂々とこの場所に同席する事が許されたのだけれど、息が詰まりそう。

『盆正月でもあらしまへんのに、なんやえらい、大層でんな。御前様がワシら、烏丸家を呼び出すやなんて、ようやく坊と、お蝶の結納の段取りを進めはる決心がつきはったんか』

 きっと、烏丸のご当主にも私達の事は伝わっていると思う。
 うん、商売人として成功するようなお狐様だから、人一倍アンテナは張ってる筈だよね。その証拠に、お蝶さんの表情は険しく、ちょっとした仕草を見ても、落ち着かない様子だもの。 
 私が逆の立場なら、お蝶さんと同じ表情をしていたと思う。
 それでも、烏丸ご夫妻に関しては楽観的に考えているような気がした。
 まさか、東雲家のご当主が人間の私を、跡継ぎの朧さんの花嫁として迎い入れるだなんて思わないよね。
 過去にはそれほど由緒正しい家柄じゃなかった、お里さんのご実家でさえも、人間の娘が嫁ぐ事に厳しい声が上がったようだし。

『……その件やけどな。もうあんたの耳にも入ってはるやろけど、神さんの御神託があってなぁ。すんまへんけど、朧とお蝶との縁談は、なかった事にしてんか。勿論、東雲の方から縁談を破棄するんやさかい、慰謝料はたっぷり用意させてもろてる。烏丸家に見合う縁談も探すつもりや』

 ご当主様は、結納を執り行う前の段階だけれど、かなり気遣っていらっしゃるように思えた。

『御前様、そらワシの耳にかて入っとりますわ。せやかて、なんぼなんでもうっとこの娘が不憫でっしゃろ。銭の問題やあらへんで。まさか御前様……その契約の巫女を、由緒正しい東雲家に入れるつもりでっか?』

 烏丸のご当主の狐目が、鋭く光って私は息を呑んだ。朧さんのお話しだと、無名のお狐様から成り上がった烏丸家は、家柄に拘ると言っていた。今の所、烏丸家は葛西家と張り合っているそうだから、東雲家の親族になって、牽制したいんじゃないかって。
 烏丸の奥方様が、さらに不機嫌そうな表情で私を見る。
 
『稲荷を纏める東雲家の跡取りに、人間の血が混じってしもうたら、いくら神さんが認めた言うても、東雲一門に示しがつきしまへんで。契約の巫女を、お妾におけばええのと違います? お蝶が朧様の正妻になって、跡継ぎさえ産んでくれたら、東雲家も烏丸家も安泰や』

 奥方様が夫を援護するようにそう言った。やっぱり、人間の私が朧さんの正妻になったら反発は免れないの?
 このお二人の反応が、お狐様の気持ちを代弁しているようで、胸が苦しくなる。
 でも、宇迦之御魂大神様が私達を認めてくれた事は大きいと思う。
 それに娘のお蝶さんを、跡継ぎを産む道具みたいに語るのは、なんだか可哀想に思えた。

『悪いなぁ、俺は愛人囲うつもりはあらへんねん。一生恋い慕う女が一人、俺の側におってくれたらええ。俺の正妻としてどんと構えて、俺と一緒に東雲を支えて引っ張ってくれる女は、つむぎしかおらへんからな』
「朧……さん……っ」

 奥方様の氷のような視線を跳ね除けるように、朧さんが物申した。京都のお狐様らしい、いつもの相手への遠回しな牽制じゃなく、はっきりとした物言いで、烏丸のご夫妻に言い放ってくれた。
 朧さんの横顔は、いつもの遊び人の飄々とした物ではなくて、次期ご当主様の威厳を放っている。
 ちゃんと、迷いなく私の事を一生恋い慕う女、と言ってくれた事が本当に嬉しい。私は泣きそうになる顔を隠して項垂れた。

『正気でっか、坊。人間の娘を東雲当主の本妻に構えるやなんて。今日日きょうび、人間っちゅうのは、性根が腐りきってまっせ。真心込めて、神さんに手ぇ合わせるのもアホらしい、そんな事思うとるもんばっかりや』
『つむぎはそないな女やない。せやから、俺が見初めたんや』

 商売人気質の烏丸ご当主は、それでも引かずに言葉を続ける。

『ちゃいますねん。今まで通り、古臭いやり方やっとったら、伏見もあっという間に廃神社でっせ。つむぎはんの事は悪ぅしまへん。ちゃんと別宅構えて、一生何不自由なく暮らせるようにしたらええ。せやけどワシの娘は頭もええし、純血や。烏丸と手を組んで、もっと稲荷の力を強せなあかん。東雲一門全員が納得して、安泰でっしゃろ?』
『くどい』

 朧さんは、語気を強める。
 今まで錦にのんびりとした口調でチクチク嫌味は言っても、こんな風に、恐る事はなかったので吃驚しちゃった。

『俺かて昔は、こいつは女好きのボンクラ放蕩息子と思うてたけどな。朧は、東雲家を飛び出しても、稲荷の神使の中で一番きちんと役目をこなして貢献してはる。こいつは、神さんに信頼されとるんや。人の世に対する、柔軟さもあるから、俺とは違う方法もぱっと思いついて、実践しとるで。こいつは我が息子ながらちゃあんと、先を見据えて、一族を引っ張ってく筆頭になる男やで。あんたと違って、朧は人望も厚いしなぁ』

 腕を組んだご当主様が、助け舟を出すように、のんびりと言った。ご当主様が、こんなにも朧さんの事を褒めているのは、初めて見たかも。
 ううん、穏やかに見えるけど先程から失礼で、傲慢な物言いの烏丸のお狐様達に、静かに怒っているみたい。ご当主様は狐目を開眼させると、烏丸家を見る。

『どんなやり方も、あんたの好きにしたらええけど、東雲の一門や言う事を忘れたらあかんで。この話はこれで終わりや』

 ご当主様の言葉には、有無も言わさない強さがあった。烏丸夫妻がぐっと言葉に詰まると、お蝶さんが大きな溜息をついて言う。

『お父ちゃん、お母ちゃん。もういい加減にしぃ。これ以上うちに恥かかせんとって。帰りましょ』
『お蝶!』

 お蝶さんはそう言って立ち上がると、頭を垂れてきびすを返そうとした。奥方様が、立ち上がったお蝶さんに慌てて声を掛けると、彼女は肩越しに振り返って、私達を見た。

『お母ちゃん、うちの負けや。ここに呼ばれた時から、そないな気ぃしてたもん。東雲家に嫁いでも、朧様に愛されへんのやったら意味あらへん。愛人囲われるのも、腹立つだけや。御前様、本当に失礼致しました』
『おおきに。今後とも東雲の一門として神さんに仕えてや』
『へぇ。うちのお父ちゃんの事、烏丸家の事も宜しくお頼み申します』

 烏丸家のご夫妻は慌てながら、彼女の機嫌を取るように、お蝶さんを追って部屋を出て行く。
 お蝶さんは、冷たくそう言ったけれど、潔く身を引いてくれたんだ。
 もしかして、彼女は東雲家の地位なんてどうでも良くて、朧さんが本当に好きだったのかもしれない。だから、烏丸のご当主様も、娘の為にあんなに必死に食い下がったのかな?
 緊張の糸が切れて大きく息を吐くと、朧さんが私の手をぎゅっと握って、今までにない位優しく話し掛けてくれた。

『緊張したやろ、つむぎちゃん。頑張りはったねぇ』
「うん。でも朧さんが側に居てくれたから、大丈夫だよ。それに朧さんの言葉がとても嬉しくて、格好良かった。私……あの」

 泣いちゃいそうになったと告げる前に、ボロボロと涙が出てきた。そんな私の体を、朧さんが抱き寄せてくれる。

『ぜーんぶ、ほんまの事やさかいな。そら、今格好つけへんでどこで格好つけるんや? それにはっきり言うたった方が、お蝶も諦めがつくやろ』

 その場に和やかな雰囲気が流れると、雅さんがのんびりとした口調で呟いた。

『せやけどお蝶ちゃんて、自分の親にも、うちのお父ちゃんにも物怖じせぇへんで、あないはっきり、物申す子なんやねぇ。僕、ああいう気が強くて引っ張ってくれる子、好きやわぁ』
『なんや、雅。本気でお蝶に惚れ込んでしもたんか。次男坊でも東雲家の血筋やったら、烏丸の狸狐も喜ぶやろしな。縁談の話でも持ち掛けたろか?』
『父ちゃん。それは堪忍してや。お蝶ちゃんの気持ちもあるやろ。仲良うしとなったら、僕の方から行くさかい』 

 雅さんとご当主様のやり取りに、思わずその場にいた全員が笑ってしまった。そしてお里さんがポン、と両手を叩くと満面の笑みで私達を見る。

『さっ! そうと決まれば、きちんと東雲一門に報告せなあきまへんえ。ようやくうちの跡継ぎが身を固めはるんや、祝言の準備でせわしなくなりますなぁ。ふふふ、ほんまにええ娘を東雲家の嫁として、選んでくれはって嬉しいわぁ。せや、白無垢の用意もせなあかんねぇ、つむぎちゃん』
「あっ、は、はい。お義母さん」

 お義母さん、と呼んだだけでもお里さんは嬉しそうにして、実は娘も欲しかったんだと言ってくれた。
 朧さんも、ご当主様も、雅さんさえも、決して東雲一門から、私が後ろ指を刺されないように、全力で護ると言ってくれたので、もう感謝しかないよ。
 私も、朧さんや東雲家を支えられる伴侶になりたいな。

 ――――狐の嫁入り。

 ふと、そんな言葉が頭に浮かぶ。
 京都に旅行に出る前は、考えもつかなかった未来だよ。意地の悪い狐に捕まって、お金で買われて契約の巫女になって、この先どうなるのかなと思ったけれど、まさかそのお狐様の伴侶になるだなんて。
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