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弐拾壱 病の正体②
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『せや。なんぞ文句でもあるんか?』
『そないカリカリせんでええやろ、朧。あんた、つむぎちゃん言うんやろ? こっちに来ぃ。俺に顔見せてくれはらへんか』
朧さん、あんまりお父さんと仲が良くないのかな? それとも由緒正しい東雲家の嫡男である朧さんが、契約の巫女の事を口に出してしまって、ご両親と揉めちゃったのかな?
私が顔を上げると、東雲のご当主様が手招きをしていた。朧さんに視線を向けると、親父の指示に従うように、と言わんばかりに目配する。
「は、はい。失礼します」
大座敷を朧さんと共に歩き、上座で胡坐をかく当主様の前まで来ると、私は緊張しながら、ご当主様と目を合わせた。
流れるような長い白髪を結い上げ、どこか朧さんの面影がある格好いいご当主様は、やっぱり親子なんだって、思う。
私、この人が朧さんのお兄さんだと言われても、普通に信じちゃうかも。それ位、ご当主様は若々しいお狐様だった。
狐目を細めて、にっこりと人懐っこい笑みを浮かべているご当主様は、伏見稲荷の頂点に立つ、神使の威圧感がある…。
『本物の契約の巫女は、初めて見るわ。いっちょまえに、こいつが魅久楽で見付けたなんて言うさかい、このボンクラ、あざとい菖蒲屋の女郎にでも熱上げて、騙されよったわ。かなんなぁと思ってたんや。せやけどあんたの命は、あっこにおる罪人とはちゃうみたいやねぇ』
まさか、本当は祠のお狐様から私を買ったなんて事は、親には言えないよね……うん。
『せやから言うてるやろ。つむぎちゃんには、ちゃぁんと東雲朧の印が入っとる。俺が恋しゅうなって、このあほんだらの錦を利用してここまで来たんや。この子、ええ子やねん。一途で根性があって可愛らしやろ?』
朧さんってば、錦と同じように私の前髪を上げて額を見せた。
それから鼻で笑うと、惚気全開で私の説明をするから真っ赤になってしまった。い、一応こんな形ではあるけど、親御さんへの初めてのご挨拶だよね?
嬉しいけど、こんなにフランクに褒められたら、照れちゃうな。なんてご挨拶しようとか、雅さんの事とか、色々と頭の中でどう話すか考えてたんだけど……全部飛んじゃったよ。
ご挨拶と言えば、朧さんのお母さんのお姿が見えない。ご当主様は、朧さんの惚気に呆れたように、はぁっと大きく溜息をつくと膝を叩いた。
『どっちにしろお前と、烏丸家のお蝶との縁談は決まっとるんや。せやけど今はそれどころやない。お里は雅が心配で、寝込んでしもうとるしな。末っ子は可愛いみたいでな』
「え、縁談……?」
縁談、と言う言葉に私は頭を強く殴られたようにショックを受けた。ぎゅっと着物を両手で握りしめると、そんな私の手を、やんわりと朧さんが握る。
『えらい急な縁談やったわ。親父が勝手に決めた事やねん。けったくそ悪い。俺みたいな悪い狐に嫁いでも、苦労するだけやで。烏丸みたいな良家のお嬢はんには、俺の首根っ子を押さえられへんやろなぁ』
『その女癖の悪さは、俺に似たんやな』
ご当主様が額を押さえて、深く溜息をつく。朧さんの許嫁だったお鈴さんが、とても悲惨な形で亡くなったのは、東雲家の全員が知ってるはず。
だけど、いずれ当主となる朧さんは『お世継ぎ』を作らなくちゃいけないんだ。朧さんは顔色も変えずに、ご当主様をじっと見つめている。
朧さんの視線ももろともせずに、ご当主様は肘置きにもたれると、私をチラリと見た。
『雅の事やけどな』
『――――なんぞ、特効薬でも見付けたんか』
『もう医者は宛にならへん。玉藻の陰陽師の話やと、雅の病は間違いなく『穢』の一種やないか言うんや』
朧さんは、特効薬でも手に入ったのかと身を乗り出したけれど、深く溜息をつく。
『なぁ、つむぎちゃん。あんたは『巫女』や。巫女っちゅうのは、本来神さんに選ばれて神さんの声を聞き、穢れを祓ったり、神託を人に伝えたりすんねん。ほんで時には、神さんの嫁に選ばれる事もある。ようは特別霊力の高い人間の事や』
突然、ご当主様に話を振られた私はビクリと肩を震わせて、背筋を伸ばした。縁談の事は凄く気になるけど、今はショックを受けてる場合じゃないよね。
「は、はい。その、全然巫女らしい事をした事がないんですが、私は特別なんでしょうか」
『さよか。せやけどあんたは、特別やと思う。魂が綺麗やさかい、伏見の宇迦之御魂大神さんが、朧に巫女の一人を使わせてくれはったんやろ。渡りに船や、どうか雅を診てくれへんか?』
詳しくお話を聞くと、お狐様の陰陽師も、穢の一種という事だけは分かっても、大元の原因がぼんやりとして正体が掴めないんだとか。お祓いをしても結局また元に戻って、穢が蓄積されてしまうみたいで……それだけ強いという事らしい。もちろん、応急処置はしているみたいだけど、ずっとそのままじゃいられないよね。
分かってる事と言えば、朧さんがこの屋敷から離れようとすると、雅さんの病状が悪化する。これは、朧さんとご当主様の推測みたいだけど……。
もし本当に巫女として、私に何か特別な能力があるのなら、雅さんを助けたいな。
「私、やってみます」
『ほんまか。おおきに。宜しゅう頼むわ!』
『親父様、同行しても宜しいですか。ちょいと気になる事があるんです。それに、久し振りに、雅の顔も見たいですし』
ずっと黙っていた錦がそう言うと、ご当主様は頷き、私に案内すると言った。
❖✥❖
ご当主様を先頭に、私達は雅さんの部屋へと向かう。雅さんは、朝から昼に掛けては比較的元気みたいなので、この人数でおしかけても大丈夫そう。
『雅、起きとるか。入ってもええか?』
『うん。お父ちゃんどないしたん? もう玉藻さんは帰りはったから……お客さん?』
障子越しに聞こえた雅さんの声は、穏やかで優しい男の子の声だった。ゆっくりと襖を開けると、布団から上半身を起こした雅さんがこっちを見ていた。朧さんの弟さんだけあって、綺麗な顔立ちをしている。女の子みたいに線が細いなぁ。
柔和な雰囲気からして、朧さんとは正反対なお狐様に見えた。彼は錦と私を交互に見ると驚いたように、目を見開く。
『兄ちゃん、錦と仲直りしたん? その人間の女の子は、兄ちゃんが言うてたつむぎちゃんなん?』
『仲直りもなんもあらへんわ。相変わらず俺の尻ばっかり追い掛けて、かなん。東の狐はぶぶ漬け出さな分からへんみたいやわぁ。せや、この子が契約の巫女やねん』
『お前の捨てた神使が、全員俺に靡くんだから仕方ねぇだろ。アッチは俺の方がいいんだろうなぁ』
『しょーもな。俺の代わりにされとるだけやで。東の狐はんは直ぐに、ええ気になって宜しいおすな』
う、うーん……どうしたらこの二人は仲良くしてくれるのかな。このまま、バチバチ喧嘩が始まりそうになったところで、ご当主様が『じゃかましい』と一喝した。
雅さんもその様子に苦笑している。
『ほんまいつまでもガキみたいにしよってからに。雅、お前の病気をこの子に診て貰おうか思てな。もしかしたら、巫女の力で病気が治るかもしれへんやろ』
「自分にそんな力があるのか分からないけど、やってみなくちゃ分からないから頑張ります」
正直言って物凄い無茶振りだけど、東雲家の人にとったら、藁をもすがるような思いだよね。家族が病気になって、もう打つ手がなくなってしまったら、私も見ず知らずの人を頼るかも。
病の原因を突き止めたり、治せる力が本当にあるのか分からないから、プレッシャーはあるけど、頑張る。
『おおきに。初めまして、つむぎちゃん。僕は雅言います。宜しゅうお頼み申します。お父ちゃん、治療する時はいつも一対一やねん。こんな大勢おったら、つむぎちゃんも緊張するさかい、隣の部屋か、外で待っててくれへんか?』
雅さんは、私が緊張しているのを察していたのか、三人に席を外すように言った。青白い顔をしている体調の悪い雅さんに、気を遣わせてしまって、申し訳ない気持ちになっちゃう。
「一度試してみて、またお声がけしますので……、待ってて下さい」
『せやな。隣の部屋で待とか。無理しなや、つむぎちゃん』
「うん」
朧さんは頷くと、隣の部屋へと移った。広い寝室で二人きりになり、私は雅さんの側で正座をする。
「雅さん。体を起こしているのがつらいなら、寝転んで下さいね」
『おおきに。君、東雲家まで来るなんて、勇気あるんやなぁ。ほんまは、君と逢えたら二人で話したいと思っててん。兄ちゃんが一緒におって楽しそうに話す人間の女の子って、どんな子やろなぁと思ってたから』
雅さんは寝転ぶと、のんびりとした口調でそう言った。元気な頃のお姿は知らないけれど、見るからにやつれた様子だから、ご飯もまともに食べられないのかな。
家族以外の人とも逢えないだろうし、誰かと会話したいのかも。
「私も、朧さんからお話を聞いてました。雅さんは優しい子だって。朧さんは弟思いですよね。私は一人っ子だから、仲の良い兄弟って素敵だなって思いました」
『ふふふ。兄ちゃんはちょっと僕に過保護やねん。つむぎちゃんがええ子そうで良かった。兄ちゃんが魅久楽に行ってしもた時は、僕にかて刺刺しかったからなぁ。なんや昔の兄ちゃんが、戻ってきたみたいで嬉しいわ。つむぎちゃんのお陰やね』
なんとなく、雅さんの話を聞いていると肩の力が抜けてきた気がする。ふと、無意識に雅さんの額に触れた。
目を閉じるとドロドロとした物が、手の平に伝わってくるような感覚がして、私は驚き薄っすらと、目を開ける。
彼の体には、禍々しい黒い蛇のような物が纏わりついていた。
(この感じ……どこかで)
この黒い蛇から溢れてくる雰囲気に、私は思い当たった。その瞬間私の手の平が小さな針で刺されるような痛みを感じる……怖い。
手を引っ込めないようにして唇を噛み、それに耐えていると、頭の中に雅さんが倒れるまでの映像が、まるで逆再生の映画のように流れ込んできた。それに合わせて私の体を侵食するように、絡み付く黒い蛇が腕を這い上がってくる。
(やっぱり……吉野さん?)
その間も、彼女の色々な感情と出来事が頭の中に映し出されていった。そっか、そう言う事なんだ。
目的は雅さんを殺す事じゃない。
あの人は、私から朧さんを引き離す為に、雅さんを利用したの?
「何それ……、ふざけないでよ!」
怖かったけれど、正体が分かった瞬間、関係ない人を巻き込んだ事に腹が立ってしまい、私の中で何かが弾けた。叫んだ瞬間に、自分の体を通して強い能力のような物が湧き上がる。
『どないしたんや、つむぎ!』
朧さんが入って来た瞬間に、私の全身がぼんやり光り輝くと、それと同時に私と雅さんに絡み付いていた黒い蛇が、光に飲み込まれるように、サラサラと消え去っていった。
『そないカリカリせんでええやろ、朧。あんた、つむぎちゃん言うんやろ? こっちに来ぃ。俺に顔見せてくれはらへんか』
朧さん、あんまりお父さんと仲が良くないのかな? それとも由緒正しい東雲家の嫡男である朧さんが、契約の巫女の事を口に出してしまって、ご両親と揉めちゃったのかな?
私が顔を上げると、東雲のご当主様が手招きをしていた。朧さんに視線を向けると、親父の指示に従うように、と言わんばかりに目配する。
「は、はい。失礼します」
大座敷を朧さんと共に歩き、上座で胡坐をかく当主様の前まで来ると、私は緊張しながら、ご当主様と目を合わせた。
流れるような長い白髪を結い上げ、どこか朧さんの面影がある格好いいご当主様は、やっぱり親子なんだって、思う。
私、この人が朧さんのお兄さんだと言われても、普通に信じちゃうかも。それ位、ご当主様は若々しいお狐様だった。
狐目を細めて、にっこりと人懐っこい笑みを浮かべているご当主様は、伏見稲荷の頂点に立つ、神使の威圧感がある…。
『本物の契約の巫女は、初めて見るわ。いっちょまえに、こいつが魅久楽で見付けたなんて言うさかい、このボンクラ、あざとい菖蒲屋の女郎にでも熱上げて、騙されよったわ。かなんなぁと思ってたんや。せやけどあんたの命は、あっこにおる罪人とはちゃうみたいやねぇ』
まさか、本当は祠のお狐様から私を買ったなんて事は、親には言えないよね……うん。
『せやから言うてるやろ。つむぎちゃんには、ちゃぁんと東雲朧の印が入っとる。俺が恋しゅうなって、このあほんだらの錦を利用してここまで来たんや。この子、ええ子やねん。一途で根性があって可愛らしやろ?』
朧さんってば、錦と同じように私の前髪を上げて額を見せた。
それから鼻で笑うと、惚気全開で私の説明をするから真っ赤になってしまった。い、一応こんな形ではあるけど、親御さんへの初めてのご挨拶だよね?
嬉しいけど、こんなにフランクに褒められたら、照れちゃうな。なんてご挨拶しようとか、雅さんの事とか、色々と頭の中でどう話すか考えてたんだけど……全部飛んじゃったよ。
ご挨拶と言えば、朧さんのお母さんのお姿が見えない。ご当主様は、朧さんの惚気に呆れたように、はぁっと大きく溜息をつくと膝を叩いた。
『どっちにしろお前と、烏丸家のお蝶との縁談は決まっとるんや。せやけど今はそれどころやない。お里は雅が心配で、寝込んでしもうとるしな。末っ子は可愛いみたいでな』
「え、縁談……?」
縁談、と言う言葉に私は頭を強く殴られたようにショックを受けた。ぎゅっと着物を両手で握りしめると、そんな私の手を、やんわりと朧さんが握る。
『えらい急な縁談やったわ。親父が勝手に決めた事やねん。けったくそ悪い。俺みたいな悪い狐に嫁いでも、苦労するだけやで。烏丸みたいな良家のお嬢はんには、俺の首根っ子を押さえられへんやろなぁ』
『その女癖の悪さは、俺に似たんやな』
ご当主様が額を押さえて、深く溜息をつく。朧さんの許嫁だったお鈴さんが、とても悲惨な形で亡くなったのは、東雲家の全員が知ってるはず。
だけど、いずれ当主となる朧さんは『お世継ぎ』を作らなくちゃいけないんだ。朧さんは顔色も変えずに、ご当主様をじっと見つめている。
朧さんの視線ももろともせずに、ご当主様は肘置きにもたれると、私をチラリと見た。
『雅の事やけどな』
『――――なんぞ、特効薬でも見付けたんか』
『もう医者は宛にならへん。玉藻の陰陽師の話やと、雅の病は間違いなく『穢』の一種やないか言うんや』
朧さんは、特効薬でも手に入ったのかと身を乗り出したけれど、深く溜息をつく。
『なぁ、つむぎちゃん。あんたは『巫女』や。巫女っちゅうのは、本来神さんに選ばれて神さんの声を聞き、穢れを祓ったり、神託を人に伝えたりすんねん。ほんで時には、神さんの嫁に選ばれる事もある。ようは特別霊力の高い人間の事や』
突然、ご当主様に話を振られた私はビクリと肩を震わせて、背筋を伸ばした。縁談の事は凄く気になるけど、今はショックを受けてる場合じゃないよね。
「は、はい。その、全然巫女らしい事をした事がないんですが、私は特別なんでしょうか」
『さよか。せやけどあんたは、特別やと思う。魂が綺麗やさかい、伏見の宇迦之御魂大神さんが、朧に巫女の一人を使わせてくれはったんやろ。渡りに船や、どうか雅を診てくれへんか?』
詳しくお話を聞くと、お狐様の陰陽師も、穢の一種という事だけは分かっても、大元の原因がぼんやりとして正体が掴めないんだとか。お祓いをしても結局また元に戻って、穢が蓄積されてしまうみたいで……それだけ強いという事らしい。もちろん、応急処置はしているみたいだけど、ずっとそのままじゃいられないよね。
分かってる事と言えば、朧さんがこの屋敷から離れようとすると、雅さんの病状が悪化する。これは、朧さんとご当主様の推測みたいだけど……。
もし本当に巫女として、私に何か特別な能力があるのなら、雅さんを助けたいな。
「私、やってみます」
『ほんまか。おおきに。宜しゅう頼むわ!』
『親父様、同行しても宜しいですか。ちょいと気になる事があるんです。それに、久し振りに、雅の顔も見たいですし』
ずっと黙っていた錦がそう言うと、ご当主様は頷き、私に案内すると言った。
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ご当主様を先頭に、私達は雅さんの部屋へと向かう。雅さんは、朝から昼に掛けては比較的元気みたいなので、この人数でおしかけても大丈夫そう。
『雅、起きとるか。入ってもええか?』
『うん。お父ちゃんどないしたん? もう玉藻さんは帰りはったから……お客さん?』
障子越しに聞こえた雅さんの声は、穏やかで優しい男の子の声だった。ゆっくりと襖を開けると、布団から上半身を起こした雅さんがこっちを見ていた。朧さんの弟さんだけあって、綺麗な顔立ちをしている。女の子みたいに線が細いなぁ。
柔和な雰囲気からして、朧さんとは正反対なお狐様に見えた。彼は錦と私を交互に見ると驚いたように、目を見開く。
『兄ちゃん、錦と仲直りしたん? その人間の女の子は、兄ちゃんが言うてたつむぎちゃんなん?』
『仲直りもなんもあらへんわ。相変わらず俺の尻ばっかり追い掛けて、かなん。東の狐はぶぶ漬け出さな分からへんみたいやわぁ。せや、この子が契約の巫女やねん』
『お前の捨てた神使が、全員俺に靡くんだから仕方ねぇだろ。アッチは俺の方がいいんだろうなぁ』
『しょーもな。俺の代わりにされとるだけやで。東の狐はんは直ぐに、ええ気になって宜しいおすな』
う、うーん……どうしたらこの二人は仲良くしてくれるのかな。このまま、バチバチ喧嘩が始まりそうになったところで、ご当主様が『じゃかましい』と一喝した。
雅さんもその様子に苦笑している。
『ほんまいつまでもガキみたいにしよってからに。雅、お前の病気をこの子に診て貰おうか思てな。もしかしたら、巫女の力で病気が治るかもしれへんやろ』
「自分にそんな力があるのか分からないけど、やってみなくちゃ分からないから頑張ります」
正直言って物凄い無茶振りだけど、東雲家の人にとったら、藁をもすがるような思いだよね。家族が病気になって、もう打つ手がなくなってしまったら、私も見ず知らずの人を頼るかも。
病の原因を突き止めたり、治せる力が本当にあるのか分からないから、プレッシャーはあるけど、頑張る。
『おおきに。初めまして、つむぎちゃん。僕は雅言います。宜しゅうお頼み申します。お父ちゃん、治療する時はいつも一対一やねん。こんな大勢おったら、つむぎちゃんも緊張するさかい、隣の部屋か、外で待っててくれへんか?』
雅さんは、私が緊張しているのを察していたのか、三人に席を外すように言った。青白い顔をしている体調の悪い雅さんに、気を遣わせてしまって、申し訳ない気持ちになっちゃう。
「一度試してみて、またお声がけしますので……、待ってて下さい」
『せやな。隣の部屋で待とか。無理しなや、つむぎちゃん』
「うん」
朧さんは頷くと、隣の部屋へと移った。広い寝室で二人きりになり、私は雅さんの側で正座をする。
「雅さん。体を起こしているのがつらいなら、寝転んで下さいね」
『おおきに。君、東雲家まで来るなんて、勇気あるんやなぁ。ほんまは、君と逢えたら二人で話したいと思っててん。兄ちゃんが一緒におって楽しそうに話す人間の女の子って、どんな子やろなぁと思ってたから』
雅さんは寝転ぶと、のんびりとした口調でそう言った。元気な頃のお姿は知らないけれど、見るからにやつれた様子だから、ご飯もまともに食べられないのかな。
家族以外の人とも逢えないだろうし、誰かと会話したいのかも。
「私も、朧さんからお話を聞いてました。雅さんは優しい子だって。朧さんは弟思いですよね。私は一人っ子だから、仲の良い兄弟って素敵だなって思いました」
『ふふふ。兄ちゃんはちょっと僕に過保護やねん。つむぎちゃんがええ子そうで良かった。兄ちゃんが魅久楽に行ってしもた時は、僕にかて刺刺しかったからなぁ。なんや昔の兄ちゃんが、戻ってきたみたいで嬉しいわ。つむぎちゃんのお陰やね』
なんとなく、雅さんの話を聞いていると肩の力が抜けてきた気がする。ふと、無意識に雅さんの額に触れた。
目を閉じるとドロドロとした物が、手の平に伝わってくるような感覚がして、私は驚き薄っすらと、目を開ける。
彼の体には、禍々しい黒い蛇のような物が纏わりついていた。
(この感じ……どこかで)
この黒い蛇から溢れてくる雰囲気に、私は思い当たった。その瞬間私の手の平が小さな針で刺されるような痛みを感じる……怖い。
手を引っ込めないようにして唇を噛み、それに耐えていると、頭の中に雅さんが倒れるまでの映像が、まるで逆再生の映画のように流れ込んできた。それに合わせて私の体を侵食するように、絡み付く黒い蛇が腕を這い上がってくる。
(やっぱり……吉野さん?)
その間も、彼女の色々な感情と出来事が頭の中に映し出されていった。そっか、そう言う事なんだ。
目的は雅さんを殺す事じゃない。
あの人は、私から朧さんを引き離す為に、雅さんを利用したの?
「何それ……、ふざけないでよ!」
怖かったけれど、正体が分かった瞬間、関係ない人を巻き込んだ事に腹が立ってしまい、私の中で何かが弾けた。叫んだ瞬間に、自分の体を通して強い能力のような物が湧き上がる。
『どないしたんや、つむぎ!』
朧さんが入って来た瞬間に、私の全身がぼんやり光り輝くと、それと同時に私と雅さんに絡み付いていた黒い蛇が、光に飲み込まれるように、サラサラと消え去っていった。
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