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常夜と空蝉の間で②
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「東海出版社? 上場企業ね……。ビジネス書販売ががメインだと思っていたけれど絵本なんかも手掛けているのねぇ。失礼ですけど、絵本の売上げってどれくらいなのかしら? たいしたものじゃないように思えるわ。生計が立てられるものなんですか」
「お母さん!」
くるみは恥ずかしくなって項垂れてしまった。東海出版社はもちろん絵本だけで無く、ベストセラーのビジネス書や有名な小説家の書籍なども出している。
初対面の編集社の方に、根掘り葉掘り聞いてしまう母の性格にくるみはうんざりとしてしまった。
「作家によりますが、人気の方だと、ご家庭に限らず、幼稚園や児童施設でも購入して頂けますのでロングセラーになりますね。親子でファンの方もいらっしゃいますよ。
小説のように作家と挿絵が別ではないので印税も多く入りますし、その他にも、雑誌の挿絵やデザインをする場合もあります。
くるみさんのイラストは、優しくて可愛らしい絵柄ですので、弊社の女性向けの雑誌でのイラストカットも検討していますよ」
由利は微笑みながら柔軟に対応した。まさか女性誌のイラストまで考えてくれているとは思わず、くるみの頬が興奮で上気する。
絵本はもちろん、イラストを描く仕事ならば、なんでも挑戦してみたいと常々思っていたくるみにとって、WEB記事でカフェと絵本の事を紹介してくれた樹には、悔しいけれどある意味感謝の気持が芽生えた。
「そう……、フリーよりマシなのかしら。大手企業の出版社に拾ってもらえるなら、まだ安心だわねぇ。今の若い人は結婚しない人も多いでしょう? この子は昔から男の人と言うか……人付き合いが苦手なんですよ。
今でこそこうやって、親戚のカフェを手伝っていますけど……大手企業に就職すれば、結婚相手も見つかるし、たとえ離婚しても女ひとりで生きていけるだけの収入は見込めそうですもの。
くるみ、橋本さんに就職できるように口添えしてもらったらどう」
母の勢いに少し辟易する由利を見ると、羞恥で穴があったら入りたいという気持ちになってしまった。
こうして、娘のプライベートを本人のいる前で断りも無く他人に話す事は何度もあったが、まるで親から自立できていない大人だと紹介されてしまったような気がして、気持ちが重くなった。
母の気持ちや要望に寄り添えば、過剰に干渉するし、そぐわないような今の状況下でコミュニケーションを取ろうとすると、とたんに無関心になって否定をする。
それから母は、由利への質問や世間話などを機関銃のように話しだすと、それを止めるべく助け舟を出すように話しかけた。
「……お母さん、時間は大丈夫なの? もう十四時回ってるけど」
「ああ、そうだわ! そろそろ次の取引先の所に行かないと……じゃあね、くるみ。槐くんによろしく言っておいて。橋本さん、ぜひよろしくお願いしますね」
腕時計を見ると、代金を支払いそそくさと嵐のように去っていく。鈴の音が鳴り響き、くるみは疲れ切った表情でため息をつくと、ずっと母親の相手をしていた由利に頭を下げた。
「橋本さん、すみません! うちの母は話し始めると止まらなくて……何にも考えずにずけずけ言ってしまう性格で、本当にご迷惑おかけしました」
「いえいえ、私は大丈夫ですよ。なんとなく私の母とタイプが似てるなって思ってしまって」
大変でしょう、と口にはしなかったが由利の瞳は共感するようにくるみを見つめている。年齢は自分より少し上に見えるが、とても落ち着いて見えた。
そのせいか安心感があって彼女になら、なんでも話せてしまうような気がする。
「そうなんですか……、長話しに付き合わせてしまって、ぜひお礼に『妖』の手作りブラウニーケーキをオマケさせて下さい」
「うーん、それは嬉しいですけど、美味しそうなケーキにはきちんとお金を払いたいです。その代わり、と言ったらなんですけれど、神代さんとランチしたいな。
実は、出張ついでに有休もとっちゃって、美味しいものを食べてのんびりしようかなって思ってたんです。明日にでもどうですか」
担当としてコミュニケーションを取りたいと言う事もあるのだろが、くるみと同じような家庭環境に育ったであろう彼女と、女同士じっくり話をしてみたいと言う気持ちが湧き上がってきた。
それに、どうして槐の事を知っていたのかも気になる。
「いいですね、私も生まれは東京なんですけどこのお店は祖父母の生家をリノベーションしたんです。この辺りには、何度か里帰りしていますし、美味しいランチのお店を案内できますよ。どの系統が良いですか」
「わぁ、嬉しいです。この辺りは鬼の里で有名だけどお蕎麦とかうどんも美味しい所があるって上司に聞きました。うーん、やっぱり和風がいいかな」
女子同士、盛り上がっている所に暖簾をくぐって槐と雅、そして猫の姿の漣が尻尾を立てながらご機嫌の様子で歩いてくる。ずいぶんと長く話していたので彼らの休憩も終わってしまったようだ。
「あれ、叔母さん帰ったの? ずいぶんと話が盛り上がっていたようですね。楽しそうな笑い声が聞こえてきましたよ。このお店を気に入って下さってありがとうございます、橋本様」
「本当に。お話のお供にケーキと珈琲のおかわりはいかがですか? 今日はブラウニーケーキがおすすめですよ」
槐は最近すっかり身に付いてしまった営業スマイルで由利に話しかけた。そして続いて普段なら、くるみがお目にかかる事のできない優しい笑顔の雅が今日のおすすめのケーキをしっかりと営業する。
茶トラの漣は、尻尾を揺らしながら由利の元まで歩み寄ると座りこみ、不思議そうにじっと顔を見上げた。
「ありがとうございます。神代さん、とても話しやすいから、ついつい大きな声になっちゃってたみたい。もっとゆっくりしていたいんですが、今日はまだ仕事が残っているのでそろそろホテルに帰りますね……ケーキはお持ち帰りできますか?」
「大丈夫ですよ、テイクアウトも出来ますので。それじゃあ橋本さん、明日連絡しますね」
「ええ、それじゃあまた明日」
くるみはそう言うと、ケーキを箱に入れてマジックで可愛いイラストと『Thank you』の文字を書いた。由利は漣の頭を優しく撫でると、代金を支払って出ていく。
「くるみ、明日なにか用事があるのかのう?」
「うん、ちょっと橋本さんとランチする約束したんだよ。少しだけ抜けるけど、人数的にはシフト回せそうだから大丈夫かなって思って」
楽しそうにするくるみに、槐が問い掛けると漣がカウンターまで飛び乗ってきた。槐は雅をちらりと見ると意味深に頷いた。
その様子を見ながら、漣が首を傾げるとくるみに声をかける。
「ねぇ、くるみ。あの由利って人不思議な感じするよ。俺たちと同じじゃないんだけど、なんていうかさ……」
「え? そ、そうなの? でも、源さんの時みたいな嫌な感じはしなかったし。彼女、すごく感じの良い人だよ」
漣はもどかしそうな表情でくるみに訴えかけていた。槐も雅も、自分の感じている違和感を上手く言葉として伝える事ができない。
ただ、樹のように不穏というほどの感覚ではないようで、槐は顎を撫でながら言った。
「俺達の勘違いとは思えんが、少なくとも源一門ではなさそうだな」
「昼休憩を共に過ごすくらいならば危険は無いでしょうが……、まぁ、貴女はその特異な性質上狙われやすいので警戒はしておいたほうが良いでしょう」
「ん~~でもでも、そうだね~~心配なら、僕がついていこうか~~?」
突然ヌッとカウンターから出てきた鵺に、驚きつつくるみは全員を見回した。心配してくれるのはとてもありがたいが、彼女が妖怪だったり、彼らを狩るような人物には見えない。
あんな事件があったものだから、みんなが過敏になっているのではないかと思った。それは由利が、同性であると言う事も手伝って警戒心を抱かず、そんな風に思うのかも知れない。
「大丈夫だよ、みんな。本当にお昼食べて少しお話したらお店に戻ってくるだけだから。帰る時はちゃんと槐に迎えに来てくれるように電話入れる、それなら安心でしょ? どう?」
四人は互いの顔を見合わせため息をつくと、楽しそうにするくるみを見守って頷いた。
✤✤✤
くるみは、由利の名刺からラインを登録すると駅からは少し遠くなるが、名物の蕎麦を食べに行くことになった。待ち合わせの駅前まで槐に車で送ってもらうと彼女が来るのを待った。
「神代さん、おまたせしました」
「あ、いいえ。橋本さんこそ大丈夫でしたか? 駅前でも、東京みたいにお店はたくさん無いから暇も潰せなかったんじゃないかって」
「大丈夫です、この近くのホテルでゆっくりしていたので」
スーツ姿ではなく、丈の長いベルト付きチェックスカートの由利は昨日のイメージとは異なり、大学生くらいにも見える。彼女と私服で一緒にいると、一段と親近感が湧くような気がした。
白いセーターに長い黒髪がよく似合う。
くせ毛のくるみは、彼女が毎日どれくらい時間をかけて髪の手入れをしているんだろうと興味を惹かれてしまった。
「お店まで少し歩くんですけど、とっても美味しいんですよ。観光客の方もよく来られるみたいで……私も祖父に連れていって貰った事があります」
「へぇ、そうなんだ。この辺りは水も綺麗だろうし、お蕎麦も美味しそうです」
他愛もない雑談や、絵本の事を話しつつようやく蕎麦屋まで辿り着いた。
鬼の里として有名な地域で、観光客もそれなりにやってくるが今日はどうやら、予約した自分達と親子連れがいるくらいで、お昼時にしては人が少ない。
相変わらず大人気の朱点童子の蕎麦、うどんなどもあるようで思わず吹き出しそうになった。くるみは今でこそ感慨深いこの人気第一位の、朱点童子が蕎麦を頼むことにした。
「山菜のてんぷらも美味しいですね、やっぱり東京で食べるものとは違うなぁ」
「田舎なので、不便な時もありますけど食材は新鮮で美味しいです。カフェのサンドイッチやスイーツも常連さんから食材を仕入れてたりするんですよ。槐がお料理得意で……そう言えば、橋本さん、槐とお知り合いですか?」
その言葉に、由利は箸を置くとくるみを見つめ微笑んだ。
「知らないけど、知っているわ。朱点童子は有名だから」
「お母さん!」
くるみは恥ずかしくなって項垂れてしまった。東海出版社はもちろん絵本だけで無く、ベストセラーのビジネス書や有名な小説家の書籍なども出している。
初対面の編集社の方に、根掘り葉掘り聞いてしまう母の性格にくるみはうんざりとしてしまった。
「作家によりますが、人気の方だと、ご家庭に限らず、幼稚園や児童施設でも購入して頂けますのでロングセラーになりますね。親子でファンの方もいらっしゃいますよ。
小説のように作家と挿絵が別ではないので印税も多く入りますし、その他にも、雑誌の挿絵やデザインをする場合もあります。
くるみさんのイラストは、優しくて可愛らしい絵柄ですので、弊社の女性向けの雑誌でのイラストカットも検討していますよ」
由利は微笑みながら柔軟に対応した。まさか女性誌のイラストまで考えてくれているとは思わず、くるみの頬が興奮で上気する。
絵本はもちろん、イラストを描く仕事ならば、なんでも挑戦してみたいと常々思っていたくるみにとって、WEB記事でカフェと絵本の事を紹介してくれた樹には、悔しいけれどある意味感謝の気持が芽生えた。
「そう……、フリーよりマシなのかしら。大手企業の出版社に拾ってもらえるなら、まだ安心だわねぇ。今の若い人は結婚しない人も多いでしょう? この子は昔から男の人と言うか……人付き合いが苦手なんですよ。
今でこそこうやって、親戚のカフェを手伝っていますけど……大手企業に就職すれば、結婚相手も見つかるし、たとえ離婚しても女ひとりで生きていけるだけの収入は見込めそうですもの。
くるみ、橋本さんに就職できるように口添えしてもらったらどう」
母の勢いに少し辟易する由利を見ると、羞恥で穴があったら入りたいという気持ちになってしまった。
こうして、娘のプライベートを本人のいる前で断りも無く他人に話す事は何度もあったが、まるで親から自立できていない大人だと紹介されてしまったような気がして、気持ちが重くなった。
母の気持ちや要望に寄り添えば、過剰に干渉するし、そぐわないような今の状況下でコミュニケーションを取ろうとすると、とたんに無関心になって否定をする。
それから母は、由利への質問や世間話などを機関銃のように話しだすと、それを止めるべく助け舟を出すように話しかけた。
「……お母さん、時間は大丈夫なの? もう十四時回ってるけど」
「ああ、そうだわ! そろそろ次の取引先の所に行かないと……じゃあね、くるみ。槐くんによろしく言っておいて。橋本さん、ぜひよろしくお願いしますね」
腕時計を見ると、代金を支払いそそくさと嵐のように去っていく。鈴の音が鳴り響き、くるみは疲れ切った表情でため息をつくと、ずっと母親の相手をしていた由利に頭を下げた。
「橋本さん、すみません! うちの母は話し始めると止まらなくて……何にも考えずにずけずけ言ってしまう性格で、本当にご迷惑おかけしました」
「いえいえ、私は大丈夫ですよ。なんとなく私の母とタイプが似てるなって思ってしまって」
大変でしょう、と口にはしなかったが由利の瞳は共感するようにくるみを見つめている。年齢は自分より少し上に見えるが、とても落ち着いて見えた。
そのせいか安心感があって彼女になら、なんでも話せてしまうような気がする。
「そうなんですか……、長話しに付き合わせてしまって、ぜひお礼に『妖』の手作りブラウニーケーキをオマケさせて下さい」
「うーん、それは嬉しいですけど、美味しそうなケーキにはきちんとお金を払いたいです。その代わり、と言ったらなんですけれど、神代さんとランチしたいな。
実は、出張ついでに有休もとっちゃって、美味しいものを食べてのんびりしようかなって思ってたんです。明日にでもどうですか」
担当としてコミュニケーションを取りたいと言う事もあるのだろが、くるみと同じような家庭環境に育ったであろう彼女と、女同士じっくり話をしてみたいと言う気持ちが湧き上がってきた。
それに、どうして槐の事を知っていたのかも気になる。
「いいですね、私も生まれは東京なんですけどこのお店は祖父母の生家をリノベーションしたんです。この辺りには、何度か里帰りしていますし、美味しいランチのお店を案内できますよ。どの系統が良いですか」
「わぁ、嬉しいです。この辺りは鬼の里で有名だけどお蕎麦とかうどんも美味しい所があるって上司に聞きました。うーん、やっぱり和風がいいかな」
女子同士、盛り上がっている所に暖簾をくぐって槐と雅、そして猫の姿の漣が尻尾を立てながらご機嫌の様子で歩いてくる。ずいぶんと長く話していたので彼らの休憩も終わってしまったようだ。
「あれ、叔母さん帰ったの? ずいぶんと話が盛り上がっていたようですね。楽しそうな笑い声が聞こえてきましたよ。このお店を気に入って下さってありがとうございます、橋本様」
「本当に。お話のお供にケーキと珈琲のおかわりはいかがですか? 今日はブラウニーケーキがおすすめですよ」
槐は最近すっかり身に付いてしまった営業スマイルで由利に話しかけた。そして続いて普段なら、くるみがお目にかかる事のできない優しい笑顔の雅が今日のおすすめのケーキをしっかりと営業する。
茶トラの漣は、尻尾を揺らしながら由利の元まで歩み寄ると座りこみ、不思議そうにじっと顔を見上げた。
「ありがとうございます。神代さん、とても話しやすいから、ついつい大きな声になっちゃってたみたい。もっとゆっくりしていたいんですが、今日はまだ仕事が残っているのでそろそろホテルに帰りますね……ケーキはお持ち帰りできますか?」
「大丈夫ですよ、テイクアウトも出来ますので。それじゃあ橋本さん、明日連絡しますね」
「ええ、それじゃあまた明日」
くるみはそう言うと、ケーキを箱に入れてマジックで可愛いイラストと『Thank you』の文字を書いた。由利は漣の頭を優しく撫でると、代金を支払って出ていく。
「くるみ、明日なにか用事があるのかのう?」
「うん、ちょっと橋本さんとランチする約束したんだよ。少しだけ抜けるけど、人数的にはシフト回せそうだから大丈夫かなって思って」
楽しそうにするくるみに、槐が問い掛けると漣がカウンターまで飛び乗ってきた。槐は雅をちらりと見ると意味深に頷いた。
その様子を見ながら、漣が首を傾げるとくるみに声をかける。
「ねぇ、くるみ。あの由利って人不思議な感じするよ。俺たちと同じじゃないんだけど、なんていうかさ……」
「え? そ、そうなの? でも、源さんの時みたいな嫌な感じはしなかったし。彼女、すごく感じの良い人だよ」
漣はもどかしそうな表情でくるみに訴えかけていた。槐も雅も、自分の感じている違和感を上手く言葉として伝える事ができない。
ただ、樹のように不穏というほどの感覚ではないようで、槐は顎を撫でながら言った。
「俺達の勘違いとは思えんが、少なくとも源一門ではなさそうだな」
「昼休憩を共に過ごすくらいならば危険は無いでしょうが……、まぁ、貴女はその特異な性質上狙われやすいので警戒はしておいたほうが良いでしょう」
「ん~~でもでも、そうだね~~心配なら、僕がついていこうか~~?」
突然ヌッとカウンターから出てきた鵺に、驚きつつくるみは全員を見回した。心配してくれるのはとてもありがたいが、彼女が妖怪だったり、彼らを狩るような人物には見えない。
あんな事件があったものだから、みんなが過敏になっているのではないかと思った。それは由利が、同性であると言う事も手伝って警戒心を抱かず、そんな風に思うのかも知れない。
「大丈夫だよ、みんな。本当にお昼食べて少しお話したらお店に戻ってくるだけだから。帰る時はちゃんと槐に迎えに来てくれるように電話入れる、それなら安心でしょ? どう?」
四人は互いの顔を見合わせため息をつくと、楽しそうにするくるみを見守って頷いた。
✤✤✤
くるみは、由利の名刺からラインを登録すると駅からは少し遠くなるが、名物の蕎麦を食べに行くことになった。待ち合わせの駅前まで槐に車で送ってもらうと彼女が来るのを待った。
「神代さん、おまたせしました」
「あ、いいえ。橋本さんこそ大丈夫でしたか? 駅前でも、東京みたいにお店はたくさん無いから暇も潰せなかったんじゃないかって」
「大丈夫です、この近くのホテルでゆっくりしていたので」
スーツ姿ではなく、丈の長いベルト付きチェックスカートの由利は昨日のイメージとは異なり、大学生くらいにも見える。彼女と私服で一緒にいると、一段と親近感が湧くような気がした。
白いセーターに長い黒髪がよく似合う。
くせ毛のくるみは、彼女が毎日どれくらい時間をかけて髪の手入れをしているんだろうと興味を惹かれてしまった。
「お店まで少し歩くんですけど、とっても美味しいんですよ。観光客の方もよく来られるみたいで……私も祖父に連れていって貰った事があります」
「へぇ、そうなんだ。この辺りは水も綺麗だろうし、お蕎麦も美味しそうです」
他愛もない雑談や、絵本の事を話しつつようやく蕎麦屋まで辿り着いた。
鬼の里として有名な地域で、観光客もそれなりにやってくるが今日はどうやら、予約した自分達と親子連れがいるくらいで、お昼時にしては人が少ない。
相変わらず大人気の朱点童子の蕎麦、うどんなどもあるようで思わず吹き出しそうになった。くるみは今でこそ感慨深いこの人気第一位の、朱点童子が蕎麦を頼むことにした。
「山菜のてんぷらも美味しいですね、やっぱり東京で食べるものとは違うなぁ」
「田舎なので、不便な時もありますけど食材は新鮮で美味しいです。カフェのサンドイッチやスイーツも常連さんから食材を仕入れてたりするんですよ。槐がお料理得意で……そう言えば、橋本さん、槐とお知り合いですか?」
その言葉に、由利は箸を置くとくるみを見つめ微笑んだ。
「知らないけど、知っているわ。朱点童子は有名だから」
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