雨宮健の心霊事件簿・改霊

蒼琉璃

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二十四話 中山裕二②

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「また、神隠しの家に入らなければいけなくなるかもしれないけど、それでも裕二は大丈夫か?」
「いいよ。逃げててもしょうがねぇから」

 僕が念を押して確認すると、裕二は一瞬戸惑ったが、頷いた。
 一連の裕二の言動は、決して褒められたようなものではない。でも、加藤さんに対しての後悔は本物だろうし、自己中心的に、動画再生を増やす事ばかり考えていた事を、反省している。
 彼の友人として、その気持ちを尊重してやりたいと思った。
 僕は、気持ちを切り替えるようにして、裕二と秋本さんを見ると気を取り直して言った。

「とりあえず、昼飯を食おう。それから達也に線香を上げに行こうよ」

 それから僕達は、達也のご実家で線香を上げた。
 この件が解決するまで、達也の次に影響を受けているだろう秋本さんには、雨宮神社に残って貰う事にし、僕達は東京に帰る。
 フェリーに乗って、辰子島を離れると、本田さんからメッセージが届いているのに気付いた。

「健くん、もしかして本田さんから?」

 梨子が、首を傾げて僕を見る。梨子って、妙に鋭い所があるんだよな。

「うん。ようやく、本田さんの仕事が落ち着いたみたいだ。週末なら呪物を見せてくれるってさ」 
「じゃあ俺が、KCソリューションの事務所まで、連れてってやるわ」
「ありがとう、裕二くん。またあれと対面する事になるだなんて、なんだか怖いよ。でも、達也や私達の為にも向き合わなくちゃ」

 梨子は、漠然とした不安を口にした。僕も彼女と同じように、実際の呪物を見る事に、不安と緊張を感じているが、もう引き返せない所まで来てしまっている。

「やるしかない」

 ✤✤✤

 あのお祓いの一件があってから、裕二のもとに、加藤さんは現れていない。二三日前に、リモートで秋本さんの様子を伺ったけれど、顔色も戻っていて、今の所は元気そうに思えた。
 梨子は、今の所霊的な干渉を受けていない。ばぁちゃん曰く、彼女にはかなり強い守護霊がついているようだけれど、それも何時まで持ち堪えられるか、分からないようだ。

『はぁ、お洒落だねぇ! 映像会社って事は芸能人も来るのかい? やっぱり東京ってのは、直ぐに様変わりしちまうんだねぇ』

 ばぁちゃんはそう言うと、目を輝かせて、KCソリューションが入っている雑居ビルを見上げる。正直に言えば、ここは、東京に限らずどこにでも良くあるような、なんてことない小さなビルだ。お洒落な所と言えば、迎えに辰子島にはないようなアトリエ風のカフェや、なんちゃらデザイナーが関わった公園がある位かな?
 様変わりをしたというけれど、ばぁちゃん達が東京に行ったのは、かれこれ二十年前だろ、と突っ込みたくなるのを抑えた。

「ここで秋本は、愛ちゃんの霊を視たんだよな」

 ふと呟いた裕二の表情は暗かった。
 悪霊のように付き纏う、加藤さんに怯えていたが、僕や秋本さんが彼女の霊を視てしまった事で、それは幻覚ではなく、恋人が本当に亡くなったのだと、確信してしまうからだろう。
 僕は、彼女が霊ではなく何者かによって、殺されたんじゃないかとは、とても口に出来なかった。

「ここだよ。こんにちはー」

 先頭に立つ裕二が、事務所の扉を開けると女性スタッフ一人と、本田さんが出迎え、歓迎してくれた。
 会社の規模からして、少人数で仕事を回しているようなので、常にスケジュールが厳しいのも頷ける。

「始めまして、雨宮さん。噂は裕二くんと、秋本くんから聞いてますよ。さぁ、入って下さい。裕二くんもありがとう。天野さん……この度は、ご愁傷様です」
 
 梨子は少し表情を暗くさせると、ペコリと頭を下げた。

「始めまして、本田さん。今日はお忙しい所、申し訳なかったです」

 口元に髭を蓄えた本田さんは、いかにも業界人というか、映画監督っぽい風貌の人だった。裕二や秋本さんとは対照的に、浅黒い肌が健康的に見え、表情も明るい。
 なんというか、あまりにも二人の様子とはかけ離れていて、逆に戸惑ってしまうな。
 元々本人がかなり前向きの性格で、プラス思考なんだろうか。そういう人には、霊も寄り付き難いと、ばぁちゃんは常々僕に言っていたので、勝手に本田さんの人となりを、妄想してしまう。

「いえいえ! 私の方こそ辰子島に行けずにすみません。実はですねぇ、雨宮さんが呪物を霊視されたいという事で……。こちらとしては、その様子を撮影させて頂ければと、思っているんですよ」
『なんだか見世物みたいで、気に入らないね』

 ばぁちゃんは、僕の隣でボソっと呟いた。
 昔から、ばぁちゃんの評判を聞き、他府県からツテを頼って、雨宮神社を尋ねて来る依頼者は多かった。そうなってくると、そんな噂を聞きつけた、テレビ局の人間や、オカルト雑誌のライターが取材を申し込んでくるんだ。
 だけど、ばぁちゃんは目立つ事を嫌っていたので、絶対に取材なんて受けなかった人だ。霊視して助けてあげられる人は限られているし、大勢押し寄せて来られても、対応出来ないからな。
 僕だって、会社勤めをしているんだから、配信や本田さんの作品に出演なんて出来ない。だけど、ここで断ってしまったら、恐らく本田さんに呪物の霊視を断られてしまうような気がして、頷くしかなかった。

「分かりました。その代わり、僕と梨子の顔は写さないで下さい。今は貴方が持っている、猿の頭蓋骨を霊視する方が、大事なので」
「それは良かった! カメラは固定しますので、今回は僕がインタビューしますね。裕二くんは後で呼ぶから、こっちで控えていてくれるかい。天野さんは、雨宮さんの隣に座ってるだけでいいから」

 梨子も一瞬、ばぁちゃんのように不愉快そうな表情をしたけれど、黙って僕の隣に座っている。女性スタッフが、照明とカメラのセッティングをすると、本田さんが大事そうに新しい木箱を取り出した。

「その中に入れているんですか?」
「ええ。由来は分かりませんが、あの鳥頭村で、信仰されていた物ですからね、大事に扱わないと。鈴木さん、カメラ回して」

 そう言って、本田さんは木箱の蓋を開けた。紫色の袱紗に包まれた、小さな猿の頭蓋骨を見た瞬間、ズキズキと頭が痛くなる。
 よくよく見ると、黒く染められた小さな頭蓋骨の全面に、梵字のような呪詛が、びっしりと掘られていた。

「健くん、顔色悪いけど大丈夫?」
「う、うん。ちょっと気持ちが悪くなっただけだよ」
「木箱から出しただけで、影響を受けるんですね。雨宮さんもやはり、霊能者のお祖母様の血を引かれているだけあって、禍々しさを感じるんですか」
「はい」

 本田さんは僕にそう問い掛ける。
 直視していると、目眩に似た感覚がして、吐きそうだ。
 それぐらい、これからは禍々しい霊気を感じる。無言で隣に座るばぁちゃんが、僕の額に手を当てると、吐き気だけは、なんとか和らいだ。
 こんな物を霊視したら、僕は一体どうなるんだろう。

「私もあの鳥頭村について、少しだけ調べたんですよ。あの村は昔、トリカブトを使った麻酔薬や痛風の薬、漢方薬なんかを売買していたそうなんです。狩猟なんかにも使われますから、昔は大事な収入源だったと思いますね。まぁ、取り扱いさえ間違わなければ、トリカブトは綺麗な花を咲かせますから、園芸品としても売っていたんでしょうけども」
「そうなんですね。だから鳥頭村って呼ばれていたのか。霊視してみます」

 本田さんの話を聞きながら、僕は梵字が刻まれた猿の頭蓋骨に手を伸ばし、額に神経を集中させた。
 その瞬間、意識が朦朧としている着物の女性が、錯乱しながら獣のように絶叫する姿が脳裏に浮かんだ。
 段々とそれが小さくなって、自分が、古いブラウン管越しにテレビの中に映る、女性の錯乱した映像を見ている事に気付いた。
 だが、その形相は俳優の演技とは思えないほど、鬼気迫るものがある。

「ドラマ……? 違う」

 やがて、ブツリとその映像は消え、テレビ画面は砂嵐になる。
 そして僕の視界は、ブラウン管から少し遠ざかると、昭和の古いドラマにでも出てきそうな卓袱台ちゃぶだいを挟んで、幼い二人の兄弟が、じっと画面を見ている後ろ姿が映った。

「ここは見覚えがある。神隠しの家だ」

 子供達の後ろ姿が遠くなり、夕日の差し込む台所で立つ、中年の女性が視えた。背中には赤ん坊を背負っている。
 どうやら、晩御飯の用意をしているようだ。鍋に火を掛けているが、この部屋の音は全て無音で、セピア色をしている。僕の存在など無視するように、彼女は、赤ん坊をあやして淡々と野菜を切っていた。
 僕の隣には、いつの間にかばぁちゃんが立っていて、同じ物を霊視している。

「ばぁちゃん、これって」
『その神隠しの家とやらの、最後の記憶だろうね』
 
 やっぱりそうか。
 これはあの動画には映っていなかった、恐らくあの一軒家の最後の住人、成竹家の記憶なんだ。ふと、視線を手元に移すと、女性の手は血塗れになっていて、項垂れたままひたすら千切りをしている。

 
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