雨宮健の心霊事件簿・改霊

蒼琉璃

文字の大きさ
上 下
21 / 36

二十一 帰省

しおりを挟む
 完全に寝不足だったが、僕はフェリーで秋本さんと共に辰子島の港まで着いた。本田さんは編集の仕事がまだ片付いていないというので、お祓いは後日伺うという話になってしまった。
 僕はその返事に漠然とした不安を感じる。

「本田さんは、本当に大丈夫なんですか? お話しを聞く限り、本田さんも秋本さんや達也と同じく、危険な立場にあるように思えるんですが」

 僕と共に、辰子島に到着した秋本さんは、やつれた様子はあるものの、表情はスッキリとしていて明るかった。
 だが、本田さんについて僕が質問をするとなんとも言えない複雑な表情をする。

「僕にも分かりません。たまに体験談とかでも聞くじゃないですか、どんな怖い場所に行っても霊障なんて一つも遭わない人。多分、本田さんはそのタイプで、危機感がないのかな。僕もなるべく早くお祓いして貰って下さいって言ったんですが」
 
 本当に霊障に遭っていないなら良いが、あの着物の女が、辰子島に渡る事を邪魔していたら厄介な事になる。なんせ、件の頭蓋骨を持っているのは彼なのだから、このまま無事に終わるとは思えない。

『そういうタイプが一番困るんだよ。例え悪霊を見たり、霊障に遭わなくったって知らないうちに影響が及んだりするんだ。家族が次々と死んだり、不幸になったりとかねぇ。健も、散々そういう人間を見てきたじゃないか』
「…………」

 スーツケースに腰掛けていたばぁちゃんが、僕に話し掛けてきた。そういえば拝み屋のばぁちゃんの元に訪れた依頼者の中で、立て続けに家族が死に、不幸に見舞われるが、自分だけは何も影響がなかった人がいた。
 結局、ばぁちゃんが浄霊するまで偶然で片付けてしまって、取り返しのつかない事になったんだ。

「呪物を持っているのが本田さんですよね。葬式とお祓いが終わったら、直ぐに会えるようにメッセージ入れてみます。猿の頭蓋骨を霊視したいので」
「宜しくお願いします。ところで天野さんと裕二くんは?」

 秋本さんは、船着場で待っていると思っていたようで、彼等は一旦それぞれ実家に帰省して、雨宮神社で待ち合わせをするという段取りを話した。
 辰子島は関東からは遠いし、旅費が高くつくので、盆正月くらいしか帰れない。梨子達もまずは実家に寄り、諸々の準備があるはずだ。ばぁちゃんの葬式が終わる頃には、僕も達也に線香をあげられるだろう。

『健、この心霊事件が解決したら、ばぁちゃんを、東京観光に連れてってくれないかねぇ。新婚の時は、じぃちゃんとあちこち旅行に行ったんだよ。また、浅草行ったり原宿行ってクリームソーダを飲みたい』
「やめてよばぁちゃん、心霊事件なんて軽いものじゃないだろ。まぁ、東京なら何時だって……」

 急に僕が脈絡もなく話し始めたので、秋本さんは目を丸くした。まだ僕には、ばぁちゃんが死んだ実感がなく、ついつい呑気な事を言っているのに呆れ、生きてる時のように返事をしてしまった。

「すみません。実は亡くなった祖母が僕の守護霊になったもので。つい、何時もみたいに会話してしまったんです」
「そ、そうでしたか。雨宮さん、さすがですね。この件が落ち着いたら密着取材させて欲しい位です」
「ははは……」

 思わず乾いた笑いが出てしまった。
 ばぁちゃんが言うには、雨宮神社は母さんが継いでいるが、一番強い巫覡の力を持っているのが僕で、龍神様との繋がりが強固だという。平たく言えば、雨宮家の歴代巫覡の中で一番能力が高く、神様のお気に入りという事だろうか。
 これから先は龍神様の試練として、巫覡の修行の為に、僕の元へ霊に関する仕事が舞い込んでくるぞ、という事だった。

(僕は、何処にでもいる社会人で、漫画や小説で出てくるような特殊能力もないんだ。漫画みたいな展開は勘弁して欲しい)

 僕は内心、辟易へきえきとしながら、僕はスーツケースにばぁちゃんを乗せたまま、秋本さんと共に雨宮神社を目指す。
 辰子島の人達から、お悔やみの言葉を頂きながら実家を目指した。

「雨宮さんのお婆ちゃんって、とても頼りにされていたんですね。凄腕の霊能者だったんだろうなぁ。それなら、雨宮さんのお母さんも、頼りになりますね」
「こちらで出来る限りはします。根本的な解決方法は探さなくちゃいけないけど」
「またまたぁ、ご謙遜だなぁ」
「は、はぁ……」

 ばぁちゃんが辰子島の拝み屋として、有名だったのは間違いないが、秋本さんはどこか恍惚としていて、自分の信じたい物を都合良く信じ込んてしまうタイプなんだろうか。
 坂を登り、あの夢と同じく神社の階段を登りきると、大きな雨宮神社の境内が現れ、その隣に僕の実家がある。
 神社の本殿の前には、梨子と裕二が僕を待っていた。二人とも荷物は実家に置いてきたようだ。

「早いな、二人共」
「お、秋本を連れて来てくれたんだな。俺は昨日の夜に着いてたからさ」
「おはようございます、裕二さん、天野さん」
「おはようございます。私は早朝に着いたの。健くん、明後日のお葬式の準備のために、親戚の方も来てるみたいなんだけど、私も手伝うよ」

 ばぁちゃんは、スーツケースからふわりと浮き上がり、霊が視えない梨子の傍まで来ると満面の笑みを浮かべる。

『梨子ちゃん、ちょっと見ないうちに美人になったもんだねぇ。梨子ちゃんはしっかりして心根の優しい子だから、健の嫁になってくれたら、ばぁちゃんも安心出来るんだけど。何時までも、うじうじしてないで今度は梨子ちゃんを逃すんじゃないよ、健』
「…………」
「どうしたの? 健くん」

 僕は顔が熱くなるのを感じた。
 梨子に、ばぁちゃんの声が聞こえなくてよかったと心底思ってしまう。中学生の時から、ばぁちゃんも母さんも何故か梨子の事を気に入っている。
 もしかしてばぁちゃんは先見の力で僕達の未来を視たんじゃないか、と都合良く妄想してしまう。僕も秋本さんの事は言えない。
 彼女との関係は、友達以上の進展していないし、梨子は恋人を失ったばかりで、僕の失恋の傷は深まるばかりだ。

「とりあえず、家に入ろう」

 不思議そうにする二人と合流すると、僕は三人を促した。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

処理中です...