20 / 36
二十話 守護霊
しおりを挟む
「お、落ち着いて下さい。霊に取り殺されると決まった訳じゃないですから」
『いいえ。僕は見たんです。あの鳥頭村の雑木林と思われる場所で、自分が首吊りしている所を、夢で見たんですよ、雨宮さん』
沈んだ秋本さんの声に、僕は言葉を失った。達也の『未来の死』を予知してしまった後に、自分が死ぬ夢を見てしまえば、取り乱すのも無理はないな。
「分かりました。実は明日、祖母の葬式があるので、直ぐにはお祓い出来ないんですが、貴方は僕の実家に身を寄せた方が良いかな。母に伝えておきます」
『ありがとうございます! 本田さんが言ってた有名な霊能者も、結局なんだかんだ予約が取れないって逃げるばかりで……助かります!』
秋本さんは僕の返事を聞くと、緊張の糸が切れたように、電話口で泣き始めた。だいぶ精神的にも彼は参っている。
だから僕は母さんのお祓いがあくまで簡易的で、気休めだと告げる事が出来なかった。正直言って、ばぁちゃんが亡くなった今、どうやって彼等を助けてあげれば良いのか分からない。
電話を切ると、どっと疲労と眠気が襲ってきて、僕は気を失うように意識を手放した。
✤✤✤
気が付くと僕は山道を歩いていた。
僕には、これはきっと夢なんだろうという自覚がある。いわゆるこれが俗に言う明晰夢というものだろうか。そして僕は、自分ではない誰かの体を通して、山中を移動していた。
息遣いからして、この体の主は女性だと言う事が分かる。足元を見ると、靴を履いていない。裸足のまま山道を歩いているものだから、彼女の足は細かい枝や石で傷だらけになって、痛々しく血が滲んでいた。
(もしかして僕は、加藤さんの視点で霊視しているのか?)
直感的にそう感じた。
街灯もなく補導されていない山道を、月光を頼りにして加藤さんは歩いて行く。僕は他人の意識の中で、必ずあの場所に行かなければいけないという、焦燥感に駆られていた。
暫く歩くと、朽ちかけた山村が見えてくる。そして見覚えのある屋敷が姿を現すと、ここがあの鳥頭村だと気付いた。
加藤さんは神隠しの家に向かい、埃まみれの廊下を歩いて行く。傷だらけの裸足の足から血が滲んで、ペタペタと廊下を穢した。
僕も彼女も痛みを感じず、恐れもなく、何かに導かれるように、御札の間に入って行った。
(あれは……)
赤い着物の女が、神棚の前で立ち尽くしている。加藤さんは怯む事なく女の霊の前まで歩いた。
『助けて……行きたくない……いや……』
薄っすらと自分の意識が残っているのか、加藤さんは泣きながら女に訴えかけ、一気に彼女の恐怖が僕の中に、流れ込んできた。
赤い着物の女は、その願いも虚しく、加藤さんの首に両手を掛ける。
次に意識を取り戻した時は、僕は手彫りの古い地下通路を歩いていた。ぼんやりと青白い光が蝋燭に宿り、その一つ一つに女とも、男ともつかない苦悶の表情を浮かべる霊が宿っている。
そして前方に、着物の女がゆっくりと誘導するように歩いていた。地下通路の前方から風に乗って、達也の部屋で聞いた、あの読経が聞こえてくる。
(やっぱり、あの法具からしてもこれは真言密教かな。宗派は違うけど、教文は似ている気がする)
僕のじぃちゃんが、寺生まれで真言宗だった事もあり、全然オカルトに詳しくない筈の僕も、これだけは聞き覚えがある。
地下通路に灯る、悍ましい青白い光に導かれるまま、僕は赤い着物の女の後について行くと、やがて地上に登る階段に手を掛けて登った。
その階段の先に、鳥居のあるこじんまりとした、廃寺院が構えられていた。ずらりと整列した数人の僧侶達が、密教法具を手に持ち、僕達を出迎えるように、左右に分かれて読経している。
(何だろう。この真言、頭が割れそうな位に気持ち悪くなる)
いつの間に現れたのか、僧侶達の隙間に、暗闇に目を光らせる大勢の霊達が立っていた。
江戸時代だと思われる格好をした人達、もっと古い時代の農民、もんぺを履いた村人、現代に近い格好をした家族。恐らくこの鳥頭村に住んでいた、老若男女の霊が時代を超えて、僕達を見守りながら有り難く手を合わせているようだ。
『ウズメ様じゃ』
『なんと名誉な事だろう』
『しかし、一人目で選ばれるなんて哀れな』
『オハラミ様が望む事。あれこそ尊いお姿じゃ』
『これもお家と村の為』
村人達は僕達を拝みながら、ヒソヒソと話している。
加藤さんは、蜘蛛の巣が張った入り口を抜け、朽ちた本堂まで来た。そこに安置されている、何本もの手を生やした不気味な仏像の前で、赤い着物の女が立ち尽くしていた。
女の霊が何かを呟いたかと思うと、加藤さんは、背後から縄を掛けられ首を絞められた。ようやく加藤さんは自我を取り戻し、腕を仰いで、キリキリと自分の首を絞める縄を、必死に解こうとする。
彼女は、背後に手を伸ばした瞬間、自分の首を絞めている何者かの腕を引っ掻いた。それから直ぐに意識は途切れ、次に目を覚ました時には、堀の中で夜空を見上げていた。
(これは、加藤さんの最期か?)
誰かが、教を唱えながら土をゆっくりとかけていく。やがて土が僕の視界を塞ぐと、厭な汗をかきながら目が覚めた。
「はぁ……二時か。僕は、明日の用意もしないで寝てたんだな。あれが加藤さんの最期なら、幽霊じゃなくて誰かに殺された事になる」
あの生々しい感触は、死んだ人間の物じゃない。加藤さんは、生きている人間の腕を引っ掻き、絶命したんだ。
あれこれ思考が纏まらず、僕はモヤモヤしながら、島に帰る準備をするべく身を起こそうとした瞬間、久しぶりに金縛りに合ってしまった。
「っ…………」
足元が急にずっしりと重くなる。
僕は目だけを動かして、足元に感じた気配を探った。暗闇の中で、人影がガクガクと蠢いているのが分かる。
それは、僕の足を掴みゆっくりと上半身へと、這い上がろうとしているようだ。
『助けて……雨宮くん……助けて……』
薄っすらと予想はしていたが、足元にいるのは加藤さんの霊だ。僕は、梨子が言っていた、鳥頭村の電話の怪異を思い出す。
あれは、未来から僕に助けを求めていた加藤さんだったんだろうか。知人だったとしても、足元から這い上がって来る加藤さんは、最早人間ではない。空洞になった目と口を開け、苦しそうに呻きながら、僕の体を張ってきている。
声が出せれば、一時的に彼女を退ける祝詞や、陰陽術を唱えられるが、体は動かず、呻くばかりで全身汗びっしょりになっていた。
『雨宮くん……助けて……お家に帰りたい……寂しい……こっちに来て……』
僕も、彼女を助けてあげたいが、これまでの話を聞いても、加藤さんは危害を加える側の、悪霊という存在になっている。
あの、魔物のような赤い着物の女に祟られ、彼女は『ウズメ』になったんだろうか。加藤さんはいよいよ僕の上半身まで来ると、僕の首に両手を添え、女の子とは思えない力で、ギリギリと首を絞めてきた。
――――パン、パン!
突然、聞き慣れた柏手の音がしたかと思うと、部屋が一瞬明るくなり、加藤さんの姿がふっと跡形もなく消える。僕は咳き込みながら、突然の事に驚いてしまった。
『健、大丈夫かい? 全く、あんた結界を張らんで寝るなんて、相変わらず脇が甘いねぇ』
「え?」
いきなり頭上から話しかけられ、僕は恐る恐る視線を彷徨わせた。枕元で正座して覗き込んできたのは、凛とした、黒髪の綺麗な美人な巫女さんだった。知らない人だけど、どこかで見たような、懐かしい感じがする。
ぼんやりと周囲が光っていて、生きている人間ではなく……いや、逆に見知らぬ人間が、ここにいても恐ろしいが、どうやら彼女は霊で僕を助けてくれたようだ。
「あ、あの……ど、どちら様ですか?」
『せっかく助けてやったのに、あんたって子は薄情だねぇ。ああ、私の姿が変わったから分からないのかい? 健、ばぁちゃんだよ』
僕はその言葉を聞いて飛び起き、急いで部屋の電気をつける。
ニコニコと笑いながら、孫の枕元で正座をしている、ばぁちゃんを見た。
どこかで見た事があると思っていたのは、当然だけど昔のアルバム写真にあった若い時のばぁちゃんと、瓜二つだったからか。
確か、女子高生時代にじぃちゃんと一緒に、オカルト研究会の部活風景を撮った写真で……まだ二人が付き合う前の、初々しいものだったのを思い出す。
悲しみに浸る間もなく、いきなり若返って、僕の前に現れるのだから頭の中は、疑問符で一杯である。
「え、本当にばぁちゃん? これって夢枕? 虫の知らせ? と言うかばぁちゃん、なんで女子高生まで、若返ってるんだよ」
『そら、あんた死んでも若い時の方が動きやすいでしょう。それに、若い時の巫女姿は、誠さんが好きでねぇ。久しぶりにあの世で会って来たんだけど、あの人も若返ってて、そりゃあもう男前だったよ。ふふふ』
誠さんと言うのは、僕のじぃちゃんの名前だ。生前から祖父母は仲睦まじく過ごしていたけど、まさか死んでからも、惚気られるとは思わなかった。
だが、こうしてばぁちゃんが助けてくれなかったら、僕も加藤さんの霊に苦しめられていた事だろう。
「ばぁちゃん、ありがとう。加藤さんの霊を浄霊したの? それとも成仏したのかな」
『いや、一時的に除霊したんだよ。あの子は死んでから、怨霊に取り込まれて、手先みたいになっているんだ。自分の遺体を供養して貰うまで、彷徨ってしまう。あんたの同級生で同じ辰子島の子を、強制的に浄霊させるのは、ばぁちゃんの主義に反するからねぇ』
ばぁちゃんは加藤さんに対して完全に消し去る『浄霊』でなく、一時的に遠ざける『除霊』をしてくれたようだ。僕も彼女をきちんと供養してあげるのが一番だと思っている。
「それに……、夢の中で霊視した時に気になる事があったんだ。加藤さんは確かに怨霊に導かれて来たけれど、人に殺されたんじゃないかと思ってる」
『健、あんたは浄霊もしっかり出来ないのに、探偵みたいな真似をするんじゃないよ。四十九日も経たないうちに、急いで守護霊になったんだから、しっかりあんたを龍神様の巫覡として、拝み屋として修行させるからね。悪党を探すのはそれからさ!』
ああ、やっぱりばぁちゃんは僕の守護霊になってくれたんだな。
そして、昔からサスペンスドラマが好きだった事を思い出して、ノリノリになっているばぁちゃんを見て、僕は嫌な予感しかしなかった。
『いいえ。僕は見たんです。あの鳥頭村の雑木林と思われる場所で、自分が首吊りしている所を、夢で見たんですよ、雨宮さん』
沈んだ秋本さんの声に、僕は言葉を失った。達也の『未来の死』を予知してしまった後に、自分が死ぬ夢を見てしまえば、取り乱すのも無理はないな。
「分かりました。実は明日、祖母の葬式があるので、直ぐにはお祓い出来ないんですが、貴方は僕の実家に身を寄せた方が良いかな。母に伝えておきます」
『ありがとうございます! 本田さんが言ってた有名な霊能者も、結局なんだかんだ予約が取れないって逃げるばかりで……助かります!』
秋本さんは僕の返事を聞くと、緊張の糸が切れたように、電話口で泣き始めた。だいぶ精神的にも彼は参っている。
だから僕は母さんのお祓いがあくまで簡易的で、気休めだと告げる事が出来なかった。正直言って、ばぁちゃんが亡くなった今、どうやって彼等を助けてあげれば良いのか分からない。
電話を切ると、どっと疲労と眠気が襲ってきて、僕は気を失うように意識を手放した。
✤✤✤
気が付くと僕は山道を歩いていた。
僕には、これはきっと夢なんだろうという自覚がある。いわゆるこれが俗に言う明晰夢というものだろうか。そして僕は、自分ではない誰かの体を通して、山中を移動していた。
息遣いからして、この体の主は女性だと言う事が分かる。足元を見ると、靴を履いていない。裸足のまま山道を歩いているものだから、彼女の足は細かい枝や石で傷だらけになって、痛々しく血が滲んでいた。
(もしかして僕は、加藤さんの視点で霊視しているのか?)
直感的にそう感じた。
街灯もなく補導されていない山道を、月光を頼りにして加藤さんは歩いて行く。僕は他人の意識の中で、必ずあの場所に行かなければいけないという、焦燥感に駆られていた。
暫く歩くと、朽ちかけた山村が見えてくる。そして見覚えのある屋敷が姿を現すと、ここがあの鳥頭村だと気付いた。
加藤さんは神隠しの家に向かい、埃まみれの廊下を歩いて行く。傷だらけの裸足の足から血が滲んで、ペタペタと廊下を穢した。
僕も彼女も痛みを感じず、恐れもなく、何かに導かれるように、御札の間に入って行った。
(あれは……)
赤い着物の女が、神棚の前で立ち尽くしている。加藤さんは怯む事なく女の霊の前まで歩いた。
『助けて……行きたくない……いや……』
薄っすらと自分の意識が残っているのか、加藤さんは泣きながら女に訴えかけ、一気に彼女の恐怖が僕の中に、流れ込んできた。
赤い着物の女は、その願いも虚しく、加藤さんの首に両手を掛ける。
次に意識を取り戻した時は、僕は手彫りの古い地下通路を歩いていた。ぼんやりと青白い光が蝋燭に宿り、その一つ一つに女とも、男ともつかない苦悶の表情を浮かべる霊が宿っている。
そして前方に、着物の女がゆっくりと誘導するように歩いていた。地下通路の前方から風に乗って、達也の部屋で聞いた、あの読経が聞こえてくる。
(やっぱり、あの法具からしてもこれは真言密教かな。宗派は違うけど、教文は似ている気がする)
僕のじぃちゃんが、寺生まれで真言宗だった事もあり、全然オカルトに詳しくない筈の僕も、これだけは聞き覚えがある。
地下通路に灯る、悍ましい青白い光に導かれるまま、僕は赤い着物の女の後について行くと、やがて地上に登る階段に手を掛けて登った。
その階段の先に、鳥居のあるこじんまりとした、廃寺院が構えられていた。ずらりと整列した数人の僧侶達が、密教法具を手に持ち、僕達を出迎えるように、左右に分かれて読経している。
(何だろう。この真言、頭が割れそうな位に気持ち悪くなる)
いつの間に現れたのか、僧侶達の隙間に、暗闇に目を光らせる大勢の霊達が立っていた。
江戸時代だと思われる格好をした人達、もっと古い時代の農民、もんぺを履いた村人、現代に近い格好をした家族。恐らくこの鳥頭村に住んでいた、老若男女の霊が時代を超えて、僕達を見守りながら有り難く手を合わせているようだ。
『ウズメ様じゃ』
『なんと名誉な事だろう』
『しかし、一人目で選ばれるなんて哀れな』
『オハラミ様が望む事。あれこそ尊いお姿じゃ』
『これもお家と村の為』
村人達は僕達を拝みながら、ヒソヒソと話している。
加藤さんは、蜘蛛の巣が張った入り口を抜け、朽ちた本堂まで来た。そこに安置されている、何本もの手を生やした不気味な仏像の前で、赤い着物の女が立ち尽くしていた。
女の霊が何かを呟いたかと思うと、加藤さんは、背後から縄を掛けられ首を絞められた。ようやく加藤さんは自我を取り戻し、腕を仰いで、キリキリと自分の首を絞める縄を、必死に解こうとする。
彼女は、背後に手を伸ばした瞬間、自分の首を絞めている何者かの腕を引っ掻いた。それから直ぐに意識は途切れ、次に目を覚ました時には、堀の中で夜空を見上げていた。
(これは、加藤さんの最期か?)
誰かが、教を唱えながら土をゆっくりとかけていく。やがて土が僕の視界を塞ぐと、厭な汗をかきながら目が覚めた。
「はぁ……二時か。僕は、明日の用意もしないで寝てたんだな。あれが加藤さんの最期なら、幽霊じゃなくて誰かに殺された事になる」
あの生々しい感触は、死んだ人間の物じゃない。加藤さんは、生きている人間の腕を引っ掻き、絶命したんだ。
あれこれ思考が纏まらず、僕はモヤモヤしながら、島に帰る準備をするべく身を起こそうとした瞬間、久しぶりに金縛りに合ってしまった。
「っ…………」
足元が急にずっしりと重くなる。
僕は目だけを動かして、足元に感じた気配を探った。暗闇の中で、人影がガクガクと蠢いているのが分かる。
それは、僕の足を掴みゆっくりと上半身へと、這い上がろうとしているようだ。
『助けて……雨宮くん……助けて……』
薄っすらと予想はしていたが、足元にいるのは加藤さんの霊だ。僕は、梨子が言っていた、鳥頭村の電話の怪異を思い出す。
あれは、未来から僕に助けを求めていた加藤さんだったんだろうか。知人だったとしても、足元から這い上がって来る加藤さんは、最早人間ではない。空洞になった目と口を開け、苦しそうに呻きながら、僕の体を張ってきている。
声が出せれば、一時的に彼女を退ける祝詞や、陰陽術を唱えられるが、体は動かず、呻くばかりで全身汗びっしょりになっていた。
『雨宮くん……助けて……お家に帰りたい……寂しい……こっちに来て……』
僕も、彼女を助けてあげたいが、これまでの話を聞いても、加藤さんは危害を加える側の、悪霊という存在になっている。
あの、魔物のような赤い着物の女に祟られ、彼女は『ウズメ』になったんだろうか。加藤さんはいよいよ僕の上半身まで来ると、僕の首に両手を添え、女の子とは思えない力で、ギリギリと首を絞めてきた。
――――パン、パン!
突然、聞き慣れた柏手の音がしたかと思うと、部屋が一瞬明るくなり、加藤さんの姿がふっと跡形もなく消える。僕は咳き込みながら、突然の事に驚いてしまった。
『健、大丈夫かい? 全く、あんた結界を張らんで寝るなんて、相変わらず脇が甘いねぇ』
「え?」
いきなり頭上から話しかけられ、僕は恐る恐る視線を彷徨わせた。枕元で正座して覗き込んできたのは、凛とした、黒髪の綺麗な美人な巫女さんだった。知らない人だけど、どこかで見たような、懐かしい感じがする。
ぼんやりと周囲が光っていて、生きている人間ではなく……いや、逆に見知らぬ人間が、ここにいても恐ろしいが、どうやら彼女は霊で僕を助けてくれたようだ。
「あ、あの……ど、どちら様ですか?」
『せっかく助けてやったのに、あんたって子は薄情だねぇ。ああ、私の姿が変わったから分からないのかい? 健、ばぁちゃんだよ』
僕はその言葉を聞いて飛び起き、急いで部屋の電気をつける。
ニコニコと笑いながら、孫の枕元で正座をしている、ばぁちゃんを見た。
どこかで見た事があると思っていたのは、当然だけど昔のアルバム写真にあった若い時のばぁちゃんと、瓜二つだったからか。
確か、女子高生時代にじぃちゃんと一緒に、オカルト研究会の部活風景を撮った写真で……まだ二人が付き合う前の、初々しいものだったのを思い出す。
悲しみに浸る間もなく、いきなり若返って、僕の前に現れるのだから頭の中は、疑問符で一杯である。
「え、本当にばぁちゃん? これって夢枕? 虫の知らせ? と言うかばぁちゃん、なんで女子高生まで、若返ってるんだよ」
『そら、あんた死んでも若い時の方が動きやすいでしょう。それに、若い時の巫女姿は、誠さんが好きでねぇ。久しぶりにあの世で会って来たんだけど、あの人も若返ってて、そりゃあもう男前だったよ。ふふふ』
誠さんと言うのは、僕のじぃちゃんの名前だ。生前から祖父母は仲睦まじく過ごしていたけど、まさか死んでからも、惚気られるとは思わなかった。
だが、こうしてばぁちゃんが助けてくれなかったら、僕も加藤さんの霊に苦しめられていた事だろう。
「ばぁちゃん、ありがとう。加藤さんの霊を浄霊したの? それとも成仏したのかな」
『いや、一時的に除霊したんだよ。あの子は死んでから、怨霊に取り込まれて、手先みたいになっているんだ。自分の遺体を供養して貰うまで、彷徨ってしまう。あんたの同級生で同じ辰子島の子を、強制的に浄霊させるのは、ばぁちゃんの主義に反するからねぇ』
ばぁちゃんは加藤さんに対して完全に消し去る『浄霊』でなく、一時的に遠ざける『除霊』をしてくれたようだ。僕も彼女をきちんと供養してあげるのが一番だと思っている。
「それに……、夢の中で霊視した時に気になる事があったんだ。加藤さんは確かに怨霊に導かれて来たけれど、人に殺されたんじゃないかと思ってる」
『健、あんたは浄霊もしっかり出来ないのに、探偵みたいな真似をするんじゃないよ。四十九日も経たないうちに、急いで守護霊になったんだから、しっかりあんたを龍神様の巫覡として、拝み屋として修行させるからね。悪党を探すのはそれからさ!』
ああ、やっぱりばぁちゃんは僕の守護霊になってくれたんだな。
そして、昔からサスペンスドラマが好きだった事を思い出して、ノリノリになっているばぁちゃんを見て、僕は嫌な予感しかしなかった。
9
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。



蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる