雨宮健の心霊事件簿・改霊

蒼琉璃

文字の大きさ
上 下
9 / 36

九話 映り込んだ物②

しおりを挟む
 僕は件の玄関先に立っていた。
 前方には、カメラマンの本田さんらしき中年の男性、そして照明の秋本さん。怖がりながら秋本さんの側にいる梨子の姿が視えた。
 その前には裕二、隣に加藤さんがいた。彼等から少し下がって歩く達也の姿も確認出来た。動画配信をしながら、懐中電灯で周囲を照らして中の様子を伺っている。
 彼らの後を追って、僕も成竹と表札が掛かったお屋敷に上がり込む。 
 家の敷居を跨ぐと、ピリピリとした緊張感が肌を伝って息を呑んだ。

「………」

 土間に上がり、埃だらけの廊下を視ても、霊の気配は感じなかった。
 カメラに映る三人が、ふざけながらもしかして、ここが御札の間ではないかと、口々に言いながら部屋を散策している。
 廊下の右側にある薄暗い部屋はそれぞれ襖が開け放たれ、廃墟らしく家具は汚れていたが、侵入者に荒らされたような様子はない。
 この家が廃棄されたのはかなり前だろうけど、まるで少し前まで人が生活していたような妙な生々しさがあるな。
 僕はまず、そこで一旦頭の中で皆の動きを停止させ、周囲の光源を限界まで上げると、なんとか薄暗い部屋と言えるまでに、環境を整えた。
 視線を彷徨わせると壁には、古いカレンダーが掛けられていた。昭和五十年の七月のカレンダーである。
 少なくとも、この家の住人は四十五年前には、ここから神隠しにあったように、人がいなくなっているようだ。
 神隠しの家がある、この北関東の周辺にある廃村は、ダムの建設で移住を余儀なくされたり、高度成長期で都会に出る人が多くなって、高齢者だけが取り残され、過疎化したという話は聞いた事がある。
 これは北関東に限らず、地方の集落では良くある話だな。
 だけどこの家の住人は、過疎化する村から引っ越したというより、何かを恐れて家財道具をまるごと捨て、体一つで夜逃げしたように見える。

「それじゃ、始めるか」

 僕は、さらに意識を集中させてこの家にいる霊を探した。裕二達が恐れる何者かを、先入観なしで探らなければいけない。
 僕は、完全な人として霊を視る事が多いので、相手が生きている人間か死んでいる人間なのか、区別がつかない事も多々ある。
 僕の経験上、ぼんやりと輪郭が青く光る霊は、攻撃的な霊ではない。それらは、こちらに感心を持たずただそこに存在してるだけの、彷徨う浮遊霊、または場所に囚われている地縛霊だ。
 まれに全く色のないモノクロやセピアの霊もいるが、それらも同様である。
 危害を与える霊は、人間と同じで憎悪をこちらに向けたり、ぼんやりと輪郭が赤かったりする。中には悪霊や、呪詛を垂れ流し、その先の魔物化までしてしまって、異形になった者もいるけれど。

「ここ、何かいるな」

 六人が入った部屋の手前から三番目に、霊の気配を感じて、僕はその部屋を覗いた。
 恐らく、ここは成竹家の家主の書斎だったと思われる場所だ。
 部屋の隅に、僕と同じくらいの年齢の男性が膝を抱えていた。服装から見て、僕の世代より一回り上の方だろうか。それでも格好からして最近亡くなった人のようなので、この家の住人じゃないだろう。
 彼は深く項垂れ、ブツブツと独り言を呟きながら前後に体を揺らしている。
 僕は彼の近くまで行くと、声を掛けた。

「すみません、この家で見た事を教えて頂きたいのですが」

 顔を上げた瞬間彼の目は真っ黒な空洞になっていた。僕は、死ぬ直前に視力を失ったか眼球が潰れたのかもしれないと、本能的にそう思った。
 それとも、見たくない物を見ない為に自分で目を潰したんだろうか。

『俺は悪くない、俺は悪くない。だからこんな所に入るのはやめようって言ったのに。何も見てない、俺は悪くない、俺は悪くない、俺のせいじゃない。あいつらが死んだのは俺のせいじゃない!』

 もしかして彼は、この屋敷に肝試しに来た人なんだろうか。
 間接的な答えを聞く限り、僕の声は彼に届いているようだが、答える気はないのだろう。
 彼はこの屋敷で何かを恐ろしい物を見たのかもしれないが、正気でいられないほど怯えきっていて、これ以上何を聞いても答えられないような気がした。
 根掘り葉掘り聞けば、恐怖のあまり逆上し、取り憑かれてしまうかもしれない。自分が死んだ事さえ分かっていないような地縛霊に、僕は答えを求めるのは諦めて、その部屋を後にする。
   
「っ……!」
 
 突然僕の目の前を、ケラケラと笑いながら二人の子供が走り抜け、思わず悲鳴を上げそうになった。
 僕は子供を追うように、廊下を小走りに歩く。
 一瞬視えた服装からして、終戦直後の子供達のような、古めかしい格好をしていた。

『あは、あははは!』
『きゃっ、きゃっ! 待てぇぇ』

 僕を追い越して走り抜けた筈の子供達が、急に左の縁側から飛び出してきて、右の部屋に駆け抜けると、心臓が止まりそうになった。
 おかっぱ頭で赤いスカートの女の子と、その子に追い掛けられている男の子はブカブカの学生帽を被り、古い着物を着ている。

「ちょっと……」

 声を掛けようと覗いて見ると、そこには誰もいない。畳を駆け回ったり、炬燵の上を裸足で走り回るような、ペタペタとした音が聞こえたんだが。
 恐らく、霊感の強い秋本さんならこの霊達の存在に、気付いていたかもしれない。
 今度は僕の背後でクスクス笑いながら走り回る子供の気配がして、振り返る。
 だが、そこには二人の姿はなく完全にからかわれているようだった。

「ねぇ、ちょっと君達話を聞かせてくれる……わっ!」

 踵を返すと、僕の眼前に深く項垂れた二人が現れて、思わず小さく悲鳴を上げてしまった。

『いいよ』
『おにいちゃん』
『なにしてあそぶの』

 子供達が同時に顔を上げると、黒目はなく目が真っ白だった。
 無表情の青白い顔に、破棄のない無邪気な笑みが浮かんでいる。だが、子供の霊は純粋な分、残酷で大人のように聞き分けがない。
 暴走してしまうと、説得するのも大変なので、僕は慎重に言葉を選ぶ。

「僕は健っていうんだ。ごめんね、ちょっと今は、この屋敷について調べているから、一緒に遊べないんだ。今、六人の大人が通ったよね。君達の他に誰かいる? 何が起こったのか知ってるかな」 

 子供達は一瞬、つまらなさそうにして首をガクガクと揺らす。怒らせてしまったんだろうかと、背中に冷や汗が流れた。

『ふーん。たくさんわたしたちのお家に遊びに来たけど、みーんな死んじゃったよ。あのおふだの部屋には入っちゃだめなのに』
『お母ちゃんがいってた。オハラミ様は怒らせたらだめなんだって。ウズメいがいは、僕たちみたいに死んじゃうんだ』
『おにいちゃんも死んじゃうね』

 キャハハと子供達は笑うと、そのまま闇の中に溶けて消えてしまう。
 しかし、オハラミ様の他にウズメという新しい単語が出て来たな。
 僕が漫画や小説の格好いい主人公だったなら、オカルト知識は豊富なんだろうけど、残念ながらオカルトを避けてきた僕には、全く思い当たらない。
 新興宗教かそれとも土着の信仰か。
 けれど、民俗学を専攻している梨子も、この辺りで思い当たるような風習はなかったようだ。
 それとも、オハラミもウズメも隠語なのだろうか。
 この村の由来である鳥頭うずはトリカブト類の根の事だ。それも関わりがあるんだろうか。僕は、深呼吸すると、六人を追い掛けるようにしてその部屋に入った。

『うぁ~~、これは気持ち悪ぃ。なんかこの家だけは、夜逃げしたみたいじゃん。見てみろよ、テーブルの上に割れた食器も置きっぱなしだし、仏壇もそのままだ』
『きっと、それが神隠しの家って呼ばれる由縁なんだよ。愛には分かる……ここで恐ろしい事が起きて、全員消えちゃったの』

 達也は加藤さんの言葉に身震いし、周囲を懐中電灯で照らす。ふと、ご先祖様の遺影がずらっと並んでいるのを見ると、僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
 無断で不躾に人の家に上がり込んで、ふざけている彼等を、誰も彼もが険しい顔付きをして、睨み付けている。
 故人達の目と口が動き、鬼の形相で、罵倒とも警告ともつかない言葉を彼等に浴びせ掛けているが、全員の声がザワザワと混じって聞き取る事が出来ない。額縁から出られない彼等は、攻撃的な赤い光を発して怒っていた。

「参ったな……、あんなに怒っていたら、僕の話なんて聞いて貰えないや。やっぱりこれは成竹家のご先祖様に祟られたのか」

 村一番の信仰心の厚い家系、あるいはこの家の一族が作り出した新興宗教を重んじる、成竹家のご先祖様達が加藤さんをおかしくさせ、裕二を怯えさせているんだろうか。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...