【R18】プロメテウスの結婚〜わたしの愛した獣人王〜

蒼琉璃

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12、暗殺者と交渉

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 私を暗殺しようとした鷹の獣人オノレはゲオルクたちにより取り押さえられました。
 けれど、太陽が昇る前に絶命してしまったようです。
 アルノーの話では、自分で命を絶ったというより、誰かに殺害された線が濃厚だと言っていたけれど……。
 私は、ヴィヴィのことが心配になりました。
 あの鷹の獣人オノレのように、口封じのために命を奪われてしまうかもしれないと、不吉な考えがよぎったからです。

「もし、ヴィヴィが君に襲いかかったら俺は迷わず彼女を斬る。俺は君ほど、慈悲深くはないからな」
「わかっているわ。私たちの提案に乗ってヴィヴィの方から4人で会いたいと条件を出してきたのだもの。私も3人なら警戒したけれど……。ゲオルク様をご指名なら、安心だと思うわ」

 バルコニーから舞い降りる淡雪。
 少し冷たくなった私の指を、安心させるようにアルノーが握りしめてくれます。
 獣人オノレの体温は、私たち人族よりも高く、温かい。
 私は昨晩激しく愛し合ったことを思い出し、笑顔でアルノーの気遣いに答えると、彼の指を慈しむように撫でたのです。
 
「ディートリヒ陛下。山猫の獣人オノレを連れてきました」
「あたしのことはヴィヴィって呼んでよ。あたしを助けた仲じゃない。ねぇ、守護騎士様?」

 真面目で堅物なゲオルクは、ヴィヴィの挑発に乗る様子はありませんでしたが、彼女の視線に困惑した様子です。
 普段はあまり見ることのない珍しい彼の表情に、私は思わず、緊張感を失って笑顔を浮かべてしまいました。
 ヴィヴィが立たされたままでいるのは忍びないので、私は彼女に座るように促します。
 獣人王を前にしたからと言って、彼女は特別媚びる様子もなく、素直に椅子に座ったのです。

「お前がヴィヴィだな。話はゲオルクとオリーヴィアから聞いている。ルサリィはヴェードル国から正式に独立した。お前がどう思っているか知らないが、俺は人によって全てを失い人によって己を取り戻した……。過去は許すことはないが、この先の未来は子供たちのために、彼らと手を取ってこの国を安定させるつもりだ。俺の心臓でもある愛しいルサリィ、女性であるオリーヴィアを殺害することは、この国を滅ぼすのも同じことだ。――――お前を雇った者は一体誰だ?」
「ディートリヒ陛下。あたしは職業柄、依頼人の名前は口にできない。たとえ王族でもそれは譲れないよ。だけど、そいつの目的は国を滅ぼすことじゃない。陛下の隣りにいるオリーヴィア様が気に食わないのさ」

 ヴィヴィは、獣人王を目の前にしても怯む様子もなく、そう告げました。彼女は暗殺者としてのプライドがあるようです。
 けれど、彼女の言葉は刃のように私の胸に刺さり凍りつきました。
 私が王妃になることを望まない人々がいることを、すくなからず私も肌で感じていたことなのですから。

「私がこの国の……、獣人王の王妃になることをよく思っていないのでしょうか」
「そうさ。そういうやつがトップにいて、あんたを引き摺り下ろしたい連中がいるんだよ。まぁ、中にはあたしみたいに金目当てのやつも多いけどね」
「人と獣人が婚姻することを快く思わない、か。詭弁きべんだな。この国では半獣人の孤児も少なくない。ヴィヴィ、お前は依頼人の名前は明かすことはできないと言ったな。では、俺がそいつの倍の金額を支払ってお前を雇う。どうだ?」

 この時のアルノーは、もうすでに私を暗殺しようとした黒幕に、目星がついているような口振りでした。
 そして、ヴィヴィもまた彼に依頼を持ちかけられることを、予想していたように微笑んだのです。

「なるほど、ちゃんと独立できたわけね。獣人王のディートリヒ陛下から直々の依頼なら、報酬ほうしゅうも高そうだ。なら、あたしはあいつらを裏切って陛下の依頼を受ける。賢王である陛下は、おおよその犯人の目星はついていそうだね」
「ああ」
「あたしが暗殺するから、ゲオルクと一緒にやらせてよ。オリーヴィア様のためにも、反乱分子は抑え込んでおきたいでしょう?」
「なっ……」

 なぜ俺が、と口にしかけたゲオルクをアルノーはちらりと見つめ、制しました。
 私もアルノーも、ヴィヴィが彼を気に入っていることは、ひと目でわかりました。
 おそらく、気付いていないのは彼だけではないでしょうか?
 ゲオルクは不服そうでしたが、アルノーの視線に促され、渋々従うことにしたようです。
 独立した今、私情を抜きにして祖国となったルサリィのために仕えるのが、守護騎士団長の務めと理解したのだと思います。

「この国のために、頼んだぞゲオルク。俺は次の反乱分子が生まれないよう、この国を整え豊かにしていくつもりだ」
「私もそのつもりですわ。互いの種族の知恵を持ち寄り、この国を豊かにしていけると信じています。私の過去のことで非難を受けるのは構わないけれど、今はまだ死ねないわ」

 すでに、そのための設備も整いつつあります。
 アルノーも私もこの一年近くの間、二人三脚でこの国のために働きました。
 もちろん私はまだ正式な妻ではなく、権限も少ないものです。けれど、自分ができることを率先してやってきたつもりでした。
 私とアルノーが、机の上で手を握りあうのを見ると、ヴィヴィはニッと微笑みました。

 彼女は、任務の遂行をするべく表向きは暗殺未遂の反逆罪で、処刑されたことになり、表舞台から姿を消したのです。

✤✤✤

 それから、一週間ほど経ってから私は、思ってもみない悲しい報告を聞いたのです。
 アルノーの側近であるクラウスが、酒場の路地裏で、何者かによって殺害されているのが発見されました。
 王宮ではお酒に酔い、ならず者と喧嘩になって刺されたのだと噂になりましたが……。
 アルノーは、残念そうにしていましたが、彼の死を悲しむような言葉は口にしませんでした。
 おそらくクラウスの死は、ヴィヴィの仕業なのでしょう。
 あろうことか、アルノーが一番信頼していたはずのクラウスが、首謀者だったのです。
 そして、時を同じくしてゲオルクが率いる守護騎士団が、反乱分子である獣人オノレの純血思想を掲げる『暁の狼』の隠れ家を制圧したのでした。

「クラウスは父が生きている頃から、なにかと俺のことを気にかけてくれた。本当に信頼できる優秀な部下だったよ。しかし、彼の考えでは未来の子供たちが人族と共存していくことはできない。それに、この国の王妃はオリーヴィア、君しかいない。俺の愛する人の命を奪うものは、誰であろうと許せない。本当に残念だが……信頼できる新しい側近を探さねばならないな。俺はゲオルクが良いと思うが、君はどう思う?」

 そう言うと、アルノーは後ろから私を優しく抱きしめました。

「私も彼が適任だと思うわ。ねぇ、貴方の側近に人と獣人オノレが任命されれば、人も獣人オノレも不安を感じないんじゃないかしら。そして新しい騎士団長はゲオルク様に選んで貰うの。家柄ではなく、信頼され、知性と剣術、そして彼らを纏める優秀な能力を持つ人がいいわ」
「そうだな。オリーヴィアお嬢様の仰せのままに。それから、ヴィヴィは国の密偵として働いて貰おうかと思う。彼女の知識や経験はきっと我が国に必要だろうから」
「そうね……」

 気まぐれなヴィヴィが、その役目を請け負ってくれるかわかりませんが、どうやら彼女にはこの国に『お気に入り』がいるようなので、アルノーの望みは叶うかもしれません。
 私がクスクスと笑うと、アルノーは指先を絡めて私の婚約指輪を撫でました。

「もう、これで俺と君の間を引き裂く者はいない。正式に君を妻にすると民に宣言し、女神エルザの前で永遠の愛を誓う。君の髪に約束通り、イベリスの花をさそう」
「ディートリヒ……この日をずっと待っていたわ、愛してる」

 私はルサリィの獣人王として、私の永遠の伴侶として、心から尊敬と愛を込め彼の名前を呼びました。
 肩越しに振り返る私に、ディートリヒの唇が重なると、ゆっくりと啄むように口付けを交わしました。

 復讐で繋がれた赤い糸が、今はこんなにも温かく、私たちを強く結びつけている。
 雪解けを感じる宮廷の庭は、ところどころ緑が顔を出し、陽光を浴び生命の輝きを見せていました。
 私は穏やかな気持ちになり、ディートリヒの胸板にもたれかかったのです。
 そしてディートリヒの唇が、囁やくように私の耳に寄せられました。

「オリーヴィア。改めて俺と結婚して欲しい。生涯をかけて君を愛すると女神エルザに誓う」
「ええ。もちろん……もちろんよ。断る理由なんてどこにもないわ」

 こんなにも真剣に真っ直ぐに求婚プロポーズをされたのは初めてでした。
 漠然とした暗黙の了解で、周囲には愛人という立場にあった私。
 どんなに周囲に私が婚約者だと言っても、獣人オノレの反逆者であるアルノーが、この国の真の王として認められなければ、民は納得しないでしょう。
 私も、辺境伯を殺した恐ろしい咎人なのだから。
 アルノーの気持ちが嘘偽りのない真実の愛でも、この国の行く末が決まるまで、まだ確実ではない未来の約束をして、私を悪戯に不安にさせたくなかったのでしょう。
 でも、もうそんことを恐れる必要はありません。何故なら私たちの未来は明るいのですから。


 目を伏せると、私の瞳から涙が溢れ出し頬を伝って、流れ落ちました。
 
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