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3、王妃の資格

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「わかっていますわ、ゲオルク様。貴方もそんなふうに仏頂面をしていないで、この子たちにご本を読んであげたらどうかしら?」
「――――そ、それはお断りいたします。私は、貴女をお守りするのが役目ですので」

 私の言葉に困惑したようにゲオルクが答えました。人の姿に戻った子供たちに手を引かれながら、私はいつもの部屋で子供たちに本を読みます。
 アルノーも、私の世話をしてきたおかげなのか、子供たちの扱いはとても上手く、獣人王とは思えないほど、陽気に彼らを楽しませます。
 私を恐れていた子供たちも、孤児院に通うにつれ、少しずつ心を開いてくれているように感じました。

「オリーヴィア様、そろそろ次の慰問先に向かいましょう」
「もう行ってしまうの、オリーヴィア様。また来てくれる?」

 獣人オノレの少女がすり寄り、私の香りを嗅ぐと、寂しそうに綺麗な瞳で見上げます。この子は確か、お母様が人族であったはず。
 きっと、お母様が恋しいのでしょう。
 私は、彼女の髪を撫でてやると、小指を絡めて約束をしました。

「女神エルザ様に誓って、貴女に会いに行くわ、エステル」
「約束よ……! 大好き、オリーヴィア様」

 私は、抱きついてくる少女の小さな体を優しく抱きしめたのです。

✤✤✤

 病院の慰問には、孤児院以上に神経を使います。人族も獣人オノレも瞳の色を抜けば全く変わりありません。
 同じ病室で、いざこざが起こる事もあれば、あの日同じ戦場にいたもの同士、友情を育むこともあるようです。
 私は、騎士たちに守られながら、病室に向かうと、横たわる患者の側に座りました。
 片目と胸に包帯を巻いた彼は、その体つきからしても、守護騎士団ガーディアンナイトの一員であったように思えます。

「傷は痛みますか。新しい包帯を取り替えましょう」
「シュタウフェンベルク家のご令嬢がそんな事までしてくれるのかい。あんたの親父とは、えらい違いだな。あんたの親父は、俺のように身分の低い下っ端の騎士に八つ当たりをして、楽しんでいたような最低な奴だ。あんた、親父にリーデンブルク辺境伯を殺すように命じられたんだってな。あんたも獣人オノレの男に股を開いてまで、権力が欲しいのか」
「貴様、口を慎め。女性に失礼だ」

 ゲオルクが厳しい表情で嗜めました。
 彼は、私を快く思っていなくとも、騎士道の精神を持ち合わせている方のようです。
 ですから、アルノーは彼を任命したのでしょう。
 きっと、私を安心して任せられると思ったに違いないと思うと、彼の深い愛情に胸が熱くなります。
 そして、事実はお父様に命じられた訳ではなく、私の意志でリーデンブルク辺境伯を毒殺したのです。

「良いのです。お父様の罪は私の罪でもありますから。そして貴方が言うように、私は咎人です。貴方に対して、父が大変無礼な振る舞いをしたことを、心からお詫び申し上げます。どうか罪滅ぼしに、私に貴方の包帯を変えさせて下さい」
「…………。好きにしろ」

 彼は諦めたように体を起こすと、私に背を向けます。私は、ようやく上達してきた包帯交換を、率先してさせていただきました。
 それが終われば、別の患者の背中を拭かせて頂いたり、彼らの話に耳を傾けることに全力を尽くしました。
 いずれルサリィとして独立し、誰にとっても住みやすい国になって欲しいと、強く願わずにはいられないからです。

「オリーヴィア様、そろそろ城に帰りましょう。この辺りもあまり遅くなると、治安が悪くなります」
「ええ。分かりました」

 ゲオルクに急かされ、私は汗を拭くと素直に従う事に致しました。私を護衛している騎士たちの負担を考えますと、そろそろ切り上げるべきだと、判断したのです。
 病院を出ますと、私たちは馬車へと向かいました。
 ここは大きな敷地で、馬車まで少し距離がありますが、青々とした葉をつけた木々を眺められるのは今だけですので、心地よい風に髪をなびかせ、束の間の散歩を楽しむことにしました。
 オフィーリア大陸の日没は早く、木々の間にもう、赤い夕日が差し込んでいます。
 眩しい光に目を細めると、目の端で何か黒い影がよぎったような気がしました。

「止まれ」
「……どうしたの?」
「お静かに」

 先頭を歩いていたゲオルクが制します。
 騎士たちも剣を抜いて、辺りを警戒しているようでした。不意に、右側にいた騎士が首を抑えながら呻き、倒れ込むと、ゲオルクと騎士たちが姿勢を低くします。
 先頭にいるゲオルクの前に二人の騎士が姿勢を低くして歩み出ると、木々の上からマントを深く被った人物が降り立ちました。
 誰の目から見ても、その人物が私たちに敵意を持っているのは一目瞭然いちもくりょうぜんです。
 騎士たちが襲いかかると、軽い身のこなしで彼らの剣を交わし、鋭く刃をぶつけ合うと、あっという間に騎士たちは、小柄な暗殺者の刃にかかって大地に平伏してしまいました。
 私は、あまりの光景に震えることしかできず、体を強張らせておりました。

「オリーヴィア様、病院の方へ走ってください! 安全な場所に隠れて!」

 ゲオルクの鬼気迫る叫び声に、私は正気を取り戻して、ドレスの裾を掴むと走り始めました。
 その気配を察した暗殺者は、私を追うように走り出そうとし、ゲオルクの鋭い剣が煌めいてそれを制します。
 他の騎士とは異なり、彼の剣は重く小柄な暗殺者は受け止めるだけで、呻き声をあげているようでした。
 私を必死に追撃しようとする暗殺者と、ゲオルクの剣がぶつかり合う音に、私は思わず立ち止まり振り向きました。
 彼が心配だったこともあり、私は大きな木に身を隠して、その様子を見守ったのです。

「っ……!」

 ゲオルクが、暗殺者のお腹を蹴ると吹き飛ぶようにして地面に転がります。つかさず、彼が暗殺者の肩を足で踏み、フードをめくると、わずかに動揺するようなそぶりが見えました。

「女……?」
「…………チッ」
「ぐぬぁっ!」

 小柄な暗殺者は、油断したゲオルクの股間を思いっきり下から蹴り上げ、彼の体からオオヤマネコの姿に変わると走り始めました。痛みを抑えながら、ゲオルクは呻き石を掴むと、とっさに獣人オノレに向けて力の限り投げます。
 それは、彼女の頭に命中したようで、暗殺者は勢いよく倒れ込むと、私は弾かれたようにゲオルクの方へと走り寄ります。

「あ、あの、大丈夫ですの?」
「え、ええ……それよりあの者の息の根を止めなければっ……。それから医者を……まだ彼らには息がある」
「待って! 殺さないで! あの獣人オノレからお話をお聞きしたいのですわ。お医者様は私が呼んで来ますから、縛り付けておいてくださいませ!」

 私は護衛の騎士たちにまだ息があると知ると慌てて、再び病院に駆け込みました。
 
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