27 / 39
儀式①
しおりを挟む
龍神真言によって、千鶴子が一時的に外に弾かれたお陰で、この館の雰囲気が少し軽くなったような気がする。
いよいよ、地下へ向かおうとした時僕はばぁちゃんに呼び止められた。
「ちょっと待ちなさい健、その前にあの右の部屋が残ってる……と言うより今まで隠されてたみたいだね。またあそこだけ綺麗に生家のまんま残ってるのは、何かあるってことさ」
「なんかもう、部屋に入る度に僕の気力が失われて行くような気がするんだけど」
冗談ではなく、本当にこの館にいる悪霊たちと対峙すると精神を削られる思いだ。僕はそんな風に考えて気を紛らわせていた。
この偽りの館で幽体のまま長い時間過ごしているせいで、僕の本体が悲鳴を上げているのでは無いだろうか、と言う嫌な予感がしている。
「当然だよ。幽体離脱が長引けば長引くほど、あんたの体から伸びてる命を繋ぐ糸が細くなっているからねぇ、それだけ器に負担がかかるのさ。さ、この館に取り込まれたく無かったら早く霊視しなさい」
ばぁちゃんは、竹を割ったような性格なので僕に淡い期待を持たせるような励ましはしない。僕は青ざめながら、次の部屋へと向かった。
オルゴールの音が響いて、バレリーナがくるくると回っている。天井からはレトロなペンダント照明がぶら下がっていた。
夜もふけて、空は紅い満月が昇っていた。
レトロな木のベッドには遠山銀蔵の妻である昌子らしき人物が、大きなお腹を抱えて横になっている。彼女の側には夫である銀蔵が佇んで微笑んで彼女を見つめていた。
一見すると、臨月間近の妻を見守る優しい夫のように思えるが、彼女の頭の上には逆十字のロザリオが飾られていた。僕は宗教には疎いけど、これは洋画などで見た事のある光景だ。
敬虔なクリスチャンに悪魔の災いが起きたりする時に起こる現象だとか、そういった不吉な演出で使われるようなものだ。
「最近、良くお腹を蹴っていて本当にこの子は元気です」
「ああ、それは良かった。ベリアル様が私達の願いを叶えて下さったのだ。生贄をお気にめして下さったからこそ、この子が生まれる。長男の時はうまく行かなかったが……この子が男子ならば、事業を継がせる。女ならば益々この遠山家に富が舞い込んでくるだろう」
生贄とは一体どういう事だろう。
遠山千鶴子は、この家の運命を背負わされるような形で産まれたのだろうか。
そして、場面は変わり庭先で遊ぶ長男の達郎らしき子供と千鶴子がいた。二人で座り込んで遊んでいるようで、僕とばぁちゃんは二人を覗き込んでいた。
「ちづこ、やめようよ、かわいそうだよ」
「だって、ピーはわたくしをつついたのよ。おしおきしなくちゃ」
小さな窪みの中には、息も絶え絶えの小鳥が小刻みに震えていた。僕の目から見ても虫の息だ。
幼い千鶴子の手には子供には似つかわしくない小さなナイフが握られていた。次の瞬間小鳥の羽にナイフで切り始めて、僕は思わず目線を反らした。
鳥の悲痛な断末魔を聞きながら、目を瞑ると後ろから昌子が顔面を蒼白にしながら駆け寄ってきた。
「千鶴子! ナイフを持ち出したと聞いたから心配しましたよ。手にも服にも血がついているじゃない。達郎さんは怪我してない?」
「ぼくはだいじょうぶ……。ちづこがピーをころしたの」
「だって、お母さま、ピーはわたくしのゆびをつつくの」
子供がこんな問題行動を起こせば、現代なら児童相談所行きになりそうだが、この時代はどうだろうか。精神科に見せるとか、座敷牢でお仕置きをされるのでは、と思っていたのだが、僕の予想に反して昌子はにっこりと笑った。
「あら、それなら仕方ないわ。太郎も言うことを聞かない犬でしたけれど、ピーも同じですね。次は何が良いかしら?
でも、あまり外では殺しては駄目ですよ……使用人が見ていますからね」
「はぁい、おかあさま。あまり殺さないようにするわ。つぎはねこちゃんがいいわ!」
耳を疑うような事を口にしていた。
この母親は、千鶴子が生き物に手をかける事を容認しているような口ぶりで、僕は頭を殴られたような衝撃を感じた。使用人たちは、皆見てみぬふりをするように金を握らされているのだろうか。
「信じられない……こんな事を許していたら、次に手をかけるのは人間だよ。まるでサイコパスじゃないか」
僕はそう言わずにおられなかった。隣にいたばぁちゃんは僕と同じく目を真紅にさせながら無言で霊視をしている。
あの時、鶏を殺していたのも彼女にとって日常的な事でそれが異常な行動とは認識できていなかったかも知れない。
「平気で殺せるような人間で無いと、この家ではやって行けないのさ。ばぁちゃんも西洋の術の事は詳しく無いけど禍々しいものを感じるよ。その『べりある』と言うものに生贄を捧げてるんだろう」
そう言えば、長男の達郎の学友が彼女にプロポーズされた時に千鶴子は、あの方に認められなければと言うような事を口走っていた。おそらくそれが『ベリアル』なのだろう。
そして書生も、千鶴子を悪魔だと言っていたが、僕はてっきり恋愛絡みの事が原因でそう言っていたのではないかと思っていたが、もしかするとそうではないかも知れない。
書生もまた、ご学友と同じように何かを目撃してしまったのではないだろうか。
「ベリアルは悪魔だと思うよ、ばぁちゃん。遠山家は黒魔術を使ってる……悪魔を信仰してるんだ。だからロザリオが逆さ十字架になってるんだ」
僕がそう言った瞬間、部屋には遠山夫妻が背中を向けて立っている事に気付いた。ゆっくりと彼等は振り向き、それと同時に部屋が炎に包まれた。
無表情の二人の目や耳、鼻と口から血が溢れ出てきた。
「千鶴子様は悪魔の申し子だ、贄を。もっと贄を」
いよいよ、地下へ向かおうとした時僕はばぁちゃんに呼び止められた。
「ちょっと待ちなさい健、その前にあの右の部屋が残ってる……と言うより今まで隠されてたみたいだね。またあそこだけ綺麗に生家のまんま残ってるのは、何かあるってことさ」
「なんかもう、部屋に入る度に僕の気力が失われて行くような気がするんだけど」
冗談ではなく、本当にこの館にいる悪霊たちと対峙すると精神を削られる思いだ。僕はそんな風に考えて気を紛らわせていた。
この偽りの館で幽体のまま長い時間過ごしているせいで、僕の本体が悲鳴を上げているのでは無いだろうか、と言う嫌な予感がしている。
「当然だよ。幽体離脱が長引けば長引くほど、あんたの体から伸びてる命を繋ぐ糸が細くなっているからねぇ、それだけ器に負担がかかるのさ。さ、この館に取り込まれたく無かったら早く霊視しなさい」
ばぁちゃんは、竹を割ったような性格なので僕に淡い期待を持たせるような励ましはしない。僕は青ざめながら、次の部屋へと向かった。
オルゴールの音が響いて、バレリーナがくるくると回っている。天井からはレトロなペンダント照明がぶら下がっていた。
夜もふけて、空は紅い満月が昇っていた。
レトロな木のベッドには遠山銀蔵の妻である昌子らしき人物が、大きなお腹を抱えて横になっている。彼女の側には夫である銀蔵が佇んで微笑んで彼女を見つめていた。
一見すると、臨月間近の妻を見守る優しい夫のように思えるが、彼女の頭の上には逆十字のロザリオが飾られていた。僕は宗教には疎いけど、これは洋画などで見た事のある光景だ。
敬虔なクリスチャンに悪魔の災いが起きたりする時に起こる現象だとか、そういった不吉な演出で使われるようなものだ。
「最近、良くお腹を蹴っていて本当にこの子は元気です」
「ああ、それは良かった。ベリアル様が私達の願いを叶えて下さったのだ。生贄をお気にめして下さったからこそ、この子が生まれる。長男の時はうまく行かなかったが……この子が男子ならば、事業を継がせる。女ならば益々この遠山家に富が舞い込んでくるだろう」
生贄とは一体どういう事だろう。
遠山千鶴子は、この家の運命を背負わされるような形で産まれたのだろうか。
そして、場面は変わり庭先で遊ぶ長男の達郎らしき子供と千鶴子がいた。二人で座り込んで遊んでいるようで、僕とばぁちゃんは二人を覗き込んでいた。
「ちづこ、やめようよ、かわいそうだよ」
「だって、ピーはわたくしをつついたのよ。おしおきしなくちゃ」
小さな窪みの中には、息も絶え絶えの小鳥が小刻みに震えていた。僕の目から見ても虫の息だ。
幼い千鶴子の手には子供には似つかわしくない小さなナイフが握られていた。次の瞬間小鳥の羽にナイフで切り始めて、僕は思わず目線を反らした。
鳥の悲痛な断末魔を聞きながら、目を瞑ると後ろから昌子が顔面を蒼白にしながら駆け寄ってきた。
「千鶴子! ナイフを持ち出したと聞いたから心配しましたよ。手にも服にも血がついているじゃない。達郎さんは怪我してない?」
「ぼくはだいじょうぶ……。ちづこがピーをころしたの」
「だって、お母さま、ピーはわたくしのゆびをつつくの」
子供がこんな問題行動を起こせば、現代なら児童相談所行きになりそうだが、この時代はどうだろうか。精神科に見せるとか、座敷牢でお仕置きをされるのでは、と思っていたのだが、僕の予想に反して昌子はにっこりと笑った。
「あら、それなら仕方ないわ。太郎も言うことを聞かない犬でしたけれど、ピーも同じですね。次は何が良いかしら?
でも、あまり外では殺しては駄目ですよ……使用人が見ていますからね」
「はぁい、おかあさま。あまり殺さないようにするわ。つぎはねこちゃんがいいわ!」
耳を疑うような事を口にしていた。
この母親は、千鶴子が生き物に手をかける事を容認しているような口ぶりで、僕は頭を殴られたような衝撃を感じた。使用人たちは、皆見てみぬふりをするように金を握らされているのだろうか。
「信じられない……こんな事を許していたら、次に手をかけるのは人間だよ。まるでサイコパスじゃないか」
僕はそう言わずにおられなかった。隣にいたばぁちゃんは僕と同じく目を真紅にさせながら無言で霊視をしている。
あの時、鶏を殺していたのも彼女にとって日常的な事でそれが異常な行動とは認識できていなかったかも知れない。
「平気で殺せるような人間で無いと、この家ではやって行けないのさ。ばぁちゃんも西洋の術の事は詳しく無いけど禍々しいものを感じるよ。その『べりある』と言うものに生贄を捧げてるんだろう」
そう言えば、長男の達郎の学友が彼女にプロポーズされた時に千鶴子は、あの方に認められなければと言うような事を口走っていた。おそらくそれが『ベリアル』なのだろう。
そして書生も、千鶴子を悪魔だと言っていたが、僕はてっきり恋愛絡みの事が原因でそう言っていたのではないかと思っていたが、もしかするとそうではないかも知れない。
書生もまた、ご学友と同じように何かを目撃してしまったのではないだろうか。
「ベリアルは悪魔だと思うよ、ばぁちゃん。遠山家は黒魔術を使ってる……悪魔を信仰してるんだ。だからロザリオが逆さ十字架になってるんだ」
僕がそう言った瞬間、部屋には遠山夫妻が背中を向けて立っている事に気付いた。ゆっくりと彼等は振り向き、それと同時に部屋が炎に包まれた。
無表情の二人の目や耳、鼻と口から血が溢れ出てきた。
「千鶴子様は悪魔の申し子だ、贄を。もっと贄を」
10
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説
牛の首チャンネル
猫じゃらし
ホラー
どうもー。『牛の首チャンネル』のモーと、相棒のワンさんです。ご覧いただきありがとうございます。
このチャンネルは僕と犬のぬいぐるみに取り憑かせた幽霊、ワンさんが心霊スポットに突撃していく動画を投稿しています。
怖い現象、たくさん起きてますので、ぜひ見てみてくださいね。
心霊写真特集もやりたいと思っていますので、心霊写真をお持ちの方はコメント欄かDMにメッセージをお願いします。
よろしくお願いしまーす。
それでは本編へ、どうぞー。
※小説家になろうには「牛の首」というタイトル、エブリスタには「牛の首チャンネル」というタイトルで投稿しています。
グリーン・リバー・アイズ
深山瀬怜
ホラー
オカルト雑誌のライターである緑川律樹は、その裏で怪異絡みの事件を解決する依頼を受けている。緑川は自分の能力を活かして真相を突き止めようとする。果たしてこれは「説明できる怪異」なのか、それとも。
呪配
真霜ナオ
ホラー
ある晩。いつものように夕食のデリバリーを利用した比嘉慧斗は、初めての誤配を経験する。
デリバリー専用アプリは、続けてある通知を送り付けてきた。
『比嘉慧斗様、死をお届けに向かっています』
その日から不可解な出来事に見舞われ始める慧斗は、高野來という美しい青年と衝撃的な出会い方をする。
不思議な力を持った來と共に死の呪いを解く方法を探す慧斗だが、周囲では連続怪死事件も起こっていて……?
「第7回ホラー・ミステリー小説大賞」オカルト賞を受賞しました!
紺青の鬼
砂詠 飛来
ホラー
専門学校の卒業制作として執筆したものです。
千葉県のとある地域に言い伝えられている民話・伝承を砂詠イズムで書きました。
全3編、連作になっています。
江戸時代から現代までを大まかに書いていて、ちょっとややこしいのですがみなさん頑張ってついて来てください。
幾年も前の作品をほぼそのまま載せるので「なにこれ稚拙な文め」となると思いますが、砂詠もそう思ったのでその感覚は正しいです。
この作品を執筆していたとある秋の夜、原因不明の高熱にうなされ胃液を吐きまくるという現象に苛まれました。しぬかと思いましたが、いまではもう笑い話です。よかったいのちがあって。
其のいち・青鬼の井戸、生き肝の眼薬
──慕い合う気持ちは、歪み、いつしか井戸のなかへ消える。
その村には一軒の豪農と古い井戸があった。目の見えない老婆を救うためには、子どもの生き肝を喰わねばならぬという。怪しげな僧と女の童の思惑とは‥‥。
其のに・青鬼の面、鬼堂の大杉
──許されぬ欲望に身を任せた者は、孤独に苛まれ後悔さえ無駄になる。
その年頃の娘と青年は、決して結ばれてはならない。しかし、互いの懸想に気がついたときには、すでにすべてが遅かった。娘に宿った新たな命によって狂わされた運命に‥‥。
其のさん・青鬼の眼、耳切りの坂
──抗うことのできぬ輪廻は、ただ空回りしただけにすぎなかった。
その眼科医のもとをふいに訪れた患者が、思わぬ過去を携えてきた。自身の出生の秘密が解き明かされる。残酷さを刻み続けてきただけの時が、いまここでつながろうとは‥‥。
黄昏は悲しき堕天使達のシュプール
Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・
黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に
儚くも露と消えていく』
ある朝、
目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。
小学校六年生に戻った俺を取り巻く
懐かしい顔ぶれ。
優しい先生。
いじめっ子のグループ。
クラスで一番美しい少女。
そして。
密かに想い続けていた初恋の少女。
この世界は嘘と欺瞞に満ちている。
愛を語るには幼過ぎる少女達と
愛を語るには汚れ過ぎた大人。
少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、
大人は平然と他人を騙す。
ある時、
俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。
そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。
夕日に少女の涙が落ちる時、
俺は彼女達の笑顔と
失われた真実を
取り戻すことができるのだろうか。
雪降る白狐塚の谷
K.shinob&斎藤薫
ホラー
極寒の『白狐塚の谷』に住む少女「お雪」と妖狐との暗黒の交流の物語。
この小説は過去に制作した作品を改稿したものです。
著作:斎藤薫
構成
第一章 狐の唄
第二章 死者の唄
第三章 赤色の瞳
第四章 桃色の花
第五章 氷の花
第六章 狐地蔵の坂
第七章 修羅の崖
第八章 獄門峡
第九章 赤狐門
ヒナタとツクル~大杉の呪い事件簿~
夜光虫
ホラー
仲の良い双子姉弟、陽向(ヒナタ)と月琉(ツクル)は高校一年生。
陽向は、ちょっぴりおバカで怖がりだけど元気いっぱいで愛嬌のある女の子。自覚がないだけで実は霊感も秘めている。
月琉は、成績優秀スポーツ万能、冷静沈着な眼鏡男子。眼鏡を外すととんでもないイケメンであるのだが、実は重度オタクな残念系イケメン男子。
そんな二人は夏休みを利用して、田舎にある祖母(ばっちゃ)の家に四年ぶりに遊びに行くことになった。
ばっちゃの住む――大杉集落。そこには、地元民が大杉様と呼んで親しむ千年杉を祭る風習がある。長閑で素晴らしい鄙村である。
今回も楽しい旅行になるだろうと楽しみにしていた二人だが、道中、バスの運転手から大杉集落にまつわる不穏な噂を耳にすることになる。
曰く、近年の大杉集落では大杉様の呪いとも解される怪事件が多発しているのだとか。そして去年には女の子も亡くなってしまったのだという。
バスの運転手の冗談めかした言葉に一度はただの怪談話だと済ませた二人だが、滞在中、怪事件は嘘ではないのだと気づくことになる。
そして二人は事件の真相に迫っていくことになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる