迷い家と麗しき怪画〜雨宮健の心霊事件簿〜②

蒼琉璃

文字の大きさ
上 下
14 / 39

偽物③

しおりを挟む

目の色が戻ったシーバルは、さっきのようにフラフラしなくなった。矢を受けたとは思えないしっかりとした歩みで、俺とニールさんを引き連れ、王宮への抜け道に案内する。

そして王宮の結界の綻びを3人でくぐった時、ニールさんは感嘆の声をあげた。


「まさかこんなところにあったとは。せっかく教えていただきましたがここは塞がせていただきます」

「ああ」


ニールさんはシーバルの返答にまた慌てだす。俺はこのシーバルの声色を聞いて理解した。シーバルは本当に、俺を屋敷に帰すつもりだ。だから父上に報告されて軟禁されようが、抜け道を塞がれようが、関係ないのだ。

俺はまだ彼の優しさや愛に報いていないのに。

俺の焦燥やニールさんの困惑をよそに、シーバルは宮殿とは別の方向に歩きだす。


「怪我の手当をしなければなりませんよ!」


方角的にあの滝と池に行くのだろう。そのまま消えて無くなってしまいそうなシーバルに、ニールさんは必死に呼びかける。


「穢れを落としてくる。着替えを持ってきてくれるか。そのあと宮殿で手当を頼む」


シーバルは俺の前以外ではこういう口調なのだろう。余裕がないのか、それとも諦めてしまったのか、隠そうともしなかった。

ニールさんは宮殿に着替えを取りに行くと、俺とともに歩きはじめた。


「ニールさんは袖付と聞きましたが、ニールさん以外に直接シーバルからの命令を受ける人はいるのですか?」


ニールさんは貴方までなぜ? といった顔で振り返る。確かに自分でも唐突すぎたと反省した。


「シーバルは俺を屋敷に帰そうと手配をするかと思うんです。それを手配する人はニールさん以外にいますか?」

「い、いえ! 袖付は袖の要で、武力を伴わない雑務の命令は私しか受けられない仕組みとなっております! し、しかしなぜ……リノ様が屋敷に帰るからシルヴァル皇は……」


ここで自暴自棄とも取れるシーバルの行動にニールさんも気づいたようだった。


「リ、リノ様……私は一介の袖付で、もし先程の無礼に気を悪くされたのであればどうか私の首をお刎ねください……シルヴァル皇は……」


首を刎ねるという言葉に、青と赤の記憶が呼び起こされたが首を振って払い除けた。


「もし着替えを渡す時にその手配を命令されたら、ニールさんの胸だけに留めていただけませんか?」


ニールさんは口から魂が抜けたような音を出して立ち止まってしまった。


「婚姻とか、そういったものはまだよくわからないのですが、彼の愛に報いたい。それには少し時間をいただきたいのです」

「は……はわわわ……!」

「勝手でしょうか……散々彼の気持ちを踏みにじってきたのに……」

「そ、そそ、そんなことございません! あんな一方的な拙い愛で、リノ様が振り向いてくれるなんて! 本人でさえも思っていません! シルヴァル皇の執念は本来あんなものじゃないんです! きっとリノ様が屋敷に帰られたら……帰られたら……ううっ……」


ニールさんは散々失礼なことを言いながら、妙なところで泣きだしてしまった。



2人はまるで密偵のようにひっそりと宮殿に帰り、治療の方法を教わった。そしてニールさんは着替えを持って大急ぎで宮殿を後にする。

シーバルはあの池で泣いているのだろうか。そして、いつものような無邪気な演技で帰ってくるのだろうか。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

バベル病院の怪

中岡 始
ホラー
地方都市の市街地に、70年前に建設された円柱形の奇妙な廃病院がある。かつては最先端のモダンなデザインとして話題になったが、今では心霊スポットとして知られ、地元の若者が肝試しに訪れる場所となっていた。 大学生の 森川悠斗 は都市伝説をテーマにした卒業研究のため、この病院の調査を始める。そして、彼はX(旧Twitter)アカウント @babel_report を開設し、廃病院での探索をリアルタイムで投稿しながらフォロワーと情報を共有していった。 最初は何の変哲もない探索だったが、次第に不審な現象が彼の投稿に現れ始める。「背景に知らない人が写っている」「投稿の時間が巻き戻っている」「彼が知らないはずの情報を、誰かが先に投稿している」。フォロワーたちは不安を募らせるが、悠斗本人は気づかない。 そして、ある日を境に @babel_report の投稿が途絶える。 その後、彼のフォロワーの元に、不気味なメッセージが届き始める—— 「次は、君の番だよ」

日常怪談〜穢〜

蒼琉璃
ホラー
何気ない日常で誰かの身に起こったかもしれない恐怖。 オムニバスの短編ホラーです。エブリスタでも投稿しています。

ゾンビと片腕少女はどのように死んだのか特殊部隊員は語る

leon
ホラー
元特殊作戦群の隊員が親友の娘「詩織」を連れてゾンビが蔓延する世界でどのように生き、どのように死んでいくかを語る

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

【完結】復讐の館〜私はあなたを待っています〜

リオール
ホラー
愛しています愛しています 私はあなたを愛しています 恨みます呪います憎みます 私は あなたを 許さない

呪配

真霜ナオ
ホラー
ある晩。いつものように夕食のデリバリーを利用した比嘉慧斗は、初めての誤配を経験する。 デリバリー専用アプリは、続けてある通知を送り付けてきた。 『比嘉慧斗様、死をお届けに向かっています』 その日から不可解な出来事に見舞われ始める慧斗は、高野來という美しい青年と衝撃的な出会い方をする。 不思議な力を持った來と共に死の呪いを解く方法を探す慧斗だが、周囲では連続怪死事件も起こっていて……? 「第7回ホラー・ミステリー小説大賞」オカルト賞を受賞しました!

アララギ兄妹の現代心霊事件簿【奨励賞大感謝】

鳥谷綾斗(とやあやと)
ホラー
「令和のお化け退治って、そんな感じなの?」 2020年、春。世界中が感染症の危機に晒されていた。 日本の高校生の工藤(くどう)直歩(なほ)は、ある日、弟の歩望(あゆむ)と動画を見ていると怪異に取り憑かれてしまった。 『ぱぱぱぱぱぱ』と鳴き続ける怪異は、どうにかして直歩の家に入り込もうとする。 直歩は同級生、塔(あららぎ)桃吾(とうご)にビデオ通話で助けを求める。 彼は高校生でありながら、心霊現象を調査し、怪異と対峙・退治する〈拝み屋〉だった。 どうにか除霊をお願いするが、感染症のせいで外出できない。 そこで桃吾はなんと〈オンライン除霊〉なるものを提案するが――彼の妹、李夢(りゆ)が反対する。 もしかしてこの兄妹、仲が悪い? 黒髪眼鏡の真面目系男子の高校生兄と最強最恐な武士系ガールの小学生妹が 『現代』にアップグレードした怪異と戦う、テンション高めライトホラー!!! ‎✧ 表紙使用イラスト……シルエットメーカーさま、シルエットメーカー2さま

植物人-しょくぶつびと-

一綿しろ
ホラー
植物の様に水と太陽光で必要な養分を作る機能を持った人間「植物人」を生み出す薬を作った男がいた。 男は病から人を救うと言う名目でその薬を使い続ける。 だが、薬を奪われない限り枯れない植物「植物化」になってしまう者、人から精気を喰らう化け物「植物妖」になり果てる者が大半だった。 男は結局は病で死んだ。多くの植物人、植物妖たちを残して。 これはその薬から生まれた植物化、植物妖たちを枯る「殺め」になった男の話。 ※同タイトルの作品があった為、タイトルや造語を変更しました。

処理中です...