12 / 39
偽物①
しおりを挟む
集中治療室に運ばれた早瀬さんは、直ぐに医師によって死亡が確認された。霊安室へと運ばれる彼女の後を、ご両親が泣きながら追いかけている。
僕は暫く病院の待合室で座ったまま立ち上がれなくなった。間宮さんも立ったまま顎に手を置き、考え込んでいて心無しか顔色が悪い。
人が目の前で死ぬ所を見れば、誰だってそうなるだろう。
隣に座る梨子の横顔も暗く沈み、唇も血の色を失っている。僕は立ち上がると彼女の目線に合わせ、気遣うように言った。
「――――梨子は、君はもうこの件から手を引いた方が良いよ。この悪霊は危険すぎる。君に何かあったら僕は……自分を許せなくなるから」
どう思われてもいい、克明さんが行方不明になった原因は、あの女性が描かれた絵画だ。早瀬さんもあの霊を探ろうとして、悪霊に殺されたようなものだ。彼女を救えなかった腹立たしさと、梨子を危険にさらしたく無いと言う気持がせめぎ合っていた。
だが目を伏せて無言だった梨子が、突然言葉を発した。
「健くんはどうするの?」
「え?」
「健くんは、克明さんを探して……悪霊を浄霊するんでしょ。一人で行動して、何かあったらどうするの? 相棒がいなくちゃ」
梨子は僕をしっかりと見つめて答えた。
その瞬間、背後のばぁちゃんが、感心したように拍手をしたので心臓が飛び出るかと思った。
『うんうん、やっぱり梨子ちゃんは思った通りの子やね! 頼もしいわ~~。それに、もうあちらさんはあんた等に気付いてるからねぇ。あの時あんたの隣にいたのは、目の無い怪物みたいなもんさ。あんたの事は見えないけど、気配だけは感じてる。嗅覚で感じてるんだ。こっちがあの魔物に近付けば近付くほど、あいつもこちらを認識するんだよ』
ばぁちゃんの言葉に、僕は背筋が寒くなった。少しでもあの悪霊に触れたら最後、僕も梨子も間宮さんも手遅れだと言うことだ。梨子を守ってやりたいが同時に彼女は頼りになる相棒でもある。
「分かったよ。だけど、絶対一人で行動したり危険な事はしないでくれ。いいね? 護符は渡しておくから」
僕は、梨子の意思を尊重する事にした。疲れ切った表情の彼女が少し微笑むと頷く。僕達の様子を見ていた間宮さんが声をかける。
「君たち、疲れただろう? 今日はもう送ってくよ。明日にでも克明のご両親に会おう」
僕は頷いた。どのみち、早瀬さんが残した大学ノートがある。今時、USBに保存してないのは珍しいが、電子機器が霊障を受けやすい事を彼女は知っていたのだろうか。
彼女の貴重な情報を無駄にする事は出来ない。
✤✤✤
梨子を先に自宅まで送り届けて貰い、最後に僕は間宮さんの車の助手席に移ると僕は流れゆく景色を見ていた。
今日の出来事がショックで、口数が少ない間宮さんが、突然僕に声を掛けてきた。
「雨宮くん、あのね……。実は早瀬さんから聞きたい事があるって言われてたんだよ」
「え、それは……克明さんが行方不明になった件でですか?」
僕は彼の横顔を見つめた。運転しながらも、言葉を選ぶように目を泳がせている。何か言い難い事を、僕に伝えたがっているようにも思えた。ハンドルを切ると、間宮さんはぽつりぽつりと話し始める。
「いや、その事じゃない。芽実ちゃんは頭の回転が早い女性でね。克明がずっと心の奥に閉まっていた……、香織ちゃんの事件の事も気にかけていたんだ。それで、ご両親との……、特にお義母さんとの関係を僕に聞きたがっていた」
「それは、以前から調べてたんですか? どうしておばさんの事を……?」
僕は早瀬さんの行動力に驚いて目を見開き、同時に彼女がどれだけ、婚約者を大切に思っていたかも知る事になり胸が痛んだ。
克明さんが、言葉を濁すのは幼馴染の手前、家庭環境を赤の他人の自分の口から話すのがためらわれたからだろうか。
「うん。僕は幼馴染だけど、克明の手前、あまり言えなかったけど……、何度か探ろうとした。香織ちゃんと克明は本当の兄妹みたいに仲が良くてね。それを、おばさんはどうやら変に勘繰っていたみたいなんだ。
元々、子供への干渉が酷くてそれが嫌で克明は早めに家を出たんだけど。ほら……あれだよ」
「――――毒親ですか?」
間宮さんは、頷いた。幼かった僕には香織ちゃんのご両親の印象はあまり無く、正直に言うと殆ど覚えていない。異性の連れ子同士、仲が良いとそんな風に思われるのだろうか。
「そう。だけど、克明の名誉に誓って、義理の妹と関係を持ったり恋人同士なんてことは無いよ。香織ちゃんも中学生だしね。
だけど、おばさんはそう考えなかった……酷い言葉の暴力を浴びせたり、時には手を上げていたみたいなんだ」
僕は内心ショックを受けた。だが、香織ちゃんが家に帰らず僕を構って遊んでくれていたのも、義母との折り合いが悪かったせいなのだろうと考えると説明がつく。だが、早瀬さんはどうして義母を調べていたのだろうか。
「もしかして、早瀬さんは、香織ちゃんを殺した犯人が、義理の母親じゃないかと疑ってたんですか?」
「――――僕には分からない。だけど、ご両親が島を離れたのは、被害者としてだけでは無くてそう言う噂を立てられていた事も、理由の一つになっているよ」
殺人事件の多くは身内間で発生する事が多く、警察もマスコミも被害者を疑うような風潮はある。もし、香織ちゃんへの虐待が学校やご近所に薄っすら知られていたなら、そんな噂を立てられてしまうかも知れない。
だが、中学生の子供を相手にするとはいえ、女性の力で滅多刺しにするなんて事は、可能なのだろうか?
そして、義理の妹を殺したかも知れない母親と、自立したとはいえ家族としていられるのだろうか。
「どうして、僕にそんな話をしたんです?」
「君の話を聞いて、僕も同じ気持ちになったんだ。僕もずっとあの事件を忘れたくて、香織ちゃんを記憶から消そうとしていた。彼女の霊が彷徨っているなら、僕も何か出来ることをしたい。――――それに、おばさんに香織ちゃん事を聞いてもヒステリーを起こすから」
つまり、明日、有村家に行っても香織ちゃんの話は出さないほうが良いという警告だろうか。
僕は暫く病院の待合室で座ったまま立ち上がれなくなった。間宮さんも立ったまま顎に手を置き、考え込んでいて心無しか顔色が悪い。
人が目の前で死ぬ所を見れば、誰だってそうなるだろう。
隣に座る梨子の横顔も暗く沈み、唇も血の色を失っている。僕は立ち上がると彼女の目線に合わせ、気遣うように言った。
「――――梨子は、君はもうこの件から手を引いた方が良いよ。この悪霊は危険すぎる。君に何かあったら僕は……自分を許せなくなるから」
どう思われてもいい、克明さんが行方不明になった原因は、あの女性が描かれた絵画だ。早瀬さんもあの霊を探ろうとして、悪霊に殺されたようなものだ。彼女を救えなかった腹立たしさと、梨子を危険にさらしたく無いと言う気持がせめぎ合っていた。
だが目を伏せて無言だった梨子が、突然言葉を発した。
「健くんはどうするの?」
「え?」
「健くんは、克明さんを探して……悪霊を浄霊するんでしょ。一人で行動して、何かあったらどうするの? 相棒がいなくちゃ」
梨子は僕をしっかりと見つめて答えた。
その瞬間、背後のばぁちゃんが、感心したように拍手をしたので心臓が飛び出るかと思った。
『うんうん、やっぱり梨子ちゃんは思った通りの子やね! 頼もしいわ~~。それに、もうあちらさんはあんた等に気付いてるからねぇ。あの時あんたの隣にいたのは、目の無い怪物みたいなもんさ。あんたの事は見えないけど、気配だけは感じてる。嗅覚で感じてるんだ。こっちがあの魔物に近付けば近付くほど、あいつもこちらを認識するんだよ』
ばぁちゃんの言葉に、僕は背筋が寒くなった。少しでもあの悪霊に触れたら最後、僕も梨子も間宮さんも手遅れだと言うことだ。梨子を守ってやりたいが同時に彼女は頼りになる相棒でもある。
「分かったよ。だけど、絶対一人で行動したり危険な事はしないでくれ。いいね? 護符は渡しておくから」
僕は、梨子の意思を尊重する事にした。疲れ切った表情の彼女が少し微笑むと頷く。僕達の様子を見ていた間宮さんが声をかける。
「君たち、疲れただろう? 今日はもう送ってくよ。明日にでも克明のご両親に会おう」
僕は頷いた。どのみち、早瀬さんが残した大学ノートがある。今時、USBに保存してないのは珍しいが、電子機器が霊障を受けやすい事を彼女は知っていたのだろうか。
彼女の貴重な情報を無駄にする事は出来ない。
✤✤✤
梨子を先に自宅まで送り届けて貰い、最後に僕は間宮さんの車の助手席に移ると僕は流れゆく景色を見ていた。
今日の出来事がショックで、口数が少ない間宮さんが、突然僕に声を掛けてきた。
「雨宮くん、あのね……。実は早瀬さんから聞きたい事があるって言われてたんだよ」
「え、それは……克明さんが行方不明になった件でですか?」
僕は彼の横顔を見つめた。運転しながらも、言葉を選ぶように目を泳がせている。何か言い難い事を、僕に伝えたがっているようにも思えた。ハンドルを切ると、間宮さんはぽつりぽつりと話し始める。
「いや、その事じゃない。芽実ちゃんは頭の回転が早い女性でね。克明がずっと心の奥に閉まっていた……、香織ちゃんの事件の事も気にかけていたんだ。それで、ご両親との……、特にお義母さんとの関係を僕に聞きたがっていた」
「それは、以前から調べてたんですか? どうしておばさんの事を……?」
僕は早瀬さんの行動力に驚いて目を見開き、同時に彼女がどれだけ、婚約者を大切に思っていたかも知る事になり胸が痛んだ。
克明さんが、言葉を濁すのは幼馴染の手前、家庭環境を赤の他人の自分の口から話すのがためらわれたからだろうか。
「うん。僕は幼馴染だけど、克明の手前、あまり言えなかったけど……、何度か探ろうとした。香織ちゃんと克明は本当の兄妹みたいに仲が良くてね。それを、おばさんはどうやら変に勘繰っていたみたいなんだ。
元々、子供への干渉が酷くてそれが嫌で克明は早めに家を出たんだけど。ほら……あれだよ」
「――――毒親ですか?」
間宮さんは、頷いた。幼かった僕には香織ちゃんのご両親の印象はあまり無く、正直に言うと殆ど覚えていない。異性の連れ子同士、仲が良いとそんな風に思われるのだろうか。
「そう。だけど、克明の名誉に誓って、義理の妹と関係を持ったり恋人同士なんてことは無いよ。香織ちゃんも中学生だしね。
だけど、おばさんはそう考えなかった……酷い言葉の暴力を浴びせたり、時には手を上げていたみたいなんだ」
僕は内心ショックを受けた。だが、香織ちゃんが家に帰らず僕を構って遊んでくれていたのも、義母との折り合いが悪かったせいなのだろうと考えると説明がつく。だが、早瀬さんはどうして義母を調べていたのだろうか。
「もしかして、早瀬さんは、香織ちゃんを殺した犯人が、義理の母親じゃないかと疑ってたんですか?」
「――――僕には分からない。だけど、ご両親が島を離れたのは、被害者としてだけでは無くてそう言う噂を立てられていた事も、理由の一つになっているよ」
殺人事件の多くは身内間で発生する事が多く、警察もマスコミも被害者を疑うような風潮はある。もし、香織ちゃんへの虐待が学校やご近所に薄っすら知られていたなら、そんな噂を立てられてしまうかも知れない。
だが、中学生の子供を相手にするとはいえ、女性の力で滅多刺しにするなんて事は、可能なのだろうか?
そして、義理の妹を殺したかも知れない母親と、自立したとはいえ家族としていられるのだろうか。
「どうして、僕にそんな話をしたんです?」
「君の話を聞いて、僕も同じ気持ちになったんだ。僕もずっとあの事件を忘れたくて、香織ちゃんを記憶から消そうとしていた。彼女の霊が彷徨っているなら、僕も何か出来ることをしたい。――――それに、おばさんに香織ちゃん事を聞いてもヒステリーを起こすから」
つまり、明日、有村家に行っても香織ちゃんの話は出さないほうが良いという警告だろうか。
10
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説
ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する
黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。
だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。
どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど??
ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に──
家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。
何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。
しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。
友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。
ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。
表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、
©2020黄札
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
トゴウ様
真霜ナオ
ホラー
MyTube(マイチューブ)配信者として伸び悩んでいたユージは、配信仲間と共に都市伝説を試すこととなる。
「トゴウ様」と呼ばれるそれは、とある条件をクリアすれば、どんな願いも叶えてくれるというのだ。
「動画をバズらせたい」という願いを叶えるため、配信仲間と共に廃校を訪れた。
霊的なものは信じないユージだが、そこで仲間の一人が不審死を遂げてしまう。
トゴウ様の呪いを恐れて儀式を中断しようとするも、ルールを破れば全員が呪い殺されてしまうと知る。
誰も予想していなかった、逃れられない恐怖の始まりだった。
「第5回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
他サイト様にも投稿しています。
無能な陰陽師
もちっぱち
ホラー
警視庁の詛呪対策本部に所属する無能な陰陽師と呼ばれる土御門迅はある仕事を任せられていた。
スマホ名前登録『鬼』の上司とともに
次々と起こる事件を解決していく物語
※とてもグロテスク表現入れております
お食事中や苦手な方はご遠慮ください
こちらの作品は、
実在する名前と人物とは
一切関係ありません
すべてフィクションとなっております。
※R指定※
表紙イラスト:名無死 様
ヒナタとツクル~大杉の呪い事件簿~
夜光虫
ホラー
仲の良い双子姉弟、陽向(ヒナタ)と月琉(ツクル)は高校一年生。
陽向は、ちょっぴりおバカで怖がりだけど元気いっぱいで愛嬌のある女の子。自覚がないだけで実は霊感も秘めている。
月琉は、成績優秀スポーツ万能、冷静沈着な眼鏡男子。眼鏡を外すととんでもないイケメンであるのだが、実は重度オタクな残念系イケメン男子。
そんな二人は夏休みを利用して、田舎にある祖母(ばっちゃ)の家に四年ぶりに遊びに行くことになった。
ばっちゃの住む――大杉集落。そこには、地元民が大杉様と呼んで親しむ千年杉を祭る風習がある。長閑で素晴らしい鄙村である。
今回も楽しい旅行になるだろうと楽しみにしていた二人だが、道中、バスの運転手から大杉集落にまつわる不穏な噂を耳にすることになる。
曰く、近年の大杉集落では大杉様の呪いとも解される怪事件が多発しているのだとか。そして去年には女の子も亡くなってしまったのだという。
バスの運転手の冗談めかした言葉に一度はただの怪談話だと済ませた二人だが、滞在中、怪事件は嘘ではないのだと気づくことになる。
そして二人は事件の真相に迫っていくことになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる