迷い家と麗しき怪画〜雨宮健の心霊事件簿〜②

蒼琉璃

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怪画①

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 ――――克明が行方不明になって一週間。
 間宮さんから連絡が入って、私は慌てて彼に連絡をした。
 彼が見つかったのかと思ったが、克明を探しているという人達に情報提供して欲しいと言う事だった。私は一瞬落胆したものの、警察があてにならない今、藁にでもすがるような気持ちで了承した。

『芽実ちゃん。不謹慎かも知れないが、雨宮くんは霊感が強くてね。行方不明者を探し出した事があるんだ。頼ってみるのはどうかな』
「――――わかりました。警察もあてにならないし……私も気になることがあります。今からそちらに出向きますから、住所を教えて下さい」

 普段の私ならそんな胡散臭い人達とは関わらなかっただろうが、今回は違う。
 克明の様子がおかしくなった頃は本気で浮気を疑っていた。デートしていてもうわの空だし、電話をしても直ぐ用事があると切られたからだ。結婚を前提に借りたと言っていたマンションにも、私が訪れる事を嫌がって上がらせてくれない。最近では仕事も休みがちだと言うが、よほどその女に入れ込んでいるのかと思った。
 だとすれば、本当に大人気ないし常識を疑うような行動をしている。

 あの日、私は克明が出払っている隙に浮気の証拠を探すべく合鍵で部屋に入った。

 玄関の明かりを付けた瞬間、心臓が止まりそうになった。廊下の奥にあるガラス戸にピッタリとまるで張り付くように着物の女が立っていた。もしかして、浮気相手が克明を待っていたのかと思い、私は自分達の新しい門出となる場所を穢されたような気持ちになり、腹立たしくなって声を上げた。

『だ、誰よ……あんた』

 女はすっと背を向けて部屋の奥へと向かった。私は頭にきてパンプスを乱暴に脱ぐと『ねぇ、ちょっと!』と声を荒げながら扉を開け、電気をつけた。

『えっ……?』

 明るくなった部屋には、着物の女の姿はなかった。少し散らかっている以外は特に異常が無い。1LDKの間取りなので、念の為にトイレや浴室、洋室まで探したけれど女の姿は無かった。まさかベランダから逃げるなんて、着物では無理だし、ここは5階だ。飛び降りたり隣に移動するなんて無理。
 私はほんの少しだけ、見えてはいけないもの、いわゆる霊感みたいなものがある。

『…………事故物件、じゃないわよね』

 私はそう言うと、洋間から強い視線を感じて振り返った。そこには引っ越しした当初には飾られていなかった一枚の大きな絵があった。
 青空に美しい草原、そして白い古びた洋館の前で、いわゆる大正時代のモダンな着物女性が日傘を指してこちらを振り向いていた。その絵を見た瞬間、私は背中に悪寒が走った。
 女優のように綺麗な女性だが、その存在がひどく生々しい。血のように赤い唇や、妖艶な視線は、まるで毒婦のように爛々と輝いて不気味だ。
 はっきり言って、薄気味悪い。
どうしてこんな不気味で部屋にも似つかわしくような無い古びた絵画を飾っているのか理解できなかった。私はその絵画をさらに確認しようと、強い視線を感じながらその絵の目の前に立った。

『え……何?』

 絵の中から、何人かの男性の話し声が聞こえるような気がした。何を言っているかまでは分からないが、複数の見えない館の住人がいるかのように絵の中からヒソヒソとした声が聞こえる。
 私は怖くなって後退った。
 その時頭上から、ギ、ギ、ギ、と言う不気味な音がして私は反射的に斜め上を見上げた。

 着物の女が天井の上で正座をしてうずくまっている。
 その体がゆっくりと、まるで雑巾を絞るかのように捻りながら伸びて、振り返ってきた。逆さまの女の顔は、絵画に描かれたあの毒婦そっくりで裂けた唇から垂れた舌が、ベロンと化け物のように長く伸びていた。
 私は絶叫してその場で気絶してしまった。

『おい、芽実……大丈夫か、どうしたんだ?』
『ん……か、克明……!! お、女が、女が天井にっ!』

 私は、克明に揺さぶられて意識を取り戻した。ガタガタ震えながら今まであった事を克明に訴えかけた。すると彼はまた、目を虚ろにさせながらヘラヘラと笑い始めた。

『ああ、お前も会ったんだ。蜊?カエ蟄さん……綺麗な人だろ。話せば芽実も仲良くなれるよ。とても素敵な人なんだ』
『か、克明……何を言ってるの!? あれは化け物よ、正気なの? あの絵はここに置いてて良いものじゃないよ。お寺や神社に持っていかなくちゃ……大変なことになる』

 完全に憑かれたように笑っている克明に、私はゾッとして、あの絵画をお祓いするなりなんなりするようにと助言した。
 だがその瞬間、克明の目が釣り上げると顔を真っ赤にした。

『そんな事するものか!! お前、勝手に人の家に上がって、蜊?カエ蟄さんを処分しろだと! 出てけ お前とはもう終わりだ!』
『か、か、克明……ま、待って』

 まるで人が変わった様に乱暴な言葉遣いで私を怒鳴り付けると、荒々しく腕を取られてマンションから追い出された。呆然と扉の前で立ち尽くしていると、点滅する廊下の奥から女のあざ笑う声が聞こえた。
 全身に冷や汗をかいて歯の音が合わないまま、私はゆっくりと廊下を見る。点滅する度にあのモダンな着物を着た女が見えた。
 爛々と輝く憎しみに満ちた目と、妖艶な唇。醜く顔を歪ませた女が口をパクパクとさせていた。やがて女の顔が絵の具を混ぜたようにぐるぐるとパーツが混ざって渦巻いていく。
 私は足がガクガクと震えて来るのを感じた。

『あ、あぁ……』
『邪魔するな』

 耳元で女の掠れた声がした瞬間、私はなりふり構わず逃げ出した。あれは触れてはいけない女だ。

 克明は急に怒り出したり、乱暴な事をする人じゃない。それに特別、油彩画に興味を持っている訳でも無かった。こんな事で婚約破棄するような事は絶対にあり得ない。
 克明は、あの絵画に魅入られてる……。そう思った時にはもう既に遅かったのだろう。そしてついに、恐れていた事が起こった。克明が、職場に来なくなり行方不明になったのだ。
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