上 下
7 / 39

足跡を辿って②

しおりを挟む
 そこは、絵筆で描いたような青空と草原しかない奇妙な場所だった。辺りを見渡しても人工的なものは何一つ無く、まるで切り取った写真や絵画の世界のような無機質で不気味な世界に僕はいた。
 状況が飲み込めず、うろたえているとなんの前触れも無く洋館が目の前に建っている事に気付いた。先程まで、そんな物は一切建っていなかった事は覚えている。
 いきなり何も無い空間から、マジックのよううに、突如洋館それが出現したのだ。そのあまりにも現実離れした出来事に、ああ、これは夢なのだろうと僕は理解した。

 ――――明晰夢めいせきむだ。

 明晰夢とは、睡眠中に自分が夢を見ていると自覚できる状態のことだ。僕は夢の中で夢を見ていると認識していた。洋館はどこかレトロな印象のあるもので、観察するように顔を上げると、窓辺に男性がぼんやりと佇んでいた。
 魂が抜けてしまったかのように遠くを見る男性は見覚えのある顔だった。有村克明、その人だ。僕は夢の中で彼に声をかけようと口を開ける。

 窓辺に立っていた克明さんの背後から、まるで蜘蛛のように女の両手と両足がずるずると暗闇から這い出し、まるで自分の物だと言わんばかりにしがみついた。着物の裾から見える女の手足は青白く細い。
 次の瞬間、克明さんの顎が取れるほど大きく開いて、つんざくように女の絶叫が響いた。

「――――ッ!!」

 僕は跳ねるようにして飛び起きた。
 時間は午後の14時。
 朝イチでフェリーに乗り、新幹線を乗り継いで帰ってきたが、間宮さんとの約束まで軽く睡眠をとったのが悪かったのだろうか。僕はどうしてもただの明晰夢には思えず、シャワーを浴びてスッキリすると用意を始めた。
 僕は大学に行かず就職したので、大学に詳しいわけではないが、38歳の若さで教授になれるなんて、かなり優秀な人なのではないだろうか。
 今日は研究の合間に大学の近くのカフェで逢うという事なのでマイカーを使わずに、梨子と待ち合わせて行く事にした。僕は、梨子と落ち合うまでずっと先程の夢について考えていた。
 克明さんに憑いている霊の警告なのだろうか、顔も姿も確認できなかったが、着物の袖から見える手足からして女性の霊のように思えた。
 とてつもなく強い執着心や、愛憎のようなものを感じ、僕は身震いした。

✤✤✤

 駅前は騒がしく、店がひしめき合って人通りの多い、東京ならではの光景だったが大学の方に近付くにつれて緩やかな上り坂になり少し静かになる。
 道を挟むようにして、両サイドにお洒落な雑貨屋や、イタリアンカフェ、インドカレーの店などが連なっていた。ばぁちゃんは、新しい場所に行くたびに観光気分で、その辺りをフラフラと遊びに行ってしまうので、守護霊としてどうなんだと常々思っている。

「この辺りは美味しい店が多いの。雑貨屋さんも可愛いお店が多くて、結構飽きないんだよ。また今度案内するね」
「えっ、本当に? この辺りのインドカレーのお店、食べてみたいなぁ」

 つい、会話に花が咲いてしまったが気を引き締めよう。間宮さんに克明さんの有力な情報を聞き出さないと、香織ちゃんの願いを叶えてあげる事が出来ないのだがら。
 待ち合わせは、お洒落なカフェで奥のテーブルには既に間宮さんと思われる男性が座っていた。梨子の姿に気付くと、微笑んで僕たちに手を振る。

「天野くん、こっちだよ。ああ、君が噂の雨宮健くんだね。俺は間宮龍之介まみやりゅうのすけです」
「間宮先生、お待たせしてしまってすみません」
「初めまして、雨宮健です」

 立ち上がって挨拶をする間宮さんに、僕と梨子は頭を下げて挨拶した。教授という職業のイメージにしては話しやすい感じの気さくな男性だった。
 僕達は彼に促されるまま、席に座る。間宮さんの瞳は喜々としていて僕達を見ると開口一番こう言った。

「それで、俺に何の用事かな? 雨宮くんが研究に協力してくれるという事なら嬉しいんだけど」
「ああ、いや……。僕達は間宮さんにお尋ねしたい事があってきました。間宮さんは、有村克明さんとご友人ですよね?」

 突然の質問に間宮さんはきょとんとした。梨子から何を聞いていたのかは知らないが、恐らく霊力の実験だとか、この間のオハラミ様について詳しく知りたかったのかも知れない。ともかくかなり予想外の質問だったようだ。
 しばらく視線を彷徨わせてようやく名前の人物が頭に浮かんだようだ。

「有村克明って、あの有村かい? どうして君達が知ってるんだ」

 梨子が頷くと、これまでの経緯を間宮さんに話した。神妙な顔付きで聞き入っていた間宮さんは砂糖たっぷりの珈琲を一口飲むと話し始めた。

「そう言う事か……。天野くんには特に言ってなかったが、俺も君たちと同じ島の出身でね。年齢は離れてるけど、克明とは幼馴染なんだ」
「えっ、そうなんですか? じゃあ、香織ちゃんの事も……」

 間宮さんは寂しげに目を細めた。彼が克明さんと幼馴染なら、妹である香織ちゃんの事も当然知っていただろう。僕よりも彼らと身近な人にとっては、辛い質問に違いない。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

日常怪談〜穢〜

蒼琉璃
ホラー
何気ない日常で誰かの身に起こったかもしれない恐怖。 オムニバスの短編ホラーです。エブリスタでも投稿しています。

雪降る白狐塚の谷

K.shinob&斎藤薫
ホラー
極寒の『白狐塚の谷』に住む少女「お雪」と妖狐との暗黒の交流の物語。 この小説は過去に制作した作品を改稿したものです。 著作:斎藤薫 構成 第一章 狐の唄 第二章 死者の唄 第三章 赤色の瞳 第四章 桃色の花 第五章 氷の花 第六章 狐地蔵の坂 第七章 修羅の崖 第八章 獄門峡 第九章 赤狐門

呪配

真霜ナオ
ホラー
ある晩。いつものように夕食のデリバリーを利用した比嘉慧斗は、初めての誤配を経験する。 デリバリー専用アプリは、続けてある通知を送り付けてきた。 『比嘉慧斗様、死をお届けに向かっています』 その日から不可解な出来事に見舞われ始める慧斗は、高野來という美しい青年と衝撃的な出会い方をする。 不思議な力を持った來と共に死の呪いを解く方法を探す慧斗だが、周囲では連続怪死事件も起こっていて……? 「第7回ホラー・ミステリー小説大賞」オカルト賞を受賞しました!

紺青の鬼

砂詠 飛来
ホラー
専門学校の卒業制作として執筆したものです。 千葉県のとある地域に言い伝えられている民話・伝承を砂詠イズムで書きました。 全3編、連作になっています。 江戸時代から現代までを大まかに書いていて、ちょっとややこしいのですがみなさん頑張ってついて来てください。 幾年も前の作品をほぼそのまま載せるので「なにこれ稚拙な文め」となると思いますが、砂詠もそう思ったのでその感覚は正しいです。 この作品を執筆していたとある秋の夜、原因不明の高熱にうなされ胃液を吐きまくるという現象に苛まれました。しぬかと思いましたが、いまではもう笑い話です。よかったいのちがあって。 其のいち・青鬼の井戸、生き肝の眼薬  ──慕い合う気持ちは、歪み、いつしか井戸のなかへ消える。  その村には一軒の豪農と古い井戸があった。目の見えない老婆を救うためには、子どもの生き肝を喰わねばならぬという。怪しげな僧と女の童の思惑とは‥‥。 其のに・青鬼の面、鬼堂の大杉  ──許されぬ欲望に身を任せた者は、孤独に苛まれ後悔さえ無駄になる。  その年頃の娘と青年は、決して結ばれてはならない。しかし、互いの懸想に気がついたときには、すでにすべてが遅かった。娘に宿った新たな命によって狂わされた運命に‥‥。 其のさん・青鬼の眼、耳切りの坂  ──抗うことのできぬ輪廻は、ただ空回りしただけにすぎなかった。  その眼科医のもとをふいに訪れた患者が、思わぬ過去を携えてきた。自身の出生の秘密が解き明かされる。残酷さを刻み続けてきただけの時が、いまここでつながろうとは‥‥。

黄昏は悲しき堕天使達のシュプール

Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・  黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に  儚くも露と消えていく』 ある朝、 目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。 小学校六年生に戻った俺を取り巻く 懐かしい顔ぶれ。 優しい先生。 いじめっ子のグループ。 クラスで一番美しい少女。 そして。 密かに想い続けていた初恋の少女。 この世界は嘘と欺瞞に満ちている。 愛を語るには幼過ぎる少女達と 愛を語るには汚れ過ぎた大人。 少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、 大人は平然と他人を騙す。 ある時、 俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。 そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。 夕日に少女の涙が落ちる時、 俺は彼女達の笑顔と 失われた真実を 取り戻すことができるのだろうか。

ワールドミキシング

天野ハザマ
ホラー
空想好きの少年「遠竹瑞貴」はある日、ダストワールドと呼ばれる別の世界に迷い込んだ。 此処ではない世界を想像していた瑞貴が出会ったのは、赤マントを名乗る少女。 そして、二つの世界を繋ぎ混ぜ合わせる力の目覚めだった……。 【表紙・挿絵は「こころ」様に描いていただいております。ありがとうございます!】

霊感不動産・グッドバイの無特記物件怪奇レポート

竹原 穂
ホラー
◾️あらすじ 不動産会社「グッドバイ」の新人社員である朝前夕斗(あさまえ ゆうと)は、壊滅的な営業不振のために勤めだして半年も経たないうちに辺境の遺志留(いしどめ)支店に飛ばされてしまう。 所長・里見大数(さとみ ひろかず)と二人きりの遺志留支店は、特に事件事故が起きたわけではないのに何故か借り手のつかないワケあり物件(通称:『無特記物件』)ばかり取り扱う特殊霊能支社だった! 原因を調査するのが主な業務だと聞かされるが、所長の霊感はほとんどない上に朝前は取り憑かれるだけしか能がないポンコツっぷり。 凸凹コンビならぬ凹凹コンビが挑む、あなたのお部屋で起こるかもしれないホラー! 事件なき怪奇現象の謎を暴け!! 【第三回ホラー・ミステリー大賞】で特別賞をいただきました! ありがとうございました。 ■登場人物 朝前夕斗(あさまえ ゆうと) 不動産会社「グッドバイ」の新人社員。 壊滅的な営業成績不振のために里見のいる遺志留支店に飛ばされた。 無自覚にいろんなものを引きつけてしまうが、なにもできないぽんこつ霊感体質。 里見大数(さとみ ひろかず) グッドバイ遺志留支社の所長。 霊能力があるが、力はかなり弱い。 煙草とお酒とAV鑑賞が好き。 番場怜子(ばんば れいこ) 大手不動産会社水和不動産の社員。 優れた霊感を持つ。 里見とは幼馴染。

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

処理中です...