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夏の終わりの依頼人③
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梨子と談笑して気にしないように通りすぎれば良いだけだ。あの瞬間に目があったのはただの勘違い、遠くにある別のものを見ていただけと思わせれば良い。僕は梨子の大学の話を聞きながらなるべくそちらを見ないようにして通り過ぎた。
「へぇ、やっぱり就職大変なんだね。条件に合う良い会社が無かったら、うちの神社手伝って貰うのもいいかも」
「それもいいね! あ、でも東京で心霊探偵するのも格好良くない? 小説の主人公みたいでわくんくしちゃう」
「なんかそれ胡散臭くない?」
少女の隣を通り過ぎると、ヒヤリと冷たい空気が触れただけで何事もなく背中を向けて前方を眺めているだけで、触れられたり声を掛けられたりする事は無かった。
僕はほっとして前方を見ると、今度は次の街灯の下でセーラー服の少女が背中を見せて立っている。僕は無意識に喉が鳴るのを感じた。この少女は、恐らく僕が視えている事に気付いている。そしてただの地縛霊や、その辺りを目的も無く浮遊している霊とは違う。確実に何かを訴えようとしていた。
僕のように霊感が強いと、この少女のような霊の願いを逐一叶えていたらきりが無いし体が持たない。だから、無視するしかない。
「そうそう、健くんがこの間言ってた映画見たよ。結構あれ面白いんだね。今までスルーしてたの勿体なかった。二回も続けて観ちゃった」
「……ん、あっ、そうなんだ。映画館で観た時面白くて僕は円盤予約しちゃったんだ」
まるで聞いてないかのような返事を返してしまい、梨子は不審そうにこちらを見ていた。ゆっくりとセーラー服の少女の横を通っていくと、今度は鉄臭い匂いが鼻をついた。
少女の腕や足から、血が滴り落ちてポタポタと地面に血溜まりを作っている。僕は地面に目を落としたまま、気付かないふりをして、ふと前を向くと、また前方の街灯の下でセーラー服の少女が後ろ向きに立っているのが見えた。今度はゆらり、ゆらりと体を小刻みに左右に揺らしている。
「どうしたの? 健くん……さっきから何か変だよ」
「うん……梨子、悪いけど手を貸して。僕の家まで全速力で走ってくれ。神社の階段あるけど絶対に後ろを振り向かないこと、いいね?」
「え? え? 何かいるの?」
実家の神社には汗だくになるくらいの階段があるが、僕の家まで入れば何とかなる。あの霊もそこまではついて来ないかも知れない。僕は梨子の返事を聞かず、腕を掴むと走り始めた。二人とも、浴衣姿に下駄なので普段通り早く走れるわけもないが、セーラー服の少女の霊を振り切って急いで神社の階段を登っていく。
後ろの様子は見えないが、僕らの足音とは明らかに違うもう一つの足音が迫って来ているのを感じた。
「健くん、後ろから足音が……!」
「いいから、走って!」
青白い顔で、梨子が不安そうに震える声でそう言うと、僕はともかく彼女を急かして息切れしながら階段を登り切った。
家まで着くと震える手で、鍵を開け梨子を先に入れ、昔ながらの引き戸玄関を乱暴に閉め鍵をかける。
その瞬間、パン、パンと言う破裂音と共に外が明るくなる。花火が上がり始めたのだろう。
玄関のガラス越しに写った少女がピッタリと顔を付けると、か細い声で言った。
『健ちゃん……お兄ちゃんを助けて』
「え……?」
僕は、思わず花火の音が聞こえなくなる位に呆然と立ち尽くした。その声は聞き覚えのあるとても懐かしい声だった。どうして僕の名前を知っているのだろう。
あのセーラー服にお下げ髪、僕はあの子を知っている。知っているが名前が思い出せない。僕は無意識に鍵を開けて、扉を開け放った。セーラー服の少女が一瞬、僕を悲しそうに見上げると、ふわりと闇に溶けるようにして消えていった。
「……香織おねえちゃん……?」
ぼんやりとした面影が蘇ってくる。僕が小さい頃に良く遊んで貰っていた近所のお姉さんだ。何歳まで遊んで貰っていたのだろう、記憶が曖昧で、その部分だけがすっぽりと抜け落ちている。この神社の近くに住んでいたように思ったけど、いつ引っ越ししたのだろう。
もしかすると中学生の時に亡くなってしまったのだろうか。
「健くん? 大丈夫なの? ねぇ、一体何があったの?」
「ああ、ごめん。実は……」
僕らは打ち上げ花火を見る所では無くなってしまった。僕は、梨子を居間まで案内すると包み隠さずこれまで起こった事を梨子に打ち明ける事にした。それほど大きくない島だ、もしかしたら梨子も、香織お姉ちゃんを知っているかも知れない。
麦茶を飲み、花火の音を聞きながら梨子は、首を傾げた。
「ごめん、私はその子の事は知らない。でもセーラー服でこの辺りの中学校て言ったら、一つしか無いから、そこから調べたら誰か分かるんじゃない? もしかしたらおばさんや、楓おばぁちゃんなら知ってるかも」
不意にばぁちゃんが、僕達の間に現れて正座するとため息をついた。僕の視線が上座に向かうと梨子も、察したようにそちらを見た。ばぁちゃんを直接見る事出来なくても、ぼんやりとした気配は感じられるのだろう。
『有村香織ちゃんだよ。あんた本当に覚えて無いんだねぇ。無理もないわ……もう健も成人したし、いい頃合いやな』
ばぁちゃんは溜息を付いて言った。
「へぇ、やっぱり就職大変なんだね。条件に合う良い会社が無かったら、うちの神社手伝って貰うのもいいかも」
「それもいいね! あ、でも東京で心霊探偵するのも格好良くない? 小説の主人公みたいでわくんくしちゃう」
「なんかそれ胡散臭くない?」
少女の隣を通り過ぎると、ヒヤリと冷たい空気が触れただけで何事もなく背中を向けて前方を眺めているだけで、触れられたり声を掛けられたりする事は無かった。
僕はほっとして前方を見ると、今度は次の街灯の下でセーラー服の少女が背中を見せて立っている。僕は無意識に喉が鳴るのを感じた。この少女は、恐らく僕が視えている事に気付いている。そしてただの地縛霊や、その辺りを目的も無く浮遊している霊とは違う。確実に何かを訴えようとしていた。
僕のように霊感が強いと、この少女のような霊の願いを逐一叶えていたらきりが無いし体が持たない。だから、無視するしかない。
「そうそう、健くんがこの間言ってた映画見たよ。結構あれ面白いんだね。今までスルーしてたの勿体なかった。二回も続けて観ちゃった」
「……ん、あっ、そうなんだ。映画館で観た時面白くて僕は円盤予約しちゃったんだ」
まるで聞いてないかのような返事を返してしまい、梨子は不審そうにこちらを見ていた。ゆっくりとセーラー服の少女の横を通っていくと、今度は鉄臭い匂いが鼻をついた。
少女の腕や足から、血が滴り落ちてポタポタと地面に血溜まりを作っている。僕は地面に目を落としたまま、気付かないふりをして、ふと前を向くと、また前方の街灯の下でセーラー服の少女が後ろ向きに立っているのが見えた。今度はゆらり、ゆらりと体を小刻みに左右に揺らしている。
「どうしたの? 健くん……さっきから何か変だよ」
「うん……梨子、悪いけど手を貸して。僕の家まで全速力で走ってくれ。神社の階段あるけど絶対に後ろを振り向かないこと、いいね?」
「え? え? 何かいるの?」
実家の神社には汗だくになるくらいの階段があるが、僕の家まで入れば何とかなる。あの霊もそこまではついて来ないかも知れない。僕は梨子の返事を聞かず、腕を掴むと走り始めた。二人とも、浴衣姿に下駄なので普段通り早く走れるわけもないが、セーラー服の少女の霊を振り切って急いで神社の階段を登っていく。
後ろの様子は見えないが、僕らの足音とは明らかに違うもう一つの足音が迫って来ているのを感じた。
「健くん、後ろから足音が……!」
「いいから、走って!」
青白い顔で、梨子が不安そうに震える声でそう言うと、僕はともかく彼女を急かして息切れしながら階段を登り切った。
家まで着くと震える手で、鍵を開け梨子を先に入れ、昔ながらの引き戸玄関を乱暴に閉め鍵をかける。
その瞬間、パン、パンと言う破裂音と共に外が明るくなる。花火が上がり始めたのだろう。
玄関のガラス越しに写った少女がピッタリと顔を付けると、か細い声で言った。
『健ちゃん……お兄ちゃんを助けて』
「え……?」
僕は、思わず花火の音が聞こえなくなる位に呆然と立ち尽くした。その声は聞き覚えのあるとても懐かしい声だった。どうして僕の名前を知っているのだろう。
あのセーラー服にお下げ髪、僕はあの子を知っている。知っているが名前が思い出せない。僕は無意識に鍵を開けて、扉を開け放った。セーラー服の少女が一瞬、僕を悲しそうに見上げると、ふわりと闇に溶けるようにして消えていった。
「……香織おねえちゃん……?」
ぼんやりとした面影が蘇ってくる。僕が小さい頃に良く遊んで貰っていた近所のお姉さんだ。何歳まで遊んで貰っていたのだろう、記憶が曖昧で、その部分だけがすっぽりと抜け落ちている。この神社の近くに住んでいたように思ったけど、いつ引っ越ししたのだろう。
もしかすると中学生の時に亡くなってしまったのだろうか。
「健くん? 大丈夫なの? ねぇ、一体何があったの?」
「ああ、ごめん。実は……」
僕らは打ち上げ花火を見る所では無くなってしまった。僕は、梨子を居間まで案内すると包み隠さずこれまで起こった事を梨子に打ち明ける事にした。それほど大きくない島だ、もしかしたら梨子も、香織お姉ちゃんを知っているかも知れない。
麦茶を飲み、花火の音を聞きながら梨子は、首を傾げた。
「ごめん、私はその子の事は知らない。でもセーラー服でこの辺りの中学校て言ったら、一つしか無いから、そこから調べたら誰か分かるんじゃない? もしかしたらおばさんや、楓おばぁちゃんなら知ってるかも」
不意にばぁちゃんが、僕達の間に現れて正座するとため息をついた。僕の視線が上座に向かうと梨子も、察したようにそちらを見た。ばぁちゃんを直接見る事出来なくても、ぼんやりとした気配は感じられるのだろう。
『有村香織ちゃんだよ。あんた本当に覚えて無いんだねぇ。無理もないわ……もう健も成人したし、いい頃合いやな』
ばぁちゃんは溜息を付いて言った。
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