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番外編

君に捧ぐ花束は―一也・前編―

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 横浜の屋敷に作らせた庭園には様々な華が咲く。洋の花の薔薇バラ独国ドイツのスズラン、チューリップなどだ。とりわけ、薔薇は女たちの憧れの的になっている。
 私は白薔薇を手ると、可憐な花弁を見つめた。どこかメアリーを思い出すような華やかで清楚な美しさである。これは私が特に気に入っている洋花だ。
 私は、それらを何本か切り落とし花束にする。生前の父上が見れば帝国軍人の私が、女々しいと罵られるかもしれないが、欧羅巴ヨーロッパでは、女に花束を贈る習慣があるのだと聞く。
 メアリーは、座敷牢から桜を見るのが好きだった。だから、私は座敷牢の生活も楽しめるよう、一輪挿しの花瓶に桜の枝や、農家から買った花、道端に咲く野花を入れてやった。
 そんな軟弱な姿を、女に見られるのは軍人として恥ずべき事だと思っていたが、メアリーはそれを心待ちにしていたと聞いて、私の考えは変わった。

「薔薇はこんなもので良いか。あとは洋菓子屋に頼んだ、ケェキを出せばいいな。大丈夫だ、料理の準備も抜かりはない」

 今日は、私とメアリーが出逢った記念の日だ。男子厨房に入らずが当然だったが、私は退役軍人となれば、料理人として修行をしても良いと思うほど食を好み、食にうるさい男だ。なので、今日の祝日は私がメアリーのために料理を作る事にした。
 私もメアリーも、正座で食事をするほうが慣れているので、一般的な和食だ。女中に膳を用意させると、私の作った食事を何くわぬ顔で運ばせる。そしていよいよメアリーを呼ぶ。
 さきほどから、そわそわと部屋の前で待っているメアリーの影が、気になって仕方がなかったのだ。

「一也様、もう入ってもいいですか?」
嗚呼ああ、良かろう。まずはこれをお前にやる。欧羅巴ヨーロッパの方では祝い事に花束を贈る習慣があるのだ。大日本帝国軍人の私が軟弱なまねごとをするのは、日露戦争で敵国であったロシアの……」
「一也様、ありがとう。これは、お庭で大切にお世話していたお花ですよね。とっても嬉しい!」

 きょとんとしていたメアリーだったが、可愛らしい白薔薇のように微笑み、私のつらつらと長い言い訳を遮って、大変喜んで花束を受け取った。私は咳払いをすると、彼女に背中を向けるようにして座布団の上に正座をする。
 メアリーが、女中に花束を部屋に飾って欲しいと頼むと、料理を見て目を輝かせた。

「わぁっ、私の好きなお料理ばっかり。鮭大根に五色ご飯にお豆腐のお味噌汁……。ヒレカツやライスカレーも好きだけど、やっぱり和食が好きです」
「――――そうか。女中には好みを聞いておいたのでな」
「えっ! もしかして一也様が全部作ってくれたんですか? 嬉しいっ……いただきますっ! んっ……美味しい、ほっぺが落ちそう」
嗚呼ああ、そうだ。陸軍に入らなければ料理人として修行していたかもしれないな。メアリーの口に合うならばよかった」

 もぐもぐと口を動かして幸せそうに微笑むメアリーを見ると、私は静かに箸を動かした。女中に好みを聞いていたとメアリーに言い訳をしたが、そんなことはとうの昔に知っている。
 彼女はその容姿とは裏腹に、横浜に移住しても洋食より和食を好んで食べる。私は薫や書生のように洒落た贈り物はできないが、この日のために育ててきた花でメアリーを喜ばせる事ができて、胸をなでおろした。

✤✤✤

「今日は本当にありがとうございます、一也様。お食事もケェキもお花もとっても嬉しかったです!」
「たまには贅沢も良いだろう。男子厨房に入らずだが、今日は特別だぞ」 
「今日だけなんですか? あの、凄く美味しかったから、また食べたいのに」
「そうだな、メアリーが風邪でも引いたらかゆでも作ってやろう」
「わぁっ、嬉しい」

 庭に出ていた私たちは、満天の夜空を見上げながら歩いた。メアリーが空を指差し、流れ星に目を輝かせている様子を見ると、場違いな劣情れつじょうが込み上げてくる。
 もう、他の奴らと張り合う必要は無くなったのだから、ケダモノのようにメアリーの体を求めるべきではないと重々承知じゅうじゅうしょうちしていた。
 しかし、ふとした可愛らしい仕草を目にすると、すぐに彼女のことが欲しくなってしまう。私は彼女の着物の間から見える華奢な手首や、白い首筋に、焚き付けられるような性欲を感じるのだ。

「メアリー」
「なぁに? んっ……っ」

 立ち止まり、声を掛けるとメアリーが不思議そうに顔を上げる。小さな顎を掴むと柔らかな薄桃色の唇に接吻した。一瞬驚いて、戸惑ったメアリーだが、私がいつものように舌を挿入すると、それを受け入れるように小さな舌先が迎え入れ、絡まり合う。
 メアリーの唇の間から甘い吐息と愛らしい声が漏れ、さらに私の劣情と嗜虐心が擽られる。

「んっ、はぁっ……んんっ、一也、様」
「座敷牢にいくぞ、メアリー。せっかくだ、今日はお前が処女を失った場所であり、原点の場所で愛でてやろう」
「は、はい……」

 口づけの余韻で青い瞳を蕩けさせているメアリーが、私の着物を掴んでいた。その華奢な手首を掴み私が耳元で囁くと、薔薇のように頬を染める。この屋敷に作らせた座敷牢は、妃咲家にあったものと同じだ。
 やはり、原点は忘れるべきではないな。私はメアリーに準備が出来たら先に座敷牢へと向かい、目隠しをして待つようにと命令する。
 その間に、私は丁寧に櫛で髪を整えていく。そして、清潔な軍服に手袋、軍靴を履くと、眼鏡を拭いてもう一度かけ直した。洋装も和装も似合うとは思わんが、軍服だけはまだサマになるな。
 私は父上が望むように軍人の道を歩んだが、それに関しては後悔はしていない。戦場で仲間のために、念力の力を使えるのは喜ばしい事だ。

「さて……」

 私は背筋を伸ばすと、メアリーの待つ座敷牢へと向かった。蔵を改造したそこは、わずかに月が見える位置に格子戸の窓があり、中からゆらゆらと淡い光が漏れている。
 玄関から入り、廊下を歩いていくと木の格子戸が見えた。メアリーはこちらに背中を向けたまま目隠しをして正座をしていた。

 ――――カチャリ

「っ……」

 格子戸が開く音がして、メアリーは正座のままビクリと体が震えた。私が入ってくることは分かっていても、視界を奪われている状況は恐怖を感じるのか。
 それとも、目隠しをされて夜這いされることを恥ずかしがっているのか、項垂れている様子は期待にも思え、私はニヤリと笑みを浮かべる。その様子が狂おしいほど愛しい。
 正座するメアリーの背後に座ると、彼女の腰を抱きしめた。

「ひぁっ……! 一也様」
「きちんと正座をして私を待っていたようだな、良い子だ。ん……、風呂上りの良い香りがする。しかしお前も何も知らぬ女だったが、私の愛撫を待ちわびるような淫乱になったな、メアリー」
「そ、そんなことない、です。んっ、んんっ……はぁっっ、ひぁっ、あっ……あんっ」

 桜貝のように朱がさした耳朶を唇で挟み、耳の付け根に舌を動かすと、メアリーの体がビクンと震える。メアリーが羞恥でどれだけ抗おうとも、私が繰り返し快楽を教え込んだ体なのだから、否定など無意味だ。
 それに今夜は、試してみたい事がある。
 しかし、何度抱いてもあの日のように無垢で清らかだ……私のメアリー。狂おしいほどお前を愛している。

「そうか? 目隠しをされながらこうして耳を舐められるだけで喘いでいるじゃないか。私に嘘を付くな、メアリー」
「んっ、んんっ、はぁっ、ぁんっ、くすぐった……ひぁっ、はぁっ、ゃぁん、ぞくぞくします」

 耳朶に吐息を吹きかけ、ゆっくりと首筋に舌が降りるとメアリーは足を崩し始めて私の軍服を掴んだ。着物の帯を緩めると、胸元に隙間が開いて、するりと手を差し入れる。
 目隠しをしたメアリーに私の行動は見えず、余計に肌を敏感にさせているようだ。西洋人にしては小振りな乳房が、メアリーの無垢な少女性を際立たせているようで、私は興奮する。

「はっ、んっ、んんっ……ふぁっ、お胸、あっ、んっ、首筋だめです、はぁっ、あっあ、へんな感じ、ぞくぞく、きもちいい……よぉ」

 砂糖菓子のような甘い香りと、しっとりと濡れた肌、柔らかな乳房に触れるとメアリーの心音を感じる。その間も帯を脱がしながら、胸を揉み込んだ。メアリーは私の腕に縋りつきながら、視界を奪われている中で胸元をまさぐられるという快楽に酔いしれていた。

「きちんと入浴して私を待ちわびていたくせに、こうして舐められるのは嫌か? ほら、お前のここも私の指に反応している……愛している、メアリー」
「んっ、ふぁっ、はふっ、ぁぁっ、布が擦れてぇっ、ゃ、あっ……はぁっ、あっ、ひぁぁ、ま、一也さま、やだぁ」

 手袋越しの指で乳輪と乳首を愛撫すると、メアリーは可愛い声を上擦らせ、小鳥のように鳴いた。淡桃色の乳輪を指でなぞり、手袋の繊維で先端をくりくりと動かす。
 メアリーは喘いで思わず足を崩し、前のめりになった。乱れた着物が脱げ落ち肩が見えると、私は少々乱暴に肌襦袢を下ろし、メアリーの華奢な背中に舌を這わせる。うなじから肩甲骨までゆっくりと舌で撫でて、乳房を揉む込むと甘い声が漏れた。
 たまらない、今すぐ組み敷いて犯してしまいたくなる。

「ひっ、ぁ、はぁっ、んん、あぅ、あっ、かずやさまぁ、あっ、舌が気持ちいいの、だめぇ、あっ、ん、あっっ、やぁん」
「良いだろう、お前の感じる場所は隅々まで私が熟知している。薫や書生も、私の経験なくしては、お前を感じさせられる事は無かったはずだ」

 そうだ、私はメアリーの『初めての男』である。しっとりとした白い肌の感触も、初めて女陰に愛液を溢れさせ吸い上げたのも、私だ。
 永遠に奴らが勝てないものがあると思うと興奮する。また、日本帝国の軍人である私の愛撫に、西洋生まれのメアリーが感じる姿は、男として妙な征服感がこみ上げてきた。
 屈服させることに歪んだ愛国心を感じなくもないが、何より私はメアリーを愛してる。今や妻として、運命のつがいとして、彼女のためなら家柄も国も捨てられるほどだ。
 彼女のことは誰よりも幸せにしたい。
 ようやく、愛というものが何かを自覚できたような気がするのだから、この先ずっと彼女を愛するのだ。

「メアリー、横になれ」
「ふぁっ……」

 カクンとメアリーは畳の上で横になる。うつ伏せになって、上半身を起こすと、少し捻るようにしてこちらを見た。
 背後の私を探して頬を染めている幼気な様子が愛しい。ツンと主張する胸の蕾は可愛らしく、乱れた裾をあげると白い太腿が見えた。私はゆっくりとメアリーの足袋を脱がせる。
 擽るように足首とふくらはぎを撫でると、メアリーは畳に指を立てた。指の腹で、つぅ、と虐めるようにメアリーの太腿に触れると、反応するように、わなわなと体が震える。

「あっ……ぁあ、一也様、目隠しをされると……お顔が見えません。ふ、不安で、ひやぁっ……はぁ……はぁっ、あっ、んっ」

 私がメアリーのふくらはぎの裏を舐めると、彼女は両手を口元に当てて甘い悲鳴をあげた。

「目隠しをすると肌が敏感になって良いだろう? どこに触れられるか分からない。そのせいで感覚だけが鋭くなり、普段より感じやすくなる」

 メアリーの美しい足の指に舌を這わせ、くるぶしを舐め、太腿に触れながら、ふくらはぎをねっとりと舌で愛撫する。まるで幼子のように親指を噛んで快感を抑えるメアリーが愛らしい。
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