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第二十三話 罪を背負って―壱―

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 あの後、私は泣き続けて見かねたキヨさんたちに、お部屋まで連れて行ってもらったの。
 キヨさんたちは、梅子さんのお付きの人から、色々と事情を聞いていたみたい。
 キヨさん親子は、梅子さんの言うとおりこのままお屋敷で働いてくれるみたいで、お給金のほうは鷹司さんから今までより多く貰えるんだって。それから、私一人しかいないのに、新しい女中さんも増えたんだよ。
 あれから数日たって、新聞には行方不明になっていた妃咲家の長男が見つかり、大騒ぎになってるって書かれてたの。でも、記事には療養中って書いてあったけれど、それがどこの病院かまでは詳しく書いて無かった。
 女中さんたちに、なるべくお屋敷の外に出ないようにって言われるの。なんとなく監視されているみたいで嫌だな……。
 だけど、女中さんたちにも、お仕事があるから、監視が完璧じゃないことはわかってるの……。なんとか、しなくちゃ。
 ふと、朝食の時にめずらしくキヨさんが私に話しかけてきた。

「明日、鷹司の旦那様がこちらにお越しになるようです。先日の芽亜里様のお写真を拝見なされて、ぜひ芽亜里さまにお会いしたいとおっしゃったそうで」
「えっ……明日?」

 この間から、お食事が喉を通らなくて、三人を助ける方法ばかりを考えていたけれど、鷹司さんが来ると聞いて、お箸を落としちゃった。
 女中さんたちがお仕事の合間に『それにしても、元婚約者を公認の愛人にするだなんて、鷹司の奥様は何を考えているのかしら、酷いわよね』って、ヒソヒソと話しているのが聞こえたの。
 ぜったいに、いや。
 知らない男の人の『愛人』になんてなりたくない。もう一度、みんなのお部屋の中を……そうだわ。

「そう。あ、あの……私、綾斗さんの書斎を整理します。お腹いっぱいなので、今日はお昼とおやつはいりません」
「そうですか、この数日あまりお食事に手を付けられていないようですが……」
「だ、大丈夫です!」

 私は、キヨさんを振り切るようにして書生さんの書斎に入ったの。この間はあまりゆっくり探索できなかったから、今日はもっと念入りに探してみる。
 梅子さんのお家もわからないし……『研究所』の場所もわからない……明日、鷹司さんに聞いたりしてみる? でも、駄目だよ。そんなこと教えてくれないだろうし、何されるかわからないから鷹司さんに会うのは怖いな。
 そう言えば、あの時の福来さんのお手紙は、書生さんたちを心配するような内容だったよね。たぶん……、梅子さんのことをよく思ってないと思うの。前にお手紙が入っていたところを探したけれど、もうそこには何もなかったよ。
 たしか、一緒に日記もあったよね……?
 あの日記ならなにか手がかりになる?
 そこら中搜したけど、ぜんぜん見つからないの……。

「一体、どこにあるの……?」

 私は、ため息をついていったんソファーに座るとふと床を見下ろしたの。目の前の床は他とは違う色をしていて、なんだかあやしい。私は机の中を調べて隙間に入りそうなものを手に取ると、正座して観察したの。なんだか傷がついている部分があるから、もしかして、ここから開けるれるのかな?
 私がぐっと力を込めると、案外あっさりと床が開いて、拍子抜けしちゃった。

「あっ……お手紙……! それに、あの日記が入ってる」

 小さな空間に、この間読んだお手紙と、それから読むのをやめておいた三人の日記が一冊入ってる。でも、今はごめんなさいして中を確認しなくちゃ。私は、やけに重たい日記を取ると、ゆっくりと開いて驚いたよ。
 ずいぶん重くて太い日記だと思っていたけど、中身が綺麗にくり抜かれていて、鉄の筒のようなものとなにかの書類が入っていた。
 これ……、もしかして本に書かれてる拳銃なのかな?
 私は震える手でそれを取ると、怖くなってそれをすぐに本の中に直したの。書類には『日本帝国海外旅券』と書かれていたよ。
 それから、ペンで数字が書かれた紙切れが一枚あって私は首を傾げたの。

「これ、全部大事なものね……。この数字なんだろう。暗号かな」

 もしかして、と思い当たることがあって私は電話機へと向かった。階段を降りながら、下に女中さんたちがいないことを確認したの。柱時計を見てみると、ほっと胸を撫で下ろしたよ。しばらくお庭掃除と洗濯に忙しい時間だから大丈夫そうかな。
 キョロキョロと周りを見渡して、受話器をあげると、私はダイヤルを回した。

『はい、こちらは電話交換手です。どの番号にお繋ぎしますか?』
「あの――――」
『はい、もしもし福来です。どなた様ですか』

 畏まりました、と言う声がしてしばらくすると、ハキハキとした女性の声が聞こえたの。

「あ、あの。片桐芽亜里かたぎりめありと言います。福来教授にお話がありまして」
『教授……ね。福来は東京帝国大学を追放されましてよ。どういったご要件なのかしら。超能力に興味があって? まさか若いお嬢さんが文屋ブンヤじゃございませんでしょ』
「あ、あの、違います。妃咲さんの事で、先生にお話があるんです」

 電話の向うで少し沈黙が続き、お待ちになってと言うと、受話器を置く音がした。思いつきでお電話したけれど、すごく緊張してきちゃったな。

『もしもし。私が福来だが……、妃咲くんの事で話しがあると辰から聞いた。君は、本当にあのメアリーさんか』

 辰、というのは先程の女の人かな……ご家族かしら? 私のことを知ってるみたいでほんのちょっぴり安心した。受話器越しに頷き、周りに聞かれたりしないように、小声になってお話ししたの。

「そうです、先生。妃咲さんたちが梅子さんたちに連れて行かれてしまったんです。あの人たちがこのお屋敷を出る前に、貴方の研究所に行くと言っていたから……妃咲さんは病院にいるんですか」
『梅子夫人は彼を私の研究所に連れてきた。今も彼はそこにいる』
「あのっ、私、先生のお手紙を読んだんです。妃咲さんたちを助けたいんです。私たち、横浜で暮らしていたのに、離れ離れになってしまって……! 梅子さんのもとから、みんなを助けたいんです」

 なんて言っていいのか分からなくて、私は泣きながら訴えた。黙って聞いてくれていた福来さんは、重い口を開けて話し始めたの。

『彼は千里眼や超能力の存在を世間に知らしめる事が出来るだろう。間違いなく郁人くんは、私が今日まで研究してきた中で、最も優れた能力者だ。私は梅子夫人と知り合ってから、妃咲家について研究するようになったんだよ。その時に幼い郁人くんを紹介されたのだ』

 私は、福来さんのお話しをじっと聞いていた。

『少なくとも私は、彼の父親よりも仲良くしていたと思う。だが、初めての公開実験のあの日、研究所で彼は、心無い文屋たちにたくさんの悪意を向けられて暴走してしまったんだ……。私はとても……それを悔いた。彼を追い詰めてしまったのだ』

 郁人さんは沢山の悪意と、心の傷で能力を制御できなくなり死傷者が出たと福来さんは言ったの。本当なら、その事が新聞に載るはずだったけれど、妃咲の旦那様がお金を使って書かせないようにしたみたい……。

「そんな事が……。私に昔のことを知られるのを怖がっていました。でも、私……みんなの事が好きだから、一緒にいたいです。悪いことを償えるなら、私も一緒に」
『そうか……。やっぱり君は彼にとっては必要な存在だ。梅子夫人は郁人くんから新たな人格を作り出して、自分の思い通りにしようとしている。しかし、ようやくあの三人の人格で感情と能力をそれぞれ分担させて、暴走させないように安定させたというのに。それでも、彼は今もなおずっと苦しんでいる』

 また新たな人格ができれば、日常生活がますます送れなくなる、と福来さんは続けた。もし新たな人格が破滅的な人だったら、最悪命を落としてしまうかもしれないと聞くと、私は不安でいてもたってもいられなくなってきたの。

『梅子夫人には人格を作ると言っているが、彼を保護しているだけで、私は彼に新しい人格を植え付けるつもりはない。しかしいつまで嘘を突き通せるか……。精神が不安定な郁人くんを、どこか別の場所に動かすのは危険だ』
「そんな、どうしたらいいの?」
『君は横浜にいるんだな。成金の古い友人がいるので車で送迎させる。猪之木いのきという男だ』
「でも、監視されてるみたいなんです。明日には鷹司さんが……」
『それでは、今日の夜、家のものが寝静まった頃に来るように彼に頼もう。きっと君に逢えば郁人くんの中に眠る彼らが、目を覚ますかもしれない。梅子夫人に知られたあの暗示の言葉は、人格が制御できなくなったときの切り札だったんだが……悪用されるとは。ともかく君を待っている』

 私は、はいと頷いた。

✤✤✤

 その夜、私はベッドから飛び起きて着物を着ると、あの本を大事に持って廊下に出た。夜中に女中さんたちを起こさないように静かに降りると、お屋敷から出たの。
 私は夜に女中さんを呼び出したりしないから、みんなぐっすり眠っているはず。約束の時間よりちょっとだけ過ぎたけれど、暗い道で待っていたのは、髭を生やした優しそうなおじさんと大きな車。
 知らない男の人は怖いけど……福来さんとこの人を信じる。

「あんた、片桐芽亜里さんかい? 福来に頼まれたんだ。私は猪之木いのきだよ」
「は、はい、よろしくお願いします」

 二人乗りの車が走り出した。
 猪之木さんと車の中で、福来さんについてのお話しになったの。千里眼や超能力について研究してきたけれど、記者さんにペテン師とか、詐欺師とか言われて、今は大学から追放されちゃったんだって。
 猪之木さんは、『郁人』さんの事を少しだけ知ってるみたいだった。彼は小さい頃は優しくて大人しい子だったみたい……、私『郁人』さんにも逢いたいな。
 ガコガコと動く自動車の揺れが眠たくなっちゃう。眠っている間に、福来先生のお家まで着くと言われて、私は本をぎゅっと抱きしめ目を閉じた。

 ――――みんな、まっててね。
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