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第十二話 秘密のお城―弐―

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 横浜のお屋敷は、ご本で見たような西洋のお屋敷みたいでとっても広いの。ご近所様も同じようなお屋敷が立ち並んでいて、ここには私と同じような異国の人も多いんだって。
 お屋敷には、女中さんも二人いるからとっても綺麗で過ごしやすいよ、って書生さんが言ってた。
 でも薫様の『秘密の部屋』や一也様の『座敷牢』綾斗さんの『二人だけのお屋敷』には絶対はいらないように言いつけていたの。私もまだ入ったことが無いから、どんな場所なのか知らないんだよ。

「メアリー、ああ……やっぱり、西洋のドレスもよく似合うね。まるで陶器人形ビスクドール。不思議の国のアリスみたいだよ」
「アリスみたい? 書生さん、私ね……アリスが大好きなの!」

 本当は、お着物の方が落ち着くから好きなんだけど、この水色のエプロンドレスは可愛くて好きなの。何となく懐かしい感じがする。
 ここは私のお部屋で、柔らかくて気持ちいいベッドに可愛いクマの人形、私の大好きな本がたくさんあるし広いんだよ。
 でも窓がないから前のお部屋みたいにお外を見れないの。
 ここに来て三日目、このエプロンドレスに着替えるように言われて着ると、書生さんが優しく微笑んで手を取ると腰に手を回して踊るような格好をした。
 あれからずっと、書生さんになっていて一也様や薫様は出てこない。

「メアリー、僕と踊らない?」
「え、で、でも……私、踊ったことないの」
「知ってる、僕が教えてあげるよ。本当は君のことを誰にも見せたくないけれど、いずれここでパーティーを開くことになると思うからね。僕のお相手はもちろんメアリーしかいないよ」

 楽しそうな書生さんは、私の手を取るとじっと私を見つめた。蓄音機の音が勝手に流れて書生さんに合わせるように体が動く。
 
「体が勝手に動いてるのっ、どうして?」
「僕が能力で働きかけたからさ、感覚さえ覚えればレッスンも短時間ですむ。小春ちゃんの意識を操ったことを覚えている?」
「うん、す、すごい! 踊れてるよっ……あ、うん」

 小春さんは、書生さんとお話した後、何も言わずにぼうっとして私たちから離れていった。
 たしか書生さんは、物から記憶を読み取れる能力があるって言ってたんだけど、蓄音機を動かしたり人の意識を操れるの?
 本当はもっと、たくさんの……『能力』があるのかも知れないけれど、何となくそれは聞いちゃいけないような気がしているの。
 それに今は、こうしてお姫様になった気分で踊れているのがとっても楽しいんだもん。

「メアリー、上手だよ。君は賢いし器用な子だから、感覚を掴めたらすぐに踊れるようになると思う」
「はぁっ……! 書生さん、私上手くなれるかな? 一也様や薫様とも踊れるようになる?」

 一也様は、軍人さんだしこんな風にはしゃぐと叱られちゃいそうだから、無理かな。何となく踊りやお歌は不器用そうだし……ふふっ。
 薫様はどうかのかな、ダンスよりもの方が得意そう。二人の名前を出すとふと書生さんが足を止めてじっと私を見た。

「書生さん……? んっ……んんっー」

 書生さんの大きな手のひらが私の頬を撫でると口づけられる。いつの間にか蓄音機の音も消えてしまって、隙間すきまから舌先が入ってくると、頭が真っ白になった。
 呼吸ができないくらい、舌が絡んで、気持ちよくて涙がでちゃうっ……。
 なんか、変な感じ……書生さん、いつもと違うよ。
 
「はぁっ……んっ、んんっ? ふぁっ……書生さ、んっ……んんっ……はぁ、ゃ、ん、苦しい」
「はぁ……、いけない子だね、メアリー。君が一番好きなのは僕じゃないの? 僕以外の男と踊りたいなんて酷いじゃない。君は僕を嫉妬させたいのかな」
「はぁっ、うん。す、好きだよ。でも、一也様や薫様とも踊っちゃだめなの?」

 凄く優しい目をしているのに、なんだか怖い……どうしたのかな。私、もしかして書生さんを怒らせるようなことを言っちゃったのかな?
 下唇を親指で優しく撫でられ、額同士をくっつけ合うと、首筋から胸元まで書生さんの手のひらが辿って、いつものように優しく笑って耳もとに顔を寄せられた。

「メアリー、そろそろ僕と君との秘密の部屋を見てみない?」
「え? このあいだ言ってた書生さんとわたしのお部屋?」
「そうだよ、そこでなら僕のことを綾斗って呼んでもいい。本当は明日の夜にでも、って考えていたんだけど……気が変わったよ」
「ん、わかった」

 どんなお部屋なのかな、ダンスも楽しかったけど秘密のお部屋にもすごく興味がある。こくんと、返事をしたら、書生さんは私を優しく抱きしめて頭を撫でてくれた。
 いつもの優しい書生さん……さっきの変な感じがしたのは、私の勘違いなのかな。指を絡めて手を引かれるとお部屋を出た。
 新築のお屋敷は赤い絨毯じゅうたんにシャンデリア。お庭のお花を手入れするおじいさんと女中のおばあさんは、夫婦なんだって。
 もう一人いる無口な女中さんは、おばあさんの娘さんで、三人がお屋敷の管理をしているの。
 昨日は、廊下からお外を見ると怖い顔の知らない男の人たちが来てたの。
 書生さんに聞いてみたら、お仕事の人みたいでこれからも時々くるけどメアリーは知らなくて良いよ、って言うの。
 だからあまり気にしないようにしてる。
 二階の階段を降りて、一階のお部屋につくと書生さんのお部屋に入った。

「秘密のお部屋は、書生さんのお部屋なの?」
「ううん、僕の部屋の奥にある隠し部屋なんだよ。僕はね……薫と違って、君の可愛らしい姿や君との行為を誰かに見られるのは嫌なんだ。だから、僕たちの楽園を作ったんだよ」

 書生さんの書斎に入ると、本棚を動かしたの。書生さんがパチンと電気をつけると、綺麗な模様の階段が見えて、私は恐る恐る書生さんの背中を追いかけるように階段を降りた。
 怖い……おばけなんて出ないよね。

「ふふっ、メアリーはけっこう怖がりなんだね。おばけなんか出ないよ。今度からは僕がお姫様抱っこをして部屋まで連れて行ってあげようか?」
「んー、大丈夫」

 恥ずかしくなって頬を染めると、知らないうちに心を読まれた事にびっくりしたの。地下まで行くと、書生さんは扉を開いた。
 障子しょうじたたみ蓄音機ちくおんきに、ふかふかの椅子ソファー、本棚もあるし奥には大きなベッドがある。
 たぶんあそこに置いてあるのはピアノ……?
 たくさん蝶の標本があってやっぱり窓はないけど、暖かくて素敵なお部屋。

「素敵な秘密のお部屋……!」
「ん、金魚鉢もあるよ。すぐ死んじゃうけど綺麗な魚を飼える。メアリーここはね、あの二人が干渉かんしょうできないようしにしておいたんだ。僕は二人の部屋を覗けるんだけど……彼らはそこまで出来ないし、権限がない」
「そうなの?」

 後ろから、書生さんが抱きしめてくると優しい声でそういった。難しいことは分からないけど、書生さんには特別にそういう力があるということ?

「うん。だからね、メアリー。僕がその気になれば、あの二人をしばらく檻に入れることもできるんだ。残念ながら、に消滅させることはかなわないんだけど」
「え……? 書生さん……そ、そんなこと」
「一也の暴走は汚点だけど、予測をしていなかったわけじゃない。それが自分の首を絞めているんだから自業自得だね」

 書生さん、どうしてそんな怖いことを言うの? 消滅って……いなくなっちゃうこと?
 檻って心の中に閉じ込めるということ?
 この三日間ずっと二人が出てこないのは、檻の中にいるからなの?
 よくわからない、ちゃんと……ちゃんと書生さんたちのことを知らなくちゃ。

「ここでは綾斗さんと呼んで……メアリー。もう覚えて無いと思うけど、初めて出逢った時の君は、可愛らしいエプロンドレスを着ていた。赤いリボンと赤い靴がよく似合っていて本当に可愛かったんだ。昔のことなのに、今でも僕は鮮明せんめいに思い出せるよ」
「ん……何となく覚えている気がする。ねぇ、綾斗さん、消滅ってなに……?? そんなことしないで、かわいそう」
「嬉しいな、少しは覚えているんだね。僕たちは初めてあの時にキスしたんだよ。だからメアリー、全部僕で塗り替えるために、最初からやり直そう」
 
 書生さんは優しく微笑み、私の質問に答えないでエプロンのリボンを解いた。もう少し聞いてみようと思ったのにお耳に吐息がかって足が震えた。
 座り込まないように腰を抱かれて、優しく耳を舐められると頭がぼんやりしてきちゃう。書生さんと初めて『まぐわい』した時私の隅々まで全部辿りながら気持ちいい場所を探したの。
 本当は、一也様や薫様を見ていて知っているのに知らないふりをしていたの?
 甘い嘘をつく書生さんの歯が耳たぶを甘く噛むと小さく声が漏れた。

「はぁっ……っん、んっ、ぁ、綾斗さ、ふぁ、だめ、だめっ……んっ……まって、はぁっ」

 だめ、力が入らない……。
 書生さんに、聞きたいことがあるのに、お耳を舌でくすぐられたらちゃんとお話できないよ。呼吸が乱れて涙で視界がにじむと、書生さんの指先が顎に触れて顔をあげられる。
 澄んだ黒い瞳の奥にある、いくら覗いても見えない底なし沼みたいで気持ちが見えないの。
 書生さんのことが大好きなのに。

「だからメアリー、僕に服従ふくじゅうして」
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