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プロローグ 泡沫の君
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―――妃咲家の長男たるもの、軟弱な考えは捨ておけ。
欧米列強と渡り合えるよう、お前のことは武力から学問に至るまで日本男児としてこの私が厳しく育てる。
嗚呼、富国強兵に文明開化の音か――――。
指に触れると、薔薇のような血がついた。漠然と、いつものように殴られて口が切れたんだなと思った。
覚えて無いけど、おそらくそうだろう。
母がいない時を見計らって、寝転ぶとその先に白いドレスを来た金髪の西洋人形が立っていた。
――――違う、あれは異国の女の子だ。
金髪の癖毛、まつ毛の長い大きな青い瞳に苺みたいな赤い唇。まるで、そう西洋絵画で見たことのある可愛らしい王女様だ。
柔かそうな頬をほんのり桜色に染めて、心配そうにこっちを見ている。
『…………』
あの子はメアリー。砂浜に打ち上げられていた異国の女の子。
父上が言うには英吉利の船が嵐に合い辛うじて生き残り、両親を失った。この場所が帝都なら大使館に届けるだろうが、こんな田舎では残念ながら領事館も無い。
何を思ったのか、両親はメアリーをこの家で育てる事になった。
本国に戻しても孤児院に入れられるか里子に出されるだけだろうが、それを哀れに思ったのか定かではない。
日本語がわからないメアリーは、辛うじて自分の名前だけを口にする事ができ、両親を求めて泣いてばかりいたが、最近ではようやく落ち着いてきている。
『なんだ、メアリー。何か用?』
問い掛けられた言葉も、メアリーには理解する事ができない。おそらく英吉利の言葉もままならないほど幼いのだから。
癖毛のブロンドを靡かせ、青い目をした人形は小さな歩幅で歩み寄るとペタンと座り込んで額を撫でた。
『……?』
『Pain, pain, go away!(いたいの、いたいのとんでけ)』
英吉利語は習っているので、その言葉の意味はわかる。日本と同じように母親が子供から痛みを取るおまじないのようなものだ。
彼女も死んだ母親に言われていたのだろう。怪我をした俺を見て、無垢なメアリーは心配をしたのだと思う。
自分よりも幼い子どもが、年上の俺を気遣う言うのを初めて見た。この屋敷では居候の従兄弟も叔父夫妻も他人を蹴落とすために生きている。
『I’m fine(大丈夫だよ)』
そう言うとゆっくりと起き上がり、メアリーのふっくらとした幼い唇に口付けた。
これは情愛の印、叔母や女中が子どもの俺に教えた吐き気を催す性行為の延長線。
醜い女のおぞましい腐った唇とは違う。
不思議そうに見つめる穢のない青い澄んだ硝子の目をした陶器人形。むせ返るほどの汚水が流れ出る世界を知らない無垢なメアリー。
『穢らわしい!! やっぱり異国人の子どもはこの屋敷では置いておけないわ!』
『かといって放り出す訳にもいかんだろう。表向き妃咲家が引き取った事になっている。そのような不義理は面子を潰す事になる』
『だったら、お兄様。座敷牢でメアリーを育ててはどうかしら。穀潰しになるかも知れないけれど、田舎じゃ目立ってしまうもの、かえって不幸じゃない。そのうち皆様もあの子も、メアリーの存在を忘れるわよ』
メアリーとの口づけが女中に見つかり、父と母、そして叔母が話し合っていた。自由に会えなくなることを憤るか?
いいや、むしろ感謝する―――。
あの無垢な百合の華は、穢れた人間たちの手垢は付けさせない。
あれは『俺たち』のもの。
その時が訪れ、手折るまで人知れず日の当たる地下で宝石のように綺羅綺羅光り輝いて咲く。
――――そして穢れた愛欲の海に墜として、壊れるまで愛する。
欧米列強と渡り合えるよう、お前のことは武力から学問に至るまで日本男児としてこの私が厳しく育てる。
嗚呼、富国強兵に文明開化の音か――――。
指に触れると、薔薇のような血がついた。漠然と、いつものように殴られて口が切れたんだなと思った。
覚えて無いけど、おそらくそうだろう。
母がいない時を見計らって、寝転ぶとその先に白いドレスを来た金髪の西洋人形が立っていた。
――――違う、あれは異国の女の子だ。
金髪の癖毛、まつ毛の長い大きな青い瞳に苺みたいな赤い唇。まるで、そう西洋絵画で見たことのある可愛らしい王女様だ。
柔かそうな頬をほんのり桜色に染めて、心配そうにこっちを見ている。
『…………』
あの子はメアリー。砂浜に打ち上げられていた異国の女の子。
父上が言うには英吉利の船が嵐に合い辛うじて生き残り、両親を失った。この場所が帝都なら大使館に届けるだろうが、こんな田舎では残念ながら領事館も無い。
何を思ったのか、両親はメアリーをこの家で育てる事になった。
本国に戻しても孤児院に入れられるか里子に出されるだけだろうが、それを哀れに思ったのか定かではない。
日本語がわからないメアリーは、辛うじて自分の名前だけを口にする事ができ、両親を求めて泣いてばかりいたが、最近ではようやく落ち着いてきている。
『なんだ、メアリー。何か用?』
問い掛けられた言葉も、メアリーには理解する事ができない。おそらく英吉利の言葉もままならないほど幼いのだから。
癖毛のブロンドを靡かせ、青い目をした人形は小さな歩幅で歩み寄るとペタンと座り込んで額を撫でた。
『……?』
『Pain, pain, go away!(いたいの、いたいのとんでけ)』
英吉利語は習っているので、その言葉の意味はわかる。日本と同じように母親が子供から痛みを取るおまじないのようなものだ。
彼女も死んだ母親に言われていたのだろう。怪我をした俺を見て、無垢なメアリーは心配をしたのだと思う。
自分よりも幼い子どもが、年上の俺を気遣う言うのを初めて見た。この屋敷では居候の従兄弟も叔父夫妻も他人を蹴落とすために生きている。
『I’m fine(大丈夫だよ)』
そう言うとゆっくりと起き上がり、メアリーのふっくらとした幼い唇に口付けた。
これは情愛の印、叔母や女中が子どもの俺に教えた吐き気を催す性行為の延長線。
醜い女のおぞましい腐った唇とは違う。
不思議そうに見つめる穢のない青い澄んだ硝子の目をした陶器人形。むせ返るほどの汚水が流れ出る世界を知らない無垢なメアリー。
『穢らわしい!! やっぱり異国人の子どもはこの屋敷では置いておけないわ!』
『かといって放り出す訳にもいかんだろう。表向き妃咲家が引き取った事になっている。そのような不義理は面子を潰す事になる』
『だったら、お兄様。座敷牢でメアリーを育ててはどうかしら。穀潰しになるかも知れないけれど、田舎じゃ目立ってしまうもの、かえって不幸じゃない。そのうち皆様もあの子も、メアリーの存在を忘れるわよ』
メアリーとの口づけが女中に見つかり、父と母、そして叔母が話し合っていた。自由に会えなくなることを憤るか?
いいや、むしろ感謝する―――。
あの無垢な百合の華は、穢れた人間たちの手垢は付けさせない。
あれは『俺たち』のもの。
その時が訪れ、手折るまで人知れず日の当たる地下で宝石のように綺羅綺羅光り輝いて咲く。
――――そして穢れた愛欲の海に墜として、壊れるまで愛する。
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