鬼遣の贄〜雨宮健の心霊事件簿〜④

蒼琉璃

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【霧首島編】

第四十二話 神裂の日③

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 鬼遣おにやらい――――鬼を祓う。
 それは、憎悪の心に囚われ、復讐の鬼と化した魂を救う意味もあるだろう。この霧首島では、鎮めの儀式として鬼遣をしていたけど、結局の所、この島を穢し、鬼となった魂を集めてしまっていた。

『ううう、あぁぁ、遼太郎さん……! 許せない……神崎家を………この島の人達を……あぁぁあ、滅べ……この島の者共が、全員死ぬまで妾は許さぬ……ううう、遼太郎さん……ごめんなさい、おのれ邪魔をするな! 縊り殺してやる』

 強い……! 山神の時とは比べ物にならない。

「うぁっ……!」
「健くん!」

 御神刀にビリビリと憎悪に満ちた霊力が伝わってくる。こんなにも長い間、憎しみや怒り、穢れが凝り固まってしまうと、そう簡単には浄化出来ないのだろう。
 僕は歯を食いしばりながら、禍津神を見た。限界まで口を開いた利華子さんの顔は、直視出来ないほど苦悶の表情で、血の涙を流しながら泣いている。
 そして華夜姫は、僕が邪魔をしていることに怒り狂っていて、今にも飛び掛かってきそうだ。龍神様の御神刀がなければ、今頃僕はとうの昔に死んでいただろう。

「くっ……この二人を、分離できたら……!」

 僕は利華子さんと華夜姫の間に僅かな綻びのようなものを感じた。確かに、亡くなって日が浅い利華子さんのほうが、この島に対する憎悪は強いけど、人として生前の遼太郎さんへの想いも鮮明に残っている。
 華夜姫の方は、依華寿の時と同じく怒りや悔しみ、無念さだけがこびりついていて、もはや理性などないのだろうと思う。
 その時ふと、僕の耳にお経が聞こえた。僕だけじゃない、ばぁちゃんも梨子も、読経の声に反応しているし、華夜姫だってピタリと動きを止めた。
 その人物は数珠を鳴らしながら、経を読み上げ禍津神の背後に迫っているようだった。僕はこの声にとても聞き覚えがあった。

「あ、明!? 無事だったんだ、良かった」
『あんた、さすがは寺生まれだね!』
「明くん、良かった! 生きてたか!」
 
 僕より先に、梨子とばぁちゃんが声を上げた。明くんは、頬や手に小さな傷があり心無しか、少しやつれた様子だったがやはり寺の息子だ。父親の跡を継ぐべく修行しているだけあって、霊力は強い。
 明くんは僕よりも弱いと言っていたけど、一般的な霊能者より彼の力は強いと思う。
 僕たちを見るなり、明くんはニヤリと笑った。
 明くんが、読経の声を強めると華夜姫の怒りの形相がさらに険しくなって、まるで獣の咆哮のように唸った。どうやら、明くんの読経で禍津神の動きは封じられているのか、邪気や穢れの圧が弱くなっているように感じる。
 綻びが強くなって、体が小刻みに動いているが、それでも吹き飛ばされそうだ。
 明くんの表情からしても、禍津神の怨念の強さからしても、そう長くは持たないだろう。僕としてはきちんと納得して上に上がって貰いたいが、そんな余裕もない。これ、どうするのが正解なんだよ……!

「くっ、ばぁちゃん! どうしたらっ」
『健、御神鏡をなんとかするんだよ! 言って聞かない相手なら、容赦する必要はないからね!』

 ばぁちゃんの言葉に僕は、咄嗟とっさに龍神祝詞を唱えながら御神刀に力を込めた。伝承によると僕のご先祖である、雨宮神社の神主が、御神刀で化け物退治をした人がいる。
 でもこれほど強い、祟神、禍津神と呼ばれる者を鎮めるなんてできるのか。祝詞を唱えていても、一向に彼女に近付けないんだぞ!
 人間にどうこうできる存在じゃない。

「御神鏡を……壊す!」
 
 僕は、邪念と焦りを頭の中で振り払い、額に意識を集中させると、僕の目が御神刀の刃に赤く光っているのが見えた。霊視の時とは比べ物にならない、これは瞳自体が、強烈に赤く発光しているような……。こんなことは初めてだ。
 すると、僕の足がゆっくりと歩み始めた。まるで侍が、相手と決闘でもするような慎重な動きだ。なんだか僕じゃないみたいだ。

『我が一族は紅目べにめと呼ばる。龍神の名におきて、この島浄化し、この土地浄化し、汝の魂を常世にやりやる』

 それは僕の声だったが、だけど僕の意思ではなかった。何者かが僕の体に憑依をして、話しかけているようだった。嫌な感じはない、むしろ、体全身に力が漲って勇ましい気持ち。恐れる者など何もなかった。
 僕自身が、まるで龍神になったような気になって御神刀に力を込めると、大きく振り上げ利華子さん、いや、間宮さんが持っていた御神鏡を真っ二つに斬った。

『きゃぁぁぁぁ!』

 女の絶叫が響くと、割れた御神鏡から光が溢れ出し、あまりの眩しさに僕たちは目を瞑った。地響きが鳴り、この屋敷と島の穢れが晴れていくような感覚がした。

「あっ……?」

 光の中で、その当時のワンピース姿の利華子さんと、豪華な着物を着た美しい姫君姿の華夜姫が並んで立っているのが視えた。
 二人の顔は、憎しみと苦しみの呪縛から解き放たれて、晴れやかな表情をしている。
 そして、彼女たちを見守るように、後ろで遼太郎さんと依華寿が立っているのがぼんやり見えた。
 いつの間にかあたりは、夜の世界に包まれていて、建物などない。そして周囲には誰とおらず僕だけだ。
 あるのは満天の夜空と、地面にキラキラと輝く光の川が流れていた。
 そこから光の玉がポツポツとまるで蛍のように天に上っていく。ああ、これは……魂だ。魂が密集して川のようになっている。
 僕の頬に涙が溢れた。苦しみからようやく彼等は解き放たれたんだな……本当に良かった。
 美しい光が天に上ってやがて川はなくなり、二人の女性だけが淡く輝いていた。
 あれだけ山祇神社で浄霊したのに、彼女たちの中には、僕の予想を遥かに超える、贄にされた可哀想な魂がいたんだろう。

「利華子さん、華夜姫。来世ではお幸せに。もう二度と、この島でこんな悲劇が起こらないように致します」
『……貴方なら信じられる』

 御神鏡を真っ二つにしてから、僕の意思で話せるようになっていた。彼女たちは神崎家の人間ではない僕なら、信じられるということか。
 僕の言葉に答えた二人の体は、やがて光の粒になり、天に上がっていく。
 これは、僕だけに視えたものなのだろうか。
 気がつくとそこは、地下室で割れた御神鏡が散らばり、間宮さんと明くんが倒れていた。 

「健くん……!」
「うわぁ! り、梨子……大丈夫だった?」

 背後から梨子が抱きついてきて、僕は一気に現実に引き戻され顔が熱くなった。ドギマギする。断じて、ラッキースケベなどという邪な心はない。
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