鬼遣の贄〜雨宮健の心霊事件簿〜④

蒼琉璃

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【霧首島編】

第三十九話 禍津の場所②

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 僕が、瞬きをした瞬間に首のねじれた女の悪霊がぐっと距離を詰め、障子の隙間から顔の半分を覗かせていた。梨子が思わず悲鳴を上げると、僕が動くよりも先にばぁちゃんが障子を閉め、素早く札を貼った。
 さすがばぁちゃんだ。僕ならこの隙間から首を掴まれていただろう。
 中から女の低い呻き声が聞こえ、それに合わせて大きく、ガタガタと障子が揺れる。

「な、なに……今の! こっちを覗いてたけど家の人じゃない?」
『まったく。健が目を合わせるからだよ。あの人は神崎本家の人間だね。もう死んどる。とっさに出られないように封印したけど、こんなに穢れた土地じゃ、直ぐに札を破って追い掛けてくるよ』
「ごめん、ばぁちゃん。あの霊の言葉が引っかかったんだ。『禍津神は操れない』っていう。たぶん、彼女は首吊りしたんじゃないかな」

 あの悪霊の後ろに、首吊りした遺体が見えたが、梨子には認知できなかったようだ。彼女が口にした禍津神という言葉が気になったが、そこは人間と同じで、錯乱状態になった霊にそれを問い質すことはできない。特に相手は殺意を持っているのだから。
 僕たちはばぁちゃんに急かされ、先程の霊視通りに廊下をまっすぐに歩き、障子を開ける。そこは床の間になっていて、古い掛け軸と生け花が飾られていた。
 僕は額に指を当てると、早速霊視する。ノイズは霊的な妨害なのか、邪魔をされながら彼らの行方を探した。生け花が飾られた床板の隣にある観音開きの襖に、三人が入って行くのが視えた。
 僕は無言でそこを開けると、隠し扉を見つけ、地下に続く階段があるのを確認すると肩越しに言った。

「ここを、裕貴さんが足の悪い母親を背負って安藤さんと下りたんだ。その後を安藤さんが追ってる」
「ねぇ、もしかして、どこかと繋がってたりするの……? 暗すぎて怖いよ」
『そのようだねぇ。だけどまだこの家より階段の下の方が穢れは少ない。神主が結界を張ってるんだろう。だから梨子ちゃん大丈夫だよ。それに、この健がいるからねぇ。どーんと大船に乗った気でいなさい!』
「楓おばぁちゃんが言うなら、大丈夫だね! ともかく前に進んで怪異をなんとかしなくちゃ」

 いや……ばぁちゃんも梨子も僕のこと過大評価しすぎだ。そりゃ莉子のことは命がけて守るつもりだけど、ポジティブすぎて逆にプレッシャーが凄いんだけど……胃が痛い。だいぶ莉子も場数を踏んで僕よりタフになってきてるな。でも今は二人の明るさが、救いだ。

「それじゃあ、僕が先頭になって降りるよ」

 ライトの光を向けながら地下に降りていく。湿った匂いと、意外にも中は深く広かった。そこは地下防空壕のようにも見えたが、暫く歩くと洞窟のようなゴツゴツとした外壁に変わり、さらに螺旋階段を降りていくと、大きな扉が見えた。

「あそこか……ここに隠れてるんだ」
「凄い御札の数。まるでシェルターだね」
『なんだかここは、嫌な場所だねぇ。この屋敷もこの島も長居はしたくない』

 扉には所狭しと札が貼られていて、何かが封印されているようにも思えた。これが罠だったらどうしよう。嫌な予感がしつつも、僕は扉の前に立ち、中にいる三人に声を掛ける。

「神崎さん、安藤さんいますか? 雨宮です」
「あ、雨宮さん!? 先輩もいるんですか?」
「葉月さん、開けちゃ駄目だ! 悪霊が声を真似ている可能性もある」

 中には安藤さんと、裕貴さんがいるようで恐る恐る僕たちに声をかけてきた。こういう状況だから、当然だ……無理もないだろう。僕だって開けるのを躊躇する。

「神崎さん、この屋敷の結界はそう長くは持ちません。僕は……辰子島からやってきた巫です。話を聞かせて下さい。僕がここに招かれたのは、祟神になってしまった彼女を鎮めるためです」
「私と健くんは本当は、観光目的じゃなくて、葉月ちゃんを怪異から守るためにこの島に来ました」

 本来の目的は葉月さんを助けるためではあるが、僕は龍神様に招かれてここまでやってきたんだと思う。しばらくの沈黙のあとに、裕貴さんが、半信半疑で僕たちに問い掛ける。

「辰子島の……雨宮。貴方は雨宮神社の方なんですか? そうか、安藤さんは辰子島の出身ですものね」
「裕貴さん。騙していてごめんなさい。私は綾人さんの子供を妊娠していて、変なことが起きるようになったんです。この子を守るために、先輩たちの力を借りました」

 ボソボソと中で話し声が聞こえると、ようやく扉が恐る恐る開いた。かなり憔悴しきった顔をしている裕貴さん、不安そうにする安藤さん、そして、祭壇の前に車椅子に乗った女性がこちらをじっと睨みつけていた。
 この人が裕貴さんの母親だろう。
 僕と梨子が中に招かれ後、扉が急いで閉められたが、かなり広い場所だ。

「貴方たち。菜々は、菜々はどうなったの。外で菜々に会ったんでしょう?」
「菜々……娘さんですか。誠に申し上げにくいのですが、僕が来た時にはすでに」

 車椅子から身を乗り出して僕に質問する女性に、僕は慎重に言葉を選んで告げたつもりだったが、彼女は号泣する。僕の霊視からして彼女は心を病んでいたようだし、そこを悪霊に付け入られたのだろう。

「よそもんが島に来たせいで、また儀式が失敗したのよ! もう……何もかも終わりだよ、この島の者は全員、死ぬ! ようやく跡継ぎができたのに」
「母さん。もうとっくにこの島は死んでるよ」

 泣きながら僕らを責める女性と、完全に精魂尽きて肩を落とす裕貴さん。そして安藤さんは梨子に寄り添われていた。梨子は安藤さんの背中を抱きながら言った。

「今はそんなこと言ってる場合じゃないです! 明も間宮先生も行方不明だし、私たちは生きてるんだから」
「そうです。依華寿と華夜姫のことは資料館と霊視で見ました。僕が貴方がたに聞きたいのは利華子さんと、遼太郎さんのことです」

 梨子の言葉は力強く、僕の背中を押してくれるようだった。
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