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【霧首島編】

第三十三話 山神②

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 そして、華夜姫は生きたまま海に贄として投げ捨てられ、依華寿は串刺しにされて山の贄として打ち捨てられた。
 これは、たぶん山神が女神で、海神が男神だから、そういう儀式をしたのかな。それにしても、あまりにもむごすぎる。
 酷い仕打ちを受けた怨霊は、合祀され祟神の力を借りて、災いを招いてしまう。

『おのれ、神崎良経よしつね許さぬ。末代まで呪うてやる。霧首島の鬼畜生どもも、必ずや呪い殺して、根絶やしにしてやる』

 華夜姫の最期の言葉は、その通りになる。
 雨は降り、人身御供の効果は現れたかと思ったが、喜んだのも束の間。
 大飢饉が起こり、島民たちは飢餓に苦しんで、死んだ島民の肉も貪り食うようになっていた。
 それはもう地獄絵図で、まるで餓鬼という亡者のようだった。
 どうやらこの大飢饉で、神崎当主も原因不明の病にかかって死亡してしまい、長男も同じように飢えと病気で苦しみ抜いて、息絶えたようだった。

『ああ、恐ろしや、きっと華夜姫と依華寿の祟りじゃ。どうすれば怒りを鎮めて下さるのだろう。祀らねばならん』

 正直な所、僕は彼女たちがかけた呪いというのは、神崎家のお家断絶という呪いだけだったと思う。これから先、神崎家の子孫に家督を継ぐ長男が生まれても、呪いを受けて早死するか、島から出ようとして死んでしまうか……これは、僕たちを出迎えてくれた現当主の裕貴さんの言動から察した。
 霧首島は限界集落だし、裕貴さんが結婚して子供が生まれなければ、神崎家はこのまま緩やかに滅んでいくだろう。
 それに、この時代の飢饉は日本中で起こっていたのだから、こじつけに過ぎない。でもそれらの異常気象も二人の祟りだと恐れるほど、島民たちは酷いことをしている。

 そしてまた、白黒の映画のような過去の場面が切り替わった。
 痩せた村人たちが、再び寄り合い場所で円をかいて膝を突き合わせている。
 そして神崎家の次男が、おそらく親族であろう女性を一人、この場所に連れて来ると村人たちは驚いたように彼女を見つめて、ヒソヒソと話し始めた。

『依子様が、どうしてここに』
『依子様は、気が狂れて座敷牢に入っていたと聞くが……』

 依子と呼ばれた女性は、髪も着物も乱れていて焦点が合わない。何かしら精神の病に侵されているような雰囲気だ。だが、彼女を座らせると神崎家の次男が彼らに向かって言う。
 その間も依子は虚空を見つめ、ブツブツと何やら独り言を呟いているようで、村人たちは気味悪がっていた。

『華夜姫と依華寿を贄にしてから、妹はこうなったのだ。依子は……祟り神様の口寄せができるようになった。さぁ、祟り神様が何を望んでいるのか、聞かせてやってくれ』
『……! 贄を……! 神崎家の本家、分家、島民から……未婚の男女の贄を捧げよ……。海は冷たくて寒い……男の骸が欲しい……。山は人肌恋しい……女の骸が欲しい……』

 依子は、村人たちを睨めつけるようにして言うと、その場はザワザワと騒がしくなった。
 この口寄せが本当なのか、彼女に祟り神が憑依しているのか、僕には分からなかった。ただ、極限まで追い詰められた島民たちは依子の言葉を信じて、未婚の男女を贄として捧げるべきだと、恐ろしい結論に達した。
 贄に捧げられる前に、彼らは親族によって体の一部を取られ、男は海に、そして女は山に贄として捧げられる。
 
「始まりは、ここか……。それで、偶然に飢饉が治まってしまった。だから霧首島の人々は本気で信じてしまったんだ」

 それから、走馬灯のように贄となった人達の記憶が僕の中に流れ込んで来た。思わず僕は頭を抱えて、叫びながらうずくまる。
 依華寿から、様々な怨霊の記憶まで一気に流れ込んで来て、頭の中で爆発しそうだ。
 そんな僕の肩を誰かが揺さぶって、僕は目を覚ます。

「健くん! 大丈夫?」
『健、大丈夫か? 一体あんたは、何を見たんだよ。急に叫んで体に戻っちまって、ばぁちゃん吃驚だよ!』

 僕は幽体離脱状態から、肉体に戻ったようで、御神刀を抱きしめたまま布団の中で目を覚ました。喉がカラカラに乾いて、どっと汗が流れる。心配そうにする梨子とばぁちゃんが、僕の顔を覗き込んでいた。
 僕は梨子に水を一杯貰うと、体を起こした。
 
「う、うん……。いろんな霊視ものが一気に入ってきて、頭の中がパンクしそうになった。何となくだけど、話が繋がってきたよ」
「それってどういうこと、健くん」
『あんたあそこで山神を鎮めた後に、棒立ちになっていたんだよ。何回話しかけても反応はないし』
「梨子もばぁちゃんも落ち着いて! ちょっと説明するよ。まず元々この島に祀られていた山神様と依華寿の怨霊が合祀され、それに贄の犠牲になった島民たちの怨霊が引き寄せられて巨大化していた。で、龍神様の御神刀と僕の霊力で怨霊を浄化させた。依華寿は随分と年月をかけて、完全に神様に取り込まれたから……取り除けなくて。だけど山神様は鎮められたとは思う」

 龍神様と、僕の力で祟り神となった山神は鎮めることができたが、おそらく海神の祟り神になってしまった、華夜姫のほうがもっと強い怒りと恨みを持っているだろう。
 嵐が近付いていなければ、山神だって鎮めることは出来なかったのかもしれない。

「じゃあ、もう大丈夫なの?」
「山神様の方は、宮司さんでも誰でもいい。島民たちでお世話をして、きちんと祀れば今後は大丈夫だと思う。問題なのは本当は生贄なんて必要なかったのに、遥か昔に神崎家が主導で『生贄という儀式』を生み出してしまったことだよ」
『山神様は、不浄を嫌うからねぇ。生贄の儀式で祟り神は怨霊を取り込み続けて、取り返しのつかない所まで、肥大していったのかい』

 神崎家の依子が口寄せの巫女のように口走った妄執の言葉によって、島民や神崎家は苦しみ、贄として命を落とした。
 ああ、でもこれは、華夜姫たちの仕組んだ呪いといってもおかしくないか……依華寿の霊は神崎家を強く呪っていたし、華夜姫もそうだろう。
 実際、神崎家の長男は島の外に出られず、神崎綾人と叔父は、怪異に巻き込まれて命を落としてしまったのだから。

「贄で亡くなった人たちの怒りの矛先は、神崎家や島民の人たちになるよね……。そんなことが積み重なったら、一体どうなるの?」
「うん………。生贄を捧げて飢饉や災いが治まってしまったことが悪かった。偶然なのか祟り神の怒りが、一時的に治まったのかそれは分からないけど。ごく近代で悲惨なことが起こっている筈なんだ。それはきっと、利華子さんたちに関係があると思う。でも、それを霊視する前に僕がキャパオーバーしてしまって、戻ってきたんだよ」

 まるで本体のように山神の腹に生えていた苦悶の表情を浮かべる青年。彼が名前を呼んでいた女性、利華子さんたちが引き金になっているように思えた。
 ともかく、神崎家の血筋になってしまう安藤さんと赤ちゃんの呪いを説かなくては。そしてこの島の出身じゃないけど、贄にされてしまう確率の高そうな、未婚の梨子のことを守りたい。

「そう言えば、明くんたちはまだ帰ってないの?」
 
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