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【霧首島編】

第三十二話 山神①

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『健! この結界もすぐに破られちまうよ。はよう御神刀を使いなさい!』

 ばぁちゃんの顔には、全く余裕がない。僕が知る限り、ばぁちゃんは最強の霊能力者で、どんな奴らも浄化してきた。
 だけど、昔から魔物よりも一番厄介なのは神様で、下手に関わるなと釘をさされていた。それがどうしてなのか、今になってようやく理解できた気がする。
 悪霊から魔物に化したものも厄介だが、神様はそれ以上に理不尽で容赦がなく、簡単に命を奪ってしまう。この山神は元々、島民たちが祟りを恐れて怨霊を神格化し八百万の神様と合祀して、力を与えてしまっていた。
 さらに、非業の死を遂げた贄の霊たちまで取り込んでいる最凶の祟神になっている。
 だけど僕は、御神刀の束が熱くなってくると、体の奥から龍神様の力を感じ、不安や恐れは消えて、この祟神を鎮めることができると直感した。
 体をすり抜けていく、雨の一粒一粒にさえ龍神の力を感じて、勇気が湧く。

「鎮まれ!」

 僕は龍神祝詞をあげ、そう叫ぶと、苦悶の表情を浮かべる男の顔に向かって、御神刀を突き刺した。
 祟神に実態がある訳じゃない。だけど、まるで人を刺したようなドスンという重みが伝わる。沢山の女の悲鳴と、男の叫び声が山に響いて、鼓膜が破れそうになると、僕は無意識に叫んでいた。
 そのまま爆発したように視界は真っ白になり、ばぁちゃんも神社も消えると、何かが視えてきた。
 僕は浜辺に立ち、霧首島の島民たちと共に一艘の船に乗った貴族を、ぼんやりと視ていた。

『この霧首島に、公家が遠流えんるになるなんて、一体何があったんじゃろう』
『噂では兄妹で通じ合ったという話しよ。なんでも、姫のほうがそそのかしたとか』
『何にせよ、双子は縁起が悪い。島に悪いことが怒らねばよいが』

 島民たちは流れ着いた彼らを遠巻きで見ながら、コソコソと陰口を囁いている。
 彼らの話だと、双子の兄である依華寿と妹の華夜姫は、近親相姦の罪で都から流罪になり、ここに辿り着いたという話は本当のようだ。
 いつだったか、梨子と歴史や民俗学の話になり、流罪には種類があって、罪が重ければ重いほど遠い土地に流されてしまう、と聞かされた事がある。
 そして、昔の日本では双子という存在が不吉で縁起の悪いものだとされ、忌み嫌われていた地域もあるんだとか。
 公家のように身分が高い華夜姫や、依華寿のために、少しばかりの着物や財は持たされていたようで、僕は彼らに歩み寄ると、瞬時に場面が変わる。

「…………流刑地ってもっと酷いかと思ったけど、案外そうじゃないんだな。少なくともこの時は穏やかだったんだ」

 意外にも罪人と呼ばれた島民たちも、現代の凶悪犯とは異なり、それぞれに真面目に仕事を持っていて、農作物を育てたり、漁に出たり商いをしている者も多く、そこで家族を作っている人たちも居た。
 僕らが思う流刑地のイメージと実際は異なる。とはいえ、本当に手の付けられない悪人もいただろうけど。
 依華寿と華夜姫は教養も高く、島民たちに踊りを教えたり、文字の書き方を教えたりして、それなりに彼らから尊敬をされているように見えた。
 彼らは僕の存在など、全く気にも止めずに生活をしている。なんだかこれは、いつもの心霊スポットの霊視や、呪物の霊視とは異なっているように思えた。
 例えると、モノクロフィルムの3D時代劇映画。いつも霊視に口出しをしてくるばぁちゃんの気配はないし、強制的に誰かにペラペラな紙芝居を見せられているような感覚なんだ。
 僕が探ろうとしたというより、山神が過去を知って欲しいのかもしれない、と思った。
 そして僕がこの映像で気付いたのは、この島には雨が全く降っていないこと。そのうち、水が干上がり作物が育たなくなって、死人が出始めた。

『また日照り続きだ。このままではみんな飢えて死んでしまう。どうしたものか』
『獣も魚も取れぬ。水も時期に干上がるだろう。海神様と山神様がお怒りなのだ。これは、なにか原因があるはず』
『思えば、あの公家の双子が島に流れ着いて来てから、雨が降らない』

 場面は代わり、村の寄り合い所で円になると村人たちが険しい顔で話し合っていた。彼らの頬を痩け、目は落ち窪み飢えで、苛立っている様子が伺える。
 彼らの中心に座っているのは神主の男。おそらくこの人が、神崎家の先祖だろう。

『ふむ。そのうち、人が人を食うようになるじゃろう。海神様と山神様がお怒りなのは、忌み子である双子が、この地でも通じたせいじゃ。それも姫のほうがそそのかしたとか。人柱になってもらわんとな』

 現代じゃありえない発想だ。
 だけど、彼らはその原因を誰かに擦り付けることで解決すると思ったのだろう。人柱を捧げれば雨が降り、大漁となり、山の神が獣を与えてくれると考えていたのか。
 島民たちは、松明と棒を持ち寄り村の奥にある、双子の屋敷へと向かう。外から異様な気配を感じて、二人は目を覚ました。
 僕はこれから起こることを予想すると、目を逸らしたくなってしまったが、彼らのやり取りを、静かに見守るしかない。
 ドンドン、と激しく扉を叩く音がして華夜姫が起き上がると、施錠された戸口に向かって震える声で言った。

『こんな夜分に何用ですか』
『華夜姫、ここを早う開けるのじゃ! 皆飢えておる。お前たちは、米を隠し持っているのだろう』
『分け与えられる分は、全て貴方にお渡しをしました。もうこれ以上は……』
『嘘を言いおって! ともかく早くここを開けるのだ!』

 神崎当主の本当の目的は、双子が隠し持っている高価な着物や食料が目当てだったのかもしれない。
 依華寿は、恐る恐る扉を開けて、松明を持って仁王立ちをする神崎当主を見た。まるで鬼のような憤怒と、欲望に満ちた顔で二人を見ている。
 妹を護るように立っていた依華寿を押し退けると、彼らは部屋の中を荒し、着物を奪い僅かな米を略奪した。

『どうかおやめ下さい……!』

 華夜姫と依華寿は、小屋から村人たちに引きずり出される。
 依華寿は村人たちから顔がわからなくなるほど酷い暴行を受け、華夜姫は神崎当主に強姦され、それから村人や神崎家の一族から罵声を浴びせられ、目も背けてしまうほど長い間、酷い拷問と暴行を受けていた。

「酷い……こいつら、人間とは思えない。胸糞悪い」

 僕はもう、その光景を見ていられなかった。あまりにも酷い扱いで、気分が悪くなり目を瞑って、吐き捨てるように言ってしまった。
 
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