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【霧首島編】
第三十一話 村の記憶②
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「利華子……、民宿で出てきた悪霊がそう呼んでたな。あの悪霊とここの住人が関係してるのか」
俺がそう呟くと、間宮先生は驚いたように目を輝かせた。そりゃそうだよな、まさか、一発で、こんな需要な情報に辿り着けるとは思わなかっただろう。
でも、それが逆に不気味に思えた。
俺が仏門に入っているせいか、なんでもないことをそう解釈してしまうのか……分かんねぇけど。何者かによってここに導かれてしまったような感じがあるんだよな。
「千堂くんの言う通り、関係してそうだね。ここに出てくる本家は、もしかして神崎家かもしれない。先を読んでいくよ」
間宮先生は湿った日記のページを慎重に捲った。染みや破れによって読み取れない部分が続いて、これ以上の情報は無理じゃねぇかと思ったが、日記の終わり頃に、ようやく間宮先生の指が止まった。
『1949年12月15日。雪。何人も島の掟には逆らえぬ。一家で島を逃げ出せば一生戻れない。追手も来るだろう。贄に選ばれた利華子と遼太郎を逃がせば、村八分になる。島から逃亡しようとした贄や一家がその後どうなったか思い出すと、私は恐ろしいのだ。妻はあれから気を病んで伏せっている。無理もない』
それからしばらく、空白のページが続いて殴り書きのような文章が出てきた。
『なにが起こっている! 儀式が失敗したのか? 私も妻の後を追って死ぬ。利華子、遼太郎、本当にすまない。許してくれ、許してくれ、許してくれ』
これが最期の日記ってわけか。
そう思って口を開こうとした瞬間、目の端にゆらゆらと揺れる首吊りした着物の男女が視えたような気がして、俺はものすごい早さで振り返った。
「びっくりした。どうしたんだい、千堂くん。もしかしてなにか視える?」
「いや、俺の気のせいでした。とりあえず出ませんか? すげぇ、気持ち悪くなってきたので」
視えたような気がしただけか……? とりあえず、この家から一刻も早く離れたい。
もしかして俺たちが日記を読むことで死者を呼び寄せてるかもしれねぇし。
霊の気配はしねぇけど、雨宮が言ってる空間に記憶が刻まれてるってやつかもな。間宮先生は俺の挙動不審な動きに一瞬驚いたが、怖がる様子もない。
「うん、重要な手掛かりも得た。断定はできないけど、この利華子と遼太郎という人物が贄に選ばれて、なにかしら儀式が失敗した可能性があるな。この島は普通の限界集落とは違う。僕が思うに神崎家の呪いは別として、霧首島の住人は一家全員で他の土地に移住してはいけない掟があるんじゃないかな」
「ああ、順番に贄に選ばれるからか」
「うん。だから、家族で逃げ出そうなんて考えたら一生島には戻れないだろうし、島から追手が来る。贄を逃がせば村八分だ。これだけの人が住んでいた形跡があって、極端に人口が少ないのは、もちろん少子化もあるだろうけど、過去になにかが起こった」
半ばゴーストタウンと化した集落。ほとんど手付かずで放置された家。家の中を全部見て回ったわけじゃねぇけど、外から見ると古い自転車や竿がそのまんま。
この集落は生きている人間の住まいと死んだ家が混在してる。
間宮先生の話を聞くと、まるで生死の分かれ目みてぇに思えて、怖くなった。
「さて……そろそろ、霧首海神神社に行こうか」
間宮先生が眼鏡の縁を上げて笑う。
なんだ、今の……。いつもの先生の笑みじゃねぇ気がする。悪だくみしてなきゃいいけど。
✤✤✤
鳥居を潜って一歩踏み出すと、まるで水の膜に覆われたような感覚がして息を呑んだ。この山祇神社全体で、僕たちの存在を拒否しているようだ。
樹木に囲まれた境内は、昼間でも薄暗く、立ち入ってはいけないような異様な雰囲気がある。
このまま拝殿まで進めばいいのか?
僕は、胃がズンと重くなるような威圧感を感じて鳩尾を指で抑えた。
降り出した雨が幽体の僕の体をすり抜け、台風の風が、ざわざわと葉を擦る不気味な音がする。
風に混じって男なのか女なのか、年齢もよくわからない唸り声が聞こえるけど、それがどこから聞こえてくるのか判断がつかない。森の遠くから聞こえてくるようにも思えるし、すぐ近くから聞こえるような気もする。
「――――ばぁちゃん」
『くるよ! 真言で結界を張る! オン メイギャ シャニエイ ソワカ』
「オン メイギャ シャニエイ ソワカ!」
ばぁちゃんが叫んだ瞬間、拝殿の周りの木々の上を獣のような黒い影が走った。とても目で追えないけど、僕も慌ててばぁちゃんに従い、真言を唱える。こちらなら祝詞より早く、そして結界を貼ることができるのだ。
爺ちゃんの実家が仏経系で、龍神真言を神道のばぁちゃんが取り入れた。霊媒師にありがちな合わせ技というやつだ。
獣の咆哮とともに僕たちの周りを毛むくじゃらの大きな黒いものがぐるぐると回っている。
そして、見えない結界の上を這うように、背中から猿の手が生えた落ち窪んだ目の男がゴキブリのように動いていた。
よくよく見ると、上の顔からは口から槍の穂が突き出して、目が虚ろだ。半分ミイラみたいなおぞましい姿で、僕は顔面蒼白になる
腹の方に目をやると、そこには苦悶と怒りと悲しみが混じった、物凄い形相の若い男の顔がついていた。完全にこれ、ホラー映画じゃないか……。
僕は腰を抜かしそうになった。
「あ……、あ、あれが……遼太郎なのか……?」
僕は漠然と、あの郷土資料館で出逢った祟り神が口にしていた名前が浮かんだ。たとえそうだとしても、今は霊視して彼らの過去に触れ、話を聞けるような状態じゃない。
俺がそう呟くと、間宮先生は驚いたように目を輝かせた。そりゃそうだよな、まさか、一発で、こんな需要な情報に辿り着けるとは思わなかっただろう。
でも、それが逆に不気味に思えた。
俺が仏門に入っているせいか、なんでもないことをそう解釈してしまうのか……分かんねぇけど。何者かによってここに導かれてしまったような感じがあるんだよな。
「千堂くんの言う通り、関係してそうだね。ここに出てくる本家は、もしかして神崎家かもしれない。先を読んでいくよ」
間宮先生は湿った日記のページを慎重に捲った。染みや破れによって読み取れない部分が続いて、これ以上の情報は無理じゃねぇかと思ったが、日記の終わり頃に、ようやく間宮先生の指が止まった。
『1949年12月15日。雪。何人も島の掟には逆らえぬ。一家で島を逃げ出せば一生戻れない。追手も来るだろう。贄に選ばれた利華子と遼太郎を逃がせば、村八分になる。島から逃亡しようとした贄や一家がその後どうなったか思い出すと、私は恐ろしいのだ。妻はあれから気を病んで伏せっている。無理もない』
それからしばらく、空白のページが続いて殴り書きのような文章が出てきた。
『なにが起こっている! 儀式が失敗したのか? 私も妻の後を追って死ぬ。利華子、遼太郎、本当にすまない。許してくれ、許してくれ、許してくれ』
これが最期の日記ってわけか。
そう思って口を開こうとした瞬間、目の端にゆらゆらと揺れる首吊りした着物の男女が視えたような気がして、俺はものすごい早さで振り返った。
「びっくりした。どうしたんだい、千堂くん。もしかしてなにか視える?」
「いや、俺の気のせいでした。とりあえず出ませんか? すげぇ、気持ち悪くなってきたので」
視えたような気がしただけか……? とりあえず、この家から一刻も早く離れたい。
もしかして俺たちが日記を読むことで死者を呼び寄せてるかもしれねぇし。
霊の気配はしねぇけど、雨宮が言ってる空間に記憶が刻まれてるってやつかもな。間宮先生は俺の挙動不審な動きに一瞬驚いたが、怖がる様子もない。
「うん、重要な手掛かりも得た。断定はできないけど、この利華子と遼太郎という人物が贄に選ばれて、なにかしら儀式が失敗した可能性があるな。この島は普通の限界集落とは違う。僕が思うに神崎家の呪いは別として、霧首島の住人は一家全員で他の土地に移住してはいけない掟があるんじゃないかな」
「ああ、順番に贄に選ばれるからか」
「うん。だから、家族で逃げ出そうなんて考えたら一生島には戻れないだろうし、島から追手が来る。贄を逃がせば村八分だ。これだけの人が住んでいた形跡があって、極端に人口が少ないのは、もちろん少子化もあるだろうけど、過去になにかが起こった」
半ばゴーストタウンと化した集落。ほとんど手付かずで放置された家。家の中を全部見て回ったわけじゃねぇけど、外から見ると古い自転車や竿がそのまんま。
この集落は生きている人間の住まいと死んだ家が混在してる。
間宮先生の話を聞くと、まるで生死の分かれ目みてぇに思えて、怖くなった。
「さて……そろそろ、霧首海神神社に行こうか」
間宮先生が眼鏡の縁を上げて笑う。
なんだ、今の……。いつもの先生の笑みじゃねぇ気がする。悪だくみしてなきゃいいけど。
✤✤✤
鳥居を潜って一歩踏み出すと、まるで水の膜に覆われたような感覚がして息を呑んだ。この山祇神社全体で、僕たちの存在を拒否しているようだ。
樹木に囲まれた境内は、昼間でも薄暗く、立ち入ってはいけないような異様な雰囲気がある。
このまま拝殿まで進めばいいのか?
僕は、胃がズンと重くなるような威圧感を感じて鳩尾を指で抑えた。
降り出した雨が幽体の僕の体をすり抜け、台風の風が、ざわざわと葉を擦る不気味な音がする。
風に混じって男なのか女なのか、年齢もよくわからない唸り声が聞こえるけど、それがどこから聞こえてくるのか判断がつかない。森の遠くから聞こえてくるようにも思えるし、すぐ近くから聞こえるような気もする。
「――――ばぁちゃん」
『くるよ! 真言で結界を張る! オン メイギャ シャニエイ ソワカ』
「オン メイギャ シャニエイ ソワカ!」
ばぁちゃんが叫んだ瞬間、拝殿の周りの木々の上を獣のような黒い影が走った。とても目で追えないけど、僕も慌ててばぁちゃんに従い、真言を唱える。こちらなら祝詞より早く、そして結界を貼ることができるのだ。
爺ちゃんの実家が仏経系で、龍神真言を神道のばぁちゃんが取り入れた。霊媒師にありがちな合わせ技というやつだ。
獣の咆哮とともに僕たちの周りを毛むくじゃらの大きな黒いものがぐるぐると回っている。
そして、見えない結界の上を這うように、背中から猿の手が生えた落ち窪んだ目の男がゴキブリのように動いていた。
よくよく見ると、上の顔からは口から槍の穂が突き出して、目が虚ろだ。半分ミイラみたいなおぞましい姿で、僕は顔面蒼白になる
腹の方に目をやると、そこには苦悶と怒りと悲しみが混じった、物凄い形相の若い男の顔がついていた。完全にこれ、ホラー映画じゃないか……。
僕は腰を抜かしそうになった。
「あ……、あ、あれが……遼太郎なのか……?」
僕は漠然と、あの郷土資料館で出逢った祟り神が口にしていた名前が浮かんだ。たとえそうだとしても、今は霊視して彼らの過去に触れ、話を聞けるような状態じゃない。
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