鬼遣の贄〜雨宮健の心霊事件簿〜④

蒼琉璃

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【霧首島編】

第三十話、村の記憶①

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 間宮先生の指さした場所は、廃屋の原型はとどめているし、鍵さえ開いていれば入れそうだな。
 まぁ、鍵が閉まってる方が寄り道しなくていいんだが。
 
「この建物に、防犯カメラとか警備会社とかはつけてなさそうだけど。さすがに、ここ一帯を全部回るとかないっすよね?」
「本当は、全部見て周りたいんだけど、夢中になりすぎて島民に見つかるとまずいからね。だから……あの家はどうかな。ふふ、民俗学者の目利きが光る場面だよ」

 間宮先生は、眼鏡を持ち上げると右から三番目の廃屋を指さした。
 俺はあんまり建築関係のことはよくわかんねぇけど、戦後の朝ドラとかで出てきそうないかにも昭和っぽい平屋だ。
 とりあえず、この家を探索しねぇと、間宮先生は納得しなさそうだよな。
 残念なことに鍵はどうやらかけられていないようで、俺はガラガラと扉を開ける。
 そこには埃っぽい広い玄関と、土間、そして薄暗い家の奥には障子と階段が見えた。

「了解。なんか出てくるといいっすね。あ、浮遊霊の気配もねぇし、クリア。余裕っす」
「ありがとう、千堂くん。えーと、二階の方は階段が腐ってそうだな。あの上は屋根裏だと思うから、掘り出し物がありそうだけど、危ないからやめよう」

 間宮先生と俺は土足で入る。
 ミニライトを持った間宮先生が、奥を照らすと、遠目からみても階段が腐食しているのが見えた。
 底が抜けそうだから、あそこは無理だな。
 でも、屋根裏部屋を物置きにしてたんなら、なんかありそうなんだが、ここに長居したくねぇ。

「階段を挟んで、和室が四つというところかな。あっちは台所か。千堂くん、ここは昼間でも暗いから、手分けせずに一緒に見ていこう」
「間宮先生。ここには霊体はいないんだけど、生活感があって、なんか不気味っすね」

 置いている家具や、飾っている置物はどれも古く、室内を侵入者に荒らされたような様子もない。
 つい最近まで、ここで人が生活していたような痕跡が残ってるのは、シンプルにすげぇ気持ち悪い。
 俺たちは、障子を開けるとミニライトで一室ずつ、中を覗き込んだ。

「タンスがあるな。おや、座卓の上にも何かあるよ」
「ここは居間っぽいっすね、テレビっぽいのもあるし」

 足のついたブラウン管のテレビみたいなのがある。初めて見るけど、おもちゃみてぇだな。
 俺たちは居間に入ると、座卓の上に無造作に置かれたノートを手に取る。
 雨漏りのせいなのか、劣化のせいなのか水滴で表紙は凸凹になっていて、文字も滲んでいた。

「これは当時の家計簿だね。それにしても、ここの住人は、夜逃げでもしたのかな。家具も全部、なにもかもそのままみたいだ」
「孤独死して、そのままとかじゃないですよね?」
「君、恐ろしいことを言うね」
「ちょっと、やべぇこと想像しちゃって」

 寝室を開けたら、人型のドス黒い染みだけが残っている……なんて考えただけでもゾッとする。
 俺は嫌な考えを捨て、何気なくタンスを開けた。
 カビ臭い匂いが鼻をつき吐きそうになる。絶対素手で衣服に触れたくねぇな。
 一段目には、目ぼしいものは何もなかったが、二段目には書類のようなものが保管されており、その中には、ねじ込まれた赤茶けた紙が入っていた。
 この汚れ方……血の跡じゃねぇの?
 そこには走り書きのような文字と、家紋の朱印が押されている。

「なんだこれ……? 巫女……ええっと、読めねぇな」
「千堂くん、何か見つけたのかい? ああ、これは……、ずいぶんと達筆な文字で書かれているね。ええっと、簡単に言うとこの家の娘が、今年の巫女に選ばれたということが書かれてるよ。この家紋は、たぶん神崎家じゃないかなぁ。どうやら、白装束とこの紙が、毎年巫女に選ばれた家に送られているみたいだね」
「白装束……死人みたいっすね」

 俺の想像する白装束は、死人の衣装だ。
 そういえば、民宿に出てきたあの化け物もしきりに『山の贄』と呟いていた。つまり、それは巫女として選ばれた者が、贄になるってことだよな……。
 間宮先生は、本当はいけないことなんだけどと、言いながらなんの悪びれもなく、その紙を胸元にしまうと、次の部屋へと向かった。
 どうやら、そこは仏間らしく先祖の遺影がずらりと飾られていて、ものすごく居心地が悪くなった。
 どの角度から見ても、写真の奴らから見られているような気がする。

「お、お邪魔しまーす」
「驚いた。これ位牌もそのままにしてあるよ。夜逃げというより、本当にこの一族が絶えてしまったのかもしれないな。ここ、実は今流行りの事故物件だったりしてね」
「エグい想像やめてくださいよ。間宮先生は視えないからいいけどさーー」

 この人は全く恐怖を感じないんだろうか。
 視えないっていいよな、俺の体験や雨宮の霊視を聞いても、全く動じないんだから。
 間宮先生は、跪くと仏壇のタンスを開けた。

「千堂くん、以外とこういう所に日記が隠されていたりするんだよ。……ほら、あった。どうやらこれは、この家主の日記みたいだ」
 
 俺を見ると、間宮先生はミニライトでタンスを照らし、奥から古びた日記帳を取り出す。
 その下にも何冊かあったが、一番上に置いたものが、恐らく最後の日記帳だろうと言うことで、パラパラとページをめくった。

『1948年4月5日。快晴なり。ようやく霧首島も戦争の爪跡から少しずつ立ち直ろうとしている。そういえば本家が、お国のためにやむなく執り行われていなかった儀式を再開させるという。戦時中も飢えで、何人もの子供や老人たちが鬼籍きせきに入った。華夜姫様も依華寿様も、まだ島民をお許しになられぬのだ』
『1949年8月15日。終戦記念日、早朝より雨。利華子りかこが恋仲の男を連れてきた。私は、本家の次男と見合いを考えていたのだが。彼を見たときに頭が真っ白になった。名乗らずともわかる、彼は遼太郎だ』

 俺は、利華子という名前に目を止めて日記をじっと見つめた。
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