鬼遣の贄〜雨宮健の心霊事件簿〜④

蒼琉璃

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【霧首島編】

第二十八話 幽体離脱②

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 僕は二階に上がると、式神や呪符などを詰めたリュックを枕元に置いた。
 それから僕は、御神刀を慎重に取り出して、寝転んだ自分の体の上に乗せると梨子を見る。
 彼女は、すごいお宝を見たような目で御神刀に釘付けになっていた。

「それ、御神刀だったんだ。そんな釣り竿なんて見たことないなって思ってたんだけど。少年漫画の主人公みたいで格好いいね! なんか調伏ちょうふくしてやる! って感じで、必殺技とか出しそう」
「あはは……。さすがにぶっ飛んでてこれを見せるの恥ずかしかったけど。この島には必要だってばぁちゃんが言うから持ってきたんだ」

 おまけに言えば、僕は剣道もフェンシングも習ったことがないような雑魚なので、完全に御守りでしかない。
 ばぁちゃんは、いざとなれば龍神様が降りてくださるから大丈夫だと言うけどさ。
 ばぁちゃんは剣道もやってたし、よくよく聞くと、若い頃に一回抜刀したくらいなので、僕は半信半疑だ。

「うん、楓お婆ちゃんがそう言うなら大丈夫だよ。この部屋も結界を張ったし、何かあれば私も応戦するね。龍神祝詞は無理でも、護符があるし。明から経本は貸してもらったから大丈夫だと思う」
「ありがとう、梨子。ほんと頼りになるよ」
『梨子ちゃんがいれば安心だわ。この子は霊感は弱いけど運気がかなり強いから、あんたと相性ピッタリだ。さて、はよ寝なさい。連れてくよ』

 相性ピッタリなら、そろそろ進展してもいいんだが……と思いながら、僕は横になる。
 梨子と対面するような形でばぁちゃんが座ると、ばぁちゃんは僕の額に透明な手を当てた。

『あんたが、小さい頃に無意識にやってた幽体離脱の方法を、ばぁちゃんが思い出させてあげるわ。ばぁちゃんの手を掴めたら成功。いくよ』
「梨子、今から始めるよ」
「分かった。健くん、気を付けてね」

 僕が目を閉じると、幼稚園の頃の記憶が蘇ってくる。
 そういえば、父さんが生きていたころ母さんと川の字になって眠ってたんだよね。
 で、よく金縛りになっていたんだ。
 僕が金縛りを解こうとした瞬間、決まって体から魂が抜けて天井までふわふわと浮ぶ。
 そして屋根を突き抜けて、外を散歩するという遊びをしていた。
 たしか、それをばぁちゃんに話したら『危ないからもうやめなさい。金縛りの解き方はばぁちゃんが教えるからね』と言われたんだっけ。
 そして、幽体離脱の短い散歩でも僕は怪異に遭遇していたことを思い出して、ばぁちゃんの手を掴んだ。

✤✤✤

 僕とばぁちゃんは、心配そうにしている梨子と、布団に寝転んで御神刀を胸に置く僕自身を上から見下ろしていた。
 僕は現実世界と同じようにリュックを持っていて、手にはRPGにでてくるキャラのように御神刀を持っている。
 現実なら即、銃刀法違反で逮捕されそうだ。

「この幽体離脱の感覚、久しぶりだな」
『上手くいったようだね。さぁ、山祇山やまつみさんへ向かうよ。山祇神社はこの島で生まれた者以外を拒むと言っていたから、霊体でも覚悟が必要だ。まぁ……祀られているのが禍々しい祟り神なら、島民だろうがなかろうが関係ないだろうけどねぇ』
「うっ……。ともかく手掛りさえ見つけられたらそれでいいんだし」

 現実より色褪せた世界を、僕とばぁちゃんは進んでいく。
 なぜか浮遊霊の姿は見えないが、僕があの宿に来て見た黒い蚊柱、土地の『穢れ』がぽつぽつと道の端や、道路を塞ぐようにして存在している。
 下手な悪霊や魔物より不気味だな……。
 しかも、だんだんと蚊柱が黒い人影のようになっていて、霊体でも側を通ると気分が悪くなるほど、悪意を感じる。

「ばぁちゃん、あの穢れ……山祇山に向かうにつれて多くなってない? それにすごい頭痛がするんだ」
『山に行けば行くほど恨みや呪いの念が強くなってるのさ。おそらく海の方もそうだろうね。こういう場合は、式神を飛ばして周囲の穢れを吸い取りなさい。この修行はなかなかできんから、ぶっつけ本番でいい経験になるねぇ!』
「スパルタ過ぎるでしょ……」

 ばぁちゃんは、相変わらずポジディブだ。
 僕は式神を飛ばすと自分たちの外周をくるくると回らせた。
 式神たちは僕たちの身代わりになるように、穢れを吸うと黒くなり、力尽きると地面に落ちる。
 そのおかげなのか、僕の頭痛も治まっていくけど、式神を飛ばすペースも早くなっていた。
 このままじゃ、式神も底をつきそうだ。
 そして、黒い蚊柱の人型は呪詛のような言葉を吐きながら、山祇神社へと向かっていた。
 僕たちは、息を切らせることもなく山を登り、雨風も感じずゾロゾロと歩く『穢れ』の後に息を殺してついていく。
 そして古びた石畳でできた階段のてっぺんまで登りきると、前方に古い赤茶けた鳥居が目の前に現れて、足を止めた。

『健、ここで止まりなさい。あの鳥居をくぐったらいかんよ。この先に入ったらあんたがれる』
「う、うん。ばぁちゃん……あれは……。あの女の人たちは『贄』かな?」

 境内の中には、何人もの若い女性が磔になって絶命していた。それを遠巻きに囲うように黒い蚊柱の人影が、ゆらゆらと揺らめいている。
『穢れ』は鳥居をくぐって、とめどなく境内から溢れていた。

『今日は贄の刻鬼遣の日じゃ 恨みははれぬが 花嫁が山にとつぎゃあ 花婿は海に嫁を娶る 破れば根絶やし 島滅び』

 黒い蚊柱はやがて、完全な人の姿になっていく。眼球が落ちくぼんだそれは、性別や年齢、服装の世代もバラバラだ。
 同じ調子で弱々しく手を叩きながらわらべ唄のようなものを口ずさんでいる。
 『穢れ』が悪霊と融合したようなそれは禍々しく、彼らの中心には山の葉を頭に括り付けた神主がいて、大麻おおぬきを振っている。
 この人は……たぶん、神崎一族の当主だ。
 僕は、これがこの島で近代まで行われていた禁忌の儀式だと理解した。

『あの女将が立ち入るなと言っていたのは、今日がまさに鬼遣の儀式の日なんじゃないのかい』
「山に花嫁が嫁いで、海で花婿が嫁を娶る。この霧首島じゃ、海神が華夜姫かよひめで山神が依華寿よりかずだ。双子は海と山で殺されて……。鎮めるために、花嫁と花婿を贄として捧げてるのか?」
 
 ボロ雑巾のようになった女性たちは若く、おそらく未婚だと思う。花嫁は山に、花婿は海に捧げられるとして……。
 どんな周期か分からないけど、それが破られると一族は根絶やしになり、島が滅びる。

『一族は、神崎家だろうねぇ。葉月ちゃんが妊娠したのはこの島の神崎本家の子だ。もう無関係じゃない。この島にゃもう若い娘はいないんだよ。そうなると、あの子はいずれ長男の嫁にされる』
「ねぇ、ばぁちゃん。そうなったら神崎家はこの島から出られないし、跡継ぎを産める葉月さんを手離さないんじゃないか。それに、山神に贄にされる未婚の女の子なんて、この島にはもう梨子しかいなくなる!」

 そのことを口にした瞬間に、僕は背筋が寒くなった。
 僕の両脇を通っていた『穢れ』の人形が軍隊のようにピタリと止まる。
 僕たちの存在に気付いたように覗き込むと首を傾げ、真っ黒な蚊柱の口元と思われる場所がニィッと開くと白い歯が見えた。
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