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【霧首島編】

第二十五話 警告①

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「っ、びっくりした……! 雨宮くんたち、そんなに慌てて、一体どうしたんだい? 僕は大丈夫だけど」
「僕たちが資料を読んでいると、怪奇現象が起きたんです。間宮さん、ここからいったん離れましょう。僕の霊感が強いせいか、この島の禁忌に踏み入ると、悪霊たちが騒ぎ始めるみたいで……」

 考え事に集中していたのか、僕が声をかけるまで間宮さんは気付かず、ずいぶんと驚いた様子で振り向いた。そして、そっと鞄に何かを入れると、僕に改めて声をかけた。
 この様子だと、こっちでは怪異は起こっていないんだろうか?
 いや、そんなはずはない。
 だって、目の前にいるじゃないか……。
 でも、間宮さんには視えない、だから……。
 彼は目を丸くして僕の話を聞いていたが、僕は冷や汗を垂らしながら、なるべく静かに、冷静に声を抑えて言う。 

「雨宮くん、面白いものをみつけたよ。この『カクリヨヒナ』を見てくれ。この島にある神社の御神体をまねて、レプリカを作ったみたいなんだ。海神と山神を鎮めるために作っていると書いてるから……、神社の御神体はこの男女の人形なんだ。御神体は雛人形と同じくらいだそうだけど……、これはずいぶんと大きいね。鎌倉時代の蝋人形レプリカらしい」
「え……? レプリカ?」
「間宮先生、カクリヨヒナってなに……? そこには何もないけど?」
「君たちには視えてないのか?」

 梨子が不思議そうに首を傾げると、間宮さんは目を見開いている。
 僕には、鎌倉地代のレプリカなどではなく、黒いワンピースの女性が首を直角に曲げながら、薄笑いを浮かべているのが視えた。
 だが目の焦点は、どこにも合っていない。
 この場に出現する悪霊とは完全に場違いなその霊は、さきほど僕を追ってきた者よりも、恐ろしくて吐き気がする。
 この黒いワンピースの女が、華夜姫かよひめと思われる御霊と、どう関係しているかすらわからない。
 だけどあれは禍々しい物に違いない。
 そして、梨子には何も視えていないようだ。
 三人とも同じ場所にいるのに、別々の体験をしているじゃないか……。

『健、早く出なさい……、あれが大人しいうちに』

 ばぁちゃんが静かに言った。
 珍しくその表情は険しくて、あの悪霊を恐れ、警戒しているようだ。
 式神御札セットや、護身刀のない今の僕では、あれには、太刀打ちできないと判断したんだろうか。

「とりあえず、もう出ましょう。旅館にいったん帰って探索しませんか」

 僕がそう言うと、二人は頷き民俗資料館を後にした。
 僕は黒いワンピースの女を刺激しないようにして、建物を出る寸前にちらりと肩越しに入り口を視た。
 彼女の背後には、拷問された怨嗟の男女の悪霊たちが捻じれ、天井まで朝顔のツルのように伸びている。
 背中から、魚鱗がびっしりと張り付いた猿のような手が四本生え、仏像のように禍々しく出て不気味に蠢いていた。
 黒いワンピースの女の腹部が波打ち、生地越しに、女の顔になってくるのが視えて僕は霊視を強制シャットダウンし、扉を閉めた。

 外に出ると重い空気から解き放たれて、僕は深く息を吐いた。あの女になんの言葉もかけられていないが、あれが警告だということは本能的に分かった。

 間宮さんは霊感が無いと言っていたが、本当だろうか? 
 彼自身思いこんでいるだけで、本当は……視える体質なんだろうか。
 なんだか、とてもモヤモヤする。

✤✤✤

 丹波商店で酒とつまみを買い、俺は雨宮たちより一足先に民宿に帰ってきた。

「あ、もう……お葬式に行くんすか。早いですね」

 玄関先で靴を脱いでいると、喪服に着替えた武重一家に遭遇した。
 まだ、葬式が始まる二時間も前で、神崎家から民宿までそんな遠くないはずだけど、早すぎねぇ?
 そう言えば、売店のばぁちゃんとこも14時で店じまいするって言ってたな。
 田舎だし、葬儀の手伝いをするのかもしれねぇな。
 フロントで見なかったが、三十半ばくらいの眼鏡の男が会釈をする。
 若女将の配偶者で、武重のおっさんの息子だな。

「はい、霧首島のしきたりなんです。本当にご迷惑おかけします。そういえば、お連れ様はご一緒じゃないのですか?」
「あぁ、郷土資料館に行ってるみたいで。俺は歴史苦手なもんで、あいつらが帰ってくるのを待ちます」
「そりゃあええ。ゆっくりお寛ぎください」

 女将は張り付いた笑みを浮かべると、軽く会釈した。
 今の笑い、なんだ……なんか気持ち悪ぃな。
 俺は、武重一家を見送ると木の階段をミシミシと言わせながら二階へと上がった。
 ちなみに、民宿の部屋は障子で鍵がかけられるような場所は無いし、隣の部屋とは襖で仕切られているだけだ。
 ま、宿泊客も今じゃほぼゼロ、素泊まりの客にはこの、昭和のレトロ感がいいんだろうな。
 とりあえず俺は、荷物を座卓の上に置くと畳に寝転がる。
 辰子島と近いならWi-Fiくらいあると思ったが、この民宿には無い。
 TVだけはかろうじてローカル番組がやっている程度だ。俺はスマホをいじりながら、衛星放送チャンネルに、リモコンを切り替える。
 このあとのこともあるので、昼寝でもするかと思ったが、眠れねぇな。
 
 ――――ピコピコ。

 メッセージ通知音がして、俺は横になりながら画面を見た。神崎家にいる、葉月からだ。
 
『千堂さん。やっぱり私、民宿の方に泊まりたい。怖い』
「怖い? どうした? 何が怖いんだよ。神埼の実家で、霊的なもんでも見たりしたのか? 大丈夫だよ、梨子の泊まる部屋に泊まれるようには手配してるからさ」
『ありがとうございます、千堂さん』

 霊感が多少ある葉月なら、なにか屋敷で見たのかもしれない。葬式が終わったら、民宿まで車で送って貰うように言えと提案してみるか。
 俺は不安になって体を起こすと、じっとメッセージが来るのを待った。

『言えない。ここの人たち、怖い。監視………』
『なんでもない、気にしないでください。やっぱり、今日は神崎家に泊まります。また、明日ね、先輩』

 前のメッセージを訂正するように送られてきた言葉に、俺は違和感を覚えた。
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