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【霧首島編】
第二十四話 怨嗟③
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僕は慌てて梨子の手首を掴むと、ガタガタと揺れる郷土資料館から飛び出す。
彼女は外も地震で揺れていると思ったようだが、電線も、郷土資料館の側にある木も全く動いていない事に気付いて、安堵した。
「じ、地震、収まったのかな? でも……あんなに大きな地震だったのに、外はなんとも無い。てまも、余震には気をつけなくちゃ……!」
「梨子、落ち着いて。あれは地震なんかじゃないよ。ポルターガイストみたいなものだ。ここには、あまり長居しないほうがいい。間宮さんを連れて離れよう」
もしかしたら、民俗資料館の方が危険性があるかもしれない。伝承など、この島の核心部に触れるような場所だろうし……。
いくら間宮さんが、霊感が無いとはいえここじゃあそんな事も関係ない気がしていた。
『あっちの方は、こっちより禍々しい気配がするよ。健、気をつけな』
「ばぁちゃん、わかったよ。梨子、行こう!」
✤✤✤
小部屋の方には、特に大したものはなく僕は天野くんに断りを入れると、民族資料館の方へと向かった。
あの二人に怪しまれないように、なおかつ僕が求めている、霧首島の『お宝』の情報を入手するためには、この方法が一番かな。
郷土資料館と同じく、民俗資料館の方も外観は寂れた感じで人の気配はない。
観光客以外に訪れるような場所でもないし、これじゃあ、半分廃館しているようなものだよ、もったいない。
建て替えもせず、取り壊しをしない理由はなんだろう。霧首島の島民は、よほどよそ者に他を歩き回って欲しくなくて、観光場所として残してあるのか?
「あのお婆さんはどうして僕たちをここに向かわせたのかな……。僕はともかく、若い子が遊びに来る場所じゃあない。ああ、なるほど。そういう事かぁ」
民俗資料館に足を踏み入れた瞬間に、僕の目には床が波打つようにして蠕き、悪霊たちがゆっくりと立ち上がり、空洞の目でこちらを見ているのが視えた。
服装からして、ずいぶんと昔の霊で男女ともにひどく折檻されたような跡がある。男の霊は、腰のあたりに縄が巻かれ、女の霊は、まるで磔にされたように、首や手足が千切れそうになっている。
面白い、これは餓死した亡者じゃないなぁ。
「心霊スポットにいる悪霊より、ランクは上の方かな。蠱毒の栄養分になりそうだ」
あのお婆さんに霊が視えているかはわからないが、近寄ったものになんらかの影響があることは、昔から知っているのかもしれない。
そうなると、ここの島民はわざとけむたい観光客をここに向かわせて、悪霊たちの贄にしているようだね。
まぁ、僕の憶測だけど。
しかし、僕にとってこれは嬉しいサービスにしか過ぎない。
『――――うぅ。あぁ……くる……しぃ……この恨み………』
『鎮まりください……ませぇ………! 許せぬ……神崎……』
「やっぱり、あの神崎家が怪しそうだなぁ。とりあえず君たちは邪魔だから、どうせなら僕の仕事の役に立ってくれないか」
ゆらゆらと、僕に向かって体を左右に揺らせながら、手を伸ばしてくる亡者に向けて、鞄から取り出した筒を向けた。
九十九家に伝わる呪詛の言葉を呟くと、亡者たちの顔が恐怖に引き攣る。抵抗するように床に這いつくばり、さきほどとは打って変わって逃げ惑う大量の悪霊たちが滑稽だ。
「この筒には、君たちが憎んでいる神崎家の血縁者がいるからいいじゃないか。こんなところにいるよりも、存分に恨み言を言える。だけど残念ながらもう魔物化しているから、君たちは取り込まれるだろうけど」
これだけ大量にいると、一匹ずつ中に入れるのは面倒だなぁ。なら、ひさしぶりにあれを使うか。
僕は目を閉じると、呪詛の言葉を唱えながらゆっくりと目を開けた。おそらく彼らには僕の瞳が青く光り、瞳全体に呪詛の言葉が書かれているように見えているんだろう。
紅眼一族の雨宮くんは、瞳に龍神の霊視と同じ加護を受けるようだが、僕たち九十九一族は眼球を媒介にして呪詛を使える。
『ぎゃぁぁぁ』
『ぐぁぁぁ、あぁぁあ』
僕の背中から現れた黒い触手が蠢くと、断末魔の悲鳴と共に、悪霊たちは筒の中へと一気に引きずり込まれていった。ようやくすっきりしたなぁ。
これで、ゆっくりと中を見て回れる。
霧首島の島民たちも、馬鹿じゃないみたいだから、僕たちが何かしら調査のために来たと勘付かれていそうだ。
僕は古びたこの地方に伝わる、農耕の道具や、人魚の形を模した木彫りの小さな像などを見た。
「この人魚は海神だろうけど、女性だ。海神は男神で、山神が女神が一般的だけど、霧首島は逆になっているんだな。ん? これは……」
展示されているものの説明を見ながら、僕が歩いていると、鎌倉時代の貴族と思われる男女の大きな蝋人形のようなものが正座していた。
その周りは、注連縄と紙垂で四隅を囲まれている。紙垂で囲まれた場所は、神域を表すものだが嫌な感じがする。
どちらの人形の顔も不気味な薄笑いを浮かべているからだろうか。
これは、神域というよりも何か邪悪なものをを封じているように思えるなぁ。
「なになに、これは……カクリヨビナ?」
説明文を見ると、鎌倉時代から霧首島では天災や、個人が不幸に見舞われると海神と山神を鎮めるために、この人形が使われていた。
もちろんこれはレプリカであり、雛人形と同等の大きさだと書いてあるが、僕の目には人間と同じくらいに見えるし、生々しい。
いや、視えるというべきか。
「流し雛のような儀式でもあったんだろうか。いや、あの悪霊からして、もっと……血生臭い儀式だったはず。山祇神社と霧首海神神社で、御神体として祀られているものが最も古く……」
僕は説明文を指でなぞりながら読んだ。
御神体として、飾られたものを手本にしてカクリヨヒナが作られたと書かれている。あくまでこれは展示物だが、言霊と同じように偽物にも穢れは伝染するのかもしれない。
それとも島民たちが魔を祓うと信じていた『カクリヨヒナ』を、御神体に真似て造ることさえ、本当のところはご法度だったんじゃないか?
だったら、その御神体とやらは、一体何なんだ。
ああ、九十九当主としても、民俗学者としても楽しくなってきたなぁ!
レプリカでもこれほど禍々しく、なにかの念が籠もっているのならば、御神体として鎮められている本物の方は、確実に僕のビジネスに役立つ呪具になるだろう。
「間宮さん! 大丈夫ですか?」
彼女は外も地震で揺れていると思ったようだが、電線も、郷土資料館の側にある木も全く動いていない事に気付いて、安堵した。
「じ、地震、収まったのかな? でも……あんなに大きな地震だったのに、外はなんとも無い。てまも、余震には気をつけなくちゃ……!」
「梨子、落ち着いて。あれは地震なんかじゃないよ。ポルターガイストみたいなものだ。ここには、あまり長居しないほうがいい。間宮さんを連れて離れよう」
もしかしたら、民俗資料館の方が危険性があるかもしれない。伝承など、この島の核心部に触れるような場所だろうし……。
いくら間宮さんが、霊感が無いとはいえここじゃあそんな事も関係ない気がしていた。
『あっちの方は、こっちより禍々しい気配がするよ。健、気をつけな』
「ばぁちゃん、わかったよ。梨子、行こう!」
✤✤✤
小部屋の方には、特に大したものはなく僕は天野くんに断りを入れると、民族資料館の方へと向かった。
あの二人に怪しまれないように、なおかつ僕が求めている、霧首島の『お宝』の情報を入手するためには、この方法が一番かな。
郷土資料館と同じく、民俗資料館の方も外観は寂れた感じで人の気配はない。
観光客以外に訪れるような場所でもないし、これじゃあ、半分廃館しているようなものだよ、もったいない。
建て替えもせず、取り壊しをしない理由はなんだろう。霧首島の島民は、よほどよそ者に他を歩き回って欲しくなくて、観光場所として残してあるのか?
「あのお婆さんはどうして僕たちをここに向かわせたのかな……。僕はともかく、若い子が遊びに来る場所じゃあない。ああ、なるほど。そういう事かぁ」
民俗資料館に足を踏み入れた瞬間に、僕の目には床が波打つようにして蠕き、悪霊たちがゆっくりと立ち上がり、空洞の目でこちらを見ているのが視えた。
服装からして、ずいぶんと昔の霊で男女ともにひどく折檻されたような跡がある。男の霊は、腰のあたりに縄が巻かれ、女の霊は、まるで磔にされたように、首や手足が千切れそうになっている。
面白い、これは餓死した亡者じゃないなぁ。
「心霊スポットにいる悪霊より、ランクは上の方かな。蠱毒の栄養分になりそうだ」
あのお婆さんに霊が視えているかはわからないが、近寄ったものになんらかの影響があることは、昔から知っているのかもしれない。
そうなると、ここの島民はわざとけむたい観光客をここに向かわせて、悪霊たちの贄にしているようだね。
まぁ、僕の憶測だけど。
しかし、僕にとってこれは嬉しいサービスにしか過ぎない。
『――――うぅ。あぁ……くる……しぃ……この恨み………』
『鎮まりください……ませぇ………! 許せぬ……神崎……』
「やっぱり、あの神崎家が怪しそうだなぁ。とりあえず君たちは邪魔だから、どうせなら僕の仕事の役に立ってくれないか」
ゆらゆらと、僕に向かって体を左右に揺らせながら、手を伸ばしてくる亡者に向けて、鞄から取り出した筒を向けた。
九十九家に伝わる呪詛の言葉を呟くと、亡者たちの顔が恐怖に引き攣る。抵抗するように床に這いつくばり、さきほどとは打って変わって逃げ惑う大量の悪霊たちが滑稽だ。
「この筒には、君たちが憎んでいる神崎家の血縁者がいるからいいじゃないか。こんなところにいるよりも、存分に恨み言を言える。だけど残念ながらもう魔物化しているから、君たちは取り込まれるだろうけど」
これだけ大量にいると、一匹ずつ中に入れるのは面倒だなぁ。なら、ひさしぶりにあれを使うか。
僕は目を閉じると、呪詛の言葉を唱えながらゆっくりと目を開けた。おそらく彼らには僕の瞳が青く光り、瞳全体に呪詛の言葉が書かれているように見えているんだろう。
紅眼一族の雨宮くんは、瞳に龍神の霊視と同じ加護を受けるようだが、僕たち九十九一族は眼球を媒介にして呪詛を使える。
『ぎゃぁぁぁ』
『ぐぁぁぁ、あぁぁあ』
僕の背中から現れた黒い触手が蠢くと、断末魔の悲鳴と共に、悪霊たちは筒の中へと一気に引きずり込まれていった。ようやくすっきりしたなぁ。
これで、ゆっくりと中を見て回れる。
霧首島の島民たちも、馬鹿じゃないみたいだから、僕たちが何かしら調査のために来たと勘付かれていそうだ。
僕は古びたこの地方に伝わる、農耕の道具や、人魚の形を模した木彫りの小さな像などを見た。
「この人魚は海神だろうけど、女性だ。海神は男神で、山神が女神が一般的だけど、霧首島は逆になっているんだな。ん? これは……」
展示されているものの説明を見ながら、僕が歩いていると、鎌倉時代の貴族と思われる男女の大きな蝋人形のようなものが正座していた。
その周りは、注連縄と紙垂で四隅を囲まれている。紙垂で囲まれた場所は、神域を表すものだが嫌な感じがする。
どちらの人形の顔も不気味な薄笑いを浮かべているからだろうか。
これは、神域というよりも何か邪悪なものをを封じているように思えるなぁ。
「なになに、これは……カクリヨビナ?」
説明文を見ると、鎌倉時代から霧首島では天災や、個人が不幸に見舞われると海神と山神を鎮めるために、この人形が使われていた。
もちろんこれはレプリカであり、雛人形と同等の大きさだと書いてあるが、僕の目には人間と同じくらいに見えるし、生々しい。
いや、視えるというべきか。
「流し雛のような儀式でもあったんだろうか。いや、あの悪霊からして、もっと……血生臭い儀式だったはず。山祇神社と霧首海神神社で、御神体として祀られているものが最も古く……」
僕は説明文を指でなぞりながら読んだ。
御神体として、飾られたものを手本にしてカクリヨヒナが作られたと書かれている。あくまでこれは展示物だが、言霊と同じように偽物にも穢れは伝染するのかもしれない。
それとも島民たちが魔を祓うと信じていた『カクリヨヒナ』を、御神体に真似て造ることさえ、本当のところはご法度だったんじゃないか?
だったら、その御神体とやらは、一体何なんだ。
ああ、九十九当主としても、民俗学者としても楽しくなってきたなぁ!
レプリカでもこれほど禍々しく、なにかの念が籠もっているのならば、御神体として鎮められている本物の方は、確実に僕のビジネスに役立つ呪具になるだろう。
「間宮さん! 大丈夫ですか?」
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