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【霧首島編】
第二十二話 怨嗟①
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「雨、降り出しそうだよね。もし午後から雨足が強くなったら、おばぁちゃんが言うように山に入るのは危険そう」
「そうだね……まぁ、出歩かれたくないという事でもあるんだろうけど」
梨子も僕たちと同じように空を見上げている。彼女の言うとおり、霧首海神神社はともかく山祇神社に関しては軽い登山になるので、この天気で山に入るのは危険だろう。
登山口の入口までいければ何か山から、霊的なものを感じられるかもしれないが。
「天野くんの言うとおり、山は危険かもしれないな。僕は大学で登山サークルに入っていたからよく分かるけど、天候変わりやすい山に入って雨に当たるのは良くない。低い山でも遭難するし、低体温症になるからね」
『ばぁちゃんが山祇神社を霊視しに行ってやろう。それか、あんたを幽体離脱させて連れていってやるのも手だねぇ』
「そうですね……山祇神社は霊視する方法もありますし、遭難したら元も子もないですから」
軽い山登りでも、天候のことを考えると危険だな。ここは、ばぁちゃんに頼んで幽体離脱を手伝ってもらうか……。正直僕は、怖くてあんまり幽体離脱したくないんだけど。
僕たち三人は、人通りのない田舎町を歩いていた。
葬儀の時間にはまだ早いし、畑仕事をしてるお年寄りに出くわしそうだけど、誰一人としてすれ違わないのが不気味だ。
虫の声も無く、さっきまで強かった風の音もしなくなり、どんよりとした鉛の雲が僕たちを押しつぶすような、じめじめとした嫌な天気だった。
しばらく、緩やかな坂を登るとそこには昭和の面影を残す寂れた郷土資料館と、民族博物館が見えてきた。
お世辞にも外観だけ見ると廃墟みたいだ。
「ねぇ、健くん……ここって本当に入ってもいいんだよね?」
「うん……廃墟じゃないはずだし。あまり管理されて無いみたいだけどね」
「夜中に肝試しに行くには最高の場所だ。観光客が減れば、廃館寸前にもなるんだろうけど、もったいないなぁ。歴史的価値は高いのに、僕なら毎日入り浸るよ」
あれだけ島の伝統を守って外の世界からの干渉を嫌うのに、あまり大事にされていないのが不思議だ。
単純に維持費が厳しいのかな……?
人口が減って管理することもままならなくなったのだろう。
外の世界を拒絶しているのだから、貴重な風習や独自の文化が発展していそうなので、間宮さんの言うとおり、このまま忘れ去られてしまうのは残念だ。
島の有力者が神主一族なので、大事な事は全て口伝していそうだけど。
ともかく、僕たちは眼前に現れた建物は錆び、外観は薄気味悪いものだった。
「ここが入口みたいだね、節電してるみたいだけど、電気は一応通ってるみたいだから大丈夫そうだよ。ってなんで僕が先頭なの?」
「なんか雰囲気が不気味すぎて……健くん先に行って」
「ここはやっぱり一番頼りになる、雨宮くんが先頭の方がいい」
梨子が僕の背中についてくる。
可愛いからいいけど、間宮さんまで僕を先頭にするなんて絶対、僕が犠牲になるパターンじゃないか。
郷土資料館は天気のせいか、外観のイメージのせいか、電気がついていてもなんとなく薄暗く感じる。
だけど意外にも中は広く綺麗で、水車や農耕を行う島民の不気味な人形が展示されている。
展示物を見る限り古いが、それなりに綺麗に管理されているようだ。
「これだけ広いと手分けして見たほうが良さそうだね。天野くんは、雨宮くんについて回るかい?」
「えっと……。大丈夫です、私は雨宮くんの助手なので」
梨子はぐっと拳を作って頼もしい姿を見せてくれた。
「それじゃあ、僕は奥から見ていくから梨子は入口の方からお願いしていい? 間宮さんはあちらの小部屋の方を、よろしくお願いします」
間宮さんも快く了承してくれたので僕たちは、それぞれ別れて資料を読み、解決の糸口を探す。
✤✤✤
なんだろう、奥に向かうにつれて空気が張り詰めていくような気がする。誰もいないのに何人かの気配がするんだ。
今、霊視をすればこの郷土資料館に留まっている霊が視えそうだが、僕はそれをガン無視するように、ガラスケースに飾られた古い書物と、良く出来た島のジオラマを見ていた。
「なるほど……霧首島の島民たちは、平安時代の末期にこの島に流れ着いたんだな。その中には平家の落人も多くいたと……」
どうやら昔は斬首島と呼ばれ、打首を逃れてきた人々が住んだと言う由来があるようだ。
平家の落人のことを意味してるのかな?
だけど、それだけじゃなく『斬首を逃れて本土から流れ着いた』という事を平家とは別に書いているという事は、今で言う犯罪者の流刑地みたいになっていたのか。
全員がそうじゃなくても、訳があってここに流れ着いてきた人が多かったような書き方をしてるな。
『それでも、やっぱり昔は今よりも辰子島とは盛んに交流があったようだねぇ。米作りと漁業が主だったみたいで、辰子島から商売人も自由に行き来できてたみたいだし。だけど、飢饉があった』
「本当だ……。その当時は米作りに依存してたんだね。米は干ばつに弱いから、今では別の農作物がメインになっていると……。何度か飢饉が霧首島を襲ってかなり死者が出たのか」
ばぁちゃんと話しながら、次のジオラマを見る。そこは、島の飢饉の様子が書かれていた。
数ある飢饉の中でも、鎌倉時代の寛喜の飢饉、江戸の四大飢饉は大打撃を受けたようで、ジオラマにもその当時の悲惨さが表現されていた。
「大飢饉の中で、霧首島の人々は海神、山神に祈りを捧げて守られた……」
僕がその一文を読んだ瞬間、ジオラマの人形たちが、まるで生きているように動きだした。
まて、これは仕掛けなんかじゃない。
ガラスケースから腐臭が漏れ、腹の突き出した餓鬼のような人々の内部から、蛆虫が這い出てくる。
うごめく人々は苦しみ、貪るように死肉を食べ神社へ這いずるようにして移動していた。
箱庭の中で、リアルでグロテスクな光景が広がって僕は吐きそうになった。
勝手に僕の霊視スイッチが入ったのか目が紅く染まる。
いや、これは……もしかして経験からして、近くに強い悪霊がいるんじゃ……?
「祈り……祈りって儀式なのか。僕があの時視た光景はなんらかの儀式だったはず。串刺しにされた男と海に……」
ガラスケースの中には直接触れる事が出来ないが、僕は言葉を続ける。そうすると、背後からズルズルと物体が這いずり回るような音が聞こえた。
潰された喉から、苦しげな血液が喉につっかえたようなくぐもった声を漏らして、数体の霊が這いずり回っている。
――――祟り、祟りじゃ。
――――贄を、贄を。
――――社を建てねばおさまらぬ。
「そうだね……まぁ、出歩かれたくないという事でもあるんだろうけど」
梨子も僕たちと同じように空を見上げている。彼女の言うとおり、霧首海神神社はともかく山祇神社に関しては軽い登山になるので、この天気で山に入るのは危険だろう。
登山口の入口までいければ何か山から、霊的なものを感じられるかもしれないが。
「天野くんの言うとおり、山は危険かもしれないな。僕は大学で登山サークルに入っていたからよく分かるけど、天候変わりやすい山に入って雨に当たるのは良くない。低い山でも遭難するし、低体温症になるからね」
『ばぁちゃんが山祇神社を霊視しに行ってやろう。それか、あんたを幽体離脱させて連れていってやるのも手だねぇ』
「そうですね……山祇神社は霊視する方法もありますし、遭難したら元も子もないですから」
軽い山登りでも、天候のことを考えると危険だな。ここは、ばぁちゃんに頼んで幽体離脱を手伝ってもらうか……。正直僕は、怖くてあんまり幽体離脱したくないんだけど。
僕たち三人は、人通りのない田舎町を歩いていた。
葬儀の時間にはまだ早いし、畑仕事をしてるお年寄りに出くわしそうだけど、誰一人としてすれ違わないのが不気味だ。
虫の声も無く、さっきまで強かった風の音もしなくなり、どんよりとした鉛の雲が僕たちを押しつぶすような、じめじめとした嫌な天気だった。
しばらく、緩やかな坂を登るとそこには昭和の面影を残す寂れた郷土資料館と、民族博物館が見えてきた。
お世辞にも外観だけ見ると廃墟みたいだ。
「ねぇ、健くん……ここって本当に入ってもいいんだよね?」
「うん……廃墟じゃないはずだし。あまり管理されて無いみたいだけどね」
「夜中に肝試しに行くには最高の場所だ。観光客が減れば、廃館寸前にもなるんだろうけど、もったいないなぁ。歴史的価値は高いのに、僕なら毎日入り浸るよ」
あれだけ島の伝統を守って外の世界からの干渉を嫌うのに、あまり大事にされていないのが不思議だ。
単純に維持費が厳しいのかな……?
人口が減って管理することもままならなくなったのだろう。
外の世界を拒絶しているのだから、貴重な風習や独自の文化が発展していそうなので、間宮さんの言うとおり、このまま忘れ去られてしまうのは残念だ。
島の有力者が神主一族なので、大事な事は全て口伝していそうだけど。
ともかく、僕たちは眼前に現れた建物は錆び、外観は薄気味悪いものだった。
「ここが入口みたいだね、節電してるみたいだけど、電気は一応通ってるみたいだから大丈夫そうだよ。ってなんで僕が先頭なの?」
「なんか雰囲気が不気味すぎて……健くん先に行って」
「ここはやっぱり一番頼りになる、雨宮くんが先頭の方がいい」
梨子が僕の背中についてくる。
可愛いからいいけど、間宮さんまで僕を先頭にするなんて絶対、僕が犠牲になるパターンじゃないか。
郷土資料館は天気のせいか、外観のイメージのせいか、電気がついていてもなんとなく薄暗く感じる。
だけど意外にも中は広く綺麗で、水車や農耕を行う島民の不気味な人形が展示されている。
展示物を見る限り古いが、それなりに綺麗に管理されているようだ。
「これだけ広いと手分けして見たほうが良さそうだね。天野くんは、雨宮くんについて回るかい?」
「えっと……。大丈夫です、私は雨宮くんの助手なので」
梨子はぐっと拳を作って頼もしい姿を見せてくれた。
「それじゃあ、僕は奥から見ていくから梨子は入口の方からお願いしていい? 間宮さんはあちらの小部屋の方を、よろしくお願いします」
間宮さんも快く了承してくれたので僕たちは、それぞれ別れて資料を読み、解決の糸口を探す。
✤✤✤
なんだろう、奥に向かうにつれて空気が張り詰めていくような気がする。誰もいないのに何人かの気配がするんだ。
今、霊視をすればこの郷土資料館に留まっている霊が視えそうだが、僕はそれをガン無視するように、ガラスケースに飾られた古い書物と、良く出来た島のジオラマを見ていた。
「なるほど……霧首島の島民たちは、平安時代の末期にこの島に流れ着いたんだな。その中には平家の落人も多くいたと……」
どうやら昔は斬首島と呼ばれ、打首を逃れてきた人々が住んだと言う由来があるようだ。
平家の落人のことを意味してるのかな?
だけど、それだけじゃなく『斬首を逃れて本土から流れ着いた』という事を平家とは別に書いているという事は、今で言う犯罪者の流刑地みたいになっていたのか。
全員がそうじゃなくても、訳があってここに流れ着いてきた人が多かったような書き方をしてるな。
『それでも、やっぱり昔は今よりも辰子島とは盛んに交流があったようだねぇ。米作りと漁業が主だったみたいで、辰子島から商売人も自由に行き来できてたみたいだし。だけど、飢饉があった』
「本当だ……。その当時は米作りに依存してたんだね。米は干ばつに弱いから、今では別の農作物がメインになっていると……。何度か飢饉が霧首島を襲ってかなり死者が出たのか」
ばぁちゃんと話しながら、次のジオラマを見る。そこは、島の飢饉の様子が書かれていた。
数ある飢饉の中でも、鎌倉時代の寛喜の飢饉、江戸の四大飢饉は大打撃を受けたようで、ジオラマにもその当時の悲惨さが表現されていた。
「大飢饉の中で、霧首島の人々は海神、山神に祈りを捧げて守られた……」
僕がその一文を読んだ瞬間、ジオラマの人形たちが、まるで生きているように動きだした。
まて、これは仕掛けなんかじゃない。
ガラスケースから腐臭が漏れ、腹の突き出した餓鬼のような人々の内部から、蛆虫が這い出てくる。
うごめく人々は苦しみ、貪るように死肉を食べ神社へ這いずるようにして移動していた。
箱庭の中で、リアルでグロテスクな光景が広がって僕は吐きそうになった。
勝手に僕の霊視スイッチが入ったのか目が紅く染まる。
いや、これは……もしかして経験からして、近くに強い悪霊がいるんじゃ……?
「祈り……祈りって儀式なのか。僕があの時視た光景はなんらかの儀式だったはず。串刺しにされた男と海に……」
ガラスケースの中には直接触れる事が出来ないが、僕は言葉を続ける。そうすると、背後からズルズルと物体が這いずり回るような音が聞こえた。
潰された喉から、苦しげな血液が喉につっかえたようなくぐもった声を漏らして、数体の霊が這いずり回っている。
――――祟り、祟りじゃ。
――――贄を、贄を。
――――社を建てねばおさまらぬ。
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