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第十一話 消えた痕跡②
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ラインの通知音がして、僕はポケットからスマホを取り出した。こんな早朝に一体誰からだろうと表示を見ると、相手は明くんだった。
『雨宮、今日バイト? 起きたらでいいから返事よろ』
『いや、今日は梨子と間宮さんに会うからシフト入れてないんだよ。明くん、どうしたの?』
『つか、起きてたのか。いや、電話とかラインで話す内容じゃなくてさ。ちょっとお前に会って話したいんだよ。梨子も一緒でいいし、その間宮先生てのも、偉い大学教授なんだろ。むしろ一緒に居てくれ』
明くんの文面からして、かなり焦っているように思えた。電話やラインで話せないほど深刻な話なんだろうか。そして、間宮さんまで居て欲しいということは、梨子から色々と聞いてるはずなので、おそらく心霊関係の話しじゃないかな。
『わかった、僕が二人に会う時間で問題ないよね?』
『ああ、葉月も一緒にいく。お前らどこで会うつもりなんだ? そこに集合しよう」
『ソラカフェ。十四時に、集合する予定だよ』
どうでもいいけど、普段は明くんは安藤さんのこと、葉月って呼んでるんだな。勘ぐられたくなくて、安藤さんとあの時は呼んでいたのか。裏を返せば、それくらい切羽詰まってるんだろう。
僕は明くんに返事を返すとため息をつく。
あの釣り人の悪霊が、辰好沼からいなくなったことに妙な引っ掛かりを感じるけど、とりあえず一時的でも、ここはただの沼になったので、もう、悪霊に引き込まれることは無いだろう。
✤✤✤
梨子も間宮さんもノリノリで『ソラカフェ』にやってきた。あれだけ心霊大嫌いだった梨子が事件が起こるたびに、輝いている。
助けを求められたわけでもないのに、パソコンまで持ってきて、心霊事件ファイルとして記録する気まんまんだ。
事件も何も起きなかったら、今ごろ梨子とふたりで楽しくカフェで話し、浜を歩いたり買い物デートに行けたかもしれないのになぁ……。
龍神様には、心霊運だけじゃなくて、恋愛運も上げてほしいところだ。
「雨宮くん、ひさしぶりだね。元気そうで良かったよ。実家に帰って少しは休養できたかい?」
「はい。実家の手伝いはしてるんですが、東京で働いてた時よりも、ゆっくりできています。間宮先生も研究でお忙しそうですね」
「そうそう! 間宮先生、霧首島と辰子島の土着信仰や風習を調べるんだって。霧首島ってあんまり文献がないから、ちょっとわくわくしちゃうんだよね。独自の文化や巫術もありそうだし」
「さすが僕の生徒だなぁ。民俗学と心霊研究は奥が深いからねぇ」
さすが民俗学を専攻するだけあって、梨子も間宮先生も目の輝きが違う。霧首島は夏の観光シーズンになると、スキューバーダイビングに訪れる観光客が来るというだけで、隣島の由来や伝承なんて僕だったらわざわざ調べようとは思わない。
三人で、マンデリンの珈琲を飲んでいると、遅れて明くんと安藤さんが店に入ってきた。
「よう、遅れてわりぃな。ちょっといろいろとあってさ。葉月、雨宮と梨子だ。それに……、そっちがイケメンの間宮先生か?」
「天野先輩、おひさしぶりです。雨宮先輩も……、お話するのは初めてですね」
「うん。こうして直接話するのは、多分初めてだよね、安藤さん」
「葉月ちゃん、おひさしぶりだね。今回は本当に大変なことになったね」
梨子は心配するように安藤さんの肩を抱いた。明くんはあいかわらず、僧侶には見えないようなストリートファッションで、今にもラップを歌い出しそうだ。安藤さんは、やつれた様子で表情は暗く、目が赤い。当然か、彼氏の遺体が見つかって昨日の今日だもんな。
それにしてもイケメンの間宮先生か……、つまりそれって明くんに、梨子がそういうふうに話してるってことだよなぁ。
「君が千堂くんだね、よろしく。もし、僕たちがいて都合が悪いようなら、日を改めるから遠慮なくそう言ってくれ」
「いえ、大丈夫です。できれば……一人になりたくないし、色んな人の見解が聞きたいです。千堂さんが先輩たちのこと、頼れる人たちだって言ってたので」
観光シーズンではないとはいえ客はまばらにいる。とはいえ、あまり人に聞かれたくない話だろうから、僕たちは移動して、奥の部屋に行くことにした。
「それで、僕に直接会って話したいことって一体なんなの?」
「単刀直入に言うわ、葉月を助けてくれ。これは俺からの依頼だ。金は俺が出すからさ、頼むよ!」
僕と梨子はたがいに顔を見合わせた。明くんは、テーブルに両手をついて頭を下げている。慌てて僕と梨子は、顔を上げるように言った。
「いやいや、ちょっと待って! 僕らはお金なんて受け取ってないし、いらないから。安藤さんを助けてって、どういうことなんだよ」
「実は、綾人がいなくなってからおかしなものをよく見るようになったんです。どこにいても視界の端にそれが見えるんです。それに最近怖い夢ばかり見るようになって……、どうしたらいいですか」
安藤さんは、震える指先でスカートを握りしめて言う。明くんは言葉を濁しながら僕の目を見ると話し始めた。
「葉月の彼氏の霊を霊安室で視たんだ。葉月を霧首の鬼遣から、彼女とお腹の子を守ってくれって言われた。だけど俺ひとりじゃどうにもなんねぇし、お前が居ないと無理だ」
追儺って『鬼遣』とも書くけど、たしかいわゆる厄災を祓うような儀式だよな。一般的には、豆まきなんかがそうで、全然恐ろしいもんじゃない。
だけど、なんだろう……『霧首の鬼遣』って聞いた瞬間とてつもない悪寒がした。
『雨宮、今日バイト? 起きたらでいいから返事よろ』
『いや、今日は梨子と間宮さんに会うからシフト入れてないんだよ。明くん、どうしたの?』
『つか、起きてたのか。いや、電話とかラインで話す内容じゃなくてさ。ちょっとお前に会って話したいんだよ。梨子も一緒でいいし、その間宮先生てのも、偉い大学教授なんだろ。むしろ一緒に居てくれ』
明くんの文面からして、かなり焦っているように思えた。電話やラインで話せないほど深刻な話なんだろうか。そして、間宮さんまで居て欲しいということは、梨子から色々と聞いてるはずなので、おそらく心霊関係の話しじゃないかな。
『わかった、僕が二人に会う時間で問題ないよね?』
『ああ、葉月も一緒にいく。お前らどこで会うつもりなんだ? そこに集合しよう」
『ソラカフェ。十四時に、集合する予定だよ』
どうでもいいけど、普段は明くんは安藤さんのこと、葉月って呼んでるんだな。勘ぐられたくなくて、安藤さんとあの時は呼んでいたのか。裏を返せば、それくらい切羽詰まってるんだろう。
僕は明くんに返事を返すとため息をつく。
あの釣り人の悪霊が、辰好沼からいなくなったことに妙な引っ掛かりを感じるけど、とりあえず一時的でも、ここはただの沼になったので、もう、悪霊に引き込まれることは無いだろう。
✤✤✤
梨子も間宮さんもノリノリで『ソラカフェ』にやってきた。あれだけ心霊大嫌いだった梨子が事件が起こるたびに、輝いている。
助けを求められたわけでもないのに、パソコンまで持ってきて、心霊事件ファイルとして記録する気まんまんだ。
事件も何も起きなかったら、今ごろ梨子とふたりで楽しくカフェで話し、浜を歩いたり買い物デートに行けたかもしれないのになぁ……。
龍神様には、心霊運だけじゃなくて、恋愛運も上げてほしいところだ。
「雨宮くん、ひさしぶりだね。元気そうで良かったよ。実家に帰って少しは休養できたかい?」
「はい。実家の手伝いはしてるんですが、東京で働いてた時よりも、ゆっくりできています。間宮先生も研究でお忙しそうですね」
「そうそう! 間宮先生、霧首島と辰子島の土着信仰や風習を調べるんだって。霧首島ってあんまり文献がないから、ちょっとわくわくしちゃうんだよね。独自の文化や巫術もありそうだし」
「さすが僕の生徒だなぁ。民俗学と心霊研究は奥が深いからねぇ」
さすが民俗学を専攻するだけあって、梨子も間宮先生も目の輝きが違う。霧首島は夏の観光シーズンになると、スキューバーダイビングに訪れる観光客が来るというだけで、隣島の由来や伝承なんて僕だったらわざわざ調べようとは思わない。
三人で、マンデリンの珈琲を飲んでいると、遅れて明くんと安藤さんが店に入ってきた。
「よう、遅れてわりぃな。ちょっといろいろとあってさ。葉月、雨宮と梨子だ。それに……、そっちがイケメンの間宮先生か?」
「天野先輩、おひさしぶりです。雨宮先輩も……、お話するのは初めてですね」
「うん。こうして直接話するのは、多分初めてだよね、安藤さん」
「葉月ちゃん、おひさしぶりだね。今回は本当に大変なことになったね」
梨子は心配するように安藤さんの肩を抱いた。明くんはあいかわらず、僧侶には見えないようなストリートファッションで、今にもラップを歌い出しそうだ。安藤さんは、やつれた様子で表情は暗く、目が赤い。当然か、彼氏の遺体が見つかって昨日の今日だもんな。
それにしてもイケメンの間宮先生か……、つまりそれって明くんに、梨子がそういうふうに話してるってことだよなぁ。
「君が千堂くんだね、よろしく。もし、僕たちがいて都合が悪いようなら、日を改めるから遠慮なくそう言ってくれ」
「いえ、大丈夫です。できれば……一人になりたくないし、色んな人の見解が聞きたいです。千堂さんが先輩たちのこと、頼れる人たちだって言ってたので」
観光シーズンではないとはいえ客はまばらにいる。とはいえ、あまり人に聞かれたくない話だろうから、僕たちは移動して、奥の部屋に行くことにした。
「それで、僕に直接会って話したいことって一体なんなの?」
「単刀直入に言うわ、葉月を助けてくれ。これは俺からの依頼だ。金は俺が出すからさ、頼むよ!」
僕と梨子はたがいに顔を見合わせた。明くんは、テーブルに両手をついて頭を下げている。慌てて僕と梨子は、顔を上げるように言った。
「いやいや、ちょっと待って! 僕らはお金なんて受け取ってないし、いらないから。安藤さんを助けてって、どういうことなんだよ」
「実は、綾人がいなくなってからおかしなものをよく見るようになったんです。どこにいても視界の端にそれが見えるんです。それに最近怖い夢ばかり見るようになって……、どうしたらいいですか」
安藤さんは、震える指先でスカートを握りしめて言う。明くんは言葉を濁しながら僕の目を見ると話し始めた。
「葉月の彼氏の霊を霊安室で視たんだ。葉月を霧首の鬼遣から、彼女とお腹の子を守ってくれって言われた。だけど俺ひとりじゃどうにもなんねぇし、お前が居ないと無理だ」
追儺って『鬼遣』とも書くけど、たしかいわゆる厄災を祓うような儀式だよな。一般的には、豆まきなんかがそうで、全然恐ろしいもんじゃない。
だけど、なんだろう……『霧首の鬼遣』って聞いた瞬間とてつもない悪寒がした。
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