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第十話 消えた痕跡①
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仕事を上がって、僕は家路につくと脱力したようにベッドに転がった。あの二人を死なせてしまったことに責任を感じていたのは、僕だけじゃなく母さんもだ。
母さんは混乱して取り乱した佐藤さんに、なぜうちの息子を助けてくれなかったんだと罵られた。母さんの霊力が弱いせいではなく、魔物化した悪霊を浄化するには時間もそれなりにかかる。
僕だって、龍神様の強い加護がなければ何回死んだかわからない。
『こんな生業してりゃ、人に恨まれることだってあるんだよ。沼に近づくなと忠告したのに、それを破られちゃどうしようもない。ばぁちゃんもお前の母さんも神様じゃないんだからねぇ』
ばぁちゃんは僕の腹の上に座ると、腕を組んで説教する。忠告を無視したというより巧妙な手口で沼まで遊動されたんじゃないだろうか。
なんにせよ、あの釣り人の悪霊を恐れずに僕が助けてあげれば良かったと後悔した。それに神崎さんとあの霊との関係も気になる。
「それはそうだけどさ……、やっぱりあの釣り人の悪霊は放置できないよ。ばぁちゃんは依頼されない限り、霊とは関わるなっていうけど、今回はそうもいかないでしょ。龍神様だってなんとかしろって思うはずだよ」
『あのねぇ、ばぁちゃんだって阿漕にお金のためだけにやってたんじゃないんだよ。考えてもみな、次から次へと関係ない霊まで相手してたらきりがないし、家に押しかけてこられたらこまるでしょう』
僕はぐっと言葉に詰まった。たしかにばぁちゃんの言うことは正しい。霊と関わると頼られるし、魔物と化した悪霊につけ狙われたら命がいくつあってもたりない。
僕も、東京にいたときも普通の生活がしたくて霊をみないようにしていた。それは心霊関係と関わりたくなかったからだ。
それでも、今回は彼らだけじゃなく安藤さんの彼氏も犠牲になっている。
「ばぁちゃん、今回だけは見逃してよ。明日の朝にあの釣り人を浄霊しにいこう。子供のころより僕も強くなってるし」
『やれやれ……。まぁ、あんたもいろんな悪霊を相手にしてきて、成長したはずだしね。今回だけだよ』
ぶつくさ言いつつも、ばぁちゃんは僕の意思を尊重してくれた。僕は内心ほっとした。守護霊であるばぁちゃんが一緒じゃなきゃ、正直言ってあそこは怖すぎていけないくらいトラウマなんだ……。
でも僕はあの時より強くなってる。
✤✤✤
今日はシフトに入っていないので、万が一職場の人に見つかっても、不審がられないように早朝に辰好沼に行くことにした。
佐藤さんはしばらく職場には復帰できなさそうだけど、僕もいろいろと気まずいので、他に別のアルバイト先を探したほうが良さそうだな。今なら仕事が合わなかったといえば、すんなり辞められそうだ。
『龍神様が修行に集中しろとおっしゃってるんだよ。それに、ばぁちゃんが前に言ったとおり、あの店の周辺がまず良くない、忌み地だ。今の若い子にゃ、わからないかもしれないけどねぇ』
「それか、就職しろってことかもしれないけどね」
僕は苦笑すると、リュックサックに浄霊道具一式をつめ込み、自転車を漕いだ。もしかして横林さんに目撃されてしまうかもしれないけど、あの人はあんまり他人には興味がないみたいだから良しとする。
時間は午前四時。まだ薄暗いなか僕は自転車をバス停の近くに駐め、『立ち入り禁止』の規制線が貼られた沼まで歩いた。
「警察……は、いないよね。はぁ、色んな意味でひやひやするなぁ」
『警察に捕まるなんて、ご先祖さまに顔向けができないよ』
悪霊も怖いが、立ち入り禁止のテープの中に入るほうがいろんな意味で怖い。監視カメラがついているような、廃墟じゃなくてよかった。僕は額に神経を集中すると霊視する。
霊を意図的に見ようとするとき、こうして眼球がアニメキャラみたいに紅くなるのは、雨宮家の遺伝のようなものだ。
ばぁちゃんによると、霊感を受け継いだ巫と呼ばれる人はこうなるらしい。ちなみに霊感のない人が、僕たちの目を見ても普通の黒目にしか見えないらしいけど。
「あれ……? おかしいな。このあたりにいた浮遊霊や地縛霊がいない」
『そりゃ、釣り人の悪霊が取り込んで式神みたいに操っているからでしょう。それにしても……嫌な雰囲気はあいかわらずだけど、気配を感じないねぇ』
僕が歩く後ろをばぁちゃんが浮遊しながらキョロキョロと見渡している。この場所がもつ嫌な感覚、言葉にすると難しいけど『穢れ』みたいなのは感じるが、霊の気配はない。
あの時も釣り人の式神のように、霊たちは捕らえられていたが、それならば侵入者に気づいて姿を見せそうなものだ。
「あの悪霊って……、この沼に捕らわれていて直線上にあるバス停と、コンビニしか動けなかったはずだよね」
『そうだよ、追いかけてこないから放っておいたんだ』
触手を伸ばすことはあっても沼の入り口の境界線よりさきには来なかった。だから、釣り人は生きている人たちをこっちに誘い込んでいたのだ。
神崎さんが『わくわくまーと』から居なくなった時も、なにかを見て自分から沼の方に向かってしまったんだと思う。あのヤンキーたちもなにか理由があって自分から行ったんだろう。
「おかしい……。あの釣り人の悪霊はどこに行ったんだ?」
沼の近くまでいって周囲を見渡しても、まったく霊が視えない。自分の意志で他の場所に移動できないあの霊は一体どこに行った?
誰かに、危険だという理由で先に浄霊されてしまったんだろうか。そんな凄い霊能者なんてこの島で聞いたことがないけど。
――――ピロロン。
母さんは混乱して取り乱した佐藤さんに、なぜうちの息子を助けてくれなかったんだと罵られた。母さんの霊力が弱いせいではなく、魔物化した悪霊を浄化するには時間もそれなりにかかる。
僕だって、龍神様の強い加護がなければ何回死んだかわからない。
『こんな生業してりゃ、人に恨まれることだってあるんだよ。沼に近づくなと忠告したのに、それを破られちゃどうしようもない。ばぁちゃんもお前の母さんも神様じゃないんだからねぇ』
ばぁちゃんは僕の腹の上に座ると、腕を組んで説教する。忠告を無視したというより巧妙な手口で沼まで遊動されたんじゃないだろうか。
なんにせよ、あの釣り人の悪霊を恐れずに僕が助けてあげれば良かったと後悔した。それに神崎さんとあの霊との関係も気になる。
「それはそうだけどさ……、やっぱりあの釣り人の悪霊は放置できないよ。ばぁちゃんは依頼されない限り、霊とは関わるなっていうけど、今回はそうもいかないでしょ。龍神様だってなんとかしろって思うはずだよ」
『あのねぇ、ばぁちゃんだって阿漕にお金のためだけにやってたんじゃないんだよ。考えてもみな、次から次へと関係ない霊まで相手してたらきりがないし、家に押しかけてこられたらこまるでしょう』
僕はぐっと言葉に詰まった。たしかにばぁちゃんの言うことは正しい。霊と関わると頼られるし、魔物と化した悪霊につけ狙われたら命がいくつあってもたりない。
僕も、東京にいたときも普通の生活がしたくて霊をみないようにしていた。それは心霊関係と関わりたくなかったからだ。
それでも、今回は彼らだけじゃなく安藤さんの彼氏も犠牲になっている。
「ばぁちゃん、今回だけは見逃してよ。明日の朝にあの釣り人を浄霊しにいこう。子供のころより僕も強くなってるし」
『やれやれ……。まぁ、あんたもいろんな悪霊を相手にしてきて、成長したはずだしね。今回だけだよ』
ぶつくさ言いつつも、ばぁちゃんは僕の意思を尊重してくれた。僕は内心ほっとした。守護霊であるばぁちゃんが一緒じゃなきゃ、正直言ってあそこは怖すぎていけないくらいトラウマなんだ……。
でも僕はあの時より強くなってる。
✤✤✤
今日はシフトに入っていないので、万が一職場の人に見つかっても、不審がられないように早朝に辰好沼に行くことにした。
佐藤さんはしばらく職場には復帰できなさそうだけど、僕もいろいろと気まずいので、他に別のアルバイト先を探したほうが良さそうだな。今なら仕事が合わなかったといえば、すんなり辞められそうだ。
『龍神様が修行に集中しろとおっしゃってるんだよ。それに、ばぁちゃんが前に言ったとおり、あの店の周辺がまず良くない、忌み地だ。今の若い子にゃ、わからないかもしれないけどねぇ』
「それか、就職しろってことかもしれないけどね」
僕は苦笑すると、リュックサックに浄霊道具一式をつめ込み、自転車を漕いだ。もしかして横林さんに目撃されてしまうかもしれないけど、あの人はあんまり他人には興味がないみたいだから良しとする。
時間は午前四時。まだ薄暗いなか僕は自転車をバス停の近くに駐め、『立ち入り禁止』の規制線が貼られた沼まで歩いた。
「警察……は、いないよね。はぁ、色んな意味でひやひやするなぁ」
『警察に捕まるなんて、ご先祖さまに顔向けができないよ』
悪霊も怖いが、立ち入り禁止のテープの中に入るほうがいろんな意味で怖い。監視カメラがついているような、廃墟じゃなくてよかった。僕は額に神経を集中すると霊視する。
霊を意図的に見ようとするとき、こうして眼球がアニメキャラみたいに紅くなるのは、雨宮家の遺伝のようなものだ。
ばぁちゃんによると、霊感を受け継いだ巫と呼ばれる人はこうなるらしい。ちなみに霊感のない人が、僕たちの目を見ても普通の黒目にしか見えないらしいけど。
「あれ……? おかしいな。このあたりにいた浮遊霊や地縛霊がいない」
『そりゃ、釣り人の悪霊が取り込んで式神みたいに操っているからでしょう。それにしても……嫌な雰囲気はあいかわらずだけど、気配を感じないねぇ』
僕が歩く後ろをばぁちゃんが浮遊しながらキョロキョロと見渡している。この場所がもつ嫌な感覚、言葉にすると難しいけど『穢れ』みたいなのは感じるが、霊の気配はない。
あの時も釣り人の式神のように、霊たちは捕らえられていたが、それならば侵入者に気づいて姿を見せそうなものだ。
「あの悪霊って……、この沼に捕らわれていて直線上にあるバス停と、コンビニしか動けなかったはずだよね」
『そうだよ、追いかけてこないから放っておいたんだ』
触手を伸ばすことはあっても沼の入り口の境界線よりさきには来なかった。だから、釣り人は生きている人たちをこっちに誘い込んでいたのだ。
神崎さんが『わくわくまーと』から居なくなった時も、なにかを見て自分から沼の方に向かってしまったんだと思う。あのヤンキーたちもなにか理由があって自分から行ったんだろう。
「おかしい……。あの釣り人の悪霊はどこに行ったんだ?」
沼の近くまでいって周囲を見渡しても、まったく霊が視えない。自分の意志で他の場所に移動できないあの霊は一体どこに行った?
誰かに、危険だという理由で先に浄霊されてしまったんだろうか。そんな凄い霊能者なんてこの島で聞いたことがないけど。
――――ピロロン。
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