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第四話 近況報告と不穏な影②
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――――まずい。
完全に目があってしまった。
悪霊に限らず、僕に霊感がある事に霊が気付くと助けを求めて縋り付いてきたり、危害を加えようとする事が多い。
だからこそ、なるべく相手にさとられないようにしているのに。
だが、魔物と化した釣り人の悪霊は子どもの時と同じ、沼とあのバス停のラインから先には来られないようで、まるで残像のように激しく体が小刻みに揺れている。
その様子が視界の端に写ってかなり気味が悪い。それとも、こちらに来れないのは僕があのヤンキーたちのように、面白半分で忌み地に足を踏み入れていないからだろうか?
部外者なので、危害を直接加える事ができないのかもしれない。
だが、あれだけ遠くに離れているのに、あの釣り人が話す不気味な声だけは、直接頭の中に響いてくる。
『みんな、一緒だから寂しくないよ。沼で釣りをしよう。綾人くん おじさんが教えてててててあげるるるるよ。おおおおきな、魚が釣れるるんだ。 すまない 君もみんなと一緒にここここ、こっちにおいでえええ。逃げても無駄だったんだ』
音声ファイルにバグが発生したかのように言葉が飛び、繰り返す。
ふと見ると二人の体に絡みついてる悪霊たちが口をパクパクと動かしていた。
まるで、あの釣り人が悪霊たちを自分の拡声器のように使っているようにも思えた。
存在に気付いた僕を、沼に誘おうとする言葉に混じって何か不可解な言葉が聞こえる。
頭痛がして、釣り人の言葉が気になった僕は口論する二人の客を無視して、フラフラとバス停の方に足を向けようとした。
――――パンッ!
ばぁちゃんの柏手の音が鳴り響くと、僕ははっとして目を見開いた。
僕をそそのかしていた声は消え、周囲が浄化されたような気がした。
相変わらず悪霊たちは、二人に絡みついて無表情のままでいるので、僕は霊視のスイッチをオフにする。
『だから、言うたでしょ。あんたは一回あの魔物に魅入られとるから、あれに関わるなと。でも、あの子らは、あのままだと命を取られてしまうねぇ』
「僕もそう思う」
口論するヤンキーカップルに声をかけるのは勇気がいったが、僕は万が一殴られた時の事を考えて、箒とちりとりを握りしめながら二人に声をかけた。
正直、現実的には幽霊より人間のほうが怖い。
「あの、すみません。大丈夫ですか?」
「あ? んだよ、てめぇ。店員が引っ込んでろよ」
「ちょっと勇気やめなって。ここ、あんたのおばさんが働いている所でしょ。ごめんなさい、なんでもないです。もういこ、勇気」
僕が声をかけると、ギロリと睨みつけるように振り向かれ、一瞬固まってしまう。今にも掴みかかってきそうな勢いに冷や汗が浮かんだ。
だけど、女性の方が気になる事を口にしていたので僕は怯まずに言った。
「あの……実は、二人のお話がちょっと耳に入ってしまって。僕、実は実家が神社の神主をやってるんです。それで霊が見えるんですけど」
「はぁ? 神社の息子って……あんた、もしかして雨宮神社の跡取り息子? そういや、母さんから聞いたな」
「そうだよ、なんか見た事あると思ったら雨宮神社の人! 本当に霊が見えるの? ねぇ、私たちどうしたらいいの」
雨宮神社の人間だと言うと、それまで頭に血がのぼっていた彼も冷静さを取り戻した。多分、彼も何か異変を感じていて怖さを怒りで紛らわせていたんだろう。
女の子は、まるで助けに船というように涙を浮かべて僕に話しかけてきた。
「もしかして、佐藤さんの息子さんですか? もう、あの沼には絶対近付かないで下さい。それから僕はまだ仕事があるのでここから離れられないんですが、今すぐ雨宮神社に向かってください。僕からの紹介だと言えば、すぐにお祓いして貰えると思います。お祓いが嫌なら、とりあえずお守りか御札だけでも貰ってください。お二人に憑いてる悪霊は、かなり危険なものです」
「あ、あぁ、そうだけど。そんなにあそこにいる悪霊は危険なのか?」
あの剣幕で変なことを言うなと罵られるかと思ったが、二人とも憑物が落ちたように素直に頷いた。
そして、恐る恐る女の子の方が僕に問いかける。
「あの、もし……神社でお祓いしてもらわなかったら私たちどうなるんですか?」
「…………死にます」
僕の言葉に青ざめた二人は、タバコを捨てると急いで雨宮神社の方向に車を走らせる。二人の事が心配なので、僕はあえて怖がらせるような事を口にした。
だけど、このままじゃ確実にそうなる。
僕も心霊スポットに行った友人を二人亡くしているので、見捨てる訳には行かなかった。
あの釣り人の悪霊を母さんが祓えるかは分からないが、僕も力になりたい。
とにかく今は彼らをあそこには近付かせないのが一番だ。
僕はバス停の方を見ないようにして呟いた。
「ばぁちゃん、あの悪霊母さんに祓えるかな?」
『あの子はあんたより霊力が弱いからねぇ。だけど、応急処置しないよりましさ。あんたの言うとおり、本当にあの二人には死相が視えるから』
そんな予知は当たらないほうが良い。
だけど、ばぁちゃんは生前から霊視だけでなく未来を視る事ができた。
今回ばかりはそれが外れることを願う。
それにしても、あの釣り人の悪霊が呟いた不可解な言葉が気にかかる。人名のような言葉を聞いたが、生前に縁のある人だったんだろうか。
僕は暗く沈み込む心に蓋をして気を取り直すと掃除を終えて、店に入った。
完全に目があってしまった。
悪霊に限らず、僕に霊感がある事に霊が気付くと助けを求めて縋り付いてきたり、危害を加えようとする事が多い。
だからこそ、なるべく相手にさとられないようにしているのに。
だが、魔物と化した釣り人の悪霊は子どもの時と同じ、沼とあのバス停のラインから先には来られないようで、まるで残像のように激しく体が小刻みに揺れている。
その様子が視界の端に写ってかなり気味が悪い。それとも、こちらに来れないのは僕があのヤンキーたちのように、面白半分で忌み地に足を踏み入れていないからだろうか?
部外者なので、危害を直接加える事ができないのかもしれない。
だが、あれだけ遠くに離れているのに、あの釣り人が話す不気味な声だけは、直接頭の中に響いてくる。
『みんな、一緒だから寂しくないよ。沼で釣りをしよう。綾人くん おじさんが教えてててててあげるるるるよ。おおおおきな、魚が釣れるるんだ。 すまない 君もみんなと一緒にここここ、こっちにおいでえええ。逃げても無駄だったんだ』
音声ファイルにバグが発生したかのように言葉が飛び、繰り返す。
ふと見ると二人の体に絡みついてる悪霊たちが口をパクパクと動かしていた。
まるで、あの釣り人が悪霊たちを自分の拡声器のように使っているようにも思えた。
存在に気付いた僕を、沼に誘おうとする言葉に混じって何か不可解な言葉が聞こえる。
頭痛がして、釣り人の言葉が気になった僕は口論する二人の客を無視して、フラフラとバス停の方に足を向けようとした。
――――パンッ!
ばぁちゃんの柏手の音が鳴り響くと、僕ははっとして目を見開いた。
僕をそそのかしていた声は消え、周囲が浄化されたような気がした。
相変わらず悪霊たちは、二人に絡みついて無表情のままでいるので、僕は霊視のスイッチをオフにする。
『だから、言うたでしょ。あんたは一回あの魔物に魅入られとるから、あれに関わるなと。でも、あの子らは、あのままだと命を取られてしまうねぇ』
「僕もそう思う」
口論するヤンキーカップルに声をかけるのは勇気がいったが、僕は万が一殴られた時の事を考えて、箒とちりとりを握りしめながら二人に声をかけた。
正直、現実的には幽霊より人間のほうが怖い。
「あの、すみません。大丈夫ですか?」
「あ? んだよ、てめぇ。店員が引っ込んでろよ」
「ちょっと勇気やめなって。ここ、あんたのおばさんが働いている所でしょ。ごめんなさい、なんでもないです。もういこ、勇気」
僕が声をかけると、ギロリと睨みつけるように振り向かれ、一瞬固まってしまう。今にも掴みかかってきそうな勢いに冷や汗が浮かんだ。
だけど、女性の方が気になる事を口にしていたので僕は怯まずに言った。
「あの……実は、二人のお話がちょっと耳に入ってしまって。僕、実は実家が神社の神主をやってるんです。それで霊が見えるんですけど」
「はぁ? 神社の息子って……あんた、もしかして雨宮神社の跡取り息子? そういや、母さんから聞いたな」
「そうだよ、なんか見た事あると思ったら雨宮神社の人! 本当に霊が見えるの? ねぇ、私たちどうしたらいいの」
雨宮神社の人間だと言うと、それまで頭に血がのぼっていた彼も冷静さを取り戻した。多分、彼も何か異変を感じていて怖さを怒りで紛らわせていたんだろう。
女の子は、まるで助けに船というように涙を浮かべて僕に話しかけてきた。
「もしかして、佐藤さんの息子さんですか? もう、あの沼には絶対近付かないで下さい。それから僕はまだ仕事があるのでここから離れられないんですが、今すぐ雨宮神社に向かってください。僕からの紹介だと言えば、すぐにお祓いして貰えると思います。お祓いが嫌なら、とりあえずお守りか御札だけでも貰ってください。お二人に憑いてる悪霊は、かなり危険なものです」
「あ、あぁ、そうだけど。そんなにあそこにいる悪霊は危険なのか?」
あの剣幕で変なことを言うなと罵られるかと思ったが、二人とも憑物が落ちたように素直に頷いた。
そして、恐る恐る女の子の方が僕に問いかける。
「あの、もし……神社でお祓いしてもらわなかったら私たちどうなるんですか?」
「…………死にます」
僕の言葉に青ざめた二人は、タバコを捨てると急いで雨宮神社の方向に車を走らせる。二人の事が心配なので、僕はあえて怖がらせるような事を口にした。
だけど、このままじゃ確実にそうなる。
僕も心霊スポットに行った友人を二人亡くしているので、見捨てる訳には行かなかった。
あの釣り人の悪霊を母さんが祓えるかは分からないが、僕も力になりたい。
とにかく今は彼らをあそこには近付かせないのが一番だ。
僕はバス停の方を見ないようにして呟いた。
「ばぁちゃん、あの悪霊母さんに祓えるかな?」
『あの子はあんたより霊力が弱いからねぇ。だけど、応急処置しないよりましさ。あんたの言うとおり、本当にあの二人には死相が視えるから』
そんな予知は当たらないほうが良い。
だけど、ばぁちゃんは生前から霊視だけでなく未来を視る事ができた。
今回ばかりはそれが外れることを願う。
それにしても、あの釣り人の悪霊が呟いた不可解な言葉が気にかかる。人名のような言葉を聞いたが、生前に縁のある人だったんだろうか。
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