鬼遣の贄〜雨宮健の心霊事件簿〜④

蒼琉璃

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第三話 近況報告と不穏な影①

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 慣れない仕事で疲れを感じていた僕には、最大の癒しとなるであろう、天野梨子あまのりこからのメッセージに、自然とにやけるのを抑えきれなかった。
 おかまいなしに、覗き込んでくるばぁちゃんに咳払いをすると、僕はメッセージを返す。

『就職して辰子島を出たから、バイト初体験で新鮮な気持ちだよ。梨子は明日帰ってくるんだよね』
『そうそう、この時期に帰るのは久しぶりだなぁ。健くん、またよろしくね。そういえば、間宮先生も明日里帰りするみたいだよ。辰子島と霧首島きりくびしまの郷土研究するらしくて』

 そういえば、間宮さんから研究のために帰るというメッセージが、二三日前に届いていた。霧首島は辰子島より南に位置して、昔は辰子島の島民とも、交流は多かったようだけど。
 たしか、海の神と山の神の伝承だかなんだか、ばぁちゃんから聞いた気がするけど、僕は神話や民俗学にあまり興味がないので、はっきりと覚えていない。
 離島りとうの宿命なのか、過疎化して今はスキューバダイビングの観光業に力を入れているらしい。隠れた穴場スポットみたいなものだろうか。
 もしかして、梨子は明日一緒に帰ってきたり……? 
 いやいや、大学教授と生徒が一緒に仲良く里帰りだなんて、ご近所様が勘ぐるじゃないか。
 間宮さんは三十代半ばだけど、若々しいしイケメンだから、梨子と付き合ったっておかしくないけど……。
 片思い中の僕はモヤモヤしてしまい、恥ずかしくなった。別れる寸前すんぜんだったとはいえ、恋人の達也が亡くなって、まだ一年も経ってないんだから。
 こんなこと勘ぐるなんてちょっと失礼すぎる。

『そういえば、間宮さんそんなこと言ってたなぁ。一緒に帰ってくるの?』
『ううん、間宮先生はフェリーの最終時間ギリギリになるんだって。次の日に健くんに会いたいって言ってたよ。実はさ、明と一緒に帰ってくるんだ』
『え? 明くん?』

 ――――千堂明せんどうあきら
 前回の心霊事件で、知り合った梨子の従兄弟で、家が代々寺の住職をしていて、ゆくゆくは明くんも寺を継ぐ予定で修行している。
 僕より霊感は強くないけど、霊視ができ成仏させることができる。
 明くんはヒップホップ好きの陽気なやつで、面白いしいい奴だと思う。しかし、お彼岸どきなんて、お寺さんは忙しそうな気がするけど大丈夫かな?

『なんかね、辰子島に知り合いの女の子がいるんだって。しばらく滞在するつもりらしいから、うちに泊まるんだけど、健くんに会いたいって言ってたよ』
『へぇ、そうなんだ。賑やかになりそうだなぁ。また三人で遊ぼうよ』

 知人の女性に会いに来るという事か。なんだか賑やかになりそうだ。
 僕にも少なからず友人はいるが、島を離れて都会に就職したり、地方の大学に行っていたりするので、なかなか会えない。
 息抜きに遊び相手がいるのはありがたいな。
 まぁ、島で遊べるところといっても、都会とは違って、マーケットに入ってるゲーセンかカラオケ、浜しか無いのだが。
 昼ごはんが終わって、店長が出勤する五時までノンストップで仕事だ。ばぁちゃんは、何故かバックルームの方をしばらく直視していたが、何も言わず僕とともに店頭に立った。

 ✤✤✤

 四時くらいまでは、そこそこ忙しくご近所や同級生に声をかけられるという、羞恥プレイに耐えながら少しずつ仕事を覚えていた。
 棚の整理をしていると、店の外で男女二人が深刻そうな表情をして話しているのが見えた。なんとなく顔に見覚えがある。
 僕より年下の子たちでいわゆる、ヤンキーっぽい格好をしていた。喫煙スペースで、二人ともタバコを吸いながら話し込んでいる。
 別れ話かなにかだろうか、口論している様子は無いけれど、男の方は苛立っていて、女の子の方が泣き出しているように見えた。
 行儀は悪いけど、何かトラブルに発展しても困るので、清掃するふりをして二人の会話を聞こうかと考えた。

『まーた余計な事に首を突っ込むのかい? これも、龍神様のご意思なのかねぇ』
「大げさだよ、ばぁちゃん。行儀は良くないけど、何かあったら困るでしょ。これは店員としての義務だよ」

 小声でばぁちゃんに答えると、僕は神崎さんに断って、外の掃除をすることにした。名誉のために言うがやじ馬ではなく、何かトラブルがあったらすぐに店に駆け込んで、警察に電話するか、止められるようにはしたい。
 正直、僕はとりたてて喧嘩が強いわけでは無いし暴力反対なので、めちゃくちゃ緊張している。
 ほうきとちりとりを持って、外に出ると二人の会話が耳に入ってきた。

心愛ここあ健太けんたが一緒に死ぬなんておかしいじゃん! しょうくんだって行方不明だし。ぜったいあの沼行ったせいだよ!」
「だからさ、心霊とか俺は信じてねぇから。不安なら神社か寺で、お祓いしてもらえよ。葬式の席でぜったいそんなこと言うなよ、アキ」
「でも、あの二人が自殺する理由なんてある? ぜんぜん落ち込んだ様子なかったし、心愛から死にたいなんて聞いたことない。健太だって……勇気ゆうきだってそう思わない?」
「で、次は俺らの番って言いたいのか? アホくさ、辰好沼たつよしこの幽霊が仲間を殺したんなら、もう一回行ってボコしたるわ!」

 どうやら僕は、ばぁちゃんの言う通り余計なことに首を突っ込んでしまったようだ。
 痴話喧嘩ちわげんかかと思ったら、まさかの心霊話オカルトである。
 普段は、頼まれたりしない限り霊視なんてしないんだけど、気になって額に神経を集中させた。
 二人には沼で死んだであろう、女子高生や子供、サラリーマン、老人などが両手両足を絡ませて抱きついている。
 憑いている霊の背中から、黒いモヤモヤとした触手が命綱のように伸びていて、その根本を辿るように視線を動かすと、沼まで続いているのが視えた。
 そして、その先には顔がぼやけた釣り人が佇み、ゆらゆらと揺れながらこちらを見ている事に気付いて僕は視線をそらした。
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