上 下
30 / 32

29 トリガーは引かれて①(※性描写有り)

しおりを挟む
「それは……本当ですか?」

 私は、モッソ様の言葉が信じられなくて、問い質した。あの狼獣人の暗殺者を雇ったのは、恐らく宮廷に仕える者だろう、だなんて……。私と接点も全くないソルフェージュ帝国の貴族が、聖女暗殺だなんて、恐ろしい事を考えたの?

「ええ。あの狼獣人はどうやら、その界隈ではそこそこうての暗殺者アサシンであるようですな。ただ、愛国心が強いといいますか……、過激な思想を持っていたようです。周囲に、聖女様について、不穏な事を漏らしていたそうですので、そこを依頼主に利用されたのかもしれません」
 
 モッソ様は、酒場でお会いした時の印象とは異なり、気取った感じの物言いで、跪いている。獅子の黄金のたてがみも、あの時よりフサフサとしていて、派手な紳士の装いをしているから、まるで獣人族の王子様みたいだわ。
 レジェロ様の依頼を受け、モッソ様は、獣人族達のコミュニティの中で、色々と探ってくれているみたい。
 私は、協力を断られるかもしれないと思っていたので、アリア様の預言通り『聖女』に力を貸してくれる仲間が現れた事が、とても心強かったわ。
 あの暗殺未遂事件があってから、アリア様は色々と動き回っているようだし、最上位の巫女としても、何かと最近はお忙しいみたいなのよね。
 私の事は常々、気に掛けて下さっているけれど、最近は一緒にお茶をして過ごす時間もなく、寂しいわ。今日もこの場所にはいらっしゃらないし。

「んまぁ、あの酒宿場で聖女ちゃんが殺されそうになったのも事実だし? 皇族が、暗殺者を雇うのも今さら驚きもしねぇかなぁ? しっかし、暗殺未遂なんて起こしゃ、聖女ちゃんがモノホンだって、世間に言ってるようなもんだよねぇ☆」

 レジェロ様は鼻で笑うと、机に両足を放り出して言った。

「ま、まだ黒幕が皇族と決まったわけじゃあ……」

 彼の言う皇族の中には、ランスロット様も含まれている筈よね。
 私が、予想以上に聖女として悪目立ちをしてしまったせいで、暗殺しようとしたのかしら……? 
 そう考えると、血の気が引いてしまう。
 レジェロ様の言う通り、暗殺未遂のお陰で、私の事を知らなかった人々にまで、アリオーソの聖女という存在が知られ、帝都では式典の時に起きた神竜の件も再燃し、噂になっているんだとか。
 気になるのは、酒宿場の襲撃の時のような用意周到さはなく、白昼堂々私の命を奪いに来た事よね。
 ううん、あれは……あの暗殺者が私に近付く前に、レジェロ様が不審な人物に、気付いてくれたお陰だわ。
 側で立ってくれていなかったら、間近で、命を奪われてしまったかもしれないもの。

「ご安心下さい、聖女様。酒宿場で出逢った時から、貴女様とは不思議な御縁を感じておりました。私は、邪神を倒した英雄の一人……今度は聖女様のために、命懸けでお護りいたします」
「あ、ありがとう……ございます」

 頭の中で、色々と考えを纏めようとしていると、モッソ様はいきなり恭しく私の手を取り、口付け、目を輝かせた。慣れない貴族のマナーに、居心地が悪くなってしまった私は、レジェロ様へ助けを求めるかのように、視線を向ける。

「ちょっとちょっと~~、ドルチェちゃんが困ってるっしょ。勝手にお触りは禁止だかんね、先ずはウロボロスの騎士様である俺を通してくんね? よろしく、でっかい猫ちゃん♪」
「おい、次に俺の事を猫と呼んだら、首を圧し折るぞ」
「んじゃ、馴れ馴れしくドルチェちゃんに触んなって。次やったらてめぇ、ぶっ殺すからな。んで、結局ぅ、お前の調べからしてどうなんよ。依頼主から黒幕まで、もっと詳しく踏み込んだ事は、分かんねぇわけ? 男か女か、とか。まさかメヌエットちゃん、直々なわけ……ねぇか♡」

 め、メヌエット様が?
 レジェロ様は足を下ろすと、挑発的にモッソ様に顔を寄せ、中指を立てた。私はハラハラしながら、二人を見守るしかない。モッソ様は、眉間に皺を寄せると、レジェロ様に鋭い牙を見せて、低く唸る。

「あ、あのっ……」

 私はとても不安そうな顔をしていたみたいで、彼は咳払いをすると、気を取り直して話し始める。

「まさか、あの慈愛溢れる女帝陛下様が、そのような野蛮な事を、考える筈がなかろう。黒幕の方はまだ、調査中だが……、宮廷の者である事は間違いない。俺は、黒幕が帝国支配の安定を望む宰相か、帝国過激派のアンダンテ公爵じゃないかと睨んでいる。ただ、あの暗殺者に直接依頼したのが、エルフの女だって事は分かっているぞ」

 エルフの女、と言う言葉にレジェロ様の眉が、ピクリと動く。酒宿場を襲撃する事を命令したのが、ランスロット様だと仮定すると、彼の側にいるフィーネ様が、暗殺者に依頼したの?
 ううん、宮廷にはエルフの侍女もいるだろうし、近衛兵の中にもいるでしょう。それはともかくとして、黒幕はやっぱり帝国なのね……。

「やれやれ、まさかフィーネじゃねぇだろうなぁ。さすがに実の妹をぶっ殺すのは、夢見悪ぃからよ」
「フィーネ? あいつが、聖女様殺しを依頼する動機はないだろう。それに、邪神を倒した英雄の一人だ。秘境に住むオーガ族ならともかく、顔は割れている筈だからな」

 モッソ様の言う通りだわ。
 あんなに、美人だし英雄として帰還した方よ。
 ソルフェージュ帝国でも、魔法剣士という、珍しい技能を習得している有能な彼女を、他のエルフと見間違えるなんて事はないと思う。
 それに、レジェロ様の妹と敵対するのは嫌だし……別人であって欲しいわ。
 そんな事を思っていると、レジェロ様は珍しく無言のまま立ち上がり、モッソ様に金を、放り投げた。

「んじゃ、これは報酬の一部な♪ これからも、ドルチェちゃんの親衛隊として、引き続き黒幕調査、よろしこ」
「もちろんだ、我が命はアリオーソの聖女様の物で……」
「あっ……、れ、レジェロ様、待って。モッソ様、ごめんなさいっ……また今度!」

 珍しくレジェロ様が、私を置いて立ち去ろうとしたので、モッソ様にペコリと頭を下げると、慌ててレジェロ様の後を追い掛けた。

「レジェロ様、どこに行くの?」
「考え事しよっかなーって♪」
「さっきのお話し? もしかしてレジェロ様は、ランスロット様の命令を受けたフィーネ様が、暗殺者を雇ったと考えているの?」

 私の質問に、レジェロ様はチラリとこちらを見た。確かに、あの時ここに訪れたフィーネ様の雰囲気は怖かったけれど、酒宿場では、優しく声を掛けてくれたわ。
 それに、実の兄妹でお互い剣を抜くような事には、なって欲しくない。

「ん~~。こればっかは、あいつを絞めねぇと分かんねぇな。幻覚魔法ミラージュを使えば、姿を変えられるし? でもまぁ、そんだけ聖女ちゃんが、本格的に脅威になってきたってわけよ♡ だいじょーぶ、聖女ちゃんの命を狙うってんなら、仕方ねぇけどぶっ殺すだけ☆」

 物騒すぎる……。
 軽い感じで、レジェロ様は話しているけれど、前方を真っ直ぐ見つめる彼の視線は、普段と違っていて真剣な眼差しだわ。
 レジェロ様は長身で、私より歩幅が大きいから、いつもは私に合わせてくれるんだけど……今日は、ついて行くのにやっとな位だわ。それだけ、真剣に考え事をしているせいね。
 聖女として私が有名になれば、簡単に手は出して来ない、と踏んでいたレジェロ様は、次の手を早急に打たないと、と考えているのかも。
 ウロボロスの騎士として、あれこれ真剣に考えを巡らせ、私を護ろうとしてくれている事に、感謝の気持ちで一杯になる。

「あれ、ドルチェちゃん。もしかしてぇ……俺の部屋について来るつもりぃ?」
「う、うん……。考え事の邪魔をするつもりはないの。静かにしているわ。だから、レジェロ様のお部屋に行ってもいい?」
 
 私。離れるのが心細いって素直に言うべきかしら。
 そう言えば、レジェロ様が私の寝室に入り浸る事はしょっちゅうだけど、私の方から、レジェロ様のお部屋に行った事はないわ。うん……だって今までは私を護るためって言って、片時も離れないんだもの。 
 レジェロ様はニッと笑みを浮かべると、私の腰を抱き寄せ、壁に押し付けた。

「きゃっ……!」

 か、顔が近い……。
 レジェロ様って、口調や性格はともかく本当に顔だけは綺麗で、心臓に悪い。鍛えられた体だって、大きくて強くて温かくて……安心できるわ。
 私を命懸けで、助けようとしてくれる唯一のエルフだし。レジェロ様の事をちゃんと知りたい……、向き合いたい。いつの間にか、そう考える時間が増えている。

「え~~? 最近ご無沙汰だったっしょ。俺の部屋になんか来たら、気持ちいい事我慢できなくなっちゃうよ♡」

 唇が触れるか否かで煽る、レジェロ様に私は真っ赤になると、鼓動が早くなる。
 私だって子供じゃない。
 何度も、レジェロ様と営みをしているのだから、自分がどうなってしまうかだなんて、充分すぎるほど分かっているわ。
 私たちの始まりが営みなら、ウロボロスの騎士であるレジェロ様の絆が深まれば深まるほど、もっと聖女として強くなれるかもしれない。

「う、うん……それでも良いわ。でも、あの……私、もっとレジェロ様の事を知りたい。い、営みを……し、しても良いけどっ、お話もしたいし、もっと……繋がりたいの」

 思わずしどろもどろになってしまって、恥ずかしい事を口走る。私は何を言っているのかしら? あまりにも顔が近すぎて、私はレジェロ様の胸板に手を置く。
 掌から規則正しい鼓動を感じながら、恐る恐るレジェロ様を見つめると、珍しく彼は目を見開いていた。
 不意に私から退くと、頬をポリポリと掻き、首を傾げ、私を見つめる。
 今まで見た事がない表情だわ。
 うーん、これって……照れてるのかしら? 
 レジェロ様が、どういう気持ちなのか知りたい。

「な、なぁに? 私、変な事を言ったかしら」
「俺の事、知りたいの?」

 いつものふざけた口調じゃないわ。
 それが妙に気恥ずかしくて、胸が締め付けられる。何これ……変だわ、ドキドキするもの。

「う、うん。もちろん、レジェロ様が嫌がる事は聞かないわ。私だって話したい事は沢山あるの」 
「ん、良いよ。んじゃ、ドルチェちゃん抱きながら話してもいい? つーか、ドルチェちゃんさぁ、ついに俺の事本気で好きになっちゃったでしょ?」
「えっ……」
「俺があげた指輪も、いつも律儀に着けてるじゃんね♪」

 私の心臓が飛び跳ねた。
 過ごす時間が長くなればなるほど、私はレジェロ様を頼って、信頼するようになっていたのは確かだわ。
 彼に振り回されている所もあるけれど。指輪だって、なんとなく肌身離さず、毎日着けていると安心するし……やだ、なんかそう言われると顔が熱い。

「きゃっ」

 レジェロ様はニヤリと笑うと、私を抱き上げて部屋へと向かう。
 私は抵抗する事もなく、彼の首に抱きついた。
 内部の構造は私のお部屋と変らないけれど、生活感はない。綺麗に整頓されていて、アリア様に招かれた時のままじゃないかしら。
 必要最低限の物しか家具はなく、蒼い薔薇が飾られているだけで、私物もないようだわ。寝に帰るための部屋……という感じね。
 いつでも何かあれば、逃げられるようにしているのが、彼らしいわ。
 レジェロ様は私をベッドに優しく横たえると、私の横に寝転び頬杖をつき、お腹を撫でながら覗き込んできた。

「んで、聖女ちゃん、俺の何が聞きたいの~? 元カノっぽかった女? それとも経験人数? 俺はもう、ちゃんドル命♡に、なってっからそこは安心して♪」
「ち、違うっ……レジェロ様、そう言うのは聞きたくないわ。邪神軍をどうして倒そうと思ったとか、フィーネ様や、家族の事とか」

 首筋に唇を這わせていたレジェロ様が、目を細めながら私の紋章を擽ると、敏感に体が反応する。
 紋章をレジェロ様に撫でられると、まるで媚薬を飲んだみたいに、体が熱くなるわ。

「んーー。家族ねぇ。つまんねぇ話だよ。あの時代、どこにでも転がってるようなお涙頂戴なやつ。俺達はソルフェージュ帝国の西にある連合国のひとつ、ビバーチェで育った。あっこには、エルフの集落があるんで」
「はっ……んっ……ビバーチェ……? 確かあそこは……」

 ビバーチェは、西の小国ね。
 今は復興しているけれど、過去には邪神軍によって、壊滅状態まで襲撃された事がある場所だって、聞いた事があるわ。そこから、難民となった人々が大陸中、散り散りになったらしいけれど。
 レジェロ様と目があった瞬間、何かに引き込まれるような感覚がした。
 始めて営みをしたあの時のように、眼前に不思議な光景が広がり、私は動揺する。
 美しい緑、どこまでも続く青い空、そして、太陽に照らされた大きな白い月……。こんなにもよく見える場所があるのね、綺麗だわ。
 異国を思わせる樹木を模して造られた建造物は、エルフ達が好んで使う、不思議な模様や、古代のハイエルフ語が描かれていて、神秘的だわ。
 ここはもしかして、ビバーチェにあるエルフの集落かしら?

(あ……あれは)
 
 エルフの小さな男の子と女の子が走っている。私は本能的に、この二人は兄妹で、レジェロ様とフィーネ様なんだと確信したの。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

男友達を家に入れたら催眠術とおもちゃで責められ調教されちゃう話

mian
恋愛
気づいたら両手両足を固定されている。 クリトリスにはローター、膣には20センチ弱はある薄ピンクの鉤型が入っている。 友達だと思ってたのに、催眠術をかけられ体が敏感になって容赦なく何度もイかされる。気づけば彼なしではイけない体に作り変えられる。SM調教物語。

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

お屋敷メイドと7人の兄弟

とよ
恋愛
【露骨な性的表現を含みます】 【貞操観念はありません】 メイドさん達が昼でも夜でも7人兄弟のお世話をするお話です。

【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!

臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。 そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。 ※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

連続寸止めで、イキたくて泣かされちゃう女の子のお話

まゆら
恋愛
投稿を閲覧いただき、ありがとうございます(*ˊᵕˋ*)   「一日中、イかされちゃうのと、イケないままと、どっちが良い?」 久しぶりの恋人とのお休みに、食事中も映画を見ている時も、ずっと気持ち良くされちゃう女の子のお話です。

処理中です...