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26 それぞれの思惑③

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 フィーネ様のお言葉を、私はどのようにして受け止めたら良いのか、分からなかったわ。彼女は、酒宿場で私に注文を頼んでいたあの日とは全然違う……、どこか冷たいナイフのような瞳で私を見ているもの。

「あ、アリア様が着替えを用意して下さったんです」
「へぇ、そうなの」

 私の返答に、彼女は気のない返事をした。
 確信はないけれど、フィーネ様ももしかして、私が邪神を信仰している悪しき魔女だと思っているのかもしれない。

「どーよ、可愛いっしょ。おやおやおやぁ? なんだか、ご不満そうな態度ですねぇ。お前、聖女ちゃんスタイルのドルチェちゃんが、気にいらねぇって感じぃ?」
「あのね。私は、この子を抜きにしてあんたと話したいんだけど」

 レジェロ様は、相変わらずふざけた様子で肩を竦め、ニヤリと笑った。フィーネ様はそんなレジェロ様にイライラしたのか、彼の胸ぐらを掴もうとする。
 レジェロ様は、素早く妹の手首を掴むと言った。

「残念。飼い主をほったらかして秘密の話は出来ないんだよねぇ♡ つーか、さ。やましい事がねぇんだったら、ここで話が出来んだろ、フィーネ。蟲を放って盗み聞きなんて手癖悪ぃよな。お兄ちゃん、お前をそんな子に育てた覚えはありません」

 私は驚いて目を見開いた。
 レジェロ様が殺した、魔法生物の『蟲』はフィーネ様が神殿に放った物だと言うの? 
 レジェロ様に指摘された彼女は、掴まれた手首を忌々しそうに引き離し、バツの悪そうな顔をする。

「手癖の悪さは昔からだけど? まぁ、いいわ。そりゃあ、あんたは一応、この世で唯一血の繋がった兄貴だからね。らしくない行動していたら気になるでしょ」

 唯一、血の繋がった兄妹。
 ランスロット様と共に、邪神を倒しに行った仲間であり、英雄である事は誰もが知っている。
 レジェロ様が、ランスロット様と共に戦うまで、何をして来たのか、家族が何人居たのか、どんな生い立ちだったのか全然分からないわ。
 思えば私は、レジェロ様の事を何も知らない。
 そう言えば、一度も彼から昔の話を聞いた事がなかったし、知ろうともしていなかったわ。

「そうだっけぇ? ボク、お前とはお互いどっかでくたばったら、墓を立ててやる位の約束しかした覚えねぇけどね☆ お前がわざわざ俺に会いに来るって事は、なんか魂胆があんだろ?」
「さぁね。お祝いムードで掻き消されてるけどさ、皇族や貴族の中じゃあその子は邪神の魔女って認識よ。もしそれが本当なら、兄貴が色香に血迷って、邪神の残党に取り込まれてる事になる。恥ずかし過ぎるでしょ」

 い、色香なんてないけど……散々な言われ様だわ。レジェロ様は、なんとなく彼女の言う事を、話半分で聞いているようだった。

「わ、私は邪神の魔女なんかじゃないです。あの神竜は私に助けを求めて来たから……。ちゃんと魔女ではない証拠を、これから見せられると思います」

 死竜となった神竜の事は上手く説明出来ないけれど、奇跡の力なら証明出来る。

「なぁに、それ。まぁ、確かに貴女がそんな禍々しい魔女には見えないけどね。詐欺師が詐欺師の格好してる訳ないし?」

 フィーネ様の冷たい言葉に、私はショックを受けた。誰かに汚名を着せられ、信じてもらえない事が、こんなにもつらいだなんて思いもしなかったわ……。

「皇配の格好をした詐欺師だっているかもなぁ。と・も・か・く、帝都で聖女様の奇跡の巡礼が始まるよん♡ お前も誰についた方が得か、しっかり見極めとくんだな」

 レジェロ様は、極悪な笑みを浮かべるとフィーネ様を見下ろした。どういう意味なのかしら……? 私には想像もつかないけれど、フィーネ様は小さく舌打ちする。

「分かった、分かった。あんた達がいう、聖女様の奇跡を見せて貰うからね」
「コソコソ嗅ぎ回らねぇでも、お前の耳にも直ぐ届くだろうよ」

 フィーネ様は、呆れたように肩を竦めると、それ以上私達と話しても無駄だと言わんばかりに、レジェロ様を押し退けて部屋から出て行く。
 結局彼女は、妹としてレジェロ様を心から心配し、ブリッランテ神殿を訪れたのかしら?
 何故かしら、ぞわぞわと嫌な予感がするわ。

「レジェロ様」 
「んーー? そんな可愛い顔して心配しなくても大丈夫だよん♪ あいつが、ドルチェちゃんに危害加えるつもりなら、例え血の繋がった妹でもブッ殺すかんね♡」

 不安になってレジェロ様を見上げると、私の肩を抱いた彼は、舌を出しておどけた様子で言う。
 ふざけた物言いだけど、私には彼が本気だって分かっていた。
 レジェロ様は、いざとなればどれだけ戦場を共に駆け抜けた戦友だろうと、肉親だろうと、冷徹に殺せるエルフだって。

 ✣✣✣

 レジェロ様は必要ないと言っていたけれど、アリア様はブリッランテ神殿から三人の護衛をつけて下さった。
 私は、久しぶりの外出に心が躍り出してしまい、思わず鼻歌を歌いそうになる。
 帝都はメヌエット様達の結婚式が終わっても、その余韻よいんを引きずっていて、活気づいている。少しくらい寄り道しても許されるかしら?

(いつもより人が多いわ。きっと、連合国から来た人達が残っているのね)

 普段見掛けない海沿いにいる獣人や、連合国の民族衣装を纏う人達もいて、本当に賑やかだわ。露天市場も混み合っているし、レジェロ様や護衛さん達が居なかったら、押し潰されてしまいそう。
 それにこれだけ人が多いなら『邪神の魔女』だなんて、認識する人もきっといないわ。
 帝都オラトリオは広いし、ご近所のお店の方や、常連さんしか私の事は分からないはず。私も護衛さん達と同じくローブを深く被って歩いているから、大丈夫だと思うのだけど……、英雄であるレジェロ様は変装なんてしてくれないから、どうしても人の目を引いちゃうな。
 人でごった返す市場を抜けると、ようやく私はホッと胸を撫で下ろした。

「さぁて。どうするかねぇ……医者を頼らねぇ奴らってなると、貧民街ラメンタービレに行くしかねぇか♪ ま、あっこは、はちゃめちゃに治安悪ぃけど」

 いざ、奇跡の力を見せると意気込んで神殿を出たはいいけれど、私は最初に何をするべきか思い付かなかった。ブリッランテの神殿を訪れる人々は、お祈りを捧げたり、予言や占術目当ての人達が多いし、病人や怪我人が来る訳じゃないもの。
 かといって、お医者様のお屋敷に乗り込むなんて、無粋過ぎる。

「うーん。私も足を踏み入れた事はないけれど……。お医者様にかかれない人も居て、とても酷い状態だと聞くし、私の力が役に立てるならいいな」

 我が家も、裕福とは言えなかったけれど、一般的な帝国庶民の生活をおくれていたのは……商人だったお父さんとお母さんのお陰だもの。
 一歩間違えれば、私だって貧民街で生活していたかもしれない。
 護衛の方々は、私が貧民街に行くと告げると、あまり良い顔をしなかった。理由を聞くと貧民街には、貧しい人の他に、犯罪者も隠れ蓑にしている場所だからと言われ、少し怖気づきそうになる。

「あ、あの。慈愛の女神アリオーソなら一番苦しんでいる人々に、手を差し伸べると思います」
「ふむ……。しかし聖女様、我々が危険と判断しましたら直ぐに貧民街から撤退します。良いですね?」
「は、はい」

 護衛さんは渋々、と言った感じで納得してくれたみたい。ホッとする私の耳元で、レジェロ様は囁いた。

「ま、この狂犬が目を光らせておくから御主人様は、のびのびと奇跡の力を見せつけてちょーだい♪」
「うん。ありがとう……レジェロ様の事は頼りにしているから」
「へ? なになになに~~ドルチェちゃん、ベッド外でも俺を頼ってくれる感じ?」

 そう言うと、レジェロ様は鼻の下を伸ばし、上機嫌で笑った。
 レジェロ様って、分かりやすいなぁ。
 帝都の西、太陽から見放されたかのように日の当たらない場所が、貧民地区ラメンタービレ。ボロボロの家、整備されていない道、独特な異臭に、色んな種族が入り混じって暖を取っていた。彼らは私達を不審そうに見ている。
 ここには、一歩足を踏み入れただけで、華やかな帝都に隠された、暗部が広がっているわ。 
 帝都の商店では扱えないようなガラクタも、ここでは資源として売られている。
 だけど、子供達だけはどんな場所でも変わりなく走り回っていた。
 前方から、獣人と人間の子供達がはしゃぎながら、こちらに向かって走って来たかと思うと、石につまづいて転んでしまった。

「あっ……!」
 
 私は、反射的に体が動いて彼らのもとに駆け寄っていた。
 膝を擦りむいた人間の男の子は、泣いて、痛そうにしている。転けた場所に尖った瓦礫があったみたい。
 犬族の獣人の子も、心配そうに彼の側に寄り添っているわ。この劣悪な環境で怪我をしてしまったら、治療もままならなくて、傷が化膿してしまいそう。

「大丈夫……? とても痛そうね」
「う、うん。お姉ちゃんは、ここの人じゃないの……?」

 子供達は、ここラメンタービレで見掛けない、綺麗な格好をした大人達に、怯えたように声を震わせていた。これは、私の単なる想像にしか過ぎないけれど、彼らが一歩でも貧民街から出たら、自警団の方々に目をつけられてしまうからかもしれないわ。
 悲しい話だけれど、貧民街の子が物やお金を盗む事は多いから。
 
「そうね。でも安心して、危害を加えるつもりはないの。私が貴方の怪我を治してあげるからね」

 私が彼の膝に手をかざすと、淡い光の粒子が集まり、みるみるうちに傷が治っていくと彼に笑顔が戻る。

「もう痛くないや……お姉ちゃんありがとう!」

 その光景に驚き、周りの大人達も様子を伺うようにして近寄って来た。

「魔法使いか? こんな所に何しに来たんだ」
「まさか、子供達を魔法の実験に使うつもりじゃないでしょうね」
「それでも金が貰えるなら……」

 訝しげにこちらを伺いながら、貧民街の人々は口々に噂をした。やっぱり、あまり歓迎されていない気がするわ。私達が身に着けている物を、物色するような目付きの人達もいるもの。
 護衛の人達も警戒し、レジェロ様が私の前に立つ。

「さぁさ、皆さーーん! 今日はこのラメンタービレの街で、記念すべき聖女様の奇跡が起きちゃう日だよん♡」
「せ、聖女様……?」

 まるで演説でもするように、レジェロ様は両手を広げると大声で言った。その様子に面食らったように、私達を物色していた人達が注目する。

「そこのキミ、耳かっぽじって聞きなさーい。アリオーソの聖女様が、無償で怪我人や病気を治してくれまぁす。この糞溜めみたいな場所で、高額な料金ふっかけてくるヤブ医者には、治せない病気まで、この慈愛の聖女様が治してくれちゃうよ!」
「れ、レジェロ様」

 ちょっと言い過ぎな気がするわ。
 ラメンタービレの人々は、半信半疑だったけれど、怪我が治った子供を見ると、藁をも掴む思いで、病人や怪我人を連れた人々が、次々と私のもとにやってきた。
 
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