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悪意の巣①
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僕たちは林田さんと別れると、菊池家の前まで来ていた。家全体が燃えるような赤色に染まってゆらゆらと揺らめいている。
その間にも、禍々しい気から逃れるようにうねうねと動く黒いミミズのような生き物が、逃れるように空に向かって蠕き、また地中に潜り込んでいた。
玄関先から気配を察して、外に出てきたのはご両親で、林田さんと同じく目や鼻、口から黒いネブッチョウが飛び出して気味の悪い動きをしている。
「ご住職、お待ちしておりました。そちらの方も神主様でいらっしゃるとか……加奈は奥です、早く……早く娘を見てやって下さい」
「夜分遅くありがとうございます、娘が……娘が。大祖母さんがお経をあげていますが全く効かなくて」
いつの間にか僕の存在は神主になっているが、一刻の猶予も許されない僕は屋敷の中に入った。その瞬間、あの動画を霊視した時に感じたような視覚の歪みを感じて、僕は嘔吐しそうになった。
朝比奈女子高等学校と思われる、廊下の壁の穴から溢れる黒いヘドロ、今まさに菊池家の壁からそれが黒い血のように穴から滴り落ちている。呪詛に勝てず、負けてしまったネブッチョウ達の死骸なのだろうか。
「大丈夫か、雨宮」
「うん、結構きついな。千堂くんも飲み込まれないようにね」
ばぁちゃんが居ない状況で、勝手に行動して早まったかも知れないと、僕は内心後悔したが、それでも僕たちは気味の悪い廊下を歩く。
奥に行けば行くほど、禍々しい気が濃厚になっていて、霊感の弱い住職も何かを感じているような素振りをしていた。
数人の念仏を唱えるような声が聞こえるが、加奈さんのご家族が上げているのだろうか。
昼間に通されたあの祭壇のある部屋の前で、二人は足を止める。そして、住職が勢いよく扉を開けた瞬間に僕と明くんはその異様な光景に思わず硬直した。
――――気が狂ったように手を合わせる大祖母がトランス状態になって上下に体を震わせ念仏を唱えて。祖父母が必死に加奈さんを抑えつけた。
彼女の目は虚ろでよだれを垂らしていて、狂ったように叫んでいた。
「私もお空を飛べるの! 飛べるんだから! みんなと一緒に飛ぶんのよぉぉ!」
叫ぶ加奈さんの頭上、と言うかこの部屋一杯にあのトンネルで僕たちを追い掛けてきた異形のモノがドンと存在していた。人毛の中に悪霊たちが捕らわれ、それぞれ呻き声を上げながら苦しそうに加奈さんに手を伸ばしている。
そして僕たち飲み込むかのように、人毛が割れ、口をパクパクさせるように動きいているけれど、一体何を言ってるのか聴き取れない。
明くんは、想定外の異形の存在に思わず腰を抜かして、座り込んでしまう。おそらくあの魔物が見えていないであろう住職は加奈さんの、異常な様子呆然としながらも、数珠を取り出して拝み始めた。
大祖母はひたすら手を合わせていたが、僕たちを見ると神にもすがるように頭を下げた。
住職が必死に念仏を唱えても、異形の化け物は読経から逃れるように、体を細くさせたりくねらせたりと不気味な動きをしているだけだ。
「よいじゃねぇ事になった、曾孫を助けてくだせぇ。『お蛇様』もアレに食い殺されて……うっうっ」
「何だあれ……あんなの無理だぞ! こっちが飲み込まれちまう」
昼間のことは何も無かったかのように縋り付き、青ざめる明くんを僕はなだめると、闇からの囁きで呪詛を受けた僕にも気付いてしまった異形の魔物が、ゆっくりと体を動かした。
長い髪の毛が古い家の梁に絡みついたまま、まるで肩越しに振り帰り、憤怒の表情を浮かべた優里さんそっくりな顔が見えた。
あの目は、坂浦さんの動画を霊視した時に視た性別不明の憎悪の瞳と全く同じものだ。
「――――もう、こんな事は辞めるんだ。これ以上、彼女を苦しめる事が、本当に貴方の願いなんですか?」
僕は異形の魔物越しに、呪詛をかけた人間に呼びかけた。恐ろしい化け物を前にして、いつもの僕なら明くんのように腰を抜かしているだろうと思う。
だけど、今日の僕はあの夢の中で、彼女の感情の片鱗に触れてしまって、痛みも悲しみも知ってしまったからだ。
『ウルサイ! ダマレ! ゼッタイユルサナイ!! ヒドイ、シンデヨ! シネ!』
罵詈雑言を僕に向かって投げかける異形のモノの邪気が濃くなり、僕は息を呑みながら両指で印を切り始める
ばぁちゃんが教えてくれたように、心を流れる川のように沈めて、龍神の存在を頭の中で思い浮かべた。
「ノウマク サンマンダ ボダナン メイギャ シャニエイ ソワカ」
僕の目が見開いた瞬間、一瞬地震のように屋敷が震えたかと思うと、天から(恐らく霊感の無い人には雷のように見えるかも知れない)龍の姿をした光がこの部屋に向かって降りてくると、この屋敷に巣食うネブッチョウもろとも呪詛を消し去った。
龍神の光は部屋を一回転すると、屋敷の出口へと通り抜けていく。この家と土地を覆っていた淀んだ気が、龍神が通り抜けた事で風通しが良くなったかのように、嫌な気配が消える。
その光景を口を開けて見ていた祖父母と、駆けつけた加奈さんのご両親に何が起こったのか全く分からない様子の住職と、目を丸くして呆気に取られる明くんが僕を見た。
「あんがと、あんがとございます。龍神様が全部連れて行ってくれたよぉ、加奈」
大祖母さんが僕に手を合わせ、錯乱していた加奈さんは気を失った。明くんはようやく安堵したかのように胡座をかくと僕を見上げる。
「雨宮……お前、やるな。あの良く分からねぇ化け物を浄化させちまうなんて。この家の空気も軽くなったしこれで大丈夫だな」
「いや、まだだよ……。この心霊事件はそんなに単純じゃない」
僕がそういうと、タイミングよく携帯の通知が入った。
――――梨子からの連絡だ。
その間にも、禍々しい気から逃れるようにうねうねと動く黒いミミズのような生き物が、逃れるように空に向かって蠕き、また地中に潜り込んでいた。
玄関先から気配を察して、外に出てきたのはご両親で、林田さんと同じく目や鼻、口から黒いネブッチョウが飛び出して気味の悪い動きをしている。
「ご住職、お待ちしておりました。そちらの方も神主様でいらっしゃるとか……加奈は奥です、早く……早く娘を見てやって下さい」
「夜分遅くありがとうございます、娘が……娘が。大祖母さんがお経をあげていますが全く効かなくて」
いつの間にか僕の存在は神主になっているが、一刻の猶予も許されない僕は屋敷の中に入った。その瞬間、あの動画を霊視した時に感じたような視覚の歪みを感じて、僕は嘔吐しそうになった。
朝比奈女子高等学校と思われる、廊下の壁の穴から溢れる黒いヘドロ、今まさに菊池家の壁からそれが黒い血のように穴から滴り落ちている。呪詛に勝てず、負けてしまったネブッチョウ達の死骸なのだろうか。
「大丈夫か、雨宮」
「うん、結構きついな。千堂くんも飲み込まれないようにね」
ばぁちゃんが居ない状況で、勝手に行動して早まったかも知れないと、僕は内心後悔したが、それでも僕たちは気味の悪い廊下を歩く。
奥に行けば行くほど、禍々しい気が濃厚になっていて、霊感の弱い住職も何かを感じているような素振りをしていた。
数人の念仏を唱えるような声が聞こえるが、加奈さんのご家族が上げているのだろうか。
昼間に通されたあの祭壇のある部屋の前で、二人は足を止める。そして、住職が勢いよく扉を開けた瞬間に僕と明くんはその異様な光景に思わず硬直した。
――――気が狂ったように手を合わせる大祖母がトランス状態になって上下に体を震わせ念仏を唱えて。祖父母が必死に加奈さんを抑えつけた。
彼女の目は虚ろでよだれを垂らしていて、狂ったように叫んでいた。
「私もお空を飛べるの! 飛べるんだから! みんなと一緒に飛ぶんのよぉぉ!」
叫ぶ加奈さんの頭上、と言うかこの部屋一杯にあのトンネルで僕たちを追い掛けてきた異形のモノがドンと存在していた。人毛の中に悪霊たちが捕らわれ、それぞれ呻き声を上げながら苦しそうに加奈さんに手を伸ばしている。
そして僕たち飲み込むかのように、人毛が割れ、口をパクパクさせるように動きいているけれど、一体何を言ってるのか聴き取れない。
明くんは、想定外の異形の存在に思わず腰を抜かして、座り込んでしまう。おそらくあの魔物が見えていないであろう住職は加奈さんの、異常な様子呆然としながらも、数珠を取り出して拝み始めた。
大祖母はひたすら手を合わせていたが、僕たちを見ると神にもすがるように頭を下げた。
住職が必死に念仏を唱えても、異形の化け物は読経から逃れるように、体を細くさせたりくねらせたりと不気味な動きをしているだけだ。
「よいじゃねぇ事になった、曾孫を助けてくだせぇ。『お蛇様』もアレに食い殺されて……うっうっ」
「何だあれ……あんなの無理だぞ! こっちが飲み込まれちまう」
昼間のことは何も無かったかのように縋り付き、青ざめる明くんを僕はなだめると、闇からの囁きで呪詛を受けた僕にも気付いてしまった異形の魔物が、ゆっくりと体を動かした。
長い髪の毛が古い家の梁に絡みついたまま、まるで肩越しに振り帰り、憤怒の表情を浮かべた優里さんそっくりな顔が見えた。
あの目は、坂浦さんの動画を霊視した時に視た性別不明の憎悪の瞳と全く同じものだ。
「――――もう、こんな事は辞めるんだ。これ以上、彼女を苦しめる事が、本当に貴方の願いなんですか?」
僕は異形の魔物越しに、呪詛をかけた人間に呼びかけた。恐ろしい化け物を前にして、いつもの僕なら明くんのように腰を抜かしているだろうと思う。
だけど、今日の僕はあの夢の中で、彼女の感情の片鱗に触れてしまって、痛みも悲しみも知ってしまったからだ。
『ウルサイ! ダマレ! ゼッタイユルサナイ!! ヒドイ、シンデヨ! シネ!』
罵詈雑言を僕に向かって投げかける異形のモノの邪気が濃くなり、僕は息を呑みながら両指で印を切り始める
ばぁちゃんが教えてくれたように、心を流れる川のように沈めて、龍神の存在を頭の中で思い浮かべた。
「ノウマク サンマンダ ボダナン メイギャ シャニエイ ソワカ」
僕の目が見開いた瞬間、一瞬地震のように屋敷が震えたかと思うと、天から(恐らく霊感の無い人には雷のように見えるかも知れない)龍の姿をした光がこの部屋に向かって降りてくると、この屋敷に巣食うネブッチョウもろとも呪詛を消し去った。
龍神の光は部屋を一回転すると、屋敷の出口へと通り抜けていく。この家と土地を覆っていた淀んだ気が、龍神が通り抜けた事で風通しが良くなったかのように、嫌な気配が消える。
その光景を口を開けて見ていた祖父母と、駆けつけた加奈さんのご両親に何が起こったのか全く分からない様子の住職と、目を丸くして呆気に取られる明くんが僕を見た。
「あんがと、あんがとございます。龍神様が全部連れて行ってくれたよぉ、加奈」
大祖母さんが僕に手を合わせ、錯乱していた加奈さんは気を失った。明くんはようやく安堵したかのように胡座をかくと僕を見上げる。
「雨宮……お前、やるな。あの良く分からねぇ化け物を浄化させちまうなんて。この家の空気も軽くなったしこれで大丈夫だな」
「いや、まだだよ……。この心霊事件はそんなに単純じゃない」
僕がそういうと、タイミングよく携帯の通知が入った。
――――梨子からの連絡だ。
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