上 下
29 / 39

悪意の巣①

しおりを挟む
 僕たちは林田さんと別れると、菊池家の前まで来ていた。家全体が燃えるような赤色に染まってゆらゆらと揺らめいている。
 その間にも、禍々しい気から逃れるようにうねうねと動く黒いミミズのような生き物が、逃れるように空に向かってうごめき、また地中に潜り込んでいた。
 玄関先から気配を察して、外に出てきたのはご両親で、林田さんと同じく目や鼻、口から黒いネブッチョウが飛び出して気味の悪い動きをしている。

「ご住職、お待ちしておりました。そちらの方も神主様でいらっしゃるとか……加奈は奥です、早く……早く娘を見てやって下さい」
「夜分遅くありがとうございます、娘が……娘が。大祖母さんがお経をあげていますが全く効かなくて」

 いつの間にか僕の存在は神主になっているが、一刻の猶予ゆうよも許されない僕は屋敷の中に入った。その瞬間、あの動画を霊視した時に感じたような視覚の歪みを感じて、僕は嘔吐しそうになった。
 朝比奈女子高等学校と思われる、廊下の壁の穴から溢れる黒いヘドロ、今まさに菊池家の壁からそれが黒い血のように穴から滴り落ちている。呪詛に勝てず、負けてしまったネブッチョウ達の死骸しがいなのだろうか。

「大丈夫か、雨宮」
「うん、結構きついな。千堂くんも飲み込まれないようにね」
 
 ばぁちゃんが居ない状況で、勝手に行動して早まったかも知れないと、僕は内心後悔したが、それでも僕たちは気味の悪い廊下を歩く。
 奥に行けば行くほど、禍々しい気が濃厚になっていて、霊感の弱い住職も何かを感じているような素振りをしていた。
 数人の念仏を唱えるような声が聞こえるが、加奈さんのご家族が上げているのだろうか。
 昼間に通されたあの祭壇のある部屋の前で、二人は足を止める。そして、住職が勢いよく扉を開けた瞬間に僕と明くんはその異様な光景に思わず硬直した。

 ――――気が狂ったように手を合わせる大祖母がトランス状態になって上下に体を震わせ念仏を唱えて。祖父母が必死に加奈さんを抑えつけた。
 彼女の目はうつろでよだれを垂らしていて、狂ったように叫んでいた。
 
「私もお空を飛べるの! 飛べるんだから! みんなと一緒に飛ぶんのよぉぉ!」

 叫ぶ加奈さんの頭上、と言うかこの部屋一杯にあのトンネルで僕たちを追い掛けてきた異形のモノがドンと存在していた。人毛の中に悪霊たちが捕らわれ、それぞれ呻き声を上げながら苦しそうに加奈さんに手を伸ばしている。
 そして僕たち飲み込むかのように、人毛が割れ、口をパクパクさせるように動きいているけれど、一体何を言ってるのか聴き取れない。
 明くんは、想定外の異形の存在に思わず腰を抜かして、座り込んでしまう。おそらくあの魔物が見えていないであろう住職は加奈さんの、異常な様子呆然としながらも、数珠じゅずを取り出して拝み始めた。
 大祖母はひたすら手を合わせていたが、僕たちを見ると神にもすがるように頭を下げた。
 住職が必死に念仏を唱えても、異形の化け物は読経から逃れるように、体を細くさせたりくねらせたりと不気味な動きをしているだけだ。

「よいじゃねぇ事になった、曾孫ひまごを助けてくだせぇ。『お蛇様』もアレに食い殺されて……うっうっ」
「何だあれ……あんなの無理だぞ! こっちが飲み込まれちまう」

 昼間のことは何も無かったかのように縋り付き、青ざめる明くんを僕はなだめると、闇からの囁きで呪詛を受けた僕にも気付いてしまった異形の魔物が、ゆっくりと体を動かした。
 長い髪の毛が古い家のはりに絡みついたまま、まるで肩越しに振り帰り、憤怒ふんぬの表情を浮かべた優里さんそっくりな顔が見えた。
 あの目は、坂浦さんの動画を霊視した時に視た性別不明の憎悪の瞳と全く同じものだ。

「――――もう、こんな事は辞めるんだ。これ以上、彼女を苦しめる事が、本当に貴方の願いなんですか?」

 僕は異形の魔物越しに、呪詛をかけた人間に呼びかけた。恐ろしい化け物を前にして、いつもの僕なら明くんのように腰を抜かしているだろうと思う。
 だけど、今日の僕はあの夢の中で、彼女の感情の片鱗へんりんに触れてしまって、痛みも悲しみも知ってしまったからだ。

『ウルサイ! ダマレ! ゼッタイユルサナイ!! ヒドイ、シンデヨ! シネ!』

 罵詈雑言ばりぞうごんを僕に向かって投げかける異形のモノの邪気が濃くなり、僕は息を呑みながら両指で印を切り始める
 ばぁちゃんが教えてくれたように、心を流れる川のように沈めて、龍神の存在を頭の中で思い浮かべた。

「ノウマク サンマンダ ボダナン メイギャ シャニエイ ソワカ」

 僕の目が見開いた瞬間、一瞬地震のように屋敷が震えたかと思うと、天から(恐らく霊感の無い人には雷のように見えるかも知れない)龍の姿をした光がこの部屋に向かって降りてくると、この屋敷に巣食うネブッチョウもろとも呪詛を消し去った。
 龍神の光は部屋を一回転すると、屋敷の出口へと通り抜けていく。この家と土地を覆っていた淀んだ気が、龍神が通り抜けた事で風通しが良くなったかのように、嫌な気配が消える。
 その光景を口を開けて見ていた祖父母と、駆けつけた加奈さんのご両親に何が起こったのか全く分からない様子の住職と、目を丸くして呆気に取られる明くんが僕を見た。

「あんがと、あんがとございます。龍神様が全部連れて行ってくれたよぉ、加奈」

 大祖母さんが僕に手を合わせ、錯乱していた加奈さんは気を失った。明くんはようやく安堵したかのように胡座をかくと僕を見上げる。

「雨宮……お前、やるな。あの良く分からねぇ化け物を浄化させちまうなんて。この家の空気も軽くなったしこれで大丈夫だな」
「いや、まだだよ……。この心霊事件はそんなに単純じゃない」

 僕がそういうと、タイミングよく携帯の通知が入った。
 ――――梨子からの連絡だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

迷い家と麗しき怪画〜雨宮健の心霊事件簿〜②

蒼琉璃
ホラー
 ――――今度の依頼人は幽霊?  行方不明になった高校教師の有村克明を追って、健と梨子の前に現れたのは美しい女性が描かれた絵画だった。そして15年前に島で起こった残酷な未解決事件。点と線を結ぶ時、新たな恐怖の幕開けとなる。  健と梨子、そして強力な守護霊の楓ばぁちゃんと共に心霊事件に挑む!  ※雨宮健の心霊事件簿第二弾!  ※毎回、2000〜3000前後の文字数で更新します。  ※残酷なシーンが入る場合があります。  ※Illustration Suico様(@SuiCo_0)

岬ノ村の因習

めにははを
ホラー
某県某所。 山々に囲われた陸の孤島『岬ノ村』では、五年に一度の豊穣の儀が行われようとしていた。 村人達は全国各地から生贄を集めて『みさかえ様』に捧げる。 それは終わらない惨劇の始まりとなった。

銀の少女

栗須帳(くりす・とばり)
ホラー
昭和58年。 藤崎柚希(ふじさき・ゆずき)は、いじめに悩まされる日々の中、高校二年の春に田舎の高校に転校、新生活を始めた。 父の大学時代の親友、小倉の隣の家で一人暮らしを始めた柚希に、娘の早苗(さなえ)は少しずつ惹かれていく。 ある日柚希は、銀髪で色白の美少女、桐島紅音(きりしま・あかね)と出会う。 紅音には左手で触れた物の生命力を吸い取り、右手で触れた物の傷を癒す能力があった。その能力で柚希の傷を治した彼女に、柚希は不思議な魅力を感じていく。 全45話。

ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する

黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。 だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。 どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど?? ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に── 家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。 何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。 しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。 友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。 ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。 表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、 ©2020黄札

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

子籠もり

柚木崎 史乃
ホラー
長い間疎遠になっていた田舎の祖母から、突然連絡があった。 なんでも、祖父が亡くなったらしい。 私は、自分の故郷が嫌いだった。というのも、そこでは未だに「身籠った村の女を出産が終わるまでの間、神社に軟禁しておく」という奇妙な風習が残っているからだ。 おじいちゃん子だった私は、葬儀に参列するために仕方なく帰省した。 けれど、久々に会った祖母や従兄はどうも様子がおかしい。 奇妙な風習に囚われた村で、私が見たものは──。

ホラフキさんの罰

堅他不願(かたほかふがん)
ホラー
 主人公・岩瀬は日本の地方私大に通う二年生男子。彼は、『回転体眩惑症(かいてんたいげんわくしょう)』なる病気に高校時代からつきまとわれていた。回転する物体を見つめ続けると、無意識に自分の身体を回転させてしまう奇病だ。  精神科で処方される薬を内服することで日常生活に支障はないものの、岩瀬は誰に対しても一歩引いた形で接していた。  そんなある日。彼が所属する学内サークル『たもと鑑賞会』……通称『たもかん』で、とある都市伝説がはやり始める。  『たもと鑑賞会』とは、橋のたもとで記念撮影をするというだけのサークルである。最近は感染症の蔓延がたたって開店休業だった。そこへ、一年生男子の神出(かみで)が『ホラフキさん』なる化け物をやたらに吹聴し始めた。  一度『ホラフキさん』にとりつかれると、『ホラフキさん』の命じたホラを他人に分かるよう発表してから実行しなければならない。『ホラフキさん』が誰についているかは『ホラフキさん、だーれだ』と聞けば良い。つかれてない人間は『だーれだ』と繰り返す。  神出は異常な熱意で『ホラフキさん』を広めようとしていた。そして、岩瀬はたまたま買い物にでかけたコンビニで『ホラフキさん』の声をじかに聞いた。隣には、同じ大学の後輩になる女子の恩田がいた。  ほどなくして、岩瀬は恩田から神出の死を聞かされた。  ※カクヨム、小説家になろうにも掲載。

処理中です...